第八十九話「シュエの軌跡 入学式 後編」

 ◆


 会場に到着すると、入り口で合図を待ち、アイエルちゃんを先頭に入場していく。

 途中、アイエルちゃんの使い魔? が乱入してびっくりしたけど、確認したら「アイエル様のペットですよ」とロゼくんに軽く流されてしまった。

 保護者の反応も「今年の新入生は使い魔まで使役してるのか」だとか、「あら可愛らしい」だとか、みんな興味津々だけど、誰も何も言わない。 そのままアイエルちゃんは進んじゃうし、学院的には問題ないらしい…… さすが魔術学院。 使い魔程度では動じなかった。

 そして、全ての新入生の入場が終わると、司会の先生が「新入生、保護者、並びに関係者の方は着席ください」と着席を促し、皆一様に席に着く。


「これより、第二百十八回、メルトレス帝国学院入学式を執り行います。 教員は壇上へお上がり下さい」


 そんな感じで、入学式が開会した。

 まずは先生の紹介から祝辞をし、生徒会長の挨拶と続く。 生徒会長はなんと帝国の皇太子様でした。 実力主義の学院で、生徒会長を務めていると言う事は、それだけ優秀な皇太子様と言う事だよね…… ハイスペックイケメンとか、実在するとは思わなかった。

 生徒会長の挨拶が終ると、新入生代表としてアイエルちゃんの名前が呼ばれた。


「アイエルちゃん、ファイト!」


 他の皆も小声でエールを送る。

 アイエルちゃんは深呼吸すると檀上に上がり、新入生代表の挨拶を述べる。


「新入生代表の挨拶を勤めさせて頂く事にになりました、アイエル・フォン・グローリアです。 この良き日に、新入生を代表してこの場に立たせて頂いている事を、光栄に思います。 そして、ここまで立派に育てて頂いたお父様、お母様と関係者の方々に感謝を述べさせて頂きます」


 そう言うとアイエルちゃんは軽く頭を下げる。 思ってたよりもしっかりした挨拶で驚いちゃった。


「これから私たちは、栄誉あるメルトレス帝国学院と言う学び舎で、未来への一歩を踏み出します。 まだまだ未熟な私たちですが、未来への助けとなるよう、どうかご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。

 以上を持ちまして、新入生代表の挨拶とさせて頂きます」


 六歳の少女の挨拶とは思えないほど立派な挨拶に、惜しみない拍手が送られる。

 アイエルちゃんは挨拶を終えて、司会の先生に促されて席に戻ってくる。 緊張のあまり途中で躓いてたけど、皇太子様に助けられ、そそくさと戻って来た。


「はふ~ 緊張したよぉ~」

「ご立派でしたよ、アイエル様」


 ロゼくんがアイエルちゃんを労い、それに続いて私達も労う。


「お疲れ様、アイエルちゃん!」

「ご苦労じゃったの、 なかなかじゃったぞ」

「もっとグダグダになるかと思いましたのに、素敵な挨拶でしたわ」


 アイエルちゃんは、照れながら「えへへ… ありがとう、皆」と感謝の言葉を口にした。 ホッとした感じで、笑みがこぼれている。

 そして、そんな私達にかまう事なく、司会の先生はスケジュールを進める。


「続きまして、我がメルトレス帝国学院、学院長のお言葉です。 学院長、宜しくお願い致します」


 そう言えば、学院長ってどんな人なんだろう…… 結局挨拶できないまま入学式迎えちゃったけど……

 そんな事を考え、檀上に注目するととんでもない人が檀上に上がって来た。


「みんなぁ~♪ 入学おめでとぉ❤ 私が学院長のジーザス・フォン・メルトレスよぉん♪ 皆よろしくね♪」


 彼? 彼女と言った方が良いのかな?…… 体格良い、はち切れんばかりの筋骨粒々の髭を生やした小父さんが、ゴシックロリータの恰好をして現れたら、誰だって目を疑うと思う。

 私も思わず「うわぁ…」と声を漏らしてしまった。

 この学院、大丈夫だろうか…… 絶対教育上良くないと思うんだけど………


「今年は特に可愛い男の子… いえ、優秀な生徒が居るみたいだら、私も期待してるのよぉ♪ 私、めいいっぱい愛でてあげるわ」


 男の子って言った! 男の子っていっちゃったよ!

