第六十五話「入学式へ」

 ◆


 帝国学院で、カイサル様と学院側が面談した後、僕達は学院への入学が決まった事で、入学の準備に追われていた。

 と言っても、最初の内は初めての帝都を観光したり、料理を堪能したりとただ遊んで居ただけなのだが、入学式を一週間後に控え、制服の準備であったり、学院で必要になる教科書や、書き取りに使う黒板などの教材の準備であったりと、いろいろ忙しなく準備に追われていた。

 中でも一番の問題は、アイエル様が主席だったと言う事だ。

 何が問題なのだと思われるかも知れないが、アイエル様に関してはこれ以上重要な問題はなかった。

 そう、入学式と言えば新入生代表の挨拶。 その挨拶を主席であるアイエル様が行う事になっているからだ。 普通であれば主席で入学して新入生の代表を務めるなんて、これ以上ない名誉なのだが、人見知りなアイエル様にとってそれは、かなりハードルが高い。

 人前で、それも壇上の上で皆の注目を集める中、代表の挨拶をするなんて、考えても居なかっただろう。

 目の前には挨拶文を手にうな垂れるアイエル様の姿があった。


「うぅ…… ねぇロゼ… 変わりにロゼが挨拶じゃ駄目なの?」

「はい。 新入生代表の挨拶は、歴代主席を納められた生徒が執り行って降ります。 アイエル様の代で勝手な真似はできません」

「うぅぅ…… なんでロゼが主席じゃないのよぉ…」


 それは僕が手を抜いて居たのと、アイエル様が最後の最後に特級魔術を使った事が原因なのだが、当の本人は気付いて居ない見たいだ。


「アイエルよ、諦めるのじゃ。 これも試練と思うのじゃ」


 何の試練かはさておき、セシラ様は帝都に居る間、グローリア家でお世話する事が決まった。 これはイザベラ様の病を治してくれたお礼と言う反面、アリシア様がセシラ様を気に入ったのが大きかった。

 セシラ様が人族の食事の調理法などを学びたいと、アリシア様にお願いしたのが始まりで、最初は横で見ていただけのアリシア様だったが、楽しそうに料理をするセシラ様につられて、今ではアイエル様も一緒に仲良く三人で料理を楽しむまでになっていた。

 アイエル様はセシラ様からも助け舟が出ない事で、愚痴を溢しながらも諦めの境地で、嫌々挨拶文に目を通し始める。


「うぅ… 誰も助けてくれない…」


 そんなアイエル様を愛おしく思いながらも、ここは心を鬼にして乗り切ってもらうしかない。

 少しでもアイエル様のやる気になればと、何かご褒美を用意するのも良いかもしれない。


「アイエル様、ではこうしましょう」


 僕が唐突にそう言うと、アイエル様は「助けてくれるの?!」と、期待に満ちた目で見つめてくる。


「助ける訳では無いのですが、代表の挨拶をきちんと出来たら、僕に出来る範囲で何でも一つ、アイエル様のお望みを叶えましょう」

「なんでも一つ?」

「ええ、僕にできる範囲の事に限られますが…」


 僕はそう言って苦笑う。


 アイエル様は「ホント?! じゃあね、じゃあね」と嬉しそうに僕にお願いできる事を考える。

 少しはやる気になってもらえただろうか…


「えっとね、いっぱい撫でて欲しいし、デートもしてみたいし、美味しい御飯の作り方も教えて欲しいし、もっとすごい魔術も教えて欲しいし…」


 アイエル様はそう言って思い浮かぶ限りの願い事を呟く。 しかし、いっぱい思い浮かびすぎて、一つに決められずに助けを求めてくる。


「どうしようロゼ… いっぱいお願いしたい事があって決められない」


 そんな困り顔のアイエル様に、僕は苦笑いを浮かべる。


「ではこうしましょう。 アイエル様が本当に僕にお願いしたい事が決まった時に、それを叶えると言う事ではどうでしょうか?」

「うん! 分かったそれでいい!」

「では、代表の挨拶頑張りましょうね」

「うぅ… でも、頑張る…」


 それからアイエル様は必死に代表の挨拶の練習をした。


 ◆


 それから数日後、僕達の晴れ舞台。 メルトレス帝国学院の入学式の日が訪れた。

 今、僕達は保護者のカイサル様とアリシア様、そして父様を伴って学院に向かっている。 メラお姉ちゃんとランエルさんはお留守番だ。

 今日僕は主役の一人であると言う事で、御者席ではなくアイエル様やセシラ様、カイサル様とアリシア様と一緒に馬車の客室に乗車している。 勿論その中にアイエル様に抱きかかえられたクロの姿もある。 因みに御者を務めるのは父様だ。

