第六十七話「入学式・前編」

 ◆


 式典会場の前まで来ると、ローデンリー先生は扉の前で皆を制止する。


「皆さん。ここで少し待機になります。 扉が開いたら今の順番で中へと進んでください。 一番前の席から順につめて、合図があるまでは座らずに待って下さい。 良いですね?」


 生徒達は皆一列に並んだまま、ローデンリー先生の言葉に「はい!」と返事を返す。 ローデンリー先生が、扉の近くに控えていた別の教員と思わしき女性に、準備が出来た事を伝えると、女性教員はその言葉を聞いてさっと会場へと消えていく。


 少しして、ファンファーレの音と共に、中から司会と思わしき男性の声が聞こえ、両開きの大きな扉が重々しく音を立てて開いた。

 見えて来たのは大聖堂を思わせる高い天上に、権威を象徴する様な彫刻を施された立派な内装。 ステンドグラスで彩られた日の光が中へと差込み、校章の入った旗が壁から垂れ下がる。

 そして、会場の両サイドにはずらりと鎧を着込んだ兵士が立ち並び、楽団にも引けを取らないと言った感じで、見事な演奏で僕達を歓迎してくれている。

 更には紙吹雪まで用意され、すごい歓迎の演出だった。

 そんな空気の中、僕達がこれから歩む中央の花道は少し幅があり、上質な絨毯が敷かれ、まっすぐ壇上へと続いている。 そしてその両サイドには、立派に装飾が施された備え付けの椅子が並び、手前の席にはぎっしりと保護者が立ち上がって僕達を拍手で迎えて居た。

 皆の視線が一斉に僕達に向かった事で、流石のアイエル様もさっきまでの勢いは何処へやら、ガッチガッチに緊張してしまった。 このままでは誰も中へと進めないので、僕がそっとサポートする。


「アイエル様、大丈夫ですよ。 僕がついています。 まっすぐ前を向いて、胸を張って進んでください。 このままじゃずっと注目されますよ」


 僕のその言葉に我を取り戻したのか、慌てて中へと進んで行く。

 僕もその後ろ姿を追い、中へと進んだ。


 一列に並んで中へと入る新入生達。 緊張していて右手右足が一緒に出てしまっているアイエル様を、愛らしく思いながらもその後ろに続く。

 そして、中ごろまで来たあたりでカイサル様とアリシア様、そして父様の姿を見つけた。

 アイエル様は緊張のあまり周りが見えて居ないのか、お二人に気付いて居ない様だ。

 しかし、そんなアイエル様を知ってか知らずか、思っても見ない小さな影がアイエル様へと飛びついた。


「キュイ~」

「ほふっ!」


 そう、アイエル様のペット、クロだ。

 馬車を降りる時に父様に預けて居たのだが、アイエル様の姿を見て父様のところから飛び出したのだろう。 クロはアイエル様の頭によじ登ると、ここが定位置だと言わんばかりに我が物顔で居座る。


「く… クロ?! 駄目だよ大人しくしてなきゃ…」


 そう言いながらもアイエル様は頭の上のクロを優しく撫でる。

 その突然の乱入者に、会場の保護者達からも興味の目が向けられて居るのだが、当のアイエル様は気付いていない。

 僕の後ろに居たシュエは、クロを見て「使い魔?」と質問してくる。 保護者の反応も似たようなもので、「今年の新入生は使い魔まで使役してるのか」だとか、「あら可愛らしい」だとか、行進を止めたクロに興味津々だ。 このままでは後ろがつっかえてしまうので、僕は勇者シュエに「アイエル様のペットですよ」と軽く返して、アイエル様に先に進む様に促す。


「アイエル様、式は始まったばかりです。 後ろが控えていますので早く席まで進みましょう」


 クロの乱入で、さっきまでの緊張を忘れてしまったのか、アイエル様は「うん」と頷くとクロを頭に乗せたまま最前列の席へと歩いていく。 これはこれで良かったのかもしれない。 僕達もアイエル様に続き最前列に並んだ。


