第六十四話「帝国学院での面談」

 ◆


 翌日、僕達はカイサル様を伴い、馬車でメルトレス帝国学院へと訪れていた。

 勿論御者は僕が勤める。 馬車で学院内を移動し、教員室のある建物を目指す。

 馬車を何食わぬ顔で操る僕を見て、皆驚いた顔をしている。 年端も行かない子供が御者を勤めているのだ、目立たない訳が無い。

 僕は近くに居た学院の生徒と思わしき学生に、教員室の場所を伺う。


「あの、すみません」


 いきなり僕から声を掛けられて驚く女子生徒達。 止まって僕を見ながらコソコソ話してたので、思い切って声を掛けてみた。

 女子生徒は僕よりも二つか三つ年上に見える。 学院の通う事になれば先輩になるのかな。 女子生徒は精一杯背伸びして僕に答える。


「な… 何かしら?」

「突然及び止めして申し訳ありません」


 僕は手綱を握ったまま御者台から飛び降り、まずは頭を下げる。


「教員室の場所を探して居るのですが、何分学院に不慣れなものでして、恐縮ですが場所を教えて頂けないでしょうか?」


 精一杯礼儀を尽くしてそう訊ねる。


「きょ、教員室でしたらあの鐘のある建物の中ですわ」


 そう言って女子生徒は鐘のある建物を指差す。

 僕は頭を下げ、「ありがとう御座います」とお礼を言う。


「それでは失礼致します」


 そして僕は再び馬車の御者台に戻ると馬車を鐘のある建物へと走らせた。

 その後、女子生徒達の話題になったのは言うまでも無い。


 ◆


 教員室のある建物の前まで馬車を走らせると、僕は馬車を停め、馬を繋ぎとめる。

 それから台座を用意すると、馬車の扉を開いた。


「到着しました。 足元にお気をつけ下さい」


 僕がそう言うと、カイサル様を始め、アリシア様、アイエル様、セシラ様が順に馬車から降りる。

 僕はすぐさま馬車の扉を閉めると、鐘のある建物に入り、一階の門番を勤めていた二人の兵士に教員室の場所を訪ねる。 そして後ろから現れたカイサル様を見て、兵士の一人が慌てて教員室まで案内してくれた。 流石カイサル様だ。 帝国の英雄の名は伊達ではない。

 教員室に着くと兵士は扉をノックし、グローリア家が来た旨を伝える。

 直ぐに昨日の魔術の女性教官が現れ、中へと案内してくれた。


 ◆


 女性教官が案内したのは、教員室の奥にある来客用の応接室だった。 流石帝国が誇る帝国学院だけあって、なかなかの調度品が飾られている。

 厭らしくなく、貴族相手でも程々に見栄えのする物が選ばれていて、センスを感じる。

 女性教官に促され、アイエル様とカイサル様を真ん中に、アイエル様を挟む形でアリシア様が座り、カイサル様の隣にセシラ様が座った。 そして僕は皆の後ろに立つ形で控えた。

 来客があった事で、別の教員と思わしき女性が、お茶を用意して退室する。


「今、学院長を及びしますので、今しばらくお待ちください」


 そう言うと女性教官は応接室を出て行く。 そして暫くして、壮年の男性を伴って女性教官が戻って来た。 恐らくこの方が学院長なのだろう。 と思ったのだが、どうやら違った見たいだ。


「あの、実に申し訳ございません。 学院長は今朝方まで居られたのですが、何処にも見当たらなくて…」


 慌てて弁明する女性教官。 そして壮年の男性は続けて自己紹介と共に重ねて謝罪する。


「私からも謝罪致します。 父に… いえ、学院長に代わりまして、私、教員統括を勤めさせて頂いております、アラム・フォン・メルトレスがお話させて頂きます。 本当であれば学院長直々にお話させて頂くはずだったのですが、実に申し訳ありません」


 そう言って教員統括のアラムと名乗った男性は頭を下げる。

 学院長の事を父と呼びかけた所を見ると、学院長の息子と言う事だろうか。


「カイサル・フォン・グローリアだ。 帝国学院の学院長ともなれば忙しい身であろう。 気にする事は無い」

「恐縮です」

「名乗るのが遅くなりまして申し訳ありません。 私、学院の魔術教員を務めております、ローデンリーと申します。 わざわざ起こし頂きまして有難うございます」


 ローデンリーと名乗った女性教官は、そう言ってカイサル様とアリシア様に頭を下げる。


「それで、早速ですが昨日の魔術試験の結果から報告させて頂きます」


 ローデンリー魔術教員はそう言うと結果のかかれた紙を取り出し、皆の前に提示する。


「お嬢様の成績は、受験生の中でトップの成績を収められました。 特に魔術の実技試験におきましては、他と比べるのが烏滸おこがましい程、完璧な魔術を披露され、文句無しのトップの成績でした。 流石英雄の娘さんだけの事があります。 それに見たことも無い氷の広範囲魔術でしたが、あれはカイサル様が教えられたのでしょうか?」


