第七十話「帝城の祝賀会」

 ◆


 学院を出た僕達は、一度屋敷に戻り、パーティー衣装に身を包んだ。

 本当は執事服に着替えたかったのだが、「主役が脇役になってどうする」と皆に反対され、渋々僕も正装へと着替える事になった。

 着替えを終えたアイエル様達と合流すると、その姿に僕は思わず見惚れてしまった。


 セシラ様は純白のドレスに、角を隠す為に大きめのリボンを飾り、宝飾品と合わさって違和感なく纏められている。

 流石に竜のお姫様だけあって、気品の様なものが感じられた。

 対するアイエル様は、淡いピンクに金糸の入った、違和感無くそえられた花柄のドレスに身を包み、同じく宝飾品と合わさって見違えるくらい素敵なレディになっていた。

 花のアイエル様とリボンのセシラ様。

 そんな印象を受けた。

 翌々見ると、二人とも淡く化粧もしている。 アリシア様を初め、女性陣の気合いの入れ様が窺えた。


「ロゼ?」


 僕が惚けていると、アイエル様が様子の可笑しい僕の名前を呼ぶ。


「すみません、あまりにもお二人とも綺麗だったので、思わず見惚れてしまいました。 お二人共とってもお似合いですよ」


 僕の言葉にアイエル様は嬉しそうにはにかむ。


「うーむ、人間とは不便なものじゃな。 この服は動きにくいのじゃ。 それよりもメイドに聞いたのじゃが、祝賀会の料理が出るそうじゃな。 今から楽しみなのじゃ」


 相変わらず花より団子のセシラ様に苦笑しながらも、僕達は支度を整えて帝城へと向うのだった。


 ◆


 今宵、帝城は祝賀会が開かれるとあって、城は厳重警備の元、慌ただしく準備が執り行われていた。

 毎年恒例となるこの祝賀会では、将来優秀な人材の発掘や、交流を目的とした重要な役割を担っている。 学院に入学できた平民や商家の子供達は、この場で皇帝陛下や貴族とのコネクションを持つ貴重な場となり、貴族や皇室にとっても、優秀な人材との繋がりを持つ、重要パーティーとなるのだ。

 会場には今年入学の新入生とその父兄や、人材を求める貴族でなかなかの賑わいとなる。

 そう言う事もあって、帝国の一大イベントの一つに数えられる程なのだ。


 僕達はグローリア家の家紋の入った馬車で、帝城の門を潜る。 お者を勤めるのは父様だ。 何時もと違って正装に身を包んでいる。 執事服でない父様もなんか新鮮な感じだ。

 馬車の中にはカイサル様にアリシア様、アイエル様にセシラ様、そして僕の五人だけだ。

 本当なら母様も参加できるのだが、グローリア領に居る事や、ネリネの世話の事もあって不参加だ。 こればかりは仕方ないと思っている。

 門番の兵士に止められ、馬車の中を確認される。

 貴族と言えど例外は無い見たいだ。 兵士はカイサル様の姿を確認すると、敬礼してすんなりと通してくれた。 流石帝国の英雄、その知名度は計り知れない。

 僕達はそのまま帝城の中を馬車で進むと、兵士に誘導され、指定の場所に馬車を停める。 ここからは徒歩でパーティー会場へ向かう事になる。

 続々と集まるパーティー参加者に続き、僕達も馬車を降りて会場へと向かった。


 ◆


 パーティー会場は、流石帝城と言った感じで、豪華絢爛な造りに、かなり広い空間となっていた。

 そこに関係者や貴族が続々と集まり、パーティー会場には既に三百人位がパーティーの始まりを待っていた。

 待っていたと言っても、実際には貴族同士の挨拶や、今年入学を果たした平民商家の父兄の挨拶や売り込みで、パーティーが始まっても居ないのに、なかなかの賑わいとなっていた。

 そして、僕達が会場に入ると、皆の視線が集まるのを感じた。

 英雄カイサル様の登場に、誰もが注目していたのだろう。 そしてその娘であり、今年主席で入学したアイエル様にも。

 さっそく我先にと近くの貴族がカイサル様に挨拶の言葉を掛けてくる。


「英雄殿のご登場、お待ちしておりましたぞ。 此度はご令嬢が主席で入学され、大変おめでたい。 もし宜しければ、少しお時間を頂いても構いませんでしょうか?」


 きっとこの後、息子や娘を紹介してグローリア家に取り入ろうと思って居るのだろう。 カイサル様もそれを理解しているので、「すまないが、入り口では皆の邪魔になってしまう。 後程でも構わないだろうか?」と無難に返答を返し、そのまま奥へと進んで行く。 貴族の男は残念そうにカイサル様を見送る事しかできず、僕達は僕達でカイサル様に後ろに続いて奥へと進んだ。

 そして、中程まで進んだ所で、僕達を見つけて真っ先に駆け寄る姿があった。


「ロゼ様、お待ちしておりましたわ」


 そう、ニーナ様だ。 後からクライス様とウィリアム侯爵様とその婦人も姿を見せる。


「アイエル嬢、お待ちしてました。 なんと可憐なドレス。 お美しい」


 クライス様は会って早々、アイエル様の前で片膝を就いてアプローチをかける。

 そんな二人の様子にウィリアム侯爵も苦笑いを隠せない。


「カイサル殿、すまないな」

「お気になさらず」


 カイサル様も何度目かの事なので、こちらも苦笑いを浮かべるのみだ。 アイエル様も会う度に必要に褒めて来るクライス様に馴れたのか、「ありがと、クライス」と簡潔に答えるのみで、特に気にした様子はない。


