第六十六話「勇者シュエ」

 ◆


 入学式が執り行われる建物の前まで来ると、入り口で受付を行うローデンリー先生の姿があった。

 ローデンリー先生は訪れる新入生と保護者を、それぞれ保護者席と新入生の控え室へと案内している。

 僕達も受付に行き、ローデンリー先生と挨拶を交わした。


「これはこれはカイサル様。 ようこそ御出下さいました」

「今日は宜しく頼む」


 カイサル様は短くそう答える。 僕はそれに続き先生に挨拶すると、セシラ様もアイエル様もかるく挨拶をした。


「ローデンリー先生、おはよう御座います。 本日は宜しくお願い致します」

「宜しくなのじゃ」

「……宜しくです…」


 ローデンリー先生は僕達に「おはよう」と挨拶を返す。


「新入生は控え室に用意した教室で待機してもらっております。 カイサル様と保護者の方は先に会場の保護者席に座ってお待ちください。 特に席の指定は御座いませんので」

「わかった。 ではアイエル、ロゼ。 私は先に行っている」

「アイエル。 しっかりね」


 カイサル様とアリシア様はそう言って案内されるまま会場へと入っていく。

 僕達は案内された新入生の控え室へと向かった。


 ◆


 控え室として用意された教室には、新入生がそれぞれ自由に席に座り、式典の始まりを今か今かと待っていた。

 僕達が教室に入ると、聞き慣れた声がする。


「ロゼ様、お待ちして降りましたわ」


 そう言って姿を現したのはニーナ様だった。


「ニーナ様。 おはよう御座います」

「ニーナ。 おはようなのじゃ」

「ニーナおはよう」

「セシラ様もアイエル様もおはよう御座いますですわ」


 そう言って挨拶を返すニーナ様。


「それで、主席の挨拶の方は大丈夫ですの?」


 ニーナ様はそう言ってアイエル様をからかう。


「うぅ… 考えない様にしてたのにニーナのバカ…」


 ニーナ様はアイエル様の反応を見て、クスクスと笑う。


「アイエル様。 あれだけ練習したのです。 自信を持ってください」

「うぅ… 頑張る…」


 そんな他愛もない話をしていると、急に教室が騒がしくなった。 そんな新入生達の視線の先を追うと、そこには黒髪の少女、勇者の姿があった。

 勇者は教室を見回すと、僕達… と言うよりアイエル様に目を留めると、真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。

 そして、アイエル様の前に立つと、笑顔で話し掛けてきた。


「おはよう。 少し話良い?」


 急に話し掛けられたアイエル様は、もうこれでもかと言う程挙動不審になり、僕に助けを求めてくる。


「自己紹介がまだでしたね。 私、シュエ・セレジェイラと言います。 宜しくお願いしますね」


 手を差し出されたアイエル様は、「えっと、えっと…」とあたふたしながらも握手を返し、自ら自己紹介を返す。


「アイエル・フォン・グローリアです…」

「アイエルちゃんね! 私の事はシュエと呼んでくれると嬉しいな」

「シュエ?」


 ぐいぐいと来る勇者の少女シュエに、アイエル様も思わず名前を呟いてしまう。


「ええ、入学試験の時の魔法すごかったわ。 あんな魔法、聖シュトレーゼ皇国でも見たこと無かったわ」


 自分の魔術を面と向かって手放しに褒められ、照れるアイエル様。


「ねぇ、アイエルちゃん。 私とお友達になりましょ!」


 唐突にそう言われて、アイエル様は僕達の顔色を伺う。

 しかし、これに待ったを掛けたのはニーナ様だった。


「ちょっとお待ちになって下さい!」

「何かしら?」

「急に表れていきなりそんな事言われても、アイエル様が困ってしまいますわ。

 それに私たちを無視して、アイエル様の友達になりたいだなんて、何をたくらんで居ますの?」


 ニーナ様の言う事はもっともだ。 アイエル様にいきなり言い寄るなんて何かあるに違いない。

 その指摘が真っ当だったからか、特に隠す気がないのか、勇者の少女シュエは軽い感じで事情を説明する。


「んー 別にたくらんでる訳じゃないけど… ほら、私って勇者に選ばれちゃったじゃない? この学院に来た目的って、私自身のスキルアップの為と、旅の仲間を探す為なんだよね。 それで入学試験ですっごい魔法つかったアイエルちゃんの事が気になって声をかけたの」


