第八十四話「シュエの軌跡 旅立ち」

「まず、私とラフィークは、そのまま西方連合国へと馬を走らせます。 地図はありますか?」


 確かリンカルの街の先に川が流れていたはず。

 私に言われ、教皇様が戸棚からシュトレーゼ皇国の地図を持ち出し、机に広げる。


「シュエ様、お言葉ですが、いくらシュエ様が神童として、大人顔負けの頭脳をお持ちとは言え、そう上手く行くとはとても思えませぬが……」

「大丈夫。 これ以上この策に関わる人に、裏切り者が居ないかぎりは、かならず成功します。 だって、尾行があると前提で策を立ててるんですから」

「だと、いいのですが……」


 私は広げた地図を見て、条件にあった地点を探し、そこを指差す。


「ここに谷にかかった橋があります。 これはつり橋ですよね?」


 私の質問に、フリッツ司祭様が答える。


「ええ、確かそこは川の両端が絶壁になっている箇所で、渡る為にか架けられた吊橋があったかと思います…… まさか、そこを通り抜けて橋を壊すおつもりですか?」

「流石、フリッツ司祭様です。 正解です。 多分この地図の感じだと、川幅もあり、追っ手は吊橋が無ければ川を越える事が難しいのでは?」

「そうですね…… ですが、それだけは追っ手が振り切れるとも… もしその先の街に敵の手の者が待ち構えて居ないとも限りませんし、それに周囲の街にも手の者が居ないとも限らない。 もし振り切れたとしても、そこで見つかれば意味がないのでは?」


 私はそうくると思っていたので、その先にある森を指さす。


「だから、川を越え、ある程度行った所で、森の中に進路変更します」

「「アルテイルの森を抜ける御つもりですか?!」」


 驚く教皇様とフリッツ司祭様。 私はラフィークを見て問う。


「ラフィーク。 その森の魔物は、強さ的にどんな感じなの?」


 ラフィークはこの案を聞きながら考えを巡らせ、今後の展開を読んだのか粛々と応える。


「恐らく、私とシュエ様の敵ではないでしょう…… しかし、道なき道を行くとなると、迷う危険性が出てきます。 それにその位置から姿を隠し、アルテイルの森を抜けて帝国の近くの町まで向かうとなると、手持ちの食料では限界があるでしょう… 水の確保も必須になります」


 私はニコっと笑って、その問題点を解決する。


「ラフィーク。 私は魔法が使えるんだよ? 水は魔法で生み出せるし、食料なんて森にいっぱいあるじゃない」

「現地調達すると言う事ですか?」

「そうだよ。 木の実もあるだろうし、解毒の魔法だって覚えたし、こんな時の事も考えて、私は書庫で食べれる動植物や、その特徴とかも勉強してたんだよ? 食べれる魔物も居るし、人間一週間は水だけで生きれるんだから」

「いや、しかしですね、迷う危険性を考えると、賛成致しかねます……」


 私はそんなラフィークに「ふふん」と鼻をならし、ある本を取り出す。 この時の為に忍ばせておいたんだけど、フリッツ司祭様はその本を見て察したのか、私に確認してきた。


「シュエ様…… まさか…… 精霊を召喚するおつもりですか?」

「ぴんぽーん。 アタリ。 流石フリッツ司祭様」

「よくそんな本を見つけてきましたね……」


 フリッツ司祭様は呆れ半分、関心半分と言った感じでラフィークに説明する。


「ラフィーク殿。 シュエ様が森の精霊を召喚できれば、森の出口まで迷う事はないでしょう。 しかし、シュエ様? 精霊の召喚には成功しておられるのですか?」


 痛い所をつかれた……


「えっとそれは…… これからかな?」


 私は笑ってごまかす。

 フリッツ司祭様は「はぁ……」と溜め息をつき、呆れながらもその案がもっとも安全に、帝国へ行く為の方法だと思ったのか、しぶしぶながらに賛成してくれる。


「わかりました。 ではシュエ様が精霊魔法を覚えられてから、その方法で行きましょう。 護衛の兵士はその森で待機させれば済む話ですからね…」


 最後にそう付け加えられ、私は異を唱える。


「待って! 護衛の兵士は直接帝国へ向かって欲しいの。 私がメルトレス帝国学院に入学する事は分かってるんだから、変装してばらばらで帝国に向かってもらって、身分を隠して護衛についた方が、敵を欺けると思わない?

