第六十三話「報告」
◆
メルトレス帝国学院を後にした僕達は、ランエルさんとメラお姉ちゃんの案内で、帝都にあるグローリア家の別邸へと向かった。
帝都の別邸は、グローリア領にある領主邸に比べれば圧倒的に狭かったが、それでも貴族の邸宅、十部屋くらいはあるお屋敷だった。
お屋敷に着くと、父様が出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、アイエルお嬢様。 カイサル様とアリシア様がお待ちですよ。 それからロゼも良くやった。 無事にアイエルお嬢様を連れて戻ったのだからな」
「ただいま戻りました、父様。 無事試験には間に合いました」
「そうか、良くやった。 カイサル様の下へ案内しよう。 それはそうと見ない顔が増えてるな… そちらのお嬢様は?」
父様はアイエル様の頭の上が低位置となったクロを見、そして僕達と一緒に屋敷に来たセシラ様を見てそう問う。
「はい。 彼女はセシラ様。 竜の谷で知り合った竜の姫様です。 今は人の姿をしていますが、本当の姿は高位竜です」
「高位竜!?」
父様は驚いてセシラ様を凝視する。
「セシラなのじゃ。 宜しくなのじゃ」
「訳あって、今はセシラ様の護衛と人族の里の案内役を引き受けております」
「中で詳しく事情を聞こう」
「はい。 カイサル様も交えてこれまでの経緯をお話します」
僕達は父様の案内で、カイサル様の待つ応接室へと通された。
応接室ではカイサル様とアリシア様がソファーに腰掛け、僕達の帰りを待っていた。
「ただ今戻りました。 カイサル様、アリシア様」
「ロゼ、良く戻った」
アイエル様は、喧嘩別れ見たいな形で飛び出して行ってしまった手前、顔を合わせ辛いのか、僕の陰からチラリとカイサル様とアリシア様の様子を窺う。
「アイエル。 怒らないからこっちにいらっしゃい」
アリシア様の言葉にアイエル様は「ほんと?」と恐る恐る聞き返す。
「ええ、経緯はどうあれ、アイエルはお婆様の為に頑張ってくれたのでしょ?」
アイエル様はコクリと頷く。
そしてカイサル様に目線を移し、その様子も覗う。
カイサル様はそんなアイエル様の様子に「はぁ…」と溜め息をつき、表情を和らげて座る様に言う。
「アイエル、パパも怒らないから座って話を聞かせてくれるかい?」
「ほんと? 本当に怒らない?」
僕の陰から不安そうにそう問い返すアイエル様。
カイサル様は一言「ああ」と仕方ないなと言った感じで返す。
「アイエル様、座りましょうか」
「うん…」
僕に促されてカイサル様とアリシア様の向かいのソファーに腰を下す。
父様はそのやり取りの間にお茶の準備を済ませていたのか、スッとお茶を人数分用意した。
「まずはロゼ、よくアイエルを無事に連れ帰ってくれた。 よくやった」
カイサル様は、そう言って感謝の言葉を口にした。
「いえ、アイエル様の執事として当然の事です」
「それで、そちらのお嬢さんは?」
さっきから気になっていたのだろう。 カイサル様はセシラ様の事を訊ねる。
「はい。 ご紹介致します。 彼女の名前はセシラ様と申します。
セシラ様、こちらのお二人はアイエル様のご両親で、カイサル様とアリシア様です」
「セシラなのじゃ」
「カイサル・フォン・グローリアだ」
「アリシアよ」
「宜しく頼むのじゃ」
それぞれに自己紹介をするカイサル様とアリシア様とセシラ様。
「カイサル様、アリシア様。 セシラ様はこう見えても古代龍のご息女で、竜の姫君なんです」
カイサル様は「竜の姫?!」と思わず聞き返す。
「はい。 イザベラ様のご病気を治す為にご尽力頂きました」
「なんと! それは真か!」「それは本当なの?!」
驚くカイサル様とアリシア様。 噂に上がっていた古代龍が人の姿で目の前に居るのだ、疑いたくなるのも分かる。 アリシア様は疑うよりも先にイザベラ様のその後が気になったのだろう。 その事を質問してくる。
「それでロゼ、お母様の病気は治せたの?」
「はい。 ギリギリになってしまいましたが、昨日セシラ様のお陰で無事に治す事が出来ました」
「そう… よかった… 良かったわ」
そう言って本当に嬉しそうに涙ぐみ、セシラ様にお礼の言葉を掛ける。
「セシラ様、お母様の病気を治して下さり、心から感謝致します」
「うむ、気にするでない。 ロゼとの約束じゃからな」
それから僕とアイエル様は、シスタール家を飛び出してからの事を要点を抑えて報告していった。 そして成り行きとは言えセシラ様の護衛を引き受けた事。 それにセシラ様が、勇者の事や今の人族の世情を知る為にこうして一緒に居る事。 アイエル様の頭の上で寛ぐクロの事。 後は約束通り学院の試験には間に合った事。 そして成り行きとは言えセシラ様も学院の試験を受けた事。 更にはアイエル様が緊張のあまり特級魔術を試験で使ってしまい、その力がバレてしまった事などを包み隠さず報告した。
