第七十二話「シュエの軌跡 勇者の誕生」

 ◆


 シュエ・セレジェイラ。

 それが物心着いた時に知った、今の私の名前。

 両親はドゥール王国の元貴族で、今は没落して王国を逃れ、西の地にある聖シュトレーゼ皇国の小さな村で、平凡な農家を営みながらもひっそりと暮らしている。

 家は貧しいけど、両親はとても私に優しく、村の人達もいい人ばかりで、それはそれで幸せに暮らしていた。

 そして、この国では、国教としてシュトレーゼ神教が広く根付いていて、両親もその教徒として例外ではなく、毎日聖堂に通う敬虔な信徒でした。


 私が完全に記憶を取り戻したのは三歳の時。

 前世の私は、マフィアの親友の娘。 父が死んでから組織に引き取られ、小父様の紹介で、黒き死神の異名を持つ凄腕の殺し屋スイーパーの部下になった。

 私は彼の元で色んな事を学んだ。 元々武芸家であった父に、刀の扱いと、合気道を教わっていた事もあり、私はメキメキと腕を上げ、彼の右腕として信頼される様になった。

 本当の彼は、凄く優しくて、何故殺し屋なんかになったのか不思議なくらい、部下達に慕われていた。

 そして、気が付くと私は、そんな彼に惹かれて居た。

 少しでも彼の気を惹こうと、「センパイ」と呼んで見たり、日本刀をプレゼントして一緒に稽古して見たり、昼寝するセンパイに花の冠を作って見たり。 胃袋を掴む為にと手料理を振る舞おうとして、逆にセンパイの手料理に胃袋捕まれたり…

 センパイ器用すぎるんだもん…

 そんな前世の記憶を懐かしく想いながら、もうセンパイとは会えない事実に、私はため息を漏らす。

 何故なら私は彼と結ばれる事なく、殺されてしまったから……

 この三歳児の身体は、確かに私のモノ。 つねれば痛いし、とても現状が夢だとは思えない。

 輪廻転生。 私は何故か記憶を持ったままこの世界に生を受けた。 その事実に驚きながらも、私は今の両親を困らせない為にその事実は隠し、良い子であろうと努力し、普通の少女としてすくすくと育った。

 だってそんな記憶があるなんて知れたら、馬鹿にされるか、変に思われるに違いないし、心配掛けたくないから…

 記憶が戻ってからの私は、両親にこの国の事や、この世界の事を色々と教えてもらった。

 驚いた事に、この世界には魔法が存在していて、生活の中に根付いていると言う事実。

 私の記憶にある地球とは異なる世界。 中世ヨーロッパの様な町並みに、見た事もない文字。 私は必死で言葉を、文字を覚え、せっかく魔法が使える世界ならと、初歩の魔法を教えてもらった。


 ◆


 それから二年が経ち、私は前世の記憶と知識を生かし、村一番の神童と呼ばれるまでになっていた。

 だって娯楽も何も無いんだよ? やる事と言ったら、家の手伝いか、両親が貴族時代に持ってた本を読むか、あとは外で遊ぶかしかない。

 だから私はこの世界で生きていく為に、この世界の事を必死で覚えてたら、皆がそう呼ぶ様になってた。


 まぁ、五歳児が本を読破して、初歩の魔法や治癒魔法を覚えてたら、天才扱いされても仕方ないかと、途中から気にする事を辞め、そんな自分を受け入れる事にして、普通の生活を送って居たある日。 私は何故か両親に乗り合い馬車に乗せられ、初めて村の外、この聖シュトレーゼ皇国の聖都、デュラッセンに向う事になった。


 何も説明されないまま馬車に乗せられたので、「私売られちゃうの?」と不安に思って居たんだけど、どうやら両親はシュトレーゼ神教の聖地に、私を連れて行きたかっただけだと分かり、私は胸を撫で下ろす。

