第八十三話「シュエの軌跡 帝国へ向けて」
◆
その後、私達はプリムラとセレソに、縫いぐるみを渡した修道女を特定するべく、修道女が集まる女子修道院へと向かった。
女子修道院は、大聖堂に併設された修道女の為の建物。 勿論男性の修道士の為の普通の修道院も大聖堂には併設されている。
今、女子修道院は首謀者を逃さない為に、騎士団が包囲している。 逃げ出して居なければ、まだ女子修道院に首謀者、プリムラとセレソに縫ぐるみを渡した人物が潜んでいるはず。
私達はプリムラとセレソが言った、先輩の修道女と言うヒントを手がかりに、大聖堂に居る全ての修道女を取り調べた。
結果。 分かった事は、二人に縫いぐるみを渡した、先輩の修道女は特定できなかったと言う事。
何故なら、誰も大きなクマの縫いぐるみを持っていた修道女を目撃しておらず、逆に二人が嬉しそうに抱えて居た姿だけが目撃されていたからなんだけど、これじゃ二人が首謀者じゃないのかと言う話になってしまう。
でも私は知っている。 身寄りのない二人は、フリッツ司祭様に拾われた孤児。 そんな財力がある訳もなく、二人の保護者として、命令を下せる人物となると、フリッツ司祭様が黒幕になってしまう。
それだと、二人が本当に私を殺す為、先輩の修道女から貰ったと言う、嘘をついた事になるし、そもそもフリッツ司祭様には動機が見当たらない。 フリッツ司祭様が仮に首謀者だったとしたら、幾らでも私を殺すチャンスはあった。 わざわざこんな回りくどい事をする意味が分からない。
それを踏まえた上で考えると、教会内に邪神教徒や反シュトレーゼ神教の内通者が居る。 又は、外部の者が変装して、潜り込んだと言う事になる。
そうなると、手がかりが皆無になってしまい、結局捜査はお手上げ状態となってしまった。
教皇様も現状に苦悶の表情を浮かべ、状況が状況だけに、護衛のラフィークを筆頭に、信用を置ける者以外、私の身辺には近づけない様に、完全に行動を制限してしまった。
◆
そして、その事件から1ヶ月の月日が流れた。
「シュエ様、帝国より親書が届きました」
教皇様は、私を執務室に呼び、豪華なソファーに座るとそう話を切り出した。
側にはラフィークとフリッツ司祭様も居る。
今、私の世話役は、プリムラとセレソに代わって、教皇様直属の世話係をしていた修道女がしてくれていて、今もさっと教皇様と私の前にお茶を用意してくれた。
「ありがとうございます」
私はお礼を言い、教皇様に話を促す。
「帝国からの返事は、どんな感じだったんですか?」
教皇様もお茶を飲み、私の質問に答える。
「帝国はシュエ様を歓迎してくださるそうです。 我々の護衛についても了承してくださいました」
「よかった……」
私はその言葉を聞いて胸を撫で下ろす。 帝国がもし協力してくれなかったら、帝国行きはもっと先延ばしになり、もしかしたら学院への入学も、間に合わなくなったかも知れない。
「それで、帝国からも条件が出ております」
「条件?」
「はい」
教皇様は頷くと、説明を始める。
「今年のメルトレス帝国学院での入学試験を受け、合格して見せる事。 帝国は如何なる理由があれ、帝国学院への入学は、実力が全てと申しております」
その説明を聞き、私は「望むところです」と笑顔で教皇様に答える。
「どんな問題も解いて、必ず入学して見せます」
私だって遊んで居た訳じゃない。 元々そのつもりで勉強に、剣術に、魔法にと励んで来たんだから、私としては勇者とか、皇国の権威での入学なんて、するつもりは無かった。
「頼もしいかぎりですな」
教皇様はそう言って微笑む。
「宜しい、ではラフィーク殿。 シュエ様の護衛の件はそなたに一任する。 人員の選定は任せたぞ」
「はっ!」
ラフィークは手を胸に当てて頭を下げる。
「あの、教皇様。 それで相談があるんですけど……」
私が遠慮ぎみに相談を持ち掛けると、教皇様は「何でしょうか?」と笑顔で応えてくれる。
「あの、私が帝国に行くと言う事は、内外には秘密にして欲しいんです」
教皇様は疑問符を浮かべ、「どう言う事でございましょうか?」と私に確認する。
