第四章 タイトル未定

第九十二話「運命の二人」

 ◆


「……せっ ……センパイ……なの?…」


 その言葉に、僕は驚愕に目を見開いた。

 僕の事をそう呼ぶ人物は一人しか居ない。 でもそんなはずない。 そう思うとともに、自分がこうして転生した事を考えると、彼女の事を思い浮かべずには居られなかった。


「セッカ…… なの… か?……」


 共に果てたと思っていた彼女が今、目の前に居る。 信じられない…… だが間違いなく彼女は雪桜だ。 僕の事を「センパイ!」と呼び、僕の胸に飛び込んでくる。

 涙ながらに僕の事を「センパイ」と何度も呼び、喜びに涙を浮かべている。

 ああ、やっぱり雪桜は雪桜だ。 懐かしい響きに、はそっと彼女を抱き寄せた。


「セッカ…あの時、君を護れなくてすまなかった……」


 雪桜は「ううん…」と首を横に振り「私こそ、センパイの足をひっぱっちゃってごめんなさい」と涙を我慢しながら笑顔を浮かべる。

 俺はその存在を確かめる様に、雪桜を強く抱き寄せ、再会できた事を喜ぶ。

 自分が護れなかった存在が、こうして再び腕の中に居るのだ。 きっと俺はずっと彼女の存在を求めていたのかもしれない……

 俺は生まれ変わってからも、心のどこかで彼女の事を思っていた事に気付く。 なんだかんだと理由を付け、雪桜の存在をアイエル様に重ねていた。 雪桜を護れなかった後悔を、アイエル様で埋めようとしてたんだ。

 報われなかった過去の自分に言い訳し、弱い自分の心を隠す様に、アイエル様を護る事で、雪桜を護っていた気になっていたのかもしれない。

 溢れ出てくる感情を押さえ、は雪桜を… シュエをそっと放す。


「センパイ?」

「シュエ様。 すみません。 皆が見ていましたので…」


 疑問符を浮かべるシュエに、僕はあえて雪桜とは呼ばず、そう言って彼女を現実に引き戻す。 そしてシュエは、状況を思い出して慌てて涙を拭い、気恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「もう大丈夫です。 賊は全て無力化しました」


 僕は、賊に襲われたシュエを落ち着かせているていで、僕とシュエの不自然な行動を誤魔化す。

 これで、シュエが恐怖に駆られて、思わず僕に抱き着いてしまったと思って貰えるはずだ。 幸いな事に賊達は皆、僕の雷鳴魔術の弾丸を受けて気絶しているか、即死しているし、帝国兵士は賊を縛り上げたりと、事後処理を行っていて、僕達には気が向いて居ない。

 近くに居た人も、僕のその言葉で、勇者と言ってもまだ小さい女の子だからと、納得してくれているみたいだ。

 とりあえず、後でシュエとはゆっくりと話そう。 今はその時ではない。

 騒然とするパーティー会場が次第に落ち着きを取り戻し、賊の拘束が完了するのを見計らって、皇帝陛下は会場に居る人々の無事を確認する。


「皆、怪我などはしていないか?」


 皇帝陛下のその言葉に、カイサル様はアイエル様に結界を解くように言う。 アイエル様が素直に従い結界を説くと、カイサル様は陛下のもとへと歩みより、無事を確認する。


「陛下、ご無事ですか?」

「ああ、グローリアよ。 其方らのお陰で被害は免れた様だ……

 それよりも、噂以上に良い娘と家臣の息子を持った様だな」


 そう言うと陛下はアイエル様と僕を興味深げに見る。


「よもや一人で賊を制圧してしまうとはな…」


 その呟きに、カイサル様は苦笑する。


「私も、この子達には驚かされてばかりですよ」

「後ほど詳しく聞かせてくれるか?」

「畏まりました。 しかし陛下、一つ約束して頂きたい事が御座います」

「なんだ? 改まって…」


 突如として真面目な表情となったカイサル様に、陛下は疑問を投げかける。


「この子達の実力はご覧になられた通り、普通ではございません。 ですが、その前に一人の子供にございます」

「そうだな。 それがどうかしたか?」

「陛下のお考えは分かりませんが、この子達が成人するまで、決して政治的に利用しないで頂きたいのです」


 まさかのお願いに、皇帝陛下も眉を顰める。 カイサル様としては、この祝賀会で露呈してしまった僕の実力を、隠し通す事ができないと考えたのだろう。 おそらく全てを皇帝陛下に話すつもりなのかもしれない。