「お巡りさん。 この人変態です!」と通報したくなっちゃったよ。 警察とか居るか知らないけど……

 そしたら今度、ビシッとしたスーツを着こなした女性が現れて、学院長を注意する。


「ジーザス、そんな挨拶では子供達が怯えてしまう」

「あら、私は可愛い子供達を愛でてあげると言ったのよ?」

「私はエメラ・フォン・メルトレス。 この学院の理事長を務めております。 皆怖がらないでね、この人こう見えても根は優しい人だから」


 現れたのは理事長だったみたい。 真っ白な歯を無駄にキランと輝かせ、男前な笑顔を見せる。


「それからジーザス、男の子ばかり見てないで、ちゃんと女の子達も見てあげないと。 こんな素敵な少女達が入学すると言うのに、目を掛けないなんて勿体無いだろ」


 そう言ってポッと頬を染める……

 こっちもマトモじゃなかった!! 教育現場に居たらダメな人達だ。


「ジーザス学院長とエメラ理事長の挨拶でした。 皆さん拍手を」


 それを分かっているのか、司会の先生は二人を無視して強引に挨拶を終わらせ、先生達も生徒と保護者を無視して拍手を送る。

 二人は苦情を言って居たけど、アラム教員統括が宥めながら壇上から退場させてた。

 もしかしたら、最初に挨拶に行った時に居なかったのは、居なかったんじゃなくて合わせたくなかっただけだったのかもしれない……

 そして、最後にアラム教員統括からの挨拶があり、何事もなかったかの様に入学式は閉会した。


 ◆


 閉会後、私達は再び控室に案内された。

 そこでローデンリー先生に、最初の登校日の詳細と、授業内容を簡単に説明してもらった。

 今日はこれで終わりらしい。 後は広場で保護者と合流して、夜に開かれる祝賀会に備える流れみたい。 私は、アイエルちゃん達と一緒に広場まで行くと、皆のご両親を一緒に待つ事になったんだけど、ロゼくんがいきなり無詠唱でテーブルと椅子を魔法で作って、そこに何処からか取り出したティーセットを用意しだす。

 驚いたのは私だけじゃなかったみたいで、ニーナちゃんもロゼくんにその事を聞いてた。


「ロゼ様、今の魔術は何ですの?! 何もない地面から椅子とテーブルが…」


 私もニーナちゃんに同意し「…うん、そんな魔法初めて見たよ」と付け加える。 ロゼくんは気にする事なくお茶の準備を進めながら説明してくれた。


「はい。 ただの土魔術ですよ。 かまどを作ったりする生活魔術、ゲネシステールの応用で生成しました」


 魔法の応用……


「そんな事もできるのね」


 私は感心して呟いた。

 そして、アイエルちゃんは使い魔のクロちゃんを抱え、当たり前の様にロゼくんが作った椅子に腰かける。 セシラちゃんも特に気にした様子もない。

 私とニーナちゃんはお互いに顔を見て、用意された椅子に座り、ご両親が来られるまでの間、お茶とお菓子をご馳走になる事になった。


 そして、最初に会場から出てきたのは、アイエルちゃんのご両親。


「待たせたな」

「パパ! ママ!」


 アイエルちゃんは嬉しそうにご両親に駆け寄る。

 お母さんはアイエルちゃんに似て、すごく美人さんで、思わず見とれちゃった。

 そんな私を置いておいて、ロゼくんが出来る執事の鏡と言うか、流れる様に追加で椅子を用意すると、そのままお茶を用意した。


「カイサル様、アリシア様、立ち話もなんですので、どうぞお掛けください」


 アイエルちゃんのお父さんが「ロゼならそれくらい当然か」と呟き、ご両親共に椅子に腰かける。 この方が英雄と名高いアイエルちゃんのお父さん…… 確かにすごい貫禄とオーラを感じる。 そんな事を思って居ると、ニーナちゃんがカーテシーをして頭を下げ、お二人と挨拶を交わす。


