第五十八話「ティータイム」

 ◆


 筆記試験の内容は、極めて簡単な物だった。

 簡単な書き取り問題から、「りんごが三つあります。 一つ食べました。 残りは何個でしょう」の様な本当に簡単な計算問題。 それから今のサンチェリスタ帝国の皇帝の名前や常識問題など、その問題は多岐に渡ったが、全部で三十問程度の少ない物だった。

 まぁ言ってもまだ学校にも通っていない五歳~六歳児を相手にした問題なので、これでも十分ハードルは高いのだろう。 僕と一緒に勉強していたアイエル様なら、このくらいの問題は満点間違いなしだ。

 僕は執事として、アイエル様を立てる意味で二門位あえて間違える事にする。 執事はお仕えするお嬢様より目立っては駄目なのだ。


 そして、試験の終了時間が来た。


「そこまで! では答案用紙を回収する」


 そう試験官の先生が宣言すると、近くにいる先生達が答案用紙を回収して回る。

 全て回収が終わると、試験官は次の予定を皆に告げた。


「これから三十分間の休憩を挟んで、実技の試験に移る。 三十分後この教室に集合する様に」

「「「「はい!」」」」


 受験生達は一様にそう返事し、各々トイレに行ったり、周囲をキョロキョロしたり、アイエル様をガン見したりと、一息つく。

 試験官の先生は答案用紙を回収すると、それを持って教室を出て行った。


「ロゼ、試験どうだった?」


 アイエル様はそう言って僕にテストの事を聞いてくる。


「ええ、ある程度、手は抜きましたが問題ないでしょう。 アイエル様はどうでしたか?」

「私も大丈夫。 イリナ先生に教えてもらったから全部解った。 セシラはどうだった?」

「妾か? 妾は読み書き計算はなんとかなったのじゃが、皇帝の名前とか人族の常識とか言われても解らなんだ」


 僕は「でしょうね」と苦笑いする。


「私も何とか大丈夫だと思いますわ」


 その会話に割って入る様にニーナ様が自分の事も報告する。


 僕が「ニーナ様も流石です」と褒めると、アイエル様は頬を膨らませて不服そうだ。 二人には仲良くして欲しいんだけどな…  僕はそう思いながら苦笑う。


「それはそうと、ロゼ様。 そちらのお嬢様を私にも紹介して頂けませんでしょうか?」


 ニーナ様にそう言われ、確かにバタバタして紹介していなかった事を思い出す。 と言うか、セシラ様の事は何処まで話したものかと迷う。 とりあえず無難な紹介に留めておくのが良いだろう。


「そうですね、彼女はセシラ様と言って、サンチェリスタ帝国の遥か東の国のお姫様です。 訳あって今は見聞の旅のお供をさせて頂いているのですが、まさか学院の入試を受けられるとは思っていませんでした…」


 そう言って苦笑いしながらニーナ様に紹介する。


「そう言う事でしたのね」


 ニーナ様はセシラ様が他国のお姫様と聞いて、カーテシーをして自己紹介をする。


「お初にお目にかかります、セシラ様。 サンチェリスタ帝国ウィリアム侯爵家のニーナ・フォン・ウィリアムですわ。 ロゼ様には命を救われた縁で仲良くさせて頂いてますの」

「うむ、妾はセシラじゃ。 色々世相に疎くて迷惑をかけるかも知れぬが宜しくなのじゃ」

「ええ、こちらこそですわ」


 ニーナ様はそう言ってセシラ様に笑顔で返す。

 僕はニーナ様を含め、他の受験生や生徒にセシラ様の正体がばれない様に計らう為、セシラ様の耳元で他に聞こえない様に小声で忠告する。

 

「セシラ様、良いですか?」


 僕が小声で話しかけた事で、セシラ様も小声で「なんじゃ?」と返す。 空気が読めて宜しい。 僕は続けてセシラ様に説明する。


「筆記試験はそんなに身バレの心配は無いので大丈夫だとは思うのですが、これから始まる実技試験では決して本気で力を使ったりしないで下さいね。 他の受験生達の実力を見て、それに合わせる感じでやってください。 でないと目だってしまいますので」