 陛下はカイサル様の目を見てしばし考え、理由を聞く。


「理由を聞こう」


 カイサル様は臆する事なく、陛下に理由を説明する。


「この子達は何れ、帝国を担う偉大な英雄として名を残すでしょう。 しかし、この歳で政治的に自由を奪えば、その才能を潰すだけでなく、帝国に対して不満を持つ原因となりましょう。

 それに、私はこの子達には、学院でしか学ぶ事ができない事を学んで欲しいのです。 これは親御心とでも思って頂ければと思います」


 そう締めくくるカイサル様に、陛下考えを巡らせる。

 少しして、陛下は口を開いた。


「よかろう…… 成人するまでは政治的に利用しないと約束しよう。 ここで将来有望な人材と、英雄である其方まで敵に回したくないのでな」


 皇帝陛下はそう言って微笑む。


「感謝致します。 では詳しい話は後ほど…」


 頭を下げるカイサル様に、陛下は頷く。 そして、陛下は一度パーティー会場から姿を消した。 状況の把握をする為だろう。

 そして、帝国の兵士達によって賊は連行されていき、祝賀パーティーは中止を余儀なくされた。

 そんな空気の中、勿体無いと一人、空気を読まずに料理に手をつけているセシラ様を見て、僕は思わず笑みを零してしまったのは秘密だ。


 ◆


 そして、カイサル様を始め、僕達グローリア家の者と、勇者シュエと護衛のラフィークさんは皇帝陛下に呼ばれ、場所を移して話の場が設けられる事になった。

 ちなみにニーナ様を始めとした、ウィリアム家の人や、他の人たちは先に会場をあとにしている。

 今、用意された応接室で、皇帝陛下が現れるのを僕達は待っていた。


「して、ロゼよ。 説明して欲しいのだが…」


 徐にそう切り出したカイサル様。 言いたい事は分かる。 なにせ今僕の両隣にはアイエル様と雪桜… シュエが腕にしがみ付いているからだ。

 シュエは嬉しそうに、今まで会えなかった分を取り戻すべく、僕にべったりと引っ付いている。 そして僕をシュエに取られると思ったアイエル様が、反対側から僕にべったりと引っ付くと言う、なんとも板ばさみな状況になっていたからだ。


「えっとですね…」


 僕は何と返すか困ってしまった。 流石に前世の事をこの場で話す訳にも行かず、さらに両脇をアイエル様とシュエに挟まれているので、逃げ出すことも出来ない。 もっとも、逃げ出した所でどうにもならないだろうが…… とりあえず適当にとぼけよう。


「僕にも何がなにやら……」


 カイサル様は溜め息を漏らす。


「ロゼよ、女ったらしなのは分かるが、その歳でそれだと逆に心配になってきたぞ」

「返す言葉もありません」


 僕は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。


「セン… ロゼくんは女ったらしじゃないですよ。 紳士で鈍感なだけです」


 シュエさん? 何を言い出すのかな?


「ねー アイエルちゃん。 ロゼくんは優しいから好きになっちゃうよねー」


 何故かアイエル様にそう同意を求めだす。 相変わらず恥ずかしげも無くこっちが照れてしまう事をさらっと言う… アイエル様はアイエル様で、分かっているのかいないのか、思わず「う、うん」と頷いてしまう。


「はぁ、まぁ良いが、陛下が来られたら二人とも場を弁えてくれるか?」


 そう言われ、シュエは軽い感じで「はーい」とカイサル様に返す。 アイエル様は理解していないみたいだ。


「アイエル。 陛下が来たらロゼを放すんだぞ。 目の前で抱きつくのは失礼にあたるからな」


 そうカイサル様が説明し直し、アイエル様は「うん」と頷く。

 それから少しして、皇帝陛下が護衛の兵士と、一人の官僚と思われる男性を引き連れて、応接室へと姿を現した。

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