第八十五話「シュエの軌跡 騒ぎになってました」
◆
結果から言うと、作戦は上手く行った。
やはりと言うか、夜が更けてからリンカルの街を抜け出した時、尾行していたであろう敵の刺客が私達を追いかけて来たんだけど、作戦通り橋を渡りきった所で橋を落とし、うまく森に逃げ込む事ができた。
それからも予定していた通りに精霊を召喚し、二週間くらいかけて無事に迷う事なく森を抜ける事ができた。 それから私達は帝国との国境の街、サリトアで馬車に乗り換え、帝都サンチェリスタまで一週間程、馬車に揺られた。
そして、ついに帝国の首都、帝都サンチェリスタの防壁が見えてきた。
「何事もなくて良かったよ……」
私はホッと胸を撫で下ろす。 次第に大きくなる帝都の防壁。 近づけば近づくほど、その巨大さに驚いた。
「凄い防壁だね…… 聖都よりも大きいかも……」
「ええ、そうですね……」
二人して見とれていると、馬車は門の前で停まる。
私達は御者さんにお礼を言い、馬車を降りると、入門を待つ人の列に並んだ。
因みに、門の近くには、露天が立ち並び、商売をしている商人の姿が結構いる。 防壁の外にもかかわらず、建物も普通に建ってるし、スラムと言う訳では無さそうなんだけど、やはり人口密度が多いのだろうか……
それから、帝都に着くまでに馬車の中で感じてたけど、シュトレーゼ皇国は石造りの街と言った感じで、帝都は木と石で出来た街と言った感じ。 建物の高さは帝国の方が高い。
私はそんな街並みにキョロキョロしながら、入門の順番を待ち、用意してもらった通行書を見せ、問題なく帝都の中へ入る事が出来た。
そして、防壁の中に広がる立派な建物の数々に、私は思わず声を上げてしまった。
「わぁ……」
「流石帝国ですね… 高い技術力を感じます」
「そうだね…… 聖都デュラッセンも凄いと思ったけど、帝都はそれ以上だった……
防壁の外でも建物が立派だったし……」
「さ、シュエ様。 まずは無事に到着した事を学院に報告に向かいましょう」
「あれ? お城に行かなくていいの?」
「帝国からの手紙には、学院に顔を出す様に書かれています。 恐らく皇帝陛下とのアポを取るまでの間、そこで世話になれと言う事かと……」
「それもそうだね…… 皇帝陛下となると、そう易々と会えなくて当然かも……」
「では、学院へと向かいましょう」
「ええ」
私とラフィークは、メルトレス帝国学院を目指し、歩き出した。
◆
メルトレス帝国学院は四方を防壁で囲まれ、大きな広場のあるお城の様な建物だった。
私達は、防壁に設けられた校門に到着すると、守衛さんに皇帝陛下からの紹介状を見せる。 話が通って居たのか、守衛さんは慌てて敬礼し、中へと案内してくれた。
通されたのは、豪華な調度品が置かれた応接室。 ここに来るまでに学院内をだいぶ歩いたけど、学院の中に住居と思わしき建物が立ち並んでいたのには驚いた。
流石名門学院。 スケールが大きい。
私達は案内されるまま、応接室のソファーに腰掛ける。 すぐに女性の職員が、お茶を用意してくれた。
「少々お待ちください。 今、教員統括を呼びに行かせましたので」
「ありがとうございます」
あれ? 学院長じゃなくて教員統括?