 それに、人数が増えればそれだけ機動力が落ちるし、逸れる危険性もふえる」


 私の言葉に、ラフィーク、フリッツ司祭様、教皇様はその提案を検討する。


「確かに、ラフィーク殿が言う様に、森の魔物が二人の敵では無いと言うのであれば、機動力や逸れる危険、それだけでなく食料面でも負担が増える事を考えると、少人数に越した事はないのかも知れませんな…… それに、目に見えて護衛するよりも、影で護衛したほうが敵は油断しやすいですね… そこの所どうなんです? ラフィーク殿」


 フリッツ司祭様の問いにラフィークは頷く。


「確かに、その方が身動きがとりやすいでしょう…… シュトレーゼ皇国人としてではなく、帝国人としてなら、監視がつくこともないでしょうし……」

「いかがです? 教皇様」

「そうですな…… 悪くない…… 帝国側も表立って護衛されるよりも、気を使わずに済む。 表だっての護衛は帝国側に任せ、影で動くのは確かに利がある。

 わかった、帝国側には私から話を通しておこう」


 話がまとまったのを確認し、私は教皇様たちにお礼を言う。


「わがままを言ってすみません。 ありがとうございます」


 そう言って頭を下げる。


「では、シュエ様は精霊魔術を一刻も早くマスターする必要がありそうですね。 頑張ってくださいね。 入学試験に間に合う事を祈ってます……」


 ラフィークはそう言って悪戯っぽく苦笑い、他人事の様に私を煽る。

 むー 言われなくても分かってるけど、なんかその言い方はムカつく。 ここはラフィークも巻き添えにしよう。


「じゃあ、ラフィークも私とはぐれた時を想定して、森を抜ける為に、水の魔法と召喚魔法くらい、覚えておいた方がいいかも知れないね。 私は一人でも帝国まで行けそうだし」


 ラフィークは私がそう言うと、目を丸くしてフリーズした。

 私は知っている。 ラフィークが火と土の魔法以外が不得手な事を…


 ◆


 あれから一週間の時が流れた。

 私はなんとか精霊魔法を覚え、下位の精霊ならなんとか召喚できる様になった。

 聖剣曰く、勇者は精霊と相性が良いらしい。 これで森で迷う事はないかな……

 で、ラフィークはと言うと、私と一緒に精霊召喚を練習していたんだけど、身体強化や魔法とは少し勝手が違うらしく、まだうまく習得できずにいた。 それどころか、水魔法も元々苦手だったらしく、一週間たった今でも、まったくと言って良い程上達していなかった。

 ラフィークは自分が召喚魔法を覚えれなかっただけでなく、水魔法も覚えれなかった事で自信を無くし、凄く落ち込んでいる。

 なんか心配になってきた…… 大丈夫かな……


 そして今、私とラフィークは旅支度を整え、大聖堂前の広場で出発の準備が整うのを待っている。 広場には、私が乗る為の豪華な馬車が用意され、それを囲う様に護衛の聖騎士が隊列を整えている。 そして、さらにその外側には教会の関係者が壁を作り、私を一目見る為に集まった民衆とを隔てている。

 ラフィークは私の隣で、凄く不安な様子で、少し緊張している見たい…


「ねぇ、ラフィーク。 私から逸れちゃだめだよ?」


 私がそう言って茶化したつもりだったんだけど、ラフィークは真剣に受け止め、「心得て居ります……」と自信なさげに応えて肩身を狭くしている。 少し意地悪しすぎちゃったかな?

 私はそんなラフィークの顔を覗き込み、勇気付けるつもりで微笑みかける。


「安心して、私がラフィークを必ず護って見せるから」


 私からの思いもよらない言葉に、一瞬言葉を失うラフィーク。 そして自分の役目を思い出したのか、慌てて私に抗議する。


「シュエ様?! 護衛の私の台詞を取らないでください!」


 私はクスっと笑って、ラフィークに背を向け、用意された豪華な馬車に向かう。


「冗談だよ。 ちゃんと私を事を護ってよね」


 私は首だけ振り返り、ラフィークに笑顔を送って、そのまま馬車へと乗り込んだ。


「まったく…… シュエ様には敵いませんね……」


 ラフィークは頭を掻き、同じく私の後に続いて馬車に乗り込んだ。


「これよりシュエ様は修行の旅に出る! 皆道を開けよ!」


 今回の護衛隊長を勤める騎士が、広場を囲う民衆に向けて高らかに宣言し、道を空けさせる。

 部下の兵士達は敬礼をし、見送り体勢に入る。

 私は見送りに来ていたお父さんとお母さんに手を振り、そして反対の窓から民衆に向けて手を振った。


「行きましょう。 ラフィーク」

「はい」

「シュエ様の事、頼みましたよ」


 最後に教皇様がラフィークに念を押す。


「この命に代えても、必ず護りぬきます」


 そして馬車は、護衛の聖騎士を先頭に、ゆっくりと動き出した。

 大聖堂から防壁の門までの間、私は注目の的だった。 隊列に囲まれた教会の豪華な馬車に、年端も行かない少女の私が乗って居るのだ。 すぐさま私が勇者であると察し、民衆は笑顔で手を振ってくれる。

 私も手を振り返すが、なんか有名人にでもなった気分で落ち着かない……

 実際この街では有名人なんだけど……

 でも、これで私が大聖堂から旅立った事が、大々的に民衆には伝わったはず。 あとは計画通りに進めるだけ。

 私達の乗った馬車は、何事もなく聖都を出て、リンカルの街へと向けて馬車を進ませた。

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