第五十九話「剣術試験 前編」
◆
暫く校舎の廊下を歩くと外へとつながる通路に差し掛かる。 そしてその通路の先には開けた屋外訓練場へと繋がっていた。 僕達は男性試験官について屋外の訓練場へと入り、試験官の指示の元整列する。
屋外訓練場は結構な広さがあり、四方を結界魔術の施された防壁で囲まれている。 グローリア家でイリナ先生が掛けてくれた魔術よりも、強力な結界が張られているのが見て取れた。
そして、防壁の側には的の様な物が立てられ、恐らくあれで弓であったり魔術だったり、練習する為に立てられているのだろう。 それから広場には剣術の練習用に木剣が立て掛けられた武器棚が設置されている。 なかなか整った設備だった。
そんな風に訓練場を観察していたら、僕達が来た通路とはまた別の通路から、新たに試験官が受験生と思わしき生徒を連れて現れた。 恐らく別の教室で試験を受けていた受験生達だろう。 筆記試験とは違って実技試験は屋外の広いスペースを使うので、合同で試験をする様だ。
「ロゼ様、見てください」
ニーナ様はそう言って黒髪の少女を指さす。
「あの方が今、学園で噂にあなっている勇者様らしいですわ」
「へぇ… そうなのですね…」
別の教室で試験を受けていた受験生達の中に、勇者の姿を見つけてそう教えてくれるニーナ様。
その黒髪の少女は、これと言って特徴的なところは無く、強いて言えば黒髪黒目と言うこの地方では珍しい色の髪と目と言ったくらいで、見た感じ普通の少女だった。
珍しさで言えばアイエル様の方が圧倒的に目立っていると思う。
「普通の少女に見えますね」
「ええ、でも手に持ってるのは、聖シュトレーゼ皇国に伝わる神の剣ですわ」
「今一ピンときませんね」
僕はそう言って苦笑う。
「セシラ様」
「なんじゃ?」
「あの黒髪の少女が噂の勇者様らしいですよ」
僕がセシラ様にそう教えてあげると、セシラ様は少女の方を見て考察する。
「うむ、確かに力は感じるが、あれは神剣では無いの」
「そうなのですか?」
「あの剣からは何の力も感じられぬ」
僕は左目の眼帯を少しずらして、自分の目でも確認して見る。
確かに剣からはなんのマナの力も感じられない。 ただの豪華な装飾の施された剣に見える。
「その様ですね。 何か訳でもあるのでしょうか?」
「分からぬ。 じゃが、こう言う時は直接聞くに限る。 行って来るのじゃ」
そう言って勇者の元へ向かおうとするセシラ様を、僕は慌てて止める。 今は試験の最中だ。 そんな事をすれば周りから目立ってしまうし、勝手な行動は許されるものじゃない。
「待ってくださいセシラ様。 今は試験中です。 後で確認しましょう」
「それもそうじゃな」
セシラ様は周りの視線に気づいてすぐに列に戻る。
試験官の先生達も特に気付いていなかった見たいで、何も言われる事が無かった。 ひやひやさせないで欲しい。
そして受験生達が揃うと、代表して僕達を引率した男性の試験官が、これから行う実技試験の概要を説明する。
「皆揃ったな。 これから実技試験を行う。 ここで試されるのは君達の剣の腕前と、魔術の腕前だ。 これは剣士志望でも魔術師志望でも両方試験を受けてもらう決まりになっている。 それぞれの総合得点が入試の合否に影響するので、精一杯頑張ってもらいたい」
男性試験官の言葉に受験生は「「「「「はい!」」」」」と元気よく返事する。
「ではまずは順番に剣術の試験から始める。 それぞれ木剣を手に試験官と手合わせしてもらう。 今回は特別に帝国騎士団から助っ人に来てもらった。 皆胸を借りるつもりで精一杯自らの実力を示してほしい」
そう言うと、通路から帝国騎士の正装を纏った騎士が十名ほど姿を現した。 そして騎士団長と思わしき壮年の男性騎士が意味ありげにニヤリと笑うと、受験生達に向けて言葉を発する。
「団長を務めるアムラ・クラディウスだ。 今回は我々帝国騎士団が、栄えあるメルトレス帝国学院の実技試験を務めさせてもらう事になった! 今年はなかなか優秀そうな者が、中に混じっていると噂されているからな。 英雄の娘に勇者と目される少女… 他の者もしっかりと実力を見せて貰おう」
どうやらアイエル様と勇者が学院の入試を受けるとあって、偵察も兼ねて騎士団が出て来たらしい。 なんか政治の匂いがしてあまり良い気分じゃないな…
「それでは実技試験を始める。 名前を呼ばれた者から前にでよ」
試験官の先生がそう言うと、名前を読み上げていく。
「アイエル様もセシラ様も、剣術は不慣れかと思いますが… 無理だけはしないでくださいね」
「うん。 分かった」「うむ。 道具を使って戦っていた人族の真似事をすれば良いのであろう? 任せるのじゃ」
アイエル様はともかく、セシラ様のその言葉には不安しかない。 大丈夫だろうか…
そして剣術の実技試験は順調に進んでいき、帝国騎士にあしらわれる受験生達。 実力が違いすぎるので仕方ないとは言え、見てて可哀そうになってくる。 中には筋の良さそうな子も混じっていたが、相手が現役の騎士では手も足も出て居なかった。