「カイサル様、アリシア様。 ご無沙汰しておりますわ」

「ニーナ嬢か、久しいな。 して、そちらのお嬢さんは?」


 ニーナちゃんとは面識があるのか、アイエルちゃんのお父さんがそう言った後、私の姿を見て訪ねてくる。 いけない。 自己紹介しなきゃ…


「お初にお目にかかります。 シュエ・セレジェイラです」


 私はニーナちゃんに倣ってカーテシーをし、頭を下げて自己紹介すると、それに付け加える様に、ロゼくんが紹介してくれた。


「カイサル様。 シュエ様は聖シュトレーゼ皇国の、噂の勇者様であります」


 アイエルちゃんのお父さんは驚いた表情を浮かべ、噂には聞いていたみたいで「ほう… 君があの…」と呟きながら私を見る。


「えっと、はい。 お恥ずかしながら聖剣に選ばれてしまっただけで、あまり勇者としての自覚はなかったりするんですが」

「謙遜しなくても良い、聖剣に選ばれると言う事だけで、大変名誉な事だ。 民の希望の象徴として、どうか精一杯頑張ってもらいたい」


 アイエルちゃんのお父さんは、そう言うと徐に頭を下げる。 私は慌ててその行為を止める。 私なんかに頭を下げられたら困る。


「えっと、やめてください! 私なんてまだまだです。

 それに、私よりもアイエルちゃんの方がずっとすごい魔法をつかえたり、主席で入学される程なんですよ? なんで私が選ばれたのかが不思議なくらいです」

「謙遜しなくとも良い、勇者に選ばれたと言う事は、それだけ可能性を秘めていると言う事だ。 この子の場合、環境が特殊だったのもあるし、それなりの才能もあったから主席を取れたに過ぎない。 勇者である君が同じ環境にあれば、きっと主席だったのは君だっただろう」


 そんな事ないと思うけどな…… 私も勇者に選ばれてから、教会の方々に色々教えてもらったし、すごく環境も整ってたし…… それは違うと思う。


「それはそうと、自己紹介がまだだったな。 私はカイサル・フォン・グローリア。 アイエルの父だ。 そしてコチラが妻のアリシアだ」

「よ… 宜しくお願いします」


 私は慌てて頭を下げる。 


「それよりもだ、娘を君の従者にする気で居るなら考え直してもらいたい」


 え? 従者? 何の話? 私は唐突に話を切り出され、一瞬混乱したけど、アイエルちゃんのお父さんが言いたい事は何となく分かった。 私と居る事でアイエルちゃんを危険に巻き込んでほしくないのだろう。

 でも、アイエルちゃんみたいに優秀な魔法使いが仲間になってくれたら、確かに私的には心強い。 私は正直に自分の気持ちを伝える事にした。


「従者とかじゃないけど、旅の仲間? にはなってもらえたら嬉しいなとは思ってるかな。 それにアイエルちゃん可愛いから普通に友達になりたいし」

「強制する気は… ないのだな?」


 私は慌てて「そんな事しないですよ!」と、否定する。 そもそも強制なんて出来ないし……


「そうか… それなら良いのだが…」


 ひとまず納得してくれたみたい…… なんか勇者と言うだけで、みんな身構えちゃうのかな…… 

 それから少しして、アイエルちゃんのご両親に負けないぐらい、豪華な衣装に身を包んだ壮年の男性と女性が、私達の所へと現れた。 どうやらニーナちゃんのご両親らしい。 なんかアイエルちゃんのご両親とも仲良さげに話を咲かせている。 私は話の邪魔にならない様に様子を覗っていたんだけど、元々アイエルちゃんのお父さんとニーナちゃんのお父さんは、ライバルみたいな関係だったらしい。 それから、アイエルちゃんとロゼくんが、ニーナちゃんを助けたのが切っ掛けみたいで、交流する様になったっぽい。ご両親同士の昔話に花を咲かせていた。 セシラちゃんはと言うと、我関せずでと言った感じで、ひたすら御菓子を頬張っている。 なんか話しかけ辛いし…… 私もお茶とお菓子を頂きながら、とりあえず様子を見る事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る