第六十九話「式典の終わりに」
◆
式典を終えた僕達は、司会の先生の案内に従って会場を後にし、最初に案内された控えの教室へと戻って来た。
そこでローデンリー先生は、最初の登校日の詳細と授業内容を簡単に説明し、保護者と合流する為に広場で待機する様、皆に伝えるとお開きとなった。
僕達はそれから広場に向かい、それぞれの保護者が会場から出てくるのをただ待つ。
アイエル様の執事として、アイエル様とセシラ様を立って待たせる訳にはいかない。 まして侯爵令嬢のニーナ様も居られるのだ。 流石にこの場で、空間収納の鞄から椅子やテーブルを出すのは目立ちすぎるので、土魔術を使用して簡易にテーブルセットを生成する。
そしてテーブルに空間収納の鞄からティーセットを取り出し、魔術でお湯を沸かしてお茶を用意した。
「ロゼ様、今の魔術は何ですの?! 何もない地面から椅子とテーブルが…」
「…うん、そんな魔法初めて見たよ」
驚いた様子のニーナ様と勇者シュエ。
周りの反応からも、思ってたよりも目立ってしまった見たいだ。 ただの生活魔術の応用にすぎないんだけどな… そんな事を考えながらも僕は二人に説明する。
「はい。 ただの土魔術ですよ。 かまどを作ったりする生活魔術、ゲネシステールの応用で生成しました」
僕の説明に、勇者シュエは「そんな事もできるのね」と感心していた。
アイエル様はそんな周りを気にする事なく、当然の様にクロを抱えて椅子に座る。 セシラ様も気にせずに座った事でニーナ様も勇者シュエも、僕が生成した椅子に腰かけた。
皆が座ったのを確認すると、それぞれの前にお茶を煎れたティーカップを用意し、お菓子を添えた。
周りの新入生は、興味の目で見てくるが、誰も何も言って来ない。 むしろこの空気に割り込める度胸のある新入生は、ある意味大物かバカのどちらかだろう。 アイエル様達は優雅にお茶を楽しみながら待った。
最初に会場から出てきたのは、カイサル様とアリシア様、それに父様だ。
会場から出て来て、僕達が優雅にお茶をしているのに驚いていたが、僕の顔を見て何かを察したのか、気にする事なく話に割って入る。
「待たせたな」
「パパ! ママ!」
アイエル様はカイサル様とアリシア様に気付いて、嬉しそうに駆け寄って抱き付く。 僕は直ぐに魔術で追加の椅子を生成して、お茶を用意した。
「カイサル様、アリシア様、立ち話もなんですので、どうぞお掛けください」
目の前で椅子を生成され、カイサル様は一瞬驚きはしたものの「ロゼならそれくらい当然か」と呟きながらアリシア様と共に気にする事なく腰掛ける。
「カイサル様、アリシア様。 ご無沙汰しておりますわ」
ニーナ様は旅以来顔をあわせて居なかったカイサル様とアリシア様に、カテシーをして頭を下げる。
「ニーナ嬢か、久しいな。 して、そちらのお嬢さんは?」
カイサル様は新しい顔を見て訊ねてくる。
「お初にお目にかかります。 シュエ・セレジェイラです」
そう言って勇者シュエもカテシーをして自己紹介を行う。
僕は補足としてカイサル様に説明する。
「カイサル様。 シュエ様は聖シュトレーゼ皇国の、噂の勇者様であります」
「ほう… 君があの…」
カイサル様は驚いた表情を浮かべながらも、勇者シュエを見やる。
「えっと、はい。 お恥ずかしながら聖剣に選ばれてしまっただけで、あまり勇者としての自覚はなかったりするんですが」
そう言って苦笑いを浮かべる。
「謙遜しなくても良い、聖剣に選ばれると言う事だけで、大変名誉な事だ。 民の希望の象徴として、どうか精一杯頑張ってもらいたい」
そう言いながら頭を下げるカイサル様。
「えっと、やめてください! 私なんてまだまだです。
それに、私よりもアイエルちゃんの方がずっとすごい魔法をつかえたり、主席で入学される程なんですよ? なんで私が選ばれたのかが不思議なくらいです」
その言葉にカイサル様は僕を見て何か言いたそうだったが、その言葉を飲み込み、勇者が何故この場に居るのかも察した見たいだった。
「謙遜しなくとも良い、勇者に選ばれたと言う事は、それだけ可能性を秘めていると言う事だ。 この子の場合、環境が特殊だったのもあるし、それなりの才能もあったから主席を取れたに過ぎない。 勇者である君が同じ環境にあれば、きっと主席だったのは君だっただろう」