そして、まず初めに僕とニーナ様の名前が呼ばれた。
「アイエル様、セシラ様。 では行って参ります」
「うむ。 頑張るのじゃぞ」
「頑張って、ロゼ!」
いや、頑張ったらダメなんだけどな…
僕はそう思いながらもニーナ様と木剣を手に前に出る。
僕の相手はあの騎士団長さんだった。 この騎士団長さんの実力は、前の受験生達が相手では測りかねる所がある。 団長の地位まで上り詰めているので油断はしない方が良いだろう。 カイサル様と互角に戦える様になったとは言え、僕は剣技についてはまだまだだ。
僕は騎士団長の前に立つと、礼を取る。
「ロゼ・セバスです。 宜しくお願いします」
「ああ、噂に聞いて居るぞ。 カイサルの所にすごい少年が居るとな。 お手並み拝見と行こうじゃないか」
誰だ僕の事漏らしたの… 騎士団長さんは最初から油断なく構えている。
こうなったら仕方ない。 やるしかないか…
僕は木剣を構えて攻撃に備えた。 そして試験官の「始め!」合図で手合わせが始まる。
横では受験生達が一斉に騎士達に立ち向かっていく。 ある者は直ぐに剣を弾き飛ばされ、あるものは必死に打ち込んでいる。
「どうした? 来ないならこちらから行くぞ」
そう言うと騎士団長は手加減することなく僕に一撃を放ってきた。 子供相手に本気の打ち込みとか何考えてるんだか… そう思いながらも僕は軽くマナを体に巡らせて身体強化し、その一撃を受け流す。
受け流された事で騎士団長も更にギアを上げ、身体強化したのか動きが一段と早くなった。 どうやら本気の本気の様だ。 僕はその剣撃を受け流し、隙があればそこを狙って打ち込む。 まるでカイサル様と演習している時と同じだ。 相手はやはりわざとその隙を作ってる節が見受けられる。
僕はフェイントを掛け、その作った隙を埋めるために動いた隙を突く。 カイサル様もこれに火がついて常に駆け引きを楽しんでいた。
「噂は嘘ではなかった様だな!」
騎士団長は嬉しそうにそう言うと、楽しそうに剣撃を結ぶ。 これだから戦闘狂は困る…
幾度となく打ち合いが続き、騎士団長の癖がなんとなく分かった事で、カイサル様には遠く及ばないと僕は判断する。 このまま攻めれば恐らく勝つ事は可能だろうが、それではあまりにも目立ってしまう。 僕はバレない様にあえて隙を作り、わざと剣撃をその身で受けた。
「ガハッ!」
身体強化して、少し身体を引いて衝撃を和らげたとは言え、痛いものは痛い。 僕は攻撃を受けた所を摩りながら起き上がると、「参りました」と一礼する。
騎士団長はその動きに違和感を覚えたのか、しっくりと来ないと言った様子で僕を見つめている。
「まぁいい。 流石噂にたがわぬ実力だった」
「ありがとう御座います」
僕は礼を言って列に戻る。 ニーナ様はとっくに負けて列に戻っていた。
「ロゼ、お帰りー。 ロゼなら勝っちゃうと思ってたのに」
普段カイサル様との模擬戦をいつも見ているアイエル様は、相手の実力に気付いて居たみたいで、僕が負けた事を不思議に思って居た様だ。
「ロゼ様、流石ですわ! 騎士団長相手にあんなに見事に立ち回るなんて」
「いえ、最後の一撃をもらってしまいましたし、僕もまだまだです」
僕は騎士団長の顔を立ててそう言う。
そして次のメンバーの名が呼ばれ、そこに勇者の名があった。
黒髪の少女は落ち着いた足取りで、僕がさっき戦った騎士団長の前まで行くと、奇麗にお辞儀をする。
「シュエ・セレジェイラです。 宜しくお願いします」
「噂の勇者の実力、しかと確かめさせてもらおう」
騎士団長と対峙する黒髪の少女。 一見アイエル様と変わらないか弱そうな少女が、鎧を着こんだ騎士と対峙しているのだ。 いくら勇者と言われているとはいえ、その光景は異様に映る。
黒髪の少女は、臆する事無く木剣を後ろ手に引き、構えて腰を落とす。 まるで居合の構えだ。
昔、
そして他の受験生達も準備が整い、再び試験官の「始め!」の合図で模擬戦が始まる。
しかし、その少女と騎士団長の戦いは、一瞬で終わりを迎えた。
黒髪の少女が一瞬にして抜き放った居合の一撃で、騎士団長の木剣を
鞘もなく居合い抜きを再現するとか、いったいどう言う事だ。 そもそも木剣で木剣を斬るとか、普通できる事じゃない。
腕を振り抜いた形で静止する黒髪の少女。 騎士団長もあまりに一瞬の出来事に度肝を抜かれている。
そんな状況の飲み込めない騎士団長に向かって黒髪の少女は言う。
「私の勝ちで良いですか?」
騎士団長も柄しか無くなった木剣では、どうする事もできない。 「あ… ああ」と返事を返すと、少女はそそくさと列へ戻っていった。 流石勇者に選ばれるだけの実力は持っていると言う事か。
そして、勇者と同じ順で模擬戦をした受験生達もそれぞれ終わり、次はセシラ様の番となった。
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