第五十三話「再会」

 ◆


 城を出発した僕達は、竜の里を出て来た道を引き返し、峡谷を進んだ。

 結界から出て来たセシラ様に、近くに居た飛竜達は驚き、慌てて止めようと近づくが、セシラ様の一声でその動きを止め、持ち場へと戻っていく。

 流石竜の姫様だ。 僕達はそのまま峡谷を進む。

 峡谷をもうすぐ抜けると言う時だった。 目の前に飛竜の群れが、何かと戦っている光景が目に飛び込んだ。 そして、よく見ると見知った顔がそこにはあった。

 そう、僕達を助けてくれたスゥーミラさんとヴィリーさんの二人の冒険者だ。 彼らの実力は分からないが、恐らく僕達を追ってこの峡谷へ来たのだろう。 やはり宿を出る所を見られてしまったのが大きいかもしれない。 かなり無茶をさせてしまった見たいだ。 しかも、スゥーミラさんは意識がないのか、ヴィリーさんに抱えられたままぐったりとしている。 ヴィリーさんも必死で飛竜達の攻撃を避けているが、打つ手がないのが覗えた。 このままでは不味いな…


「セシラ様! あそこで戦ってる二人。 僕達の知り合いなんです。 飛竜達に攻撃をやめてもらえる様にお願いできないですか?」

「なんと! それは一大事じゃな。 妾に任せるのじゃ」


 そう言うと速度を上げて咆哮を上げながら飛竜達とヴィリーさんの間に割り込むセシラ様。

 飛竜達も突如として竜の姫様が現れたことで、その動きを止めた。

 なんとか間に合った見たいだ。 ヴィリーさんの方も高位竜であるセシラ様に驚いて、その動きを硬直させている。 あれは絶望してる顔だな。 流石に可哀そうなので僕はセシラ様の背中から手を振ってそんなヴィリーさんを安心させるべく声を掛ける。


「ヴィリーさーん。 無事ですかー?」


 ヴィリーさんは状況が呑み込めずポカンとしている。 無理もない。 飛竜達によって窮地に陥っていたのに突如としてその上位の翼竜が現れ、絶対絶命だと思ったらその背中から僕が声を掛けたのだ。 彼からしたら何が何だか分からなくなっても仕方ないと言える。 

 セシラ様はゆっくりと高度を落とし、砂埃を上げて着地すると僕達を下ろしてくれる。


「ヴィリーさん、大丈夫ですか?」


 僕は思考が停止しているヴィリーさんに再度語り掛ける。


「あ… あぁ…」


 ヴィリーさんは目の前の巨大な白い翼竜、セシラ様を見上げ、困惑の様子を隠せない。 だが流石飛竜相手に善戦してただけはある冒険者だ。 なんとか気を取り直して言葉にする。