確かに、立場が違えば主席だったのは勇者シュエだったかもしれない。
アイエル様の場合、僕が色々と教えた事もあるし、元々マナの保有量も膨大であったからアレだけの魔術を行使する事が出来る様になっていたのだ。 勇者である彼女なら、アイエル様に負けず劣らずのマナ保有量を要しているはずだ。 剣技も魔術も完璧な勇者が誕生していても可笑しくない。
「それはそうと、自己紹介がまだだったな。 私はカイサル・フォン・グローリア。 アイエルの父だ。 そしてコチラが妻のアリシアだ」
「よ… 宜しくお願いします」
頭を下げる勇者シュエ。 しかしそんな勇者にカイサル様は釘をさすべく忠告を入れる。
「それよりもだ、娘を君の従者にする気で居るなら考え直してもらいたい」
勇者シュエは元々隠す気がないので、「従者とかじゃないけど、旅の仲間? にはなってもらえたら嬉しいなとは思ってるかな。 それにアイエルちゃん可愛いから普通に友達になりたいし」と本心でカイサル様に答える。
流石のカイサル様も、どう返していいか返答に困った様だ。
「強制する気は… ないのだな?」
その言葉に慌てて「そんな事しないですよ!」と全力で否定する勇者シュエ。
「そうか… それなら良いのだが…」
カイサル様の言葉の意味から察するに、勇者とは従者を選ぶ権利を持っていて、強制力のある物だと窺えた。
勇者シュエは確かに、この学院で旅の仲間を求めている。 聖剣と言う神器に選ばれ、使命を背負ってこの学院に来ているのだ。 恐らく勇者シュエが本当に勇者であるなら、セシラ様は彼女を全力でサポートするだろう。 そうなった時、必然的にアイエル様も仲間として何かしたいと言うはずだ。
僕もそうだけど、カイサル様もアリシア様も、できればアイエル様には危険に飛び込んで欲しくはない。 そう思っているはずだ。
これはアイエル様を説得するのが一番の問題かもしれないな… 僕は心の中でそう呟いた。
カイサル様はそんな勇者シュエの言葉を聞いて一安心するも、アイエル様の性格を思い、僕と同じ考えに至ったのか複雑な表情でアイエル様を見つめていた。
少しして、カイサル様とアリシア様に負けないくらい、豪華な装飾の施された正装に身を包んだ壮年の男性と女性が、僕達に声を掛けてきた。
「ニーナ、こんな所に居たのか」
「父様! 母様!」
ニーナ様は立ち上がると、そう言って二人に駆け寄る。
「これはこれは、ウィリアム侯爵」
立ち上がって挨拶をかわすカイサル様に、ウィリアム侯爵様は慌てて返す。
「おお、誰かと思えば、英雄カイサル殿ではないか」
「ウィリアム公、英雄はよして下され」
「我々にとっては英雄だよ。 永遠のライバルだと思って居たのに、いつの間にかずいぶんと先を越されたものだ」
「たまたま運が良かっただけですよ。 それにしても久しいですな」
「ああ、剣舞際以来か…」
そう言って笑いあう二人に、僕は慌てて追加で椅子とお茶を用意する。
「失礼致しました、どうぞお掛け下さい」
目の前で椅子が生成され、驚くウィリアム侯爵様。
そしてニーナ様と目を合わせ、「なるほど」と言う表情を浮かべると僕に語り掛けてきた。
「君がニーナの言っていたロゼくんかな?」
「えっと…」
僕が一瞬言葉に詰まらせると、ニーナ様は「その通りですわ、お父様」と嬉しそうに肯定する。
「そうか、君がロゼくんか。 先日はクライスとニーナ、それにうちの者達を助けて頂き、感謝する」
そう言って頭を下げるウィリアム侯爵様。 執事の息子にすぎない僕に、侯爵様自らが頭を下げる事は異例とも言える。 その事からもウィリアム侯爵様の人柄が覗えた。
「ニーナから君の武勇伝は聞いているよ」
そう言って笑うウィリアム侯爵様。 いったいニーナ様は何を話したんだ…
「いえ、僕一人の力ではありませんから」
「そうだな、グローリア家の御息女にもお礼を言わねばなるまい。 ニーナ、紹介してくれるかい?」
そう言ってアイエル様を見るウィリアム侯爵様。
「ええ、勿論ですわお父様。 こちらがカイサル様のご息女のアイエル様ですわ」
嬉しそうに紹介するニーナ様。
アイエル様は恐る恐る「よ… よろしく…です…… 」と頭を下げる。
「ラムライ・フォン・ウィリアムだ。 君も、うちの者達を助けてくれてありがとう。 感謝する」
