第八十七話「シュエの軌跡 入学試験 後編」

 担架に乗せられ、皆に見送られながら医務室に運ばれていく騎士団長。

 他にも彼女みたいな子が居るのだろうか…… そう思って続きの試験を見てたんだけど、その後気になる子は現れなかった。

 そして、剣術の実技試験は、以降何事もなく終わりを迎えた。


 「剣術の試験はこれで終わりだ。 次は魔術の試験に移る。 剣術の試験で思わしくない成績であっても落ち込まず、魔術の試験で取り返せば十分合格できる。 精一杯挑んで欲しい」


 剣術の試験官がそう言い、今度は魔法の女性試験官が説明を始める。


「それでは皆、これから魔術の試験を始めます。 少し的の前まで移動しますよ」


 女性試験官の誘導で、的が設置されたエリアに移動する受験生達。


「これから貴方達には、今自分ができるもっとも得意な魔術を見せてもらいます。

 あの的に向けて、全力で魔術を使用してください」


 女性試験官の言葉に「「「「はい!」」」」と返事を返す受験生達。

 そして、魔法の試験が開始された。

 試験は、一人一人が前に出て、それぞれ得意の魔法を披露する形式で行われた。

 見たところ、皆生活魔法や初級魔法がやっとと言った感じで、中級魔法を扱える私なら、合格は間違いないかなと思えた。

 そんな事を考えていたら、私の名前が呼ばれた。

 私は前に出ると「シュエ・セレジェイラです。 宜しくお願いします」と頭を下げ、呪文を詠唱する。


「遍く光の戦輝よ、我が前に立ちふさがりし魔を祓え! レイシューヴァ・ヴェロス光矢の雨!」


 光の広範囲中級魔法、レイシューヴァ・ヴェロス。 私が今使える一番高位の魔法。

 私の放った魔法は、全ての的に向かって飛翔し、的を吹き飛ばす。

 剣も魔法も、これだけ実力を見せれば文句無しで合格間違いないと思う。

 私の放った中級魔法に、皆驚いてる。


「流石ね、もう中級魔術まで使えるなんて… それに一番難しいとされる光魔術をこうも制御してみせるなんて、今の所、貴女が魔術試験トップの成績よ」

「ありがとう御座います」

「列に戻りなさい」

「はい」


 私は一礼すると列に戻る。 まだ場はザワついていたけど、淡々と試験は続けられ、再び英雄の娘と思われる、真っ白な少女の出番が回ってきた。

 いったいどんな魔法を見せてくれるのだろうか……

 そう思って様子を見ていると、少女は何を思ったのか、徐ろに拳を後ろ手に引き、一気に拳を突き出した。 そして、驚いた事に少女の手から放たれた風圧は、的を的確に吹き飛ばした。

 いったいあれは魔法? 詠唱してた素振りもなかったし、いったいどう言う事?

 女性試験官が彼女に何か話して聞いている。 そして声を大きくして「まさか、無詠唱魔術!?」と驚いている。

 魔法って詠唱しなくても使えるの? だとすれば、この学院に居ればそれも学べるのだろうか… そう考えると、やっぱり学院に来て正解だった。

 私はこれから始まる学院生活に、期待に胸を膨らます。

 そして、何人か後、さっきは気付かなかったけど、凄い不思議な美少女が前に出て来た。

 何が不思議って、その美少女。 左右で瞳の色が違い、少し青みかかった白銀の髪が、光の加減で虹色に変わると言う。 とても人とは思えない神秘的な容姿をしていたからなんだけどね。 出て来た時、女の私でも思わず見とれてしまった。 周囲の受験生も同じ反応で、さっきまでザワついていたのが嘘の様に静まり返っている。

 少女は緊張しているのか、スカートの裾を握り締め、固まってしまっている。

 試験官の先生も、心配して確認する。


「アイエルさん? 具合でも悪いですか?」


 少女はフルフルと首を振る。


「試験続けられますか?」

 

 そう問われ、少女はなんとかコクリと頷く。

 それを確認した試験官の先生は、魔法を使う様に促す。


「では、得意な魔術をあの的に目掛けて放ってください」


 言われ、少女は顔を上げたが、なかなか魔法を使おうとしない。

 心配になった試験官の先生が「アイエルさん?」と声を掛けた瞬間。 少女を中心に氷の花が咲くが如く、凄まじい威力の氷魔法が、試験会場全体を氷漬けにした。

 私が使える中級魔法なんて、霞んで見える程の高位魔法。 あんな年端も行かない少女が、これほどの魔法が使えるなんて、信じられない……

 それに不思議なのが、私達の周りだけ魔法の影響がない事。 そんな精密な制御ができる事に驚く。 一体彼女は何者なの……

 周りを見ても、試験官の先生でさえ驚きを隠せて居ない様子。 みんな唖然としている。

 一早く我に返った試験官の先生は、手放しで彼女を賞賛する。


「素晴らしいわ、アイエルさん! その歳で高位魔術を扱えるなんて!

 いったい誰に師事を受けたの? もしかして英雄のお父様かしら?」


 英雄の娘は彼女の事だったみたい……

 と言う事は、この国の英雄は大魔法使いという事? もしかしたらプリムラとセレソの呪いを解く方法を知っているかもしれない……

 私が少女を見ながらそんな事を考えていると、少女は何を思ったのか、急に宙に浮かび上がり、逃げるように試験会場から飛び去って行ってしまった。

 試験官の先生は「あっ! まってアイエルさん!」と慌てて制止するが、少女の耳には届いていないのか、完全に姿が見えなくなってしまった。

 すごい…… あんな魔法もあるんだ…… やっぱり皇国を出て帝国に来て正解だった。

 これはますます彼女と友達になって、いろいろと教えて貰った方が良いかもしれない。 それに、彼女にお願いして、英雄とお近づきになれれば、プリムラとセレソを救う一番の近道になるかもしれないし…… ていうか、彼女すごく可愛いし、今の私友達居ないし…… 普通に友達になれたらな……

 そんな打算的な事を考えて居たら、試験官の先生が魔法を使って凍り付いた訓練場を元に戻し、試験が再開された。

 そして、少女は戻ってくる事なく、魔法の試験は終了し、これですべての試験は終了した。

 試験の結果は、後日発表される事になる。 合格は間違い無いだろうけど、あの子とまた会えるかな……

 私は姿を消した少女の姿を思い出していた。


 ◆


 試験結果は、三日後に宿に届けられた。

 勿論結果は合格。 届けられた手紙には、入学式の日時と場所が記されていた。


「試験合格、おめでとうございます。 シュエ様」

「ありがとう、ラフィーク」

「それから、帝城よりも書簡が届いております」

「謁見の日時が決まったの?」

「ええ。 なんでも、入学式の後に開かれる、祝賀パーティがあるそうなのですが、そのパーティが始まる前に謁見を行い、祝賀パーティにてシュエ様を紹介なさるようです」


 私はそれを聞いて「うへぇ…」と項垂れる。


「よりによってパーティで紹介しなくても…… また目立つじゃない……」


 ラフィークは苦笑する。


「シュエ様は人類の希望。 これも宿命でございます」

「そんな宿命、要らない……」


 私はそう言ってベットに伏す。


「これじゃ狙ってくださいって、言ってる様なものじゃない……」

「ご安心ください。 私が必ずシュエ様をお護り致しますので」

「そういう問題じゃないの! またプリムラとセレソみたいに、私のせいで誰かが傷つくのが嫌なの!」


 こんな時、先輩だったらどうしてたのかな……

 私はもう会う事の出来ない、唯一尊敬した人の事を思い浮かべていた。

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