「あの、私が帝国の学院へと向かうと大々的に知られれば、今度は帝国学院で犠牲者が出てしまうんじゃないかと…… それで、私は修行の旅に出ると言う事にし、冒険者として帝国に向かおうかと考えてます」
その言葉に教皇様は難色を示す。
「それは…… 目立たぬ様に護衛を付けず、密かに向かわれると言う事ですか?」
「勿論、一人で向かうつもりは無いですよ。 だって、優秀な護衛が一人居ますし……」
私はそう言って、悪戯にラフィークに視線を送る。
「しゅっ シュエ様?!」
驚くラフィーク。
「ラフィークが嫌だと言うなら、私一人でも大丈夫だけど…」
「誰もその様な事は申して降りません! せめて数人の護衛をつけるべきです」
「それだと目立っちゃうよ? 私が勇者とは思わなくとも、数人も護衛がついてたら、どこかの貴族令嬢とか、重要人物と思われて、余計に目立つと思うんだけどな……」
「いえ、しかしですね……」
焦るラフィーク。 そこに助け舟を出したのはフリッツ司祭様だった。
「シュエ様、これに関してはラフィーク殿の申される事が正しい。 護衛の人数を削るなど、もっての他です。 いくらシュエ様がこの数ヶ月で、ラフィーク殿と互角に戦える様になったとは言え、シュエ様は二人と居ない、人類の希望なのです。 失う訳には行かないのです」
「そうです。 シュエ様はもう少しご自身の立場と言うものをお考えになられて下さい」
これ見よがしにラフィークはフリッツ司祭様に続いて意見する。 まぁ、そう言われるのは、何となく分かって居たんだけどね……
「まぁ、そう言うよね…… でもフリッツ司祭様、ラフィークも。 よく考えて欲しいの」
私はそう前置きして、二人を説得する。
「えっとね、二人の言いたい事はもっともだと思うよ。 私の身を案じてくれているのも分かってる。 でもね…… このまま護衛をつけて帝国へ向かえば、かならず追っ手がついて、私の居場所が筒抜けになるよね? そうなれば結局私の安全を脅かす結果になると思わない?」
「しかしですね…」
なおも反対するラフィークに、私は提案する。
「だからね、私に考えがあるの……
さっきも説明した通り、私は冒険者として、修行の為に護衛のラフィークだけを連れて旅に出ると言う、表向きの発表をします。 そして、教会の聖騎士達を護衛につけて、この都から出る所を敵に見せ付けるんです。 そうすれば、教会内に私が居ない事が内外に伝わりますよね?」
「ええ、まぁ……」
フリッツ司祭様は考えながらも相槌を打つ。
「で、帝都とは反対方向、えっと確か近くにリンカルと言う街がありましたよね?」
私は書庫で見つけた地図を思い出しながら、街の名前を口にする。
「ええ、西方連合国へ向かう街道沿いの街がありますね……」
「で、ココからが追っ手を撒く為の作戦なんですけど。 まずはそのままリンカルの街まで、皆さんに普通に護衛してもらい、宿に護衛と一緒に泊まります。 ここで追っ手を少し油断させるんです。 恐らく私の居場所を特定するための密偵でしょうから、そこで襲われる確立は低いと思います。 護衛の騎士もいっぱいいますし……」
「でしょうね、そこで襲ってくると言う事は、相手もかなりの手誰を揃えなければならなくなるでしょう。 聖都を旅立って直ぐにそれだけの人数をそろえるのは難しいと私も思います」
フリッツ司祭様はそう言って、私の意見に同意する。
「で、相手がまだ体勢を整えていないその日の夜。 闇に紛れて私とラフィークだけで、一番速い馬に乗って、そのまま姿を眩ますんです。
そこで、どれだけ追っ手を振り切れるかが勝負ですが、そうすれば、私の居場所はつかめなくなります」
その説明に、すかさずラフィークとフリッツ司祭様が異見する。
「しかし、それでは追っ手を振り切れなかった場合、危険に陥ってしまいます」
「それだけでは在りませんよ。 無事に帝都に着いたとして、護衛がラフィーク殿だけになってしまう。 それではあまりにも危険が大きすぎます」
二人の反対意見に、私は付け加えて説明する。
「勿論その危険はあります。 だからこそ、追加で策を講じるんです」
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