第七十三話「シュエの軌跡 教皇様との対談」

 ◆


 私が儀式で聖剣に選ばれてから、私の後に儀式を待っていた子供たちは、急遽儀式の中止を余技なくされた。 本当にごめん。 私のせいでなんだか大変な事になってる。

 私と私の両親はその後、司祭様に案内されて大聖堂の奥、教皇様の待つ謁見の間へと案内された。

 因みに今、私は聖剣を持っていない。 流石に皇国のトップと会うのに、子供とは言え帯剣を許されるはずもなく、聖騎士団の人たちに没収されてしまった。

 両親は流石に皇国の国王にして、シュトレーゼ神教のトップである教皇様を前にして、緊張のあまり固まってしまっている。

 どうなっちゃうの私たち……


「その子が聖剣に選ばれたと言う少女か?」

「はっ、聖剣に触れると、今までにない反応があった事や、聖剣が自ら彼女の手に収まった事から間違いないかと……」


 そう確認すると、教皇様は私のもとまで歩み寄り、膝を折る。


「永き間、勇者様をお待ち申して降りました。 聖シュトレーゼ皇国、教皇ザゼム・フォン・シーベルトと申します。 我らシュトレーゼ神教信徒一同、勇者様の誕生を心よりお喜び申し上げます。 精一杯お支え致しますので、どうか我々に神の御加護を」


 そう言って、聖シュトレーゼ皇国のトップが、私に深々と頭を下げ、祈りを捧げる。 皇国のトップが五歳なったばかりの私に頭を下げて祈るって、異様すぎてどう対応していいか分からない。

 皇国のトップが頭を下げた事で、その場に居た司教様や司祭様を始めとした、修道士、修道女も皆、教皇に続いて膝を折り、祈る様に頭下げる。

両親まで私に祈りだしたので、もう私にはどうする事もできない。


「あのっ… えっと…」


 私が困惑していると、教皇様が状況を察し、私をフォローするように言葉を紡ぐ。


「いきなりの事で戸惑われたかと思いますが、まずはお召し物とお食事を用意致しましょう」


 そう言うと、慌ただしく修道士が修道女が、準備をする為に謁見の間を出ていく。 両親も私も何をどうして良いかわからず、ポカンとしていると、教皇様は私に訊ねる。


「それでは勇者様、お名前をお聞かせ頂いても宜しいでしょうか?」

「えっと、あの… シュエ・セレジェイラ…… です……」


 私が答えると、教皇様は微笑みを浮かべ、父と母に向き直り頭を下げる。


「セレジェイラ夫妻。 よくぞ今まで勇者様を育て導き、こうしてこの地まで連れて来てくれた。 その功績を称え、名誉助祭に叙聖する。 これからは同士として、勇者様となられたシュエ様を傍で支えて欲しい」


 両親は、教皇様に名誉聖職を与えられ、驚きながらも感謝の言葉を述べる。


「有難き幸せ! このマルコ・セレジェイラ。 謹んで拝命致します」


 そのお父さんの様子に、慌ててお母さんも感謝の言葉を述べる。


「寛大なお心遣い、とても感謝しております。 このミコ・セレジェイラ。 謹んで拝命致します」


 そう言って二人とも深々と頭を下げる。

 教皇様の考えは解らないけど、平民に過ぎない私の両親を、教皇様の一存でいきなり名誉助祭に叙聖するなんて、何かあるとしか思えない。 私を抱きこむ為に両親に恩を売りたかったのか、それとも他になにか目的が……

 私が教皇様の思惑を考えていると、一人の修道女が私達の前に跪く。


「勇者様、お召し物の準備が整いました。 どうぞ此方へ」


 私が両親の様子を覗うと、二人はコクリと頷く。


「さぁ、勇者様。 その様な恰好では他の者に示しがつきませぬ。 どうかお着替えになられてくだされ」


 そう言って教皇様に促され、私は修道女に連れられて服を着替えにその場を後にした。


 ◆


 私はその後、修道女達に連れられ、大聖堂の湯浴み場へと連れてこられた。


「勇者様、着替える前にお身体を清めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「えっと、はい…」


 私が了承すると、修道女達は私の服を脱がし始める。


「えっと、あの、自分でやれます」


 私は慌てて修道女達を制止し、自分で服を脱ぐ。 そういえばこの世界に来てからまともにお風呂に入っていなかった気がする。 上下水道の完備されてないこの世界では、お湯に浸かったり、お湯で洗い流したりと言った事は、すごく贅沢な事とされていて、庶民はせいぜい川で体を洗うか、お湯に布を浸して体を拭くくらいしかできない。