 最初は不安だったけど、ただの物見遊山と分かった今、私は始めて見る村の外を堪能していた。

 そして、途中いくつかの町を経由し、聖都デュラッセンがようやく見えて来た。


 流石に聖都とあって、村とは比べ物にならないくらい繁栄している。

 そして、中央に聳え立つ神山の頂には、お城に見間違える程、立派な大聖堂が聳え立ち、それを取り囲む様に、豪邸や立派な建物が麓まで建ち並らび、都を形成している。

 更にその外側には都を取り囲む様に、堅牢な防壁が聳え立ち、防壁から望む街並みが、神々しまでに絵になっていた。


「シュエ、ここが神様と我々を繋ぐ神聖な場所だよ」


 そう言うとお父さんは、なぜ今日この聖都デュラッセンに連れてきたのか説明してくれた。

 お父さんの話によると、五歳の誕生日を迎えた子供は皆、例外なく神様の祝福、洗礼を受けるらしい。

 大聖堂に保管されている、神様が創られたと言われる神聖なる剣…… 神剣とも聖剣とも言われる、唯一無二の剣に触れる事で、そのご利益を授かるらしい。

 代々聖シュトレーゼ皇国の仕来たりらしく、私も五歳の誕生日を迎えた事で、今日こうして大聖堂へと連れて来られたと言う訳。

 日本の七五三みたいなものかな?…

 それならそうともっと早く教えてよ! 変な心配しちゃったじゃない。


「シュエ、どうだ? 聖都は凄いだろ」


 嬉しそうに語るお父さんに、私も笑顔で「うん」と返す。

 馬車は門の前で停車した。 ここが終点なのかな? 乗っていたお客さんが次々と馬車を降りる。 私も両親と共に馬車を降りたので、馬車の中には人は残っていなかった。

 そして聖都へと入る為、私は両親と共に長い列へと並ぶ。

 流石、聖シュトレーゼ皇国の首都。 聖都と言うだけあって、中に入るだけでも二時間かかった。

 その日は日も沈みかけて居たので、両親は近くで安宿を取り、私を軽く聖都観光に連れて行ってくれた。


 ◆


 翌朝。 朝の澄んだ空気の中、両親と私は神山の頂にある大聖堂へと向かった。

 道中、敬虔な信徒の方々が、朝の祈りを捧げる為に、同じく大聖堂へと向かっている。 両親も村では早朝から小さな聖堂へ祈りに行っているので、この聖都に住む人達も日課なんだと思う。

 これだけ大きな都市の住民が、一斉に大聖堂に向かったら、大混雑で大変な事になるんじゃないかと思って、両親に訊ねてみたら、聖都の中にいくつもの聖堂が点在していて、住民は皆近くの聖堂で祈りを捧げるらしい。 むしろ大聖堂には私の様に五歳を迎えた子供とその親か、結婚式をあげるカップル、または教会関係者しか受け入れてないらしい。