 そう言ってローデンリー魔術教員は、試験の時にアイエル様が放った特級魔術についてカイサル様に訊ねる。 カイサル様が魔術を使えると勘違いしているので、自分の知らない魔術について訊ねたのだろう。


「いや、私は魔術は得意ではないのでな、教えれる事などないよ。 この子達の魔術は、家庭教師から教わったか、自ら編み出したかのどちらかだ」

「それでは、その家庭教師の先生がよほど優秀なお方だった様ですね、今度紹介して欲しいくらいです」


 カイサル様は僕の顔を見て苦笑いを浮かべる。 そして「考えて置こう」と言葉を濁した。


「ありがとう御座います。 それから、そちらのセシラさんやロゼさんも、お嬢様には及びませんでしたが上位の成績を残され、文句なしの合格で御座いました」


 カイサル様は「そうか」と一言だけ返し、それから今日この場に足を運んだ本題を切り出す。


「実はその件と言うか、この子達の件で折り入って話がある」


 カイサル様にそう言われ、ローデンリー魔術教員とアラム教員統括は顔を見合わせる。

 そしてアラム教員統括は話を促した。


「お伺いしましょう」


 カイサル様は要件を伝える。


「学院側にはアイエルが卒業するまで、しっかりと保護して欲しいのだ」


 ローデンリー魔術教員とアラム教員統括は首をかしげる。


「それは、どう言った意味でしょうか?」


 アラム教員統括の言葉に、カイサル様は自分の気持ちを打ち明ける。


「そのままの意味だ。 アイエルの実力は先の試験で見て貰った通り普通とは違う。 しかし見ての通りまだまだ子供だ」


 そう言ってソファーにチョコンと座ってお茶をすするアイエル様を見る。


「そんなアイエルやこの子達を、大人の事情に巻き込みたくないのだ…

 恐らく皇帝陛下や皇族貴族に、この子達の実力が知れれば、やっきになって自らの手元に置こうと画策するに違いない。 皇族やその側近ならば宮廷魔導士、または戦術的に軍に組み込もうとするかもしれない。 貴族ならば婚約者として、家格を上げるために利用しようとするかもしれない。

 まだ右も左も分からないこの子達を、そんな政治の世界に巻き込みたくないのだ。

 俺はこの子達には、普通の学院生活を送らせてやりたい。 それが親としての義務と考えて居る」


 カイサル様の言葉に、アラム教員統括は「なるほど…」と呟き話を続ける。


「カイサル様のお気持ちは確かに受け取りました。

 しかしですね、学院側としては才能溢れる子供を発掘して育て、帝国の為に役立てる為に学院があるのです。 ましてそれが宮廷魔術師も顔負けの見事な魔術を扱える者が現れれば、皇帝陛下にご報告しない訳には行かないのです」

「その事は重々承知している。 何れこの子達は帝国の根幹を担う事になるだろう。 それに今の実力でも下手な大人よりも実力はある。 しかし、実力があったとしても経験が伴わない。 そこを育てるのが学院の存在意義ではないのか?」


 カイサル様の言葉に、アラム教員統括は言葉を詰まらせる。


「実力ある子を早く帝国の為に役立てたいと思う気持ちは分かるし、皇帝陛下への報告は帝国学院として当然の義務だ。 それにとやかく言うつもりはない。 だが、学院としての責務を放棄しないでもらいたい。

 学院は才能ある子を保護し、教え導くのもまた義務のはずだ。 違うか?」

「カイサル様のおっしゃる通りです…」

「学院は勉強や技術を学ぶだけの場では無いはずだ。 この子達に欠けているものは、学院生活の中でしか手に入らないものだと私は考えて居る。 その間、学院にはこの子達の後ろ盾になって欲しいのだ。 それが私から学院側にお願いしたい事なのだ」 


 アラム教員統括は、カイサル様からそう頼まれ、どうするべきか考える。


「カイサル様のお気持ちはしかと受け取りました。 私共も子供たちの事を第一に考えるのが仕事です。 確かにカイサル様のおっしゃる通りかと思います。 この件に関しては私の方から学院長に相談してみましょう」

「そうしてもらえると助かる。

 私はこの子達の事を第一に考えている。 学院の助力が得られないのであれば、他の手を考えなければならなくなってしまうからな」


 カイサル様はそう言って意味ありげにアラム教員統括に笑い掛ける。

 アラム教員統括は、その言葉の意味を考えながらも頷く事しかできなかった。 カイサル様なりの牽制の言葉だろう。 帝国の英雄を敵に回す様な、愚かな事はしないであろう。


 それから僕達は、入学式の日程や今後のスケジュール等の概要の説明を受け、その日は学院を後にした。

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