 席はカイサル様とアリシア様が並んで座り、向かいの席にアイエル様を挟む形で僕とセシラ様が座る。

 皆、入学式とあって正装に身を包んでいる。

 カイサル様は英雄に相応しい外套を纏った、式典用の騎士服を、そしてその隣に座るアリシア様は白に金糸の入った奇麗なドレスを着ていた。


 それから僕達が着ている学院指定の制服だが、雪桜が学生時代に着ていたと言う、日本の学生が着るブレザーと言えば良いのだろうか、それに似た作りの制服で、白を基調として銀糸の入った作りで統一されていた。

 アイエル様とセシラ様はスカートで、ニーソックスにブーツと足元だけ日本の学生とは違う感じだ。

 僕も短パンにブーツで、普段の執事服でないのでなんだか落ち着かない。

 それから程なくして、僕達はメルトレス帝国学院へと到着した。


 ◆


 学院に到着した僕達が目にしたのは、僕達と同じ下ろし立ての制服に身を包んだ新入生達と、保護者と思わしき大人達が正装に身を包んで学院の広場を埋め尽くした光景だった。

 皆入学の喜びに満ち、未来を思い描いている。 そう感じ取れた。

 僕達の乗る馬車は広場の人だかりの手前で停車すると、僕はすぐさま扉を開き、飛び降りて踏み台を用意する。

 まず馬車を降りたのカイサル様だ。

 その場に居る生徒や保護者も、馬車の紋章でグローリア家の馬車だと認識して居たのだろう。 カイサル様が馬車を降りると皆の視線が集まる。

 今年の学年の目玉は、なんと言ってもカイサル様の娘で主席を取ったアイエル様と、勇者と噂される少女だ。

 新入生も保護者もなにかと話題の二人には注目しているのだろう。 それに帝国の英雄の姿は、やはり皆の憧れ。 どうしても目が行ってしまうのも仕方ないと言える。

 そしてそれに続いて降りたのはアリシア様だ。

 カイサル様に手を取られ、優雅に馬車を降りる。 美しい銀の髪が風に靡き、英雄と美女が立ち並ぶ姿に、皆見とれているのが伺える。

 そして次に馬車から姿を現したアイエル様の、その妖しくも美しく色の変わる銀の髪。 左右で色の違う瞳を持つ美少女の存在は、声が漏れるほどの衝撃だったのか、試験でその姿を見知っている生徒はともかく、保護者の方々は男女問わず口を開けて見惚れてしまう程だった。

 アイエル様は僕の手を取り、優雅に馬車を降りる。

 そして周りの視線が自分に集まっている事に気が付いて縮こまってしまった。


「アイエル様、大丈夫ですよ。 あれだけ練習したじゃないですか。 怖がらずに前を向いてください」


 僕に促され、恐る恐るも顔を上げて皆の方を見つめる。

 皆の方がその純粋な奇麗な瞳に見つめれれて思わず目を逸らしてしまう程、アイエル様はじっと皆を見つめ返した。


「ね、アイエル様。 何も怖い事ないでしょ」

「う… うん…」


 誰もアイエル様に対して害意ある目を向ける者はいなかったので、アイエル様は少し安心した様に頷く。


「アイエル様はもっと自信を持ってください」

「わ… わかった…」


 まだ、どこかぎこちなさが残るものの、アイエル様は納得してくれた見たいだ。

 そして、最後にセシラ様が馬車から降りた。

 グローリア家の馬車から降り立ったセシラ様にも、皆の視線が集まる。

 亜人である事を隠す為に被った帽子から、流れる真っ白な長い髪に白い瞳。 アリシア様ともアイエル様とも違う美少女の登場に、保護者からも興味の目が向けられる。

 一体この美少女は何者なのだろうと言った声が、あちこちから聞こえてくる。

 そんな周りの事など気に留める事なく、カイサル様は言う。


「さぁ行こうか」


 そう言ってカイサル様が入学式が執り行われる建物へと向けて歩み始めると、まるで海を割ったモーゼの如く、人々が左右に割れ、建物までの道が出来た。

 英雄の力恐るべし…

 カイサル様は気にする事なく、その道を堂々と歩み進める。 それに続き、アリシア様、セシラ様が続き、アイエル様は居心地悪そうにその後に続いた。

 僕は最後尾からそれに続き、父様は馬車を停めに向かった。

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