第三章 メルトレス帝国学院 入学編

第五十四話「古代龍の血」

 ◆


 僕達がヴィリーさん達と別れ、ダルダイル大峡谷を旅立ってから五日が経った。

 結局、僕達がシスタール領に辿り着いたのは、試験前日の夕暮れ時だった。

 試験までギリギリになってしまった。 それもこれも全てセシラ様が街の近くを通る度に「あの街の食べ物も食べて見たいのじゃ!」と言う我がままの寄り道で、昼夜問わず飛行したにも関わらず前日のこの時間にシスタール領に着くと言う、何とも本末転倒な事になってしまったのだが、当の本人は新たな街に興味津々で反省した様子はない。

 僕はまた何処かへフラッと行かれたら困るのでセシラ様の手を繋ぐ。 これで逸れる事は無いだろうと思ったら、反対側の手をアイエル様が「ずるい! 私も!」と言って繋いできた。

 僕はそんなアイエル様に癒されながらも、明日の試験の事を考える。

 試験は明日の朝には始まる。 ここシスタールからなら早朝に飛び立てばなんとか試験に間に合うだろう。 今日はシスタール家でイザベラ様に古代龍の血で治療を施して、明日朝には急いで帝都に向かわなければ、試験に間に合わなくなってしまう。

 カイサル様と約束した以上、僕は責任を持ってアイエル様を試験会場までお連れしなければならない。 だからと言って無理をさせ、体調を崩されては意味がない。 今日はしっかり休ませないと…

 僕はため息を漏らし、無邪気にはしゃぐ二人を供だって領主邸へと急いだ。


 ◆


 日も沈み、辺りが暗くなって来た頃に僕達は、シスタール家のお屋敷へと辿り着いた。

 門番の二人は僕達の姿を見て、一人が慌てて中に報告に行く。 残ったもう一人の門番が丁寧に迎え入れてくれた。


「お帰りなさいませ。 アイエル様、ロゼ様。

 旦那様とカイサル様より事情は聞き及んでおります。 旦那様は大層心配してらっしゃいましたよ。 今、旦那様を呼びに行かせてますので、少々お待ち願えますか?」

「ご丁寧に有難うございます」


 僕はそう言って門番に頭を下げる。


「それで、そちらのお嬢様は?」


 そう言って門番の兵士はセシラ様の事を訊ねる。

 

「えっと、事情があって今この場で素性は明かせないのですが、イザベラ様のご病気を治す事ができる唯一のお方です。 名をセシラ様と申します」

「セシラなのじゃ」

「これはこれは、失礼致しました。 どうか奥様の事を宜しくお願い致します」

「うむ、任せるのじゃ」


 少しして、報告に行った兵士と共に、ノブレス様が姿を見せた。


「おお、アイエル良く無事に戻った。 心配したぞ」


 ノブレス様はそう言うと、いの一番にアイエル様を抱きしめる。


「アイエル、もう二度と私達為とは言え、こんな無茶な事はしないでおくれ…」


 アイエル様はノブレス様に直接そう言われ、自分が心配かけた事に気が付いたのだろう「ごめんなさい…」と素直に謝る。


「カイサルから事情を聞いて気が気では無かったが、こうしてアイエルを無事連れ戻してくれたのだ。 ロゼよ感謝するぞ」


 カイサル様が僕達の事をどう説明したのか気になるが、ここは話を合わせた方がいいだろう。 どうやら僕がアイエル様を連れ戻した事になっている見たいだ…


「いえ… 執事として当然の事ですから」

「して、そちらのお嬢さんは?」

「セシラ様です」

「セシラなのじゃ。 宜しくなのじゃ」

「ノブレス様、彼女については中でお話させて頂いても宜しいですか? 人目もありますので…」


 僕がそう言うと、事情を察したのかノブレス様は頷く。


「わかった。 立ち話もなんだ、長旅で疲れて居るだろうし中で話そう。 それにお腹もすいて居るんじゃないか? すぐに食事の準備をさせよう」

「お心遣い感謝いたします」


 セシラ様は食事と聞いて目を輝かせている。 ブレないなぁ…


 ◆


 僕達はノブレス様に案内され、お屋敷の中へと通された。 そして、そのまま応接室へと案内され、座る様に促される。 そこにはこの屋敷の執事の、爺や事グレイスさんが控えて居た。

 グレイスさんは僕達がソファーに座ると、慣れた手つきでお茶を配膳する。 流石一流の執事だ。 その動きに一切の無駄が無い。 僕はグレイスさんに「ありがとう御座います」とお礼を言ってお茶を一口啜る。