 それもだよね、住民が大聖堂だからと押し寄せたら、いくら大聖堂でも機能しなくなっちゃう……


 暫く歩いて大聖堂に到着すると、私と同じ様に五歳の誕生日を迎えた子供達とその両親で、早朝から長い列ができていた。


「さぁ、私達も並びましょうか」

「そうだな」


 お母さんがそう良い、お父さんが頷く。

 私は両親に手を引かれて、列の最後尾に並んだ。


 ◆


 修道士の案内で、聖堂の中へと案内された私達は、お布施を奉納し、祝福をさずかる順番を待った。

 ある程度人が集まるのを待ってから、司祭様が壇上にあがり、祝福の言葉と共に教典と、この洗礼の儀式、神様からの祝福を受ける意味を述べる。


 教典は、神様が我々の暮らしを豊かにする為に授けられた(以下略)。

 この聖シュトレーゼ皇国は神様の祝福を受けた(以下略)。

 この五歳を祝う洗礼の儀は、神様の使徒を生むための重要な儀式で(以下略)。


 正直私は、こう言った話は苦手。 宗教とかあまり興味の無いし、長々と話す司祭様の話しが、子守唄のように眠くなる。

 早く終わらないかなぁと、校長先生の長話を聞く生徒達の心境のになりながら、ただ話しが終るのを待った。

 正直、神様は信じてるけど、宗教そのものは、ろくなものじゃないと思ってるので、どうしてもその話しが胡散臭く聞こえてならなかった。


 そして、司祭様の長話が終ると、壇上の両開きの豪華な扉が開け放たれる。

 やっと終わった~と一安心も束の間、中から姿を現した光り輝く聖剣に、思わず見惚れてしまった。

 専用に設けられたステンドグラスの小部屋の中で、見事なレリーフを施され神聖な力を淡く纏う聖剣。 ステンドグラスのカラフルな光を反射して、虹色に輝いている。


「さぁ敬虔な子等よ。 壇上にあがり、神の祝福を承けたまえ」


 司祭様その言葉で、傍に控えていた修道士や修道女が、子供達を先導して次々に聖剣に触れさせて行く。

 子供達が聖剣に触れると、聖剣から祝福の光が漏れ、それぞれ何かを授かっている見たいで、触れた子供達も驚きと共に、信仰心を高めている様に見受けられる。

 私が順番待ちの間、不思議そうにその様子を眺めて居たのに、気が着いたお母さんは優しく私に言う。


「シュエも神様がお造りになられた聖剣に触れれば、神様の偉大さがきっと実感できるわ」


 私が「どう言う事?」と聞き返すと、お母さんはただ笑って壇上の子供達を見つめた。 触ればわかると言う事かな?


 それから少しして、私の順番が廻ってきた。 私は案内されるまま聖剣の元まで足を運ぶ。 確かに近くで見る聖剣は、神々しいまでのオーラを感じた。


「さぁ、貴女も神の御加護を、聖剣にそっと触れてください」


 私は修道女に促されるまま、半信半疑で聖剣にそっと触れた。


 すると変化は一目瞭然だった。


 私が聖剣に触れると、ものすごい量のマナが私の中に流れ込んでくるのを感じる。 これが子供達が驚いた原因だろうかと思って居ると、聖剣はそのまま台座から浮かび上がり、さらにその輝きが増す。

 周囲の人達も、今までにない聖剣の反応に、目を見開いて驚いている。


「え? 何? ふぇ?」


 混乱する私の目の前に、ゆっくりと降りてくる聖剣は静止すると、不意に私に語りかけてきた。


(見付けたぞ、我が主よ!)


 頭の中に直接響くその声に戸惑う私。


(さぁ、主がこの世界に呼ばれた意味を知りたくば、我を手に取れ)


 どう言う事?! 私がこの世界に呼ばれたって… 聖剣は何を知っているの?!


「一体どう言う意味?!」


 質問するも聖剣はただそこに浮かび、沈黙を貫く。 このままじゃ何も分からないまま。 私は意を決して聖剣を手に取った。


――― カッ ―――


 その瞬間、周囲を強烈な光に包み込まれる。

 真っ白な世界。

 そこに現れたのは、あまりにも神々しいいまでの美しい女性。 その空間にただ浮かび、微笑と共に私を見下ろしている。


(久しぶりね…… 覚えて居るかしら?)


 その女性はそう言い、私をやさしく見下ろす。


「私、どこかで会いましたっけ?」

(覚えて居なくても仕方ないわね…)


 そう言って悲しそうに苦笑し、話を続ける。


(私はレーゼ。 この世界ではシュトレーゼ神と呼ばれている存在。 そして、あなたをこの世界に呼んだのは私よ)

「どう言う事? 何故私をこの世界に呼んだの?」


 レーゼと名乗った女神は(覚えて居ないのね…)と呟くと、話しを続ける。


(時の歯車はもう周り始めたわ。 何れ全てを思い出す時は来る…… 貴女が何故、この世界に呼ばれる事を選んだのかも…)


 何が何だかさっぱり分からない。 選んだ? 私が? この世界に来る事を?…

 分からなければ聞くしかない。


「お願い教えて! 私はいったい何故この世界に来る事を選んだの?」


 その私の問い掛けに、女神レーゼは微笑む。


(何れ分かるわ。 勇者として、この世界の危機に立ち向かっていれば… ね…

 貴女の背負った宿命も、貴女の未練も、結末は全て貴女次第……)


 どう言う事? 答が聞き出せず、何と言えば良いのか分からない。


(さぁ、そろそろ時間ね…… 私からのヒントは帝国にあるとだけ教えてあげるわ。 頑張って世界の危機を乗り越えて。 応援してるわ)


 それだけ言い残すと、女神レーゼは白い光に溶ける様に姿を消し、光が収まるとそこは、元の大聖堂だった。

 そして手には聖剣。 この身体にはとても持てそうもない大きさなのに、まるで羽の様に軽く、私の手に収まって居る。

 ふと周りを見ると、大人も子供も皆、驚愕の目で私を見ている。

 呆然と立ち尽くす私に、司祭様は膝を折って言葉を紡いだ。


「ぉお~ 勇者様のご光臨。 心よりお待ちしておりました」


 もう何がなんだか…… それからその場が混乱に包まれ、洗礼の儀が中止になったのは仕方ないと思う。

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