第七十一話「襲撃者」

 ◆


 帝城に程近い、貴族街の一角。

 日が沈み、闇が辺りを包む頃。 黒ずくめの男達が屋敷の屋根から、煌々と輝く帝城を見つめていた。


「義兄貴、パーティが始まった見たいですぜ」


 男の一人が望遠鏡を片手に、中の様子を覗いながらそう呟いた。

 視線の先、人気のない帝城の一室から、仄かに緑色の灯りが漏れている。 魔術を使った密偵からの合図だ。 義兄貴と呼ばれた男は、それを確認すると部下達に命令する。


「さぁ、お前達…… 仕事の時間だ。

 ターゲットは勇者のガキ。 何れ俺達組織の邪魔になる。 まだ手に負える内にす。 パーティの間は勇者も護衛も丸腰だ。 この機会を逃す手はない。 必ず仕留めろ」


 義兄貴と呼ばれたリーダーの男の言葉に、部下達は「「「はっ!」」」と短く返事を返す。


「行くぞ!」


 リーダーの号令の元、男達は瞬く間に闇の中へと消えて行った。


 ◆


 パーティーは華やかなムードでスタートした。

 皇族とお近づきになれるチャンスとあって、今年入学した生徒の関係者は皆、謁見の順番を心待ちにしている。

 上級貴族から順に皇帝陛下へと謁見し、自分の息子や娘が、将来如何にして帝国や皇族の利益になる逸材か、何を目指して何が得意だとか、あわよくば皇族の嫁・婿・側室候補として見初められればと、皆爵位に関係なく目の色を変えている。


「まぁ僕には関係ないけど…」


 僕はそんな周囲の様子を見て、独り呟く。

 それにしても皆、少しでも名前を覚えてもらおうと必死だ。

 特に商家や平民の新入生は、この機会はチャンスの場でもある。

 商家の出の生徒とその家族は、皇族へと自慢の商品を献上し、気に入って貰えれば取引のチャンスとばかりに熱心に売り込み、平民の出の生徒とその家族は、皇帝陛下だけでなく、パーティに参加する貴族と関わりを持てるだけでも、十分裕福な暮らしを掴むチャンスとあって、次々に挨拶を交わしている。

 それにこの場で懇意にしてもらい、後々功績を挙げれば叙爵の可能性すらある。

 そんな一世一大の場、そうそうある物じゃない。


 にも関わらず、僕を始め、グローリア家の面々は皆マイペースだった。


 元々政争が好きではないカイサル様は、寄って来る貴族や商家、平民であろうがなかろうが、無難に対応し、アイエル様に余計な虫が着かない様に注意を払いながら食事を楽しんでいる。

 当のアイエル様も人見知りの為、知らない人に声を掛けられると、すぐさま僕の影かカイサル様の影に隠れてしまう。 その為、カイサル様はお茶を濁す様に苦笑し、相手に対して謝罪する。


「すまないな、娘は人見知りなんだ。 できれば日を改めてもらえるか?」


 そう言ってその場は追い払う。 相手方も無理にアイエル様に近づこうとして、嫌われる訳にもいかないので、皆「そうか」と渋々去っていく。

 まぁ寄って来るのは大体、カイサル様とのコネを作りたい腹黒貴族か、アイエル様の美貌に惚れて色目を使ってくる男子諸君なので、気に留める必要無いのだが…

 そんなアイエル様も、ニーナ様やクライス様と言った、見知った顔と一緒にパーティを楽しんでいるので、昔に比べれば大分人見知りも良くなったと方だと思う。

 昔のアイエル様だったら、こんな大勢の場所なんて、直ぐに「お家に帰るぅ」と泣き出して駄々を捏ねていただろう。

 ちなみにセシラ様は、パーティが始まるや否や料理に食いつき、今も他には目もくれず黙々と料理を堪能している。 何人かセシラ様に声を掛けていたが、あまりの食欲っぷりに皆ドン引きしていた。


 ちなみに勇者シュエは僕達の輪ではなく、次から次へと挨拶にくる人たちへの対応で、とても忙しそうだった。 笑顔で対応しているが、その内心は疲れ果てているのが窺えた。


 それから暫くして、僕達グローリア家も皇帝陛下への謁見の順番が回ってきた。

 僕は食事に夢中なセシラ様を連れ戻し、カイサル様を先頭に皇帝陛下の御前へと足を運ぶ。

 アイエル様にとっては初めての皇帝陛下への謁見となる。 僕も初めての謁見とあって、流石に緊張するが、隣のセシラ様が料理に目を奪われて、今にもふらぁ~と何処かへ行ってしまいそうで、そんなセシラ様を見ると、なんか逆に肩の力が抜けてしまった。

