第六十八話「入学式・後編」


 アイエル様は名前を呼ばれても、緊張していて聞こえていない見たいだ。 下を向いて必死に落ち着こうとしている様に見受けられる。 僕はそっとアイエル様の頭の上のクロを回収し、膝の上に抱えると、アイエル様の手を握って優しく声を掛ける。


「アイエル様、出番ですよ」


 僕のその言葉に、ハッとして静かに立ち上がる。


「アイエル様、頑張ってください」

「アイエルよ、頑張るのじゃ」

「アイエル様、落ち着いて!」

「アイエルちゃん、ファイト!」


 僕を筆頭に、セシラ様もニーナ様も、勇者シュエも小声でエールを贈る。

 皆に励まされ、深呼吸するとアイエル様は、意を決して壇上へと上った。

 その姿は傍目には優雅に見えたのか、皆の視線が見惚れている様に移る。

 虹色に変わる銀の髪をなびかせ、その宝石の様な瞳でまっすぐ前を見据えたアイエル様は、練習の成果を見せる様に新入生代表の挨拶を口にした。


「新入生代表の挨拶を勤めさせて頂く事にになりました、アイエル・フォン・グローリアです。 この良き日に、新入生を代表してこの場に立たせて頂いている事を、光栄に思います」


 絶対本心ではそう思っていないであろう事を、まず建前として暗唱するアイエル様。 カンぺ通りの内容だ。 僕も無事に言葉が出てきた事に安堵する。


「そして、ここまで立派に育てて頂いたお父様、お母様と関係者の方々に感謝を述べさせて頂きます」


 そう言ってアイエル様は軽く頭を下げる。 普段はパパ、ママと言っているので、何か大人びた感じで不思議な感じだ。 言っても、カンペ通りの内容なので、本当に暗唱しているだけなのだが…

 静まり返った会場に、アイエル様の可憐な声が響き、物音一つしない。


「これから私たちは、栄誉あるメルトレス帝国学院と言う学び舎で、未来への一歩を踏み出します。 まだまだ未熟な私たちですが、未来への助けとなるよう、どうかご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。

 以上を持ちまして、新入生代表の挨拶とさせて頂きます」


 そう言って頭を下げ、何とか暗唱で来た事にホッと一息をくアイエル様。 無事に代表の挨拶を終えて一安心だ。

 会場の大人達は、六歳の少女がしたとは思えない立派な代表の挨拶に、惜しみない拍手を贈る。

 その拍手が自分に向けられている事に気付き、固まってしまうアイエル様。 皆の視線が集まっている事を再認識してしまって、恥ずかしくなってしまったのか伏してしまう。 そんなアイエル様の心境など知る由も無い司会の先生は、次の段取りへと移った。


「在校生、新入生代表、ともに席にへとお戻り下さい」


 アイエル様は戻って良いと言われ、慌てて壇上を降り様として足がもつれてしまい転びそうになる。 しかし、それを助けたのは、共に壇上を降りようとして居たラティウス皇太子だ。 自然と手を伸ばし、転びそうになったアイエル様を支える。


「大丈夫?」


 突然の事で驚いた表情をしていたアイエル様だが、自分が助けて貰った事は理解していたみたいで、体勢を立て直しながらお礼を言う。


「大丈夫… ありがと…」

「どう致しまして」


 ラティウス皇太子はそう爽やかに言うと、そのまま自分の席へと戻っていく。

 アイエル様も、テレながらもなんとか自分の席へと戻って来た。


「はふ~ 緊張したよぉ~」


 そう言いながら自分の役目は終わったとばかりに安堵の溜め息を漏らす。


「ご立派でしたよ、アイエル様」


 僕がそう言って褒めると、それに続いてセシラ様もニーナ様も勇者シュエも労いの言葉をかける。


「ご苦労じゃったの、 なかなかじゃったぞ」

「もっとグダグダになるかと思いましたのに、素敵な挨拶でしたわ」

「お疲れ様、アイエルちゃん!」

「えへへ… ありがとう、皆」


 テレながらもそう返すアイエル様。 今回の代表の挨拶が切欠で、アイエル様の人見知りな性格が、少しでもいい方向に向かえば良いのだが。

 アイエル様を囲う輪を見ながら、僕は一人思いを馳せた。


「続きまして、我がメルトレス帝国学院、学院長のお言葉です。 学院長、宜しくお願い致します」


 そんな僕達に構う事なく、司会の先生は淡々と進行を進める。

 司会の先生に紹介されて、壇上の裏から姿を現した学院長の姿に、僕は… いや僕を含めて、学院長を初めて目にする者は皆、驚きの表情を隠せない。

 それもそのはず。 体格良い、はち切れんばかりの筋骨粒々の髭を生やしたオッサンが、ゴシックロリータを彷彿とさせる、フリルが沢山ついたスカートを身に付け、壇上に現れたのだ。 しかも学院長として… 目を疑いたくもなるだろう。

