第五十七話「試験会場」
◆
僕達はシスタールの屋敷を飛び立ってから、三時間ほど飛行し、帝都サンチェリスタへと到着した。
そして人の少ない場所を探して着地すると、走って帝都の門へと向かう。
帝都の門は敵の侵入を防ぐ為に巨大な鉄の扉が設けられており、その権威の象徴する様に見事なレリーフが刻まれている。 そして帝都を囲う防壁もまた、その見事な扉を引き立てる様に彫刻やレリーフが飾られ、それが都を三百六十度囲っている。 そして特徴的なのが、そのレリーフの間に設けられた迎撃用の窓だ。 防壁の中腹から上に二段で設けられた迎撃窓。 防壁の上と合わせると横三列で敵を迎え撃てる仕組みになっている、それはそれは立派な防壁だ。
圧巻の存在感を放っている。
僕達はそれに見蕩れながらも門へと駆ける。 今はゆっくり観光している時間はない。
まずはメルトレス帝国学院へと案内してくれる人物との合流だが、一体誰が案内してくれるのだろうか… とにかく待ち合わせ場所は帝都の関所。 すぐにでも通れる様に手配してくれているはずだ。
僕達が帝都の関所にたどり着くと、門の外では僕達を待つ人物が、今か今かと辺りを見渡していた。
どうやら案内人は、メラお姉ちゃんと護衛のランエルさんの様だ。
ランエルさんは二頭の馬の手綱を握り、メラお姉ちゃんの側に控えている。
メラお姉ちゃんはメイド姿で、僕達を見つけるなり笑顔を見せ、大きな声で名前を呼びながら手を大きく振って迎えてくれる。
「ロゼくーん! アイエル様もこっちだよー」
僕達は急いでメラお姉ちゃんと、ランエルの元へと駆け寄ると挨拶を交わす。
「ランエルさん、メラお姉ちゃん。 お待たせしました」
「いや、気にするな」
そう言ってランエルさんは微笑む。
「ロゼくん心配したんだからね! 急に居なくなっちゃうんだもん。 しかもアイエル様と二人っきりでなんてズルイ!」
そう言って頬を膨らませるメラお姉ちゃん。
「メラお姉ちゃん、心配かけてすみません」
「それはそれとして! またロゼくんに愛人ができてるのはどうしてかな? かな?」
また訳の分からない事を言い出したので、僕はメラお姉ちゃんを無視してランエルさんと話を進める。
「ランエルさん。 さっそくで悪いんですが、試験会場に急ぎましょう。 もう時間もあまり無いので」
僕が話しを逸らした事で、メラお姉ちゃんは「無視!?」と抗議の声を上げる。
ランエルさんもそんなメラお姉ちゃんを無視して話を進める。
「そうだな。 連れが増えてるのは気になるが、急いだ方がいいだろう。 ロゼくんはこっちの白い馬を使うと良い、子供なら三人くらい大丈夫だろう。 俺とメラくんで先導しよう」
「ありがとう御座います。 よろしくお願いします」
そんなやり取りにメラお姉ちゃんが口を挟む。
「私はロゼくんと一緒に白馬じゃないんですか!?」
「当たり前だろ。 何を言ってる」
ランエルさんにそう断言され、肩を落とすメラお姉ちゃん。
「せっかく白馬に跨るロゼくんと一緒できると思ってたのに…」
何を妄想してたのかあえて聞かないが、どうせろくな事じゃないだろう。 僕はメラお姉ちゃんのその呟きは聞かなかった事にして、用意された白馬に触れて例の如くマナで宜しくと伝える。
この白馬は大人しい性格なのか、僕が語り掛けても驚く事なく軽く頷いて返す。
なかなか肝の据わったいい馬の様だ。
僕は直ぐに馬に飛び乗ると、手綱を握り体勢を調える。
「ランエルさん、アイエル様とセシラ様を馬にお願い出来ますか?」
アイエル様なら浮遊魔術で馬くらい簡単に飛び乗れるが、人目があるのでここはランエルさんにお願いする。 ランエルさんは「分かった」と言うと、クロを抱えたアイエル様を抱えて僕の前に乗せた。
ランエルさんが、セシラ様もと向き直るが、セシラ様はそれを待たずに、普通にジャンプして僕の後ろに飛び乗った。
本当は乗せてもらった方が良かったのだが、浮遊魔術は使ってないのでセーフとしておこう。 身体能力の高い女の子と言い張れば通るはずだ… 多分……
「馬に乗るには初めてなのじゃ。 楽しみなのじゃ」
セシラ様はそう言って楽しそうに後ろから僕にしがみ付く。
「そうですね、馴れないと乗り心地は良いとは言えないですが、セシラ様には良い経験になるでしょう」
「うむ」
ランエルさんは僕達が馬に乗ったのを確認すると、自分も馬に飛び乗り、メラお姉ちゃんを馬に引き上げて乗せる。
「ではメルトレス帝国学院まで急ぎましょう。 私に着いて来て下さい」
「はい! アイエル様、セシラ様、しっかり掴まっていて下さい」
「うん!」「分かったのじゃ」
ランエルさん先導の下、僕達は帝都の街を駆け抜ける。