 僕が注意すると、セシラ様は「わ… 分かっておる」と意識を謁見へと戻してくれたから良かったが、気を抜くとまた料理に目を奪われている。 駄目だこりゃ…


 壇上へ上がると、カイサル様は膝を折り、臣下の礼をする。 僕達も同じく膝を折り頭を下げた。


「陛下、ご無沙汰しております」

「カイサルよ、久しいな。 して、ガレイル王国の動向はどうだ?」

「はっ、ベンダの町に潜ませている密偵の報告では、今の所動きはありません」

「そうか… いや、すまないな。 祝いの席でする話ではなかったな。 許せ」

「いえ… 今、帝国の脅威となりえるのはガレイル王国くらいのものですから、陛下がお気にかけるのは致し方ありません」

「して、その方がそなたの娘か?」


 カイサル様は「はっ」と短く返事を返し、陛下の言葉を肯定する。


「アイエル、陛下にぎご挨拶をなさい」


 アイエル様はカイサル様に促され、緊張しながらも自己紹介をする。


「あ… アイエル・フォン・ぐろーりゅらでち」


 おもいっきり噛んでいた。 見る見る顔が赤くなっていく。

 そんなアイエル様を見て、陛下は豪快に笑う。


「はっはっは、可愛いではないかカイサルよ」

「勿体無きお言葉」

「噂に聞いておるぞ、学院に主席で入学したそうじゃないか。 それにその歳にして高位魔術を行使したと聞く。 実に興味深い。 実に将来が楽しみだ」

「はっ。 私も大変喜ばしく思っております」


 皇帝陛下はそれから、僕とセシラ様、それに父様を見てカイサル様に質問する。


「して、その方等はどう言った関係だ?」


 その質問に対し、カイサル様は答える。


「我が家臣のバルトとその息子のロゼ。 それから訳あって客人として我が屋敷にてお預かりしている、ご令嬢のセシラ嬢です。 二人ともアイエルと共に学院への入学する事になりました」


 皇帝陛下は、僕達はともかく同じ場に居るセシラ様を確認すると「訳ありか…」と呟く。


「はっ。 後ほど詳しくご説明に上がらせて頂きます」

「良かろう、後程時間を作り、迎えをよこそう」

「感謝致します」

「それにしても、三人も入学を果たすとは、英雄の教育の賜物か…」


 陛下はそう言って嬉しそうに笑う。


「いえ、この子達の才能があったからに他なりません」

「謙遜するな… 」


 皇帝陛下はそう言って苦笑い、話を続ける。


「まぁ良い。 今宵は存分に楽しんでくれ」

「はっ」


 こうして陛下との謁見は、無事に済ませる事ができた。

 陛下の後ろで、生徒会長のラティウス皇太子が話しかけたそうな顔をしていたが、場をわきまえているのか何も言ってこなかった。

 そして、謁見が終るや否や、一目散に気になっていた料理に向かうセシラ様。 そんなセシラ様に苦笑いしながら、僕達も壇上を降りようとした時だった。


-ガシャンッ!-


 突如として会場のステンドグラスを破壊し、黒ずくめの賊の一団がパーティー会場へと乱入して来たのだ。


「「「「「きゃぁああ!」」」」」


 突然の事に、あちこちから悲鳴があがる。

 この厳重な警備を難なく突破すると言う事は、賊はかなりの手練れと見て間違いない。

 目的は皇帝陛下の暗殺か、このパーティー自体を狙った物かは分からないが、今僕にできる事は、近くに居る人を護る事だ。

 その為の最善の一手として、ここはアイエル様にも協力して貰おう。


「アイエル様。 結界で皇族の方々と周囲の方々の保護を」


 突然の事に驚いて居たアイエル様は、僕がそう言うと「う… うん!」と頷き、慌てて賊が近付けない様に結界を構築する。 後は結界の中に賊の手の者が潜んでいるかもしれないが、カイサル様いるのでこちらは問題無いだろう。

 すでに騒ぎを聞き付けた城の兵士達が会場へと対応に出てきている。 制圧されるのも時間の問題かと思われた。

 しかし、そこで僕は賊の目的が皇族でない事に気が付く。

 賊は皆一斉に、勇者シュエの元へと襲いかかって居たからだ。


「まずい!」


 僕は咄嗟に、アイエル様の張った結界に干渉し、結界を歪めて慌てて勇者シュエの元へと飛び出した。 今、勇者シュエも護衛のラフィークさんも武器を持っていない。 いくら勇者と騎士とは言え、丸腰であの人数を凌げるとは思えない。

 僕はマナで使い慣れたシグザウエルP二二六を両手に生成し、今まさに斬られる寸前の勇者シュエを助ける為に発砲した。


「グハッ!」


 勇者シュエに斬り掛かった賊は、その場で崩れ落ちる。

 続けざまに二人を囲っていた賊三人も射殺し、僕は二人を護る様に、近くの机に飛び乗り、銃の斜線を確保しつつ賊の前に立ち塞がった。

 そして、今なお近付いてくる賊二人を、両手の銃を同時に向けて射殺する。

 未知の攻撃により倒れた仲間に驚愕しながらも、死に物狂いで勇者シュエを狙う賊達。


「怯むな!」


 賊のリーダーと思わしき男の叫び声と共に、黒ずくめの男達が一斉に襲い掛かってくる。

 実力的に余裕がありそうだったので、僕は敵の目的を知る為に、あえて銃弾に雷鳴魔術を上乗せし、全ての賊の急所を避けて発砲した。

 一瞬で気絶し、その場に崩れ落ちる男達。 そこに騎士団が駆けつけ、男達は難なく取り押さえた。


「二人とも、大丈夫でしたか?」


 振り返り、勇者シュエとラフィークさんにそう言って確認すると、ラフィークさんは驚きながらも「ああ…」と一言返すだけで、まだ状況が飲み込めていないみたいだ。

 そして、勇者シュエは驚愕の表情を浮かべた後、急に涙を流し、口に手を当ててその表情を崩した。

 よほど怖かったのかと思ったら、その口から漏れ出た言葉に、この世界の言語とは違う、懐かしいその響きに僕は驚愕した。


「……せっ ……センパイ……なの?…」


 その放たれた言葉は、確かに聞き覚えのある、懐かしい響きだった。

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