不思議に思ったものの、学院長となると忙しいのかもしれない。
暫く待つと、教員統括と思われる男性が、女性職員を引き連れて、応接室に姿を現した。
私達は立ち上がって頭を下げると、二人も頭を下げた。
「お待たせ致しました」
女性職員がそう言うと、二人は自己紹介をする。
「お初にお目にかかります、勇者様。 メルトレス帝国学院で、教員統括をしております、アラム・フォン・メルトレスと申します。 そしてこちらが…」
「学院の魔術教員を務めております、ローデンリーと申します」
私達もそれに習って、自己紹介を返す。
「シュエ・セレジェイラです」
「シュエ様の護衛騎士、ラフィークと申します」
自己紹介が一通り終わると、アラム教員統括は私達に座る様に促し、私達の向かいのソファーに腰掛ける。 私達もそのままソファーに座った。
「この度は、突然の無理なお願いを聞き届けて頂き、誠に有難う御座います」
私はそう言って頭を下げる。
「いえ、我々も人類の危機に立ち向かう為に、協力は惜しみません。 ただ、この学院は実力主義で御座います。 勇者であれ他国の王侯貴族であれ、入学には公平を期さねばなりません。 誠に申し訳ありませんが、勇者様にも試験を受けて貰わねばならないのです」
申し訳なさそうにそう説明するアラム教員統括。
「その事は大丈夫です。 私、こう見えても優秀なんですよ」
私が冗談っぽくそう言うと、「頼もしい限りです」とアラム教員統括は笑みを浮かべる。
「試験は一週間後です。 学院で寮を用意して差し上げたい所なのですが、規則で部外者を入れる事が出来ないのです。 知り合いに宿屋を経営している者がおりますので、入学まではそちらをご紹介しましょう」
「ありがとう御座います」
私達は立ち上がり、応接室を出ようとした所で、扉の向こうからドタドタと音が聞こえ、慌てる人の声がした。 それに気付いたローデンリー先生が、慌てて扉を開ける。
そこには数人の生徒が、盗み聴きしていたのか、逃げ遅れた生徒がドミノ倒しになっていた。
「あなた達!」
生徒達を叱りつけるローデンリー先生。
「えっと、これは……」
困惑するラフィークと私に、アラム教員統括が申し訳なさそうに説明してくれる。
「実は、帝城からの使者が学院に来た際、勇者様の事が生徒達に知れ渡ってしまいまして…… 少し騒ぎになったのですよ。 これからはこの様な事が無い様、しっかり生徒達には言い聞かせますので」
「えっと、私が学院に入学する事が、生徒達に伝わっていると言う事ですか? もしかして街の人にも伝わってたりしないですよね?」
「ええ、もう街でも噂になっておりますよ。 皆、勇者様を歓迎しておられます」
私達の苦労が……
私とラフィークは苦笑いするしかなかった……
◆
私達はその後、アラム教員統括の計らいで、宿屋を手配してもらい、一応、帝国側からも護衛騎士も五名程派遣されてきた。 恐らく監視の意味もあると思うけど、信用の置ける護衛はラフィークだけなので、気は抜かない様にしよう。
それから一週間後、何事もなく入学試験当日を迎えた。
一応それまでに必要な筆記用具や、鞘もない聖剣では目立ちすぎると言う事もあり、武具店にて手ごろな片手剣も用意した。 問題は聖剣をどうするかなんだけどね…… 私は聖剣を手にし、語り掛ける。
「聖剣さん。聖剣さん。 聞きたい事があるんだけど良い?」
(主よ、どうかなされましたか?)
「聖剣さんって、ちっちゃくなったりとか、こう… 人から見えなくなったりとか、異次元に姿隠したりとかできたりしないよね?」
私の質問の意図を察したのか、聖剣は答えてくれる。
(出来ぬが、我は主の意思により、召喚する事ができる。 我は主以外には扱えぬからな)
「召喚? 精霊と同じ様に呼べるって事?」
(その通りだ。 呪文も何も要らぬ。 ただ我を欲しさえすれば、我は主の元へと召喚される。 試しに我を置いて、離れた場所で呼んで見るがよい)
「分かった……」
私は聖剣を壁に立て掛け、部屋の反対側に行くと、聖剣が手元に現れるイメージをする。
「来て!」
そう言うと、立て掛けた聖剣が消え、一瞬で私の手元に収まった。
「本当にできた……
ねぇ、聖剣さん。 どんなに離れててもすぐに私の手元に来られるの?」
(無論だ。 神が干渉しうるこの世界であれば、何処であろうと我は主の元へと
「そうなんだ…… じゃあ誰かに盗まれたとしても、心配いらないね」
(主よ…… せめて心配ぐらいはして欲しいのだが……)
「冗談だよ」
私は笑って言う。 じゃあ、聖剣は何処か人目のつかない所に隠そうかな……
とりあえず部屋に置いておいても問題ないだろうし、こんな大きな剣、試験会場に持っていくと目立つし、とりあえず宿のベットの下にでも隠しておこう……
私が聖剣の隠し場所を考えていると、ラフィークが聖剣との話の内容が気になったのか、訪ねてくる。
「シュエ様、聖剣と何を話されておられたのですか? それに先ほどの魔法は……」
私は聖剣とのやり取りを説明する。
「えっとね、昨日話して持ち歩く用の剣を買ったでしょ。 だから聖剣をどうしようかと思って、聖剣さんに小さくなったりとか、姿を隠したりとかできないか聞いてたの。 そしたら、召喚ならできるって言うから試したの」
「なるほど…… 確かに聖剣の所在はをどうするかは考えなければなりませんね」
「だから聖剣をここに隠して、昨日買ったこっちの剣を持ち歩こうかと…… 必要になれば呼び寄せれるし」
「そうですね、確かにその方が良いのかもしれません。 本当であれば私が預かれたら良かったのですが、私では持つ事もできませんからね」
そう言ってラフィークは苦笑う。
「仕方ないよ。 誰かに預ける訳にも行かないし」
そう言いながら私はベットの裏に聖剣を隠す。
「さ、学院に向かおう。 試験が始まっちゃう」
「ええ」
私とラフィークは、宿屋を跡にし、学院へと向かった。
どんな試験なのか、ワクワクする。 絶対合格してみせる。
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