第八十一話「シュエの軌跡 刺客 後編」

 ◆


「シュエ様!  御無事ですか!」


 ラフィークとフリッツ司祭様は、ものの数分で私の部屋へと駆けつけた。 ラフィークは寝ていたのか、ティーシャツにズボンと言った、ラフな格好に片手剣を装備し、部下の兵士を数人連れて現れた。

 フリッツ司祭様は完全に寝間着のままで、慌てて居たのか、何故かピンクのフリフリの付いた枕を抱え、サンタが被る様なナイトキャップを被っていた。

 心配して急いでくれたのは嬉しいけど、その格好はどうかと思う……

 私は気を取り直して状況を二人に説明する。


「ラフィーク! フリッツ司祭様! プリムラとセレソが何者かに操られてしまって…… 恐らくその縫いぐるみを二人に渡した、先輩の修道女が犯人です」


 私はベットの上で、無惨にも首を千切られ、綿が飛び出たクマの縫いぐるみを見て、二人にそう告げる。

 恐らく縫いぐるみの中に、何か手掛かりがあるはず。


「その縫いぐるみの中を調べて見て下さい。 まだ無事な縫いぐるみも一緒に」


 私の言葉にフリッツ司祭様は、「わ、分かった」と答え、慌てて自分が影響を受けない様、聖結界を構築すると、縫いぐるみの中を調べ始める。

 そして中から案の定、幾何学模様の刻まれた小さな紙が出てきた。


「これは……」


 フリッツ司祭様は、その紙を見て青ざめる。


「呪詛の魔術紋……」


 私はその言葉に思わず「呪詛の魔術紋?」と聞き返してしまう。


「ええ、これは…… 私では手に負えません…」


 そう呟くと、フリッツ司祭様は兵士に指示を飛ばす。


「至急、教皇様を呼んで来て下さい! それから、修道女達が外に出ない様に包囲。 犯人が修道女の中に紛れ込んでいる可能性がある以上、決して外に出さないで下さい」


 兵士達はその指示に「はっ!」と返事をすると、数人の兵士が慌てて部屋から出て行った。


「フリッツ司祭様、説明願えませんか?」


 ラフィークは警戒を怠る事なく、フリッツ司祭様に問う。


「ええ、この魔術紋ですが、聖人様レベルの高位のお方でなければ解呪は難しい。 それ程までに高位の術式がこの魔術紋に刻まれています……」

「このままだと、二人はどうなっちゃうの?」


 私は二人を抑えながら、フリッツ司祭様に聞く。


「このまま解呪できなければ、二人は呪いのせいで生きている限り、シュエ様のお命を狙い続ける事になります。 それも飲まず食わずで…… そして、次第に衰弱し、死に至る事もあるでしょう」


 フリッツ司祭様のその言葉に、私は「そんな…」と言葉を失ってしまう。


「教皇様なら、何とかして下さいますでしょうか?」


 ラフィークはフリッツ司祭様に確認する。


「分かりません。 ただこの状況は非常にまずい事は確かです。 犯人も特定されておりませんし、教会内部に反乱分子が紛れ込んでいるとなると、次の犠牲者が出ないとも限りません……」

「打つ手なしか……」


 その回答にラフィークは苦渋を噛む。


「とにかく今はこれ以上の被害を出さない為にも、修道女の隔離、二人にこの縫ぐるみを渡した人物を特定を急ぐしかないですね……」

「そうですね…… それに、一応私の持てる浄化魔術も試してみましょう。 二人を見捨てる訳にはいきませんし」


 フリッツ司祭様は、ラフィークの言葉に同意し、今も尚、ナイフを突き立てようとするプリムラとセレソの歩み寄る。


「聖なる浄化の光よ、我が前の哀れなる者に、希望の光を捧げたまえ」


 フリッツ司祭様が呪文を唱えると、聖なる光が二人を包み込み、二人から溢れ出る黒い霧と絡み合う。

 しかし、光は次第に黒い霧に飲まれて消えてなくなってしまった……


「やはり、この程度の浄化魔術では、効果がありませんか……」


 フリッツ司祭様は、自らの力が及ばない事に不甲斐無く思い、そう言って黙り込む。

 そうこうしている内に、兵士が教皇様を連れ立って部屋に駆けつけた。


「シュエ様はご無事か!」

「「「教皇様!」」」


 私たちは一斉に、唯一の希望を見る様な目で、教皇様に視線を送る。 教皇様はフリッツ司祭様と同じく、サンタが被るようなナイトキャップを被り、バスローブに、スリッパと、完全に油断してたのが覗える。 と言うか、そのバスローブとスリッパの間から覗くすね毛もそうだけど、その格好はどうかと思う。 教会の偉い人は皆こんななのか? 正直不安に思えてきた。