「二人とも無事だったのか…」

「はい。 それよりもヴィリーさん達の方こそ大丈夫ですか?」

「スゥーミラ、大丈夫?」


 アイエル様も抱き抱えられたスゥーミラさんを心配して覗き込んでいる。


「ああ、問題ない。 スゥーミラも恐らくマナの枯渇で意識を失ってるだけだ」

「良かった… 間に合った見たいで…」

「ああ、おかげで助かった… のか?」


 ヴィリーさんはそう言いながらセシラ様を見上げる。


「安心してください。 この白い竜は叡知ある竜ですから言葉も分かります」

「その通りなのじゃ、人間の戦士よ…」


 セシラ様がそう言葉を発すると、ヴィリーさんは「喋っ…」と言いかけて目を見開いて驚く。

 そんなヴィリーさんにアイエル様はセシラ様に抱き着きながら言葉を付け加える。


「そうだよ。 セシラは友達!」

「アイエルよ、嬉しい事を言うてくれるのじゃ…」


 セシラ様は嬉しそうに目に涙を浮かべる。


「それはそうと、飛竜達も派手に殺られたのぉ…」


 そう言って飛竜の亡骸を悲しそうに見つめる。


「すみませんセシラ様… ここは僕の顔に免じて許して頂けないでしょうか?」


 僕はそう言って頭を下げる。


「ロゼよ気にするでない。 殺れたのは自身の実力が足らなかったからじゃ。 そんな事で恨んだりはせぬ…」

「ありがとう御座います… それはそうとヴィリーさん達は何故こんな所に?」


 恐らく宿で僕達が飛び去ったのを見て、僕達を心配して後を追ってきてくれたのだろうが、僕はあえてそう質問を投げかける。

 ヴィリーさんは「それは……」と言葉を濁したが、意を決して続きを言葉にする。


「お前たちを心配して後を追ってきたのだが… 結局要らぬ世話だった様だ…」


 そう言ってセシラ様を見、顔を引き攣らせながらも笑う。 ヴィリーさん達も古代龍の血の調査していたので、自分達も古代龍の血の調査に来たとか、色々言い訳できそうなものだが、ヴィリーさんは素直でいい人なんだなと思った。


「いえ、僕達も実力を隠してましたから…

 それに尾行にも気づいていたのに、何も言わずに飛び去ったのは僕達の方です。 心配おかけしました」


 そう言って僕は頭を下げる。


「いや、俺が勝手にやった事だ。 それよりもやはり尾行に気付いて居たのだな」

「ええ… まさかあの高級宿にまで泊まるとは思いませんでしたが…」

「それはそうと、君たちは一体何者なんだ? その歳で浮遊魔術を操り、竜の谷を突破し高位竜と親交を交わすなんて、普通の子供ができるものじゃない」


 僕はどう説明したものかと、思考を巡らせる。


「えっと、ヴィリーさん。 これから話す事は他言無用でお願いできますか?」

「話すと不味い事なのか?」


 ヴィリーさんは確認を取る。


「えっと、僕達の素性が知られると、色んな意味で面倒になるので…

 ほら、浮遊魔術が使える子供が二人も、しかも竜の谷を平気で突破する実力を持っている。 上の人が放って置いてくれると思いますか?」


 僕にそう説明され、納得が行ったのか「放って置かないだろうな」と苦笑う。


「なので僕達は御忍びで旅してたんです」

「成る程な… 事情は察した。 そう言う事ならさっきの発言は忘れてくれ。 だがせめて、君達に魔術を教えた師匠の名くらいい教えて貰っても構わないか?」


 僕とアイエル様は顔を見合せ、先生の名前を口にした。


「イリナ・シスタール先生です」「イリナ先生だよ!」


 ヴィリーさんはその名を聞いて、聞き覚えがあったのか、思い出そうとして何度も名前を呟く。


「イリナ・シスタール… イリナ… シスタール…」


 そして思い出したのか、目を見開き、口を開く。


「思い出したぞ! 確かかの英雄カイサル様と一緒に居た、グローリアの街を救った英雄の名じゃないか! 君達は彼女の弟子なのか!」


 興奮した様にそう捲くし立てるヴィリーさん。

 

「え… ええ、 僕達の家庭教師をしてもらって、色々と教えて頂きました」


 興奮するヴィリーさんに若干引きながらも僕はそう答える。


「そうか、道理で竜の谷でも平然としていられる訳だ… 彼女の魔術は今でも鮮明に覚えているよ。 千二百もの魔物の群れを特級魔術で隕石を降らせて、たった一撃で壊滅に追いやったのだからな。 俺もその場に居たが度肝を抜かれたよ」