 そして司会の先生は、全ての新入生の入場が終わるのを見計らうと、「新入生、保護者、並びに関係者の方は着席ください」と着席を促す。 それに従い皆は一斉に席へと座った。

 ただ、アイエル様の頭の上のクロが気になるのか、座ってからも新入生達は皆、アイエル様の頭の上のクロに釘付けだ。

 流石に魔術学院だけあって使い魔を見慣れているのか、教員は特に気にした様子もなく司会の進行を待っている。 その中にはちゃんとローデンリー先生の姿もあった。 教員席に合流し、準備が整うのを待っていた。


「これより、第二百十八回、メルトレス帝国学院入学式を執り行います。 教員は壇上へお上がり下さい」


 司会のその合図で教員達は立ち上がり、順に壇上へと上がる。

 各教員たちはそれぞれ自己紹介と担当科目を説明し、それぞれ祝辞を述べる。

 決まり事の様に合間合間に拍手が鳴り、それを合図に次々に教員方が祝辞を述べる。

 教員の紹介と挨拶が終わった所で、司会の先生は壇上の教員達に元の席へと戻る様に促した。


「有難う御座いました。 それでは教員の皆様は席へお戻り下さい」


 それを合図に教員は壇上を降りていく。


「続きまして、在校生代表祝辞。 メルトレス帝国学院生徒会長、ラティウス・フォン・メル・サンチェリスタ様。 壇上へお上がり下さい」


 司会のその言葉で、関係者席に座っていた金髪のストレートの髪を後ろで束ねた、碧眼の青年が立ち上がる。 僕達の白い制服とは違い、紫に金糸の入った制服を着、豪華な外套を身に纏っている。

 腰には帯剣しており、その剣もなかなかの代物だと伺えた。

 それに名前にサンチェリスタとある事や、身に着けている物から、恐らく王族の一人である事が伺える。


 生徒会長、ラティウス先輩は壇上へと優雅に上がると、堂々と祝辞を述べた。


「ご紹介に預かりました、ラティウス・フォン・メル・サンチェリスタです。

 ご察しの通り、私はこの帝国の皇太子であると同時に、メルトレス学院の生徒でもあります」


 生徒会長、ラティウス先輩… この場合ラティウス皇太子殿下と呼んだ方がいいのだろうか… 彼の言葉に場がざわつく。 誰も彼も皇太子殿下であった事に驚きを隠せない様子だ。

 しかし、そんな新入生や保護者を気にするでなく、ラティウス皇太子殿下は気さくに話を続ける。


「驚かれるのも無理はないかも知れませんが、私は実力で勝ち取った生徒会長の席を誇りに思っております。 今、こうしてこの場に立たせて頂いているのは、家柄でも王族であるからでもありません。

 この学院は身分や家柄に関係無く、実力が全ての学院です。 私も皆と同じ生徒の一人に過ぎないのです。 実力で勝ち取った生徒会長の座と、今こうして在校生を代表して祝辞を述べさせて頂ける名誉は、これから皆さんの学院生活での頑張り次第で、誰にでもチャンスがあるのです。

 今、この時、この場所から君達は学院の生徒になります。 身分や家柄に囚われず、精一杯学業に励み、そしてそれぞれの未来を勝ち取って貰いたい」


 そう言うとラティウス皇太子殿下は、新入生を一瞥する。


「栄えあるメルトレス帝国学院の生徒として、そして生徒を代表して、皆の入学を歓迎します! これを持って在校生代表の祝辞とさせて頂きます」


 そう最後に言うと一礼して一歩後ろへ下がった。

 祝辞が終わった事で、会場からは拍手が鳴り、立派な挨拶に賞賛を贈る。 心なしか教員方に対する拍手とは違う様に感じる。

 司会の先生は、拍手が鳴り止むのを待ってから次の進行に移る。


「続きまして、新入生代表の挨拶に移ります。 新入生代表、アイエル・フォン・グローリア。 壇上へお上がり下さい」


 そしてアイエル様の名前が呼ばれ、いよいよ練習を重ねてきた新入生代表の挨拶の時が来た。

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