 そもそも、教育の場を司る学院の長が、一番教育に宜しくない恰好で登場するとはこれ如何に…

 絶句する僕達を他所に、檀上に立った学院長は軽い感じで自己紹介の挨拶を始める。


「みんなぁ~♪ 入学おめでとぉ❤ 私が学院長のジーザス・フォン・メルトレスよぉん♪ 皆よろしくね♪」


 思わず心の中で(軽っ!)とツッコミを入れてしまう。 容姿も問題だが言動も問題ありだ。 正直入学する学院を間違えたかもしれない。

 ふと横を見ると、勇者シュエも「うわぁ…」と思わず声を漏らしてしまっている。 その気持ち分かるよ…

 学院長はその場の空気を読むこと無く、祝辞と言って良いか疑わしい挨拶を続ける。


「今年は特に可愛い男の子… いえ、優秀な生徒が居るみたいだら、私も期待してるのよぉ♪ 私、めいいっぱい愛でてあげるわ」


 そう言いながら何故かウィンクする学院長… なんだろう… 本能が危険だと直感で教えてくれている。 僕はそっと視線を逸らし、見なかった事にする。

 しかし、視線を反らした先の男子生徒達も、本能からか思わず股ぐらを押さえて拒否反応を示していた。

 そんな学院長に、ビシッとしたスーツを着こなした男性… いや、良く見ると胸元が膨らんでいる事から女性なのだろう、学院長と同じ年ぐらいの教員が、学院長の話に割り込む様に壇上へと上がった。


「ジーザス、そんな挨拶では子供達が怯えてしまう」

「あら、私は可愛い子供達を愛でてあげると言ったのよ?」


 その言葉に、その男性に見紛う女性はため息を漏らし、先ずは自己紹介と共に怯えた子供達を安心させる。


「私はエメラ・フォン・メルトレス。 この学院の理事長を務めております。 皆怖がらないでね、この人こう見えても根は優しい人だから」


 そう言った理事長は、真っ白な歯を輝かせ、男前な笑顔を子供達に向ける。


「それからジーザス、男の子ばかり見てないで、ちゃんと女の子達も見てあげないと。 こんな素敵な少女達が入学すると言うのに、目を掛けないなんて勿体無いだろ」


 そう言った理事長はアイエル様を見やり、ポッと頬を染める。

 駄目だこの学院のツートップ… メルトレスと言う事は学院長の血縁者だろうか? どっちもどっちだ。

 そんな学院長と理事長を止めるべく、司会の先生は勝手に話をまとめて強引に二人の挨拶を打ち切る。


「ジーザス学院長とエメラ理事長の挨拶でした。 皆さん拍手を」


 唖然とする新入生と保護者。 教職員と在校生、関係者は何時もの事と言った様子で、学院トップ二人を気にする事なく拍手を贈る。


「ちょっとぉ! 話はまだ終わってないのよぉ」

「そうです。 まだちゃんとした祝辞を贈ってない」


 抗議する学院長と理事長を、アラム教員統括は宥めながら壇上から退場させる。

 アラム教員統括の苦労が覗えた。

 二人が退場するのを待って、司会の先生は「ゴフォン」と咳払いをして、謝罪の言葉を述べる。


「お見苦しい所をお見せしました。 それではアラム教員統括。 閉会の挨拶を宜しくお願い致します」


 アラム教員統括は、学院長と理事長を部下の先生に任せ、壇上へと上がると一礼する。


「ご紹介に預かりました、アラム・フォン・メルトレスです。 父と母がお見苦しい所をお見せしました事、心より謝罪致します」


 どうやら学院長と理事長は夫婦で、アラム教員統括が息子と言う事らしい。 次期学院長と言った所だろうか… と言うかどっちが父でどっちが母かすごく気になる所だが、この話題のは触れない方が良いだろう。


「あんな学院長と理事長ですが、子供達の事を一番に思ってるおられます。 我々教職員一同が精一杯指導して参りますので、ご安心頂ければと思います」


 その言葉に、アラム教員統括は大変だなぁと思いながらも、その言葉の意味をしっかりと理解する。


「それでは、第二百十八回、メルトレス帝国学院入学式を閉会いたします。 この後、帝城にて祝賀会が開かれます。 陛下にお目通りできる数少ない機会です。 是非ご参加下さい」


 アラム教員統括はそう言うと、場を締めくくった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る