「では、ロゼよ話を聞こう」


 ノブレス様は一息つくとそう話を促した。


「はい。 ノブレス様、聞いて驚かないで下さいね。 彼女は人の姿をしていますけど、その正体は高位竜なんです」

「高位竜? 彼女がか?」


 ノブレス様は目を見開いてセシラ様を見る。


「はい」

「確かに高位竜の中には、人に化ける能力を持つ者が居ると聞くが、彼女がそうなのか?」

「そうなのじゃ。 この場で竜の姿を見せてやりたいのは山々なのじゃがな、こんな狭い所で竜の姿に戻れば、屋敷が潰れてしまうのじゃ」


 十分に広い部屋なのだが、竜の感覚で考えれば狭いと言わざるを得ない。


「ノブレス様、彼女は紛れも無く高位竜です。 見ていただければ分かるかと思いますが、彼女の頭の角がその証拠です」


 僕がそう言うと、セシラ様の角に視線を移すノブレス様。


「確かに、亜人でも見たことのない角の形をしておる… 角の形は鬼人に似ておるが、生えている位置も向きも異なる…」

「はい。 それに彼女、実は古代龍と言われた竜王様の娘。 こう見えても竜の姫様なのです」

「なんと!」


 僕がそう説明すると、ノブレス様は目を見開いて驚く。 高位竜と言うだけでも十分信じがたいのだろうが、それがイザベラ様の病気を治す為に捜し求めていた古代龍の娘だと言うのだ。 驚かない訳が無い。


「お連れしたのはイザベラ様の病を治してもらう為なんです」

「そうなのじゃ。 妾の血を分けてやる約束で、ロゼ達には世話になっておる。 なにせ妾は人族の世相に疎くてな、色々教えてもらっておるのじゃ」

「そう言う事だったのだな… まさか実在していたとは…」


 ノブレス様は僕達の言葉に、事情を把握し、感謝の言葉を口にする。


「セシラ殿… いや、セシラ様。 我が妻にお力添えして頂く為にわざわざお越し頂き、感謝致します。 それにロゼ、アイエル。 お前達も良く連れてきてくれた。 これで妻の… 妻の病気が治る…」


 ノブレス様は目に涙を浮かべ、深々と頭を下げる。


「気にするでない。 変わりに美味い食事が食えればそれで十分なのじゃ」

「はは、なかなか気さくなお方だ。 精一杯の御持て成しを致しましょう。

 グレイス。 すまないが料理長に大事な客人だから、精一杯のもてなしをする様に伝えてくれ」


 グレイスさんは「畏まりました」と一礼して応接室を出て行く。


「それでは食事の前に、早速妻の所へ案内致します。 どうか妻を宜しくお願いします」

「うむ、任せるのじゃ」


 ◆


 僕達はノブレス様に連れられ、イザベラ様のいる寝室へと案内される。

 ―― コンコン ―― とノックをし、ノブレス様が声を掛けて扉を開く。


「イザベラ、客人を連れてきた。 入るぞ」


 中からの声を待たずに扉を開けるノブレス様。


「あら?」


 イザベラ様はベットに横たわったまま、コチラに視線を向け、アイエル様の姿を見つけると嬉しそうに名を呼ぶ。


「アイエル! アイエル無事だったのね。 良かったわ。 本当に心配したんだから」

「おばあ様!」


 アイエル様はそんなイザベラ様に抱きつく。


「ごめんなさい。 心配かけて… でもおばあ様に早く元気になって欲しくて…」

「謝らないでアイエル。 私の為に一生懸命してくれた事だもの、無事に帰って来てくれただけで私は満足よ」


 イザベラ様はそう言って優しく微笑む。


「それで、そちらのお嬢さんは?」


 イザベラ様はそう言ってノブレス様に聞く。


「ああ、彼女はセシラ様。 イザベラ、君の病を唯一治せるお方だ」

「うむ、セシラなのじゃ」

「イザベラ様。 彼女が噂にあった古代龍のご息女様です。 彼女の血を飲めばその病も治るはずです。 僕の左目の様に」


 僕は説得力を持たせる為に、いままで眼帯で隠していた左目を見せる。


「僕の左目は三歳の時に賊に潰され、欠損していたのですが、セシラ様のお力で治して頂きました。 その力は僕が保障します」


 その僕の言葉に、アイエル様も同意する。


「そうだよ、おばあ様。 セシラはすっごいの!」


 孫のアイエル様に笑顔でそう言われ、イザベラ様も微笑んでそれに答える。


「分かったわ。 セシラ様、宜しくお願い致します」

「うむ、任せるのじゃ」


 そう言って自分の腕に噛み付こうとしたセシラ様を僕は慌てて止める。


「セシラ様! 待って!」


 僕に抑えられ、噛み付こうとした体勢のまま聞き返す。


「なんじゃロゼ。 どうかしたのか?」


 またこの部屋を血しぶきで真っ赤に染めさせる訳には行かない。

 もうちょっと穏便にできないのかと思うが、道具を使うと言う文化のない竜族にそれを言っても仕方が無い。 最初のダリの街で朝食を摂った時なんか、ナイフとフォークがあるにも関わらず、手づかみで口に運んで焦ったものだ。 翌々考えると竜の姿で食事していたセシラ様は、爪で器用に食べていた。 竜の姿だから気にならなかったが、人の姿でそれをやられるとは思って見なかった。