そして、再び頭を下げる。
「それにしても英雄の血と教育の賜物か、こんな可憐な少女とその従者の少年が、我々大人がどうする事も出来なかった魔物を討伐して見せるのだからな。ニーナやディオールから話を聞いて、耳を疑ったよ」
そう言って苦笑うウィリアム侯爵。
「お父様、まだ疑って居られますの?」
「いや、疑っている訳ではないよ」
そんなウィリアム侯爵とニーナ様のやり取りに、カイサル様は「心情、お察しする」と苦笑いを浮かべる。
一番近くで、僕やアイエル様を見守って来たのだ。 思う所があったのだろう。
それから少しの間、ウィリアム侯爵を交え、カイサル様とウィリアム侯爵様の昔話に華を咲かせた。
なんでも二人は学院時代のライバル関係にあったらしく、昔はよく剣を交えたらしい。 カイサル様と互角に渡り合って居たと言うのだ、ウィリアム侯爵様の実力が覗えた。
◆
それから少しして、正装に身を包んだ青年が、慌てた様子で僕達の話に割り込んできた。
「シュエ様、お探しましたよ!」
そう言った青年は、薄茶色の髪を掻き上げ、抗議の言葉を続ける。
「式典が終わったら、入り口の所で待っていて下さいと申したではないですか」
「ごめーん、アイエルちゃんが可愛すぎて、ラフィークの事忘れてた」
悪びれる様子も無く、勇者シュエはアイエル様に抱き付きながら舌を出して軽く謝る。 それはそうと、忘れた理由があんまりな気もするが、ラフィークと呼ばれた青年は、ため息を漏らしながらも気にした様子はない。
「それで、シュエ様。 こちらの方々は?」
青年の問い掛けに、「今日できた親友とその家族?」と、何故か疑問符を付け加えて答える。
何時もの事なのか、青年は動じる事なく僕達に深々と頭を下げると自己紹介と共に非礼を詫びる。
「申し遅れました。 私、シュエ様の従者兼保護者を仰せつかっております、聖シュトレーゼ皇国、聖騎士のラフィークと申します。 シュエ様はこんな性格をしておりますので、色々と非礼があったかと存じますが、どうかご容赦を」
そう言って頭を下げるラフィークさんに、勇者シュエは「酷い! 私を何だと思ってるの!」と抗議の声をあげる。
「さぁ、シュエ様。 祝賀会の準備に一度お屋敷に戻りますよ」
ラフィークさんはそんな抗議の声を無視して、屋敷に戻る様に促す。
「えー もうちょっとアイエルちゃん達とお喋りしたかったのに」
「なりません。 今日は皇帝陛下に謁見できる大事な日でもあるのです。 あまり我が儘を申されては困ります」
勇者シュエは不服そうな顔で「ぶぅー」と不貞腐れる。
「今日の謁見でしっかりとご挨拶しないと、無理を言って学院に通わせて貰うのです。 追い出されでもしたら大問題ですよ。 ここは皇国とは違うのです」
そう言われ、渋々と言った口調で諦める。
「ぅう… 分かったわよ。 はぁ… 堅苦しいの苦手なんだけどなぁ」
ため息を付きながらもアイエル様に向き直ると「アイエルちゃん。 また帝城で会いましょ」と手を握って言う。 そして、ラフィークさんと共に僕達に頭を下げると、学院を去って行った。
「さて、我々も屋敷に戻るとするかな」
そんな二人を見送った後、ウィリアム侯爵様は徐に席を立つとそう言い、「ご馳走になった。 ニーナ、我々も行くぞ」とニーナ様を引き連れて去って行く。
帝城での祝賀会の準備があるので、あまりゆっくりとはしていられないのだろう。 カイサル様の話だと、祝賀会は入学を果たした将来優秀な帝国学院の子供達のお披露目の場。 それも皇帝陛下自らが、帝国の宝として一人一人謁見を許す貴重な場となっているのだ。 少しでも目に留まる様、皆必死だ。 その証拠に周りを見渡せば残っている新入生も保護者も僅かとなっていた。
カイサル様も身内だけになってしまった事で重い腰を上げ、皆に促す。
「では、我々も行くか…」
カイサル様のその言葉を受け、僕はすぐに魔術で造り出したテーブルセットとティーセットを片付ける。
テーブルセットは魔術で元の地面へと戻し、ティーセットは鞄へとしまった。
それから皆で馬車を停めている場所まで移動すると、さっと馬車に乗り込み、僕達は学院を後にした。
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