「分かった、気をつけるとするのじゃ」

「宜しくお願いします」


 そして僕はアイエル様にも一応、本気を出さない様に言う。 僕達が本気で魔術を使えば建物毎吹き飛びかねない。


「アイエル様、実技試験は他の受験生達に合わせて手を抜いて下さいね。 間違っても特級魔術とか使っちゃ駄目ですよ」

「うん。 わかった」


 そのやり取りは聞こえたのか、ニーナ様が疑問を投げかける。


「なんで手を抜かれますの? ロゼ様達の実力なら宮廷魔導師も夢でない実力をお持ちですのに」


 僕はそのニーナ様の疑問に答える。


「ニーナ様。 僕達はあまり目立ちたくないのです。 入試で目立つとそれだけ帝国の偉い方々の目に止まり、普通の学院生活が送れなくなってしまいます」

「色々大変ですのね…」

「ニーナ様も学院では僕達の事は秘密にしておいて貰えますか?」

「ロゼ様の頼みなら秘密にするのは当然の事ですわ」

「有難う御座います。 ニーナ様」


 僕はニーナ様に感謝の意を示し、僕達の事を口止めできた事を確認すると、空間収納の鞄からティーセットを取り出す。 早朝から休憩なしで飛行をし、馬で駆け、休憩する間も無く筆記テストに突入したのだ。 ここは気持ちを切り替える意味でも一息入れるに越したことはない。


「アイエル様、セシラ様、ニーナ様。 せっかくの休憩時間です。 今お茶を用意致しますので、ティータイムと致しましょう」

「うん。 ありがとロゼ」

「ティーセットまで用意してるなんて、流石ロゼ様ですわ」

「お菓子はあるのかえ?」

「はい。 まだ残ってますよ」


 僕は魔術でポットにお湯を沸騰させ、ティーポットを湯通しして温める。

 茶葉を入れてお湯を注ぎしっかりと蒸らす。 そして茶漉しを準備し、一混ぜするともう一つのポットに移し変える。 そしてお二人のカップに紅茶を注ぎ、二人に差し出した。


「お待たせしました」

「ありがとロゼ」「頂きますわ」


 アイエル様とニーナ様はそう言ってティーカップを受け取ると、優雅に口をつける。 僕は旅先で手に入れたクッキーの様なお菓子を空間収納から取り出し、軽く皿に盛り付ける。

 セシラ様は紅茶よりも先に、お菓子に手をつけ、おいしそうに食べる。 アイエル様は頭の上にのっかるクロに、自分の分のお菓子を別けてあげ、自分もおいしそうに食べて幸せそうに目を細める。

 アイエル様やセシラ様には劣るものの、ニーナ様も侯爵令嬢とあって十分に美少女に含まれる。 そんな美少女三人が優雅にお茶をする光景に見とれてか、そこだけカフェの様な空間へと様変わりしていたが、誰一人として絡んでくる事は無かった。


 ◆


 そして、休憩時間も終わり、他の受験生達も教室に戻ってくる。 それに遅れてさっきとは別の試験官が二人、教室へと姿を現した。

 僕はティーセットをさっと空間収納の鞄にしまい込むと席に着く。

 試験官の先生は、如何にもと言った体育会系、腰に帯剣した筋肉隆々の男性試験官と、如何にも魔術師と言った女性試験官だった。

 男性の試験官は教室を見回し、受験生が全員揃っている事を確認すると、「それでは訓練場に移動するから皆俺に着いてこい」と言って教室を出ていく。


「さぁ皆、ちゃんと前の人について行くのよ」


 そう言って女性の試験官が受験生達を教室の入口から誘導する。 僕達は一番後ろの席に座っていたので、教室を最後に出る事になった。 そしてその後ろから女性試験官が引率する。

 さぁいよいよ実技試験だ。 どんな内容をやるかは分からないが、ちゃんと手加減できるかが不安だ。 特にセシラ様が… 僕の心配を他所に、セシラ様は楽しそうだ。 大丈夫かな? ほんと…

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