 今でこそ、フォークとナイフの使い方を教えたので問題なくなったが、馴れるまでは「人族とは面倒臭いのじゃ」と愚痴を零していた。

 とにかく、セシラ様には人族の常識を早く教えないと、何時か問題を起こしそうだ… 僕はそう思いながらセシラ様に説明する。


「良いですかセシラ様。 ここで腕に噛み付くのは良く在りません。 床を汚してしまいますし、人族の常識で考えれば、そんな事をする人は居ません」

「うむ、ではどうすれば良いのじゃ?」

「食事をする時にナイフで切って食べますよね。 道具を使えば余計な傷をつける事なく血を出す事もできるので、指先を少し切ってその血をイザベラ様に与えるだけで十分なのです」

「なるほど! 確かにそれなら飲ませ易いの! 噛み切った腕を突っ込まなくても良いのか!」


 噛み切って血を出すと言う思考は理解できるのだが、指を差し置いて、何故か腕を突っ込むつもりで居たセシラ様。 その姿を想像してドン引きしてしまう。


「では、セシラ様。 コチラのナイフで指先を斬りますので、イザベラ様の側へ」

「うむ。 妾は細かい作業は好かぬ。 ロゼに任せるのじゃ」


 確かにセシラ様なら指を斬り飛ばし兼ねない… 僕はセシラ様と一緒にイザベラ様の側まで行き、イザベラ様に了承を取る。


「イザベラ様、失礼します。 今からセシラ様の指を切って血を出しますので、その指を咥えて血を飲んで頂けますか? おそらくセシラ様の再生力では直ぐに血が止まってしまうと思うので、しっかりと飲み込んでください」


 イザベラ様は若干戸惑いながらも「わ… 分かったわ」と了承の意を伝える。


「ではセシラ様、指をお借りしますね」

「うむ」


 僕はセシラ様の手を取り、イザベラ様の口の前でセシラ様の手に少し切り目を入れ、直ぐに口の中へと指を差し込む。 流れたセシラ様の血は数滴。 直ぐに傷は消えてなくなったが、流れ出た血は余すことなくイザベラ様の口の中へと消えた。

 ―― ゴクリ ―― と飲み込んだイザベラ様の変化は一目瞭然だった。

 見る見る血色もよくなっていき、軽く指が動いたのだ。

 僕がイザベラ様の体内のマナを気にしたせいか、急にセシラ様から貰った左目が、眼帯を外していた事もあって、僕にマナの流れを。 そう、今まではマナは感じて居ただけなのだが、凝縮したマナ以外を、こうやって目で見る事ができるとは思わなかった。

 イザベラ様のマナの流れが、安定を取り戻していくのが見える。

 これが龍眼の力か… 今までは触れて感じ取っていたものが、目に見えるのだ。 今までずっと眼帯をしてたので気付かなかったが、マナを見るとはこう言うことなのか…


「イザベラ様… お身体の様子はどうですか?」


 皆が注目する中、イザベラ様は弱々しくも手を動かし、それを確認する。


「動く… 動くわノブレスあなた!」


 嬉しそうにそう言うイザベラ様に、ノブレス様は涙を浮かべて抱き寄せた。


「良かった… 良かった…」

「おばあ様、病気治って良かったね」

「ええ、これもアイエルがセシラ様をお連れしてくれたお陰よ。 有難う」


 その言葉にアイエル様は首を横に振る。


「ううん。 セシラを連れてこれたのはロゼのお陰。 私一人じゃどうなってたか分からないもん」

「そうね、ロゼくん、あなたも有難う」

「いえ、僕はアイエル様をお支えしただけです。 それよりも病気が治ったと言っても、まだ筋肉は衰えたままです。 ゆっくりで良いので毎日身体を動かすようにして、筋力を取り戻して下さい。 でないと、折角病が治っても歩けないままになってしまいます」

「そうだな。 ちょっとずつでも身体を動かしていこう」

「ええ、折角治して頂いたんだもの、頑張って歩ける様に身体を動かすわ」


 僕はそんな喜びに満ちるノブレス様やイザベラ様、アイエル様を代表してセシラ様にお礼を言う。


「セシラ様、 血を分けて頂き、有難う御座いました」

「礼には及ばんのじゃ。 血を分けたと言うてもちょっとだけじゃしの…

 それよりもお腹が空いたのじゃ。 食事はまだかの?」


 セシラ様のその空気を読まない呟きに、皆が笑みを零す。


「そうであったな。 直ぐにでも食堂へ向かうとしよう」

「うむ。 楽しみなのじゃ」


 僕達はセシラ様の要望に応え、まだ動く事のできないイザベラ様を残し、食堂へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る