道を右へ左へ、入り組んだ道をまっすぐに学院へ向かって走る僕達を、市民達は何事かと興味の目で見るが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
少し走って、メルトレス帝国学院の校門が見えてきた。
「あれがアイエル様達の通う事になる、メルトレス帝国学院です」
メルトレス帝国学院は四方を防壁で囲まれ、大きな広場のあるお城の様な建物と、学舎だらろうか、貴族の邸宅と見間違う程立派な建物が敷地内に点在し、所々にセンス良く配置された植栽や、噴水や彫刻物が至る所に設置され、防壁内はまるで一つの街の様に整備され、それはそれは立派な学院だった。
「これ… 案内人無しだったら確実に迷ってたな…」
僕は一人呟く。 本当に案内人を用意してもらっておいて良かった…
僕達はそのまま立派な校門を抜け、試験会場がある校舎を目指す。
流石に馬で学院の敷地を駆けると、在学生達の注目を集めてしまう。 何せ、白馬に跨って美少女二人を乗せて駆ける執事服を着た少年が、令嬢の従者と思わしき騎士とメイドを引き連れて学院を駆け抜けるのだ。 目立たない訳が無い。
僕はそんな視線を無視して、なんとか試験会場へと辿り着いた。
校舎の入口では、今か今かと待っていたニーナ様とクライス様の姿があった。 受付の先生も側に控えている。 恐らく二人は事情を説明して僕達を待っていてくれたのだろう。
「来ましたわ!」
僕達の姿を見て嬉しそうにそう叫ぶニーナ様。
僕はそのまま馬を走らせて受付の前で馬を静止させた。
「遅くなって申し訳ありません。 まだ受付は大丈夫ですか?」
僕のその言葉に、受付の先生も苦笑いだ。
「ああ、事情はそこの二人に聞いていたが、本当にギリギリに来たな… もう君達が最後だ。 早く受付用紙に必要事項を記入したまえ」
そう言うと受付の先生は、机に受付用紙を三枚広げる。
「ありがとう御座います」
「ロゼくん、アイエル様。 頑張ってください」
「緊張せずに肩の力を抜けよ」
メラお姉ちゃんとランエルさんは、そう言って僕達にエールを贈る。
僕達は馬を飛び降り、ランエルさんに馬を任せると、急いで用紙に名前を記入した。
誕生日と出身地。 あとは専行する学科を選ぶ。
アイエル様も僕も魔術が得意なので、専行は魔術学科を選んだ。
一通り書き終わると、受付の先生は不備が無いかさっと確認する。 そして、試験会場の教室へと急いで案内してくれた。
◆
案内の先生に連れられて試験会場に入ると、他の受験者達は皆席につき、試験が始まるのを待っていた。
僕達が本当に最後の様だ。 僕達が試験会場に入ると、皆の視線が集まり、アイエル様のその容姿にどよめきが起こる。
サラサラな銀の髪に差し掛かる虹色が、見る者を魅了する。
僕達はそんな視線を無視して、そそくさと一番後ろの席に座った。
「では、全員揃ったので、試験を始める」
一番前の教壇に立つ試験官の先生がそう宣言すると、側に控えていた他の先生達がテスト用紙を配って廻る。
「ほほう… これがテストと言うやつか。 面白そうじゃの」
「ええ、これで皆の実力を試すんです… って! 何でセシラ様まで試験会場に居るんですか!?」
そこには何食わぬ顔で席に座り、テスト用紙を受け取るセシラ様の姿があった。 焦って居て気付かなかったが、ちゃんと受付用紙に記入も済ませている見たいだ… いったいいつの間に…
「なんじゃ? 妾が試験を受けてはいけないのか?」
「いえ、そう言う訳では無いですが… セシラ様、読み書きできたんですね…」
「うむ、ここ数百年暇じゃったからな、時折人族の本を読んでたので人族の言葉と一緒に覚えたのじゃ」
寿命が長い竜族は、暇をもて余しているようだ。
まぁもうこうなっては仕方ない。 なるようになるだろう…
「ねぇ、ロゼ様。 時間が無くて聞けませんでしたが、こちらのお嬢様はどちら様なんです?」
セシラ様の事が気になったのか、ちゃっかりと僕の隣に座って耳元でこっそりと質問してくるニーナ様。
「えっと、彼女はセシラ様です。 彼女の事は後でゆっくりと紹介致しますので、今は試験に集中しましょう」
ニーナ様は僕がそう言うと「それもそうですわね」とセシラ様から興味を外す。
僕は念のためにセシラ様が変な真似しない様に釘を刺す。
「セシラ様、決して周りから浮く様な真似だけは控えて下さいね…」
「分かって居るのじゃ。 ちゃんと道具を使うから安心せい」
そう自信満々に言うセシラ様に不安を覚えながらも、試験は容赦なく、試験官の「始め!」の合図で静かに始まった。 先ずは筆記テストからだ。 頑張ろう。
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