「ロゼ様、何時もの執事服も素敵ですけど、今日も衣装もとても素敵ですわ。 それにアイエル様も可愛いドレスでとても似合っていますの、羨ましいですわ」


 ニーナ様はそう言って僕とアイエル様の姿を見て、嬉しそうに褒めてくれる。


「有り難う御座います。 ニーナ様のドレスも中々お似合いですよ」

「うん、ニーナ可愛い」


 僕とアイエル様がそう答えると「有り難う御座いますですわ」

と嬉しそうにはにかむ。 アイエル様も大分ニーナ様には気を許してくれる様になった見たいだ。 クライス様をそっちのけで何やら話し始めた。 そんなアイエル様を嬉しく思う。

 僕が干渉に浸っていると、セシラ様が僕の腕の裾を引っ張り、「のぅロゼよ。 食事はまだかのう… 腹が減ったのじゃ」と物欲しげに訴えて来る。

 なんか台詞がボケ老人の様だが、本人は至って真面目だ。

 それから少しして、参加者が全員揃ったのか、一度照明が落とされる。 そして注目を集める為に灯された光中に、一人の男性が立っていた。


「皆様、お待たせしました。 これより祝賀パーティーを始めます」


 そして手をパンパンと叩くと、次々と料理が運ばれてくる。 どれもこれも美味しそうな料理ばかりだ。 セシラ様がヨダレで大変な事になっているのだが、仕方の無い事だ。

 まるでお預けをくらって必死に待つ犬の様だ… 竜だけど…


「続きまして、皇帝陛下がご来場されます。 皆の者、臣下の礼を」


 そう言われ、皆姿勢を正して胸に手を当てる。 僕達もそれに習い、食事に釣られたセシラ様だけが危うかったが、僕の一言でなんとか礼をとってもらえた。

 そして、現れたのはこの国の皇帝に相応しい、貫禄のある髭を蓄え、金銀財宝豪華絢爛な服を身に纏った皇帝陛下と、同じく豪華絢爛なドレスを身に纏った皇后陛下。 そして、生徒会長を務めて居たラティウス殿下を始めとした皇室の面々だった。


「皆待たせたな、今宵のパーティーを存分に楽しんでくれ。 それから皆も知っているかと思うが、今年は聖シュトレーゼ皇国より勇者が留学に来た。 この場を借りて改めて紹介しよう。 入りたまえ」


 皇帝陛下に促され、皆が注目する中、勇者シュエが会場へと姿を現す。 勇者シュエは豪華な蒼いドレスを身に纏い、フルプレートの聖騎士の鎧を身に纏った護衛のラフィークさんを引き連れて皇帝陛下の御前へと足を運ぶ。 流石に勇者と聖騎士であると言っても、皇帝陛下の前で帯剣を許されている訳ではないので、二人とも武器を所持していない。 二人は皇帝陛下の御前で膝を折って頭を垂れると、感謝の言葉を述べる。


「この度は、私共聖シュトレーゼ皇国の無理なお願いをお聞き届け頂き、こうして学院への入学を受け入れて頂けた事に感謝申し上げます。 今宵はこの様な場まで設けて頂き恐縮です」


 そう言ってラフィークさんは深々と頭を下げる。


「うむ、同盟国の頼みだ。 それに勇者が誕生したとなると世界の危機が迫っている証拠。 我が帝国も無関係とは行かぬ。 人々の希望となる勇者を拒む理由はない。 我が帝国で存分に勉学に励むが良い」

「「感謝致します」」


 陛下の言葉に、感謝の意をす示すラフィークさんと勇者シュエ。


「さぁ、勇者よ。 皆に名乗るが良い」


 そう皇帝陛下に促され、勇者シュエは立ち上がるとカーテシーを決めて深々と頭を下げる。


「皆様はじめまして。 聖シュトレーゼ皇国にて勇者に選ばれました、シュエ・セレジェイラです。 選ばれたと言っても、まだ実感があまり無いのですが……」


 そう言って苦笑いを浮かべる。


「ご存知の方も居られるかと思いますが、聖シュトレーゼ皇国では、五歳の誕生日に必ず神託の儀が執り行われます。 無事の成長を祝い、そしてこれからの成長を祈って、神器として祭られている聖剣に触れるのです。 その神託の儀にて、私は何故か聖剣の主に選ばれてしまいました。

 なぜ私が選ばれたのかは解りません。 ただ、私は聖剣に選ばれたと言うだけで、皆様となにも変わらないただの女の子です。

 ですが私は、聖剣に選ばれてた事で、同時に勇者としての使命を背負う事になってしまいました。 何れ訪れる災厄に立ち向かう義務を負ってしまいました。 ですのでどうか…… 皆様の力を貸してください」


 そう言って再び頭を下げる勇者シュエ。 その言葉に、会場から暖かい拍手が贈られる。

 勇者シュエは、頭を上げると皇帝陛下へと向き直り、再び頭を下げる。


「こうして私のわがままで帝国学院への入学を許して頂き、この様な場に立たせて頂いた事、とても感謝しております。 ありがとう御座います」 

「よい、気にするでない。 我が帝国で学び、その使命に役立ててくれ。 我が帝国はそなた等を歓迎する」

「有難う御座います」


 勇者シュエの紹介が終わった事で、皇帝陛下はグラスを受け取り、祝賀会の始まりを告げる。


「さぁ、今宵は皆楽しんでくれたまえ。 帝国の未来を担う若者達の門出を祝って…… そして新たな勇者の誕生を祝って…… 乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 皇帝陛下の言葉に続いて、それぞれがグラスを掲げてそれに続く。

 こうして勇者歓迎のムードの中、祝賀会はスタートしたのだった。

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