第九十話「シュエの軌跡 帝城」

 ◆


 それからしばらくして、慌てた様子で私達の元へと駆け寄るラフィークの姿を目にした。

 あ、完全にラフィークの事忘れてた……

 ラフィークはこの輪に動じる事もなく、私に苦言を言う。


「シュエ様、お探しましたよ!」


 荒げた息を軽く整え、髪をかき上げるながら私に注意するラフィーク。 


「式典が終わったら、入り口の所で待っていて下さいと申したではないですか」

「ごめーん、アイエルちゃんが可愛すぎて、ラフィークの事忘れてた」


 私は冗談半分で笑って、アイエルちゃんに抱き着きながら謝る。 反省も後悔もしない。 だってアイエルちゃんが可愛かったのは本当だから。

 そんな私に、呆れてため息をつくラフィーク。


「それで、シュエ様。 こちらの方々は?」

「今日できた親友とその家族?」


 私は首を傾げながらそう答えた。 ラフィークはそんな私の言葉に何も言わず、アイエルちゃん達のご両親に向かって深々と頭を下る。


「申し遅れました。 私、シュエ様の従者兼保護者を仰せつかっております、聖シュトレーゼ皇国、聖騎士のラフィークと申します。 シュエ様はこんな性格をしておりますので、色々と非礼があったかと存じますが、どうかご容赦を」


 こんなって…… 私は謝るラフィークに抗議する。


「酷い! 私を何だと思ってるの!」

「さぁ、シュエ様。 祝賀会の準備に一度お屋敷に戻りますよ」


 無視ですか? そーですか。 てか、そんな急がなくても祝賀会まで時間は十分あると思うんだけど……


「えー もうちょっとアイエルちゃん達とお喋りしたかったのに」

「なりません。 今日は皇帝陛下に謁見できる大事な日でもあるのです。 あまり我が儘を申されては困ります」


 今日のラフィークはなんだか強気ね。 私がラフィークの事忘れてたの、根に持ってるのかな?

 私は「ぶぅー」と口を尖らせて、その意見に不服を訴える。


「今日の謁見でしっかりとご挨拶しないと、無理を言って学院に通わせて貰うのです。 追い出されでもしたら大問題ですよ。 ここは皇国とは違うのです」


 そう言われると返す言葉が見つからない。


「ぅう… 分かったわよ。 はぁ… 堅苦しいの苦手なんだけどなぁ」


 私はため息をつきながら諦める。 そして、アイエルちゃんの手を握って言う。


「アイエルちゃん。 また帝城で会いましょ」


 それから私とラフィークは、アイエルちゃん達と別れ、皇帝陛下に謁見する準備を整える為に、宿泊している宿へと急ぎ戻った。


 ◆


 宿に戻ると、私は謁見と祝賀会の為に用意した、豪華な蒼いドレスに着替えた。 あんまりヒラヒラしたのは好きじゃないんだけどな…… それに裾が長いから動きにくいし、制服で良いんじゃないのと思う。 ラフィークに言ったら駄目って怒られたけど……

 そのラフィークはと言うと、相変わらず聖騎士の格好のまま謁見に臨むらしい。

 謁見では帯剣を許されていないので、私はドレスと言う事もあり、このまま宿に剣を置いて行く事にする。 ラフィークは一応護衛と言う事で、入城時に剣を預けるみたいだけど…… それに、一応帝城から迎えが来る手はずになっているので、護り的には問題ないと思う。

 私達は準備を整え、後は迎えを待つだけとなった。 皇帝陛下に謁見だなんて、なんだか緊張するな……


 そして、私達が準備を整え終えてから少しして、帝城からの迎えが来た。

 手配されたのは豪華な馬車が一台と、護衛の帝国騎馬騎士が十名。 丁寧に対応されているので、帝国側からの印象的には悪くないのかもしれない。

 私達は護衛の帝国騎士に案内されるまま、馬車に乗り込み帝城へと向かった。


 ◆


 帝城に到着すると、ラフィークは剣を預け、待機していた宰相と思われる偉い人に案内される。 そして、入り組んだ豪華な廊下を抜けて豪華な応接室に通された。


「本来であれば、謁見の間にて謁見を行うところですが、今宵は祝賀パーティの件もあり、この様な場での謁見となりました事を心よりお詫び申し上げます。 今、陛下が参られますので、お座りになられ、今暫くお待ち願います」


 私達は座る様に促され、メイドのお姉さんがお茶を用意してくれる。


「ありがとうございます」


 私達がソファーに座ると宰相は扉の側に控え、皇帝陛下が来られるのを待つ。

 私としては仰々しい所で謁見するより、だいぶ気が楽で助かる。 気難しい人じゃなければ良いけど……


 それから暫くして、宰相が皇帝陛下が来られた事を告げた。


「陛下が参られました」


 私達は立ち上がり、皇帝陛下を迎える準備をする。

 護衛の兵士を連れ立って現れたのは、立派な髭を蓄え、一際豪華宝飾品が施された衣装に身を包んだ皇帝陛下と皇后陛下。 そして入学式の時に在校生代表の挨拶をしていた、ラティウス皇太子殿下だった。