 そんな教皇様は、私の状況を見て青ざめて慌てる。


「何をしている! 早くシュエ様をお助けしろ!」

「教皇様、ご安心下さい。 シュエ様なら大丈夫です。 ですが、側付きの者が何者かに操られ、今はシュエ様の身体強化のお陰で、押さえつけている状態です。

 下手に我々が手を出し、あの黒い霧に触れて我々まで操られるでもしたら事ですので、急ぎ教皇様をお呼びした次第です」


 ラフィークはそんな教皇様を安心させるべく、すかさず状況を説明する。


「そうであったか……

 して、犯人の目星はついておるのか?」


 少し落ち着いたのか、教皇様は胸を撫で下ろし、ラフィークに質問した。


「恐らく、シュエ様と二人にそこの縫ぐるみを渡した修道女が、なんらかの情報を持っているかと…… 先ほど兵士を向かわせ、隔離処置に動いております」

「わかった……」


 教皇様とラフィークのやり取りがひと段落するのを待って、フリッツ司祭様が縫ぐるみの中から出てきた呪詛の魔術紋を教皇様に見せる。


「教皇様。 あの縫ぐるみから出てきた呪詛の魔術紋です。 私の力では彼女等を救う事が出来ませんでした」

「これは……」


 謝るフリッツ司祭から、聖結界に包まれた呪詛の魔術紋の描かれた紙を受け取り、教皇様も言葉を失う。

 と言うか、二人の格好のせいで、まったく緊張感が伝わってこない……

 二人は至って真面目なのだが、如何せん格好が真面目じゃない。 私は頭を振って二人の格好を気にする事をやめ、二人の会話に耳を傾ける。

 フリッツ司祭様は唇を噛み締め、教皇様に謝罪する。


「申し訳ありません。 私がもっと高位の聖術を扱えていれば……」

「フリッツ司祭が謝る必要はない。 これ程高位の呪詛の魔術紋、これは聖人様でなければどうする事もできまい……」


 私はどう言う事か、教皇様に確認した。


「教皇様、二人を救う方法はないのですか?」

「シュエ様……」


 そう私の名前を呟き、教皇様は考えを巡らせる。


「…………一つだけ…… 考えうる限り可能な範囲で、希望がある選択肢が御座います」


 教皇様はそう言って前置きすると、説明を始める。


「その者達を封印し、聖人様がこの地に訪れるのを待つのです…… その方法であれば、その者達を救う事が可能かもしれません……」

「えっと、つまり……」

「問題を先延ばしにすると言う事でございます……

 今、この場で、その者達を救う手立ては、私も含め持ち合わせておりません。 術者を見つけ出し、解呪させる事が出来れば、その限りではありませんが、恐らくそれは難しいでしょう」

「そんな……」


 私は今もなお、感情もなくナイフを突き立ててくるプリムラとセレソを見て、他に方法は無いのかと考える。 勇者なのに、勇者に選ばれたのに…… 私には二人を救えないの?……

 そうだ、神剣に聞ければ、何か方法があるかもしれない。


「ラフィーク、お願い! 少しでいいから私に代わって二人を押さえて欲しいの! できる?」


 私の言葉に、ラフィークは戸惑う。 今二人に触れれば、ラフィークまで操られ兼ねない。 私が操られずに済んでいるのは、何か理由があるんだろうけど、ラフィークはその限りじゃない。 勿論なにも起きない可能性もあるが、万が一を考えれば、呪詛を貰っている二人に触れるのは危険でしかない。


「ラフィーク殿、私がそなたを聖結界で護りましょう。 呪詛さえ受けなければ大丈夫なはずです」


 フリッツ司祭様の言葉に、ラフィークは「分かりました」と頷く。 そして、聖結界を纏ったラフィークは私に代わって二人を押さえ込んだ。


「ありがと…」


 私はお礼を言うと、すぐに聖剣を手に取る。


(主よ、見ておったぞ)

「お願い、教えて! 二人を救う方法を」

(そう慌てるな主よ。 我は剣、魔を打つ事は出来ても、呪詛を解く事は出来ぬ)

「そんな……」


 せっかくこの世界に来てできた、初めての友達と呼べる二人なのに…… こんなのってないよ……


(主よ、我が言えるのは、全ての答えは帝国にある…… としか言えぬ)

「どう言う事?」


 二人を救う方法も、帝国にあるって事? 女神レーゼは全てを見通しているの? その問いに答える事なく、聖剣は静かに沈黙を守った。

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