 隠すでもなくそうあっけらかんと答える勇者シュエ。


「ね! 私と友達になりましょ」


 そう言ってアイエル様に言い寄る。


「それにアイエルちゃんすっごく可愛いんだもん。 お近づきになりたいと思うのは当然じゃないかな?」


 そう言いながらアイエル様をハグしてニーナ様に問いかける。


「ず… ずるいですわ… 私でもそんな事したことないのに…」


 ニーナ様がそんな事を呟きながら羨ましそうに二人を見つめる。 ニーナ様はどうやらアイエル様と仲良くしたかった見たいだ。 アイエル様が一方的に避けていただけで、案外この二人は仲良くやれるのかもしれない。


「じゃあ皆友達になりましょ! だって私、聖シュトレーゼ皇国から帝国に来たばかりで、知り合いは護衛のラフィークしか居ないもの。 友達になってくれると嬉しいわ」


 そう言って今度はニーナ様に言い寄る。

 解放されたアイエル様はさっと僕の陰に隠れた。

 言い寄られたニーナ様はタジタジになりながらもそれに答える。


「そ… そう言う事なら仕方ありませんわね… どうしてもと言われるのであれば、考えなくも無いですわ」


 ニーナ様が精一杯そう答えると、勇者シュエは笑顔で「どうしても!」とニーナ様の手を取って答える。


「それじゃ決まりね! 皆宜しくねっ」


 そう笑顔で言う勇者シュエ。

 僕は胸に手を当てて、軽く礼をするとそれに答える。


「こちらこそ、お嬢様共々、宜しくお願い致します」


 こうして僕達の輪の中に、新たに勇者シュエが加わるのだった。


 ◆


 それから程なくして、新入生の控え室に、担当の教員が姿を現した。 保護者も新入生も全員揃ったのだろう、現れたのはローデンリー先生だった。


「皆さん、おはよう御座います。

 これからの予定を告げますので、皆さん席について下さい」


 そう言って教壇に立つローデンリー先生。

 新入生達は近くの空いている席へと座り、先生の言葉を待つ。

 僕達もそのまま話の流れで、近くの席に腰を降ろした。


「これから皆を会場まで案内します。 新入生代表のグローリアさんを先頭に、皆一列に並んで前の席から順に座って行って下さい」


 名前を呼ばれたアイエル様は、一番目立つ所を指定され、涙目で僕に訴えかける。


「アイエル様、代表の挨拶がありますから、すぐに動ける席に座る為には仕方の無いことです。 それにもうアイエル様なら大丈夫ですよ。 自信を持ってください」


 僕はアイエル様の緊張を少しでも解す為に、そう言って笑顔で語り掛ける。


「うぅ…」


 緊張するアイエル様を微笑ましく思い、そっと見守る。

 ローデンリー先生はそんな僕達の事など知る由もなく、式典の段取りを説明していく。


「皆が席に着き次第、まずは学院の教員や関係者の紹介があります。 それから在校生代表からの挨拶、それに続いて新入生代表の挨拶と続き、学院関係者からの祝辞が続き、最後に学院長からの挨拶があります。

 それが終われば皆は退場してこの教室に戻って来てもらいます」


 黒板に予定を箇条書きにして説明するローデンリー先生。


「式典についてはそれで終わりです。 そして今宵皆の入学を祝って、帝城にてパーティが開かれます。 皆保護者と合流し、各々帝城へと向かってください」


 最後にそう締めくくると、「何か質問はありますか?」と皆に確認を取る。

 周りを見回し、特に質問がないのを確認すると、「さて」と前置きをし、皆を誘導する。


「それではこれから会場へと向かいます。 グローリアさんは前まで来て、私に付いて来てください」


 ローデンリー先生に呼ばれ、緊張の面持ちで立ち上がるアイエル様。

 このままでは失敗しそうなので、僕はあえて楽しい事を思い出させる意味で、アイエル様に語りかける。


「アイエル様、ご褒美は何にするかは、もう決められましたか?」

「ふへ?」


 僕に突然話を振られ、変な声を漏らすアイエル様。 そして僕が言った言葉に、御褒美の事を思い出したのか、緊張を少し緩るめ、笑顔で答えてくれる。


「うん! でもまだロゼには内緒」


 そう言って意味ありげに言う。 その事で少し気が楽になったのか、アイエル様は僕の手を引いてスタスタと前に出る。 その後にセシラ様、ニーナ様、勇者シュエが続き、新入生が続いた。

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