 私は頭を下げ、カーテシーをして皇族を迎え入れる。 ラフィークは膝を折って胸に手を当て、騎士の礼を尽くす。

 皇帝陛下は私達の姿を確認すると、口を開いた。


「待たせてすまない。 良くぞ来てくれた」

「お招きにあずかり、光栄です」


 そう言うと、皇帝陛下はソファーに腰掛ける、皇后陛下とラティウス皇太子殿下もソファーに腰掛けると、宰相はスッと皇帝陛下の後ろに控えた。


「立ち話もなんだ。 二人とも掛けたまえ」

「ありがとうございます」「恐縮です」


 私とラフィークは促されるまま、皇帝陛下の向かいのソファーに腰掛ける。 直ぐにメイドが新しいお茶を用意してくれた。


「この度は、我がシュトレーゼ皇国からの無理なお願いを聞き入れて頂き、感謝致します。 これは教皇様よりお預かりした献上の品です。 お納め下さい…」


 ラフィークは感謝の言葉を伝えると、教皇様から預かった品を差し出す。


「うむ。 礼を言おう」


 皇帝陛下は頷くと、後ろに控えて居た宰相が代わりに品を預かる。 この場では開けないらしい。


「して、其方が噂の勇者の少女か?」

「えっと、はい……」

「名を何と申す?」

「シュエ・セレジェイラです」

「聖剣はどうされた?」

「陛下との謁見には不要かと、宿に置いてきました…」

「ほう… 我らが其方に害をなすとは考えなかったのか?」

「その時はその時です。 それにもし害を成すようであれば、シュトレーゼ皇国も黙っては居ないでしょうし、帝国としてもメリットがあるとはとても思えないので…」


 皇帝陛下は私のその言葉に、嬉しそうに豪快に笑う。


「ハッハッハ。 なかなかできた勇者殿の様だ。 これは将来が頼もしい。

 誕生した勇者が、帝国に害をもたらす様であれば、今後の対応を検討せねばと思っておったが、杞憂だったようだ」


 私が武器を置いて来た事で、どうやら陛下には良い印象を与えたみたいで、満足そうに微笑んでくれた。 でも、私が本当に勇者かどうか判断する材料がない事は事実。 陛下は悩んだ末に私に言った。


「それはそうと、其方が勇者たりえるかを、帝国としては確かめねばならぬ。 信用していない訳ではないが、其方が勇者だと言う確証が欲しいのだ」


 確証か…… 確かに皇帝陛下としては、シュトレーゼ皇国の話をすべて鵜呑みにする訳にも行かないんだと思う。 万が一、皇国側の罠と言う可能性も、帝国側としては否定できない……


「どうすれば信じて貰えるんでしょうか?」


 私は正直に皇帝陛下に訊ねた。


「そうだな…… 明日で構わん。 其方の持つ聖剣を余に見せてくれ」

「陛下の前に武器をお持ちしても良いんですか?」

「構わん。 特別に許す」


 今すぐにでも見せれるんだけど、本当に良いのかな?…… 私はラフィークに目で確認を取る。 ラフィークは私の考えている事を察したのか、静かに頷いた。


「あの、えーと…… 陛下。 陛下が望むなら、今この場に聖剣を召喚する事が出来るんですが、どうしますか?」


 私の言葉に陛下を始め、その場に居る者は皆、驚きの表情を浮かべる。 そして、陛下は私の目を見据えると意を決して応えた。


「分かった、では召喚してくれ」


 その言葉に、宰相が「陛下!」と慌てて止めに入る。


「今この場には、皇后陛下もラティウス皇太子殿下もおられるのです。 この場で聖剣を召喚するのは、万が一の事を考えますれば了承致しかねます」

「宰相。 余は目の前の彼女を信じると決めたのだ。

 それに、彼女にその気であれば、その事実を隠して余を害す事など容易い事だろう。 そうは思わぬか?」


 皇帝陛下の言葉に、宰相は言葉を詰まらせる。


「シュエと申したか…… 見せて貰えるか?」

「分かりました」


 私は陛下の言葉に従い、聖剣が手元に現れるイメージをする。 そして「来て!」と呼びかけ、聖剣をこの場に召喚した。

 何も無い空間から、突如として現れた神聖なオーラを纏う聖剣。 流石の皇帝陛下を含めた、帝国の人たちも驚きの表情を浮かべている。 私は聖剣をそっとテーブルの上に置くと、皇帝陛下に差し出した。


「これが聖シュトレーゼ皇国に伝わる聖剣です」


 皇帝陛下はその聖剣をまじまじと見つめて言う。


「驚いたな。 まさか本当に聖剣を目にする事になろうとは……

 確かに、この剣からは神聖なオーラを感じる。 何も無い空間から現れた事からも、其方が聖剣の主、勇者である事は間違いないだろう。 疑って悪かったな」

「いえ……」

「わざわざ見せて貰って悪いのだが、この後の祝賀パーティには帯剣は出来ぬ。 申し訳ないが預からせて貰う事になるが構わぬか?」

「大丈夫です」


 私に言質を取ると、陛下の合図で待機していた兵士が、預かる為に聖剣に手を掛ける。 しかし、案の定と言うか、一人の兵士の力では持ち上げる事すらできない。

 焦る兵士に、ラフィークが説明する。


「陛下、その聖剣は主であるシュエ様以外には、持つ事すらままならない代物です」

「なんと… それは実か?」


 預かろうとしていた兵士に確認を取る陛下。


「はっ! 持ち上げる事すらできません」


 その言葉に陛下自ら聖剣に手を掛けるが、結果は同じだった。


「仕方ない。 見張りの兵士をここに置こう。 それで祝賀パーティの件だが、帝国としては勇者の君を受け入れた事を内外に知らせる義務がある。 すまないがパーティの席で紹介させて頂くのでそのつもりで頼む」

「わ… 分かりました……」


 本当はそっとしておいて欲しいんだけど、やっぱりそう言う訳には行かないか……

 そしてその後、皇帝陛下とは今後の帝国での事でいろいろと話し、私を狙う存在や、学院の警備についても話を進めた。

 皇帝陛下に気に入ってもらえた事で、そのあたりもちゃんと手配してくれる約束も取り付けれた。 これで学院で被害が出ないといいんだけど……


 そして、ついに祝賀パーティーが始まる時間となった。

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