 湯浴み場自体、教皇様や司祭様クラスの偉い人か、もしくはお金持ちくらいしか設備を持っていないので、本当に私とは無縁の事だった。

 私は服を脱ぎ終わり、久々のお風呂にルンルン気分で向う。


「勇者様、お身体を洗うお手伝いをさせて頂きます」


 私の世話を仰せつかているのだろう。 修道女達はそう言うと私の後について湯浴み場へと入ってくる。


「だ… 大丈夫です。 一人で入れます」

「勇者様は湯浴みをされた事がおありなのですか?」


 そう言えば、お風呂自体この世界では珍しい事を忘れてた。 私が一人で入れると言うのは確かに不自然かもしれない…


「えっと、あの… 川で何度か…」

「勇者様、川と湯浴み場では勝手が異なります故、どうか私どもに手伝わせて頂けませんでしょうか?」


 修道女達も自分たちが何もしない訳には行かないのだろう。 さすがにここで断るのはちょっと問題があるかもしれないので、私はしぶしぶ修道女達に洗われる事を了承した。


「わかりました…」


 それから私は、修道女達に丁寧に洗われると言う、どこかの王族にでもなったのかと錯覚する程、前世でも体験したこともない経験をする事になった。 正直くすぐったくて仕方なかった。


 ◆


 湯浴みが終わると、私は修道女達が用意した豪華な衣装を着せられ、髪をすかれ、過剰なくらい身なりを整えられた。 なんかどっと疲れたよ……

 それから私は修道女達に案内され、教皇様と両親の待つ食堂へと案内された。

 両親も助祭服に着替えており、私が戻るのを待っていた。 そして、食事の準備も既に整っていた見たいで、私が席に着くと次々と料理が運ばれてくる。 この世界に来て、初めて見る豪華な料理の数々に、私は思わず声を漏らしてしまった。


「はわぁ…」


 そんな私を見て気を良くしたのか、教皇様はにこやかに笑い、「遠慮せずに食べてくれたまえ」と私達に料理を薦める。

 私は一応、両親の顔色を窺ってから料理を口に運んだ。

 それから私達は、教皇様を交えて和やかに食事を進めた。 両親も、自らが信仰するシュトレーゼ神教のトップと食事ができるとあって、緊張する反面、憧れの教皇様と一緒できて、とても嬉しそう。

 暫くの談笑の後、話しは私の今後の事に移った。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか…」


 そう、教皇様は前置きし、話しを続ける。


「薄々気付かれて居られるかと存じますが、シュエ様には今後、勇者としての知識と技術を身に付けて頂く為、聖シュトレーゼ皇国が総力をあげて御身をお預かりし、教育する事になります」

「えっと、つまりどう言う事?」


 私が質問を返すと、教皇様は事情を説明する。


「勇者様は人類にとって掛け替えのない存在です。 これから一人立ちされるまでの間、シュトレーゼ神教の信徒一同で、シュエ様をお護りさせて頂くのです。 その為にはシュエ様にはこの大聖堂にて御過ごし頂き、使命を果たすその日まで、我々が後ろ盾となると言う事で御座います」


 私が困惑しながら両親に視線を送ると、その視線に気付いたのか教皇様が、私の不安を払拭するように説明を付け加える。


「勿論、シュエ様のご両親もご一緒に、大聖堂にて御過ごし頂く事になりますので、ご安心ください。 いきなりの事で戸惑われたかと思いますが、シュエ様にとっては悪い話ではございません」


 教皇様の説明に付け足す様に、お父さんが説明に加わる。


「シュエ、私達が名誉助祭の聖職を賜ったのは、教皇様の温情があってこそだ。 私達を大聖堂に迎える為に、ただの信徒では不都合がある。 そこで、名ばかりではあるが名誉助祭の聖職を下さり、私達が一緒に居られる様に取り計らって下さったのだ」


 なるほど、教会も色々としがらみがあるのね… 確かにそこまで私の事を考えて下さっているのなら、教皇様を信じてもいいのかもしれない。


「だからシュエ、私達の事を気遣っているのなら気にしなくてもいい。 お前がずっと私達の事を気にかけてくれている事はわかっている。 本当に良くできた自慢の娘だ」


 そう言ってお父さんは嬉しそうに微笑む。


「だからシュエがしたいようにしたら良い」


 どうやらお父さんは、良い子であろうと二人を気遣て居た、子供らしからぬ私の行動を気にしていたらしい。 本当ならわがまま一つ言っても、なんら不思議でない子供が親の手伝いをし、そして将来のためにと勉強に励む。 誰に言われた訳でもないのに、手のかからない子になっていたのは事実。

 その気遣いが逆に両親を不安にさせていたのかもしれない……

 私はお父さんのその言葉に、自分がどうしたいのかを考える。

 こうして勇者としての使命を背負い、女神レーゼの言うヒントを手掛かりに帝国に行く事を考えれば、シュトレーゼ神教の権威を借りるのが一番の近道と言える。

 それに教会で得られる知識も、私にとっては重要な手がかりになるかもしれない。 私はそう考え、自分の考えを述べる。


「…… お父さん、私はお父さんとお母さんが幸せに暮らせるなら、何処だって良い…… 正直、勇者とか言われても、私には分からない事だらけだし、もっと色んな事が知りたいと思ってる。 だから、教皇様のお話はすごく有難いです……」


 私は教皇様に向き直り、深々と頭を下げた。


「教皇様。 私達の事を宜しくお願いします」


 私はこうして両親と共に、聖シュトレーゼ皇国の庇護の元、勇者としての一歩を踏み出すのだった。

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