「そうか… そんな事があったのか…」
カイサル様は話を聞いてぼそりと呟く。
「申し訳ありません。 僕がついていながら秘密を守る事が出来ませんでした」
「気にするな、何れバレる事だ」
「それから、明日朝にその件の事も含め、学院に赴かなければならなくなりました。 流石に特級魔術を披露しては、学院としても放っては置けないのでしょう。 それに連絡事項も聞かずに戻って来てしまいましたので、顔を出さない訳には行かなくなりました」
僕の報告にカイサル様は一考してから答える。
「分かった。 明日学院には私も行こう。
今後の事も含めて、学院とはちゃんと話をしておいた方が良いだろう」
「お手数をお掛けします」
僕はそう言って頭を下げる。
「それはそうと、アイエルの人見知りも困ったものだな」
カイサル様はちょこんと据わって、お茶をすするアイエル様見て苦笑う。
アイエル様は自分の名前が出た事で、きょとんとした顔でカイサル様を見つめ返して首をかしげる。
「アイエル様、学院に入ったら少しづつでも良いので、人目に慣れていきましょうね」
僕がそう言うと、何の事か察したのか、苦い顔を浮かべる。
「ねーロゼ。 馴れないと駄目? だってみんな私の事、変な目でジロジロ見るんだよ?」
「それはアイエル様が可愛らしいからですよ。 もっと自信をもってください」
僕がそう言うと、何故かアイエル様は頬を染めて伏してしまう。
何か変な事言っただろうか?
「そうじゃぞ、もっと自信を持つのじゃ。 それよりもロゼよ、お腹が空いたのじゃ」
セシラ様は、もう話は終わったと言わんばかりに空腹を訴える。
ぶれないなセシラ様は… 僕はそう思い苦笑いを浮かべる。
カイサル様もそんな自由奔放なセシラ様の言葉に、気を良くしたのか豪快に笑う。
「はっはっ、そうか。 直ぐに食事の準備をさせよう」
「ええ、そうね。 久々に家族そろって食事ですもの。 セシラ様にもお世話になった見たいだし、今日は腕によりを掛けてもらう様に料理長に掛け合うわ」
アリシア様は嬉しそうにそう言う。
「バルト、料理長に直ぐに食事の準備をしてもらう様に伝えてくれるか?」
「畏まりました旦那様」
父様はそう言って一礼して部屋を出て行く。
僕は立ち上がるとお茶を煎れ直し、お土産に買い溜めしていたお菓子を空間収納の鞄から取り出し、皿に盛り付けた。
「カイサル様、アリシア様。 旅先で手に入れたお菓子です。 食事が出来るまでの間食にどうぞ」
「ありがとうロゼ。 頂くわ」
アリシア様は早速お礼を言ってお菓子を口に運ぶ。
セシラ様は有無を言わさず手を伸ばして居たが、カイサル様は僕が持っていた空間収納の鞄に驚きの表情をしていた。
「ロゼ。 その鞄はいったいなんだ?」
「はい。 セシラ様の護衛と、調味料を定期的にお持ちする事を条件に、竜王様のところの宝物庫で、これを頂きました。 なんでも空間収納のアーティファクトだそうです」
「そんな高価な物を貰ったのか?!」
「はい。 なんでも勇者がもって居た、神が与えた魔道具だそうです」
「伝説上の魔道具だと! そんな物を持ってると知れれば、国や貴族、商人は黙っていないぞ…」
カイサル様は一考した後、僕に忠告する様に言う。
「ロゼ、そのアーティファクトはあまり人前では使うな。 面倒事に巻き込まれたく無かったらな」
「どう言う事ですか?」
僕の質問にカイサル様は答える。
「そんな国宝級にも匹敵する物、それも商人が喉から手が出る程欲しがる空間収納の魔術が掛けられた鞄だ。 悪用しようとする者や、盗んで一儲けしようとする者は必ず現れる。 ロゼの実力なら返り討ちに出来るかもしれないが、面倒事は避けた方がいい」
カイサル様の説明に、僕は納得する。 確かにこの空間収納の鞄は魅力的だ。 貴族や商人が何としてでも手に入れようと考えても不思議ではない。
「なるほど、確かに言われればその通りですね。 今後あまり人前では使わない様に気をつけます」
「ああ、これからは学院に通う事になるのだ。 ロゼだけじゃなくアイエルや他の生徒にまで危害が及ばないとは言い切れない」
「わかりました」
カイサル様の言う通りだ。 僕自身は大丈夫でも、他の生徒やアイエル様を人質に取られればその限りではなくなる。 この鞄が原因で要らぬトラブルを引き寄せる事態だけは避けた方が良いだろう。
それから程なくして、食事の準備が整ったのか、父様が僕達を呼びに来た。
僕達は食堂に向かい、久々の家族団欒を楽しむのだった。
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