 そう言って懐かしそうに過去を語るヴィリーさん。 

 言えない… それ僕がやりましただなんて…


「君たちが英雄イリナ・シスタールの弟子と言う事は、シスタール家のゆかりの者なのか?」

「え、ええ…」

「そうか… どうりで合点がいった。 古代龍の血を求めていたのもシスタール家と関係があるんじゃないのか?」

「何故それを?」


 僕がそう聞き返すと、ヴィリーさんは「やっぱりな…」と呟き、事情を説明してくれる。


「俺がこの地に来たのは、ある依頼をギルドから受けたからだ。

 依頼内容は、不治の病を治すと噂されている古代龍の血が実在するかの調査と、可能であればそれを入手する事。 そして依頼主は…」


 そこまでヴィリーさんが言って、僕はなんとなく察してしまった。


「シスタール家…」


 僕のその言葉にヴィリーさんは「そうだ」と肯定する。


「もっとも、俺達は古代龍の血は諦めるつもりだったがな… 何せ居るかどうかも解らない伝説上の魔物だ。 これ以上の調査は俺の実力では荷が勝ちすぎる…」


 そう言ってヴィリーさんは苦笑いを浮かべる。


「それで、お前達は古代龍の血は手に入れる事はできたのか?」

「ええ、一応…」


 僕はセシラ様の事は濁し、そう答える。


「そうか… では俺の依頼もこれで終わりだな…」

「どう言う事ですか?」

「古代龍の血は手に入らなかったが、一応調査報告をする義務がある。 それにシスタール家に縁がある君達が直接古代龍の血を手に入れたのだ。 これ以上調査する必要はないだろ」

「なるほど… では悪い事をしてしまいましたね… なんか仕事を横取りしたみたいになってしまいました」

「いや、気にするな。 それよりもシスタール婦人に宜しく伝えておいてくれ」


 ヴィリーさんは恐らく依頼を受けたときにシスタール夫妻に会ったのだろう。 そう伝言を頼む。


「解りました。 ヴィリーさん達の事もちゃんと報告して、報酬を弾んでもらう様にお願いしておきます」


 僕がそう言って笑うと、ヴィリーさんは苦笑う。


「確かに空を飛べるお前達なら、俺がギルドに報告に戻るより早くシスタール家に掛け合えるだろうが、そこまでする必要はない。 元々の依頼は調査依頼だしな。 それに俺達は助けて貰った側だ」

「そんな事ないですよ。 僕達も街でスゥーミラさんに助けて貰いましたし、古代龍の情報も教えてくれたじゃないですか。 助けてもらったのは僕達の方です」


 ヴィリーさんは「謙虚だな」と言って微笑む。


「あ、そうだ、よかったらダリの街まで送りましょうか? スゥーミラさんも意識を失ってますし、このままだと何かと大変でしょうから」

「心遣いには感謝するが、あいにく峡谷の入口に馬を繋ぎとめているのでな。 気持ちだけ受け取っておこう」


 そんなやり取りをしていると、セシラ様が口を挟む。


「うむ、では飛竜達に妾が谷の入口まで送る様に掛け合おう」


 そう言うとセシラ様は近くを飛翔する飛竜に向けて咆哮を上げる。

 すると一匹の飛竜がセシラ様の前に降り立つと、体勢を低くして人が乗りやすい体勢を取る。


「こやつに谷の入口まで送ってもらうが良い」


 その光景に、ヴィリーさんは「流石高位竜だ… 飛竜がこうもあっさり言う事を聞くなんて…」と驚きの様子を隠せない。


「セシラ様、ありがとう御座います」


 僕がそう言ってお礼を言うと、ヴィリーさんも僕に続いて御礼を言う。


「お心遣い感謝する」

「うむ。 ではロゼよ、早く街へ行くのじゃ。 時間がもったいないのじゃ。 こやつ等の事はこの飛竜に任せておけば良い」


 街に早く行きたくて仕方ないセシラ様は、そう言って僕達を急かす。


「分かりました。 急ぐ旅ですしね」


 僕がそう言うと、アイエル様はそそくさとセシラ様の背中に上る。

 僕はセシラ様が呼んだ飛竜に近づくと、手で撫でると念話で飛竜に語りかける。


(飛竜さん。 この二人の事お願いしますね)

(?!)


 いきなり僕が話しかけたので、驚いて僕の顔を見る。


(谷の入口までで良いので、宜しくお願いします)

(ま… 任せられよ、姫の従者よ…)


 僕はその言葉を確認し、セシラ様の背に飛び乗った。


「お待たせしましたセシラ様」

「うむ、 ではいざ街に向けて出発なのじゃ!」


 そう言うと翼をはためかせ、大空へと舞い上がり、二人と一匹を残してあっと言う間に飛び去った。

 この冒険者二人との出会いが、後にイリナ先生の英雄像をどんどんと偉大にして行く切欠になるとは、当人達も知る由もない。

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