第五十二話「追跡劇」

 ◆


 ダリの街の高級宿屋。 その宿の一室で、俺とスゥーミラは同じベットで眠りに就いていた。

 この宿に泊まったのは、ある子供達の事が気掛かりで、尾行した結果同じ宿に泊まる事にしたからだ。 普段の俺ならこのランクの宿には勿体なくて泊まるなんて考えられなかっただろう。

 昨日はあれから子供達には特に変わった動きは無かった。 と思う…

 今気配を探って居るが、部屋で大人しくしている見たいなので間違いない。

 それよりも俺は、昨日のスゥーミラとの事を思い出し顔を赤らめる。

 俺の隣では、幸せそうに眠るスゥーミラの姿。 本当、まさかこの俺が成り行きとは言え誰かと一夜を共にするとは思っても見なかった。


「何か不思議な気分だな…」


 俺は一人呟き、隣で眠るスゥーミラの髪を撫でる。

 くすぐったかったのか、もぞもぞと動くとうっすらと目を覚まし、俺の顔を見つめると幸せそうに微笑む。 そして今まで甘えきれなかった時間を取り戻すかの様に俺に頭を摺り寄せて甘えてくる。


「すまん、起こしてしまったか?」

「ううん、大丈夫。 ヴィリー様に撫でられるのは嬉しい…」


 俺は頬を掻き、それならばとそっと髪を撫でる。

 その時だった、子供達が宿の外へ文字通り飛び出した気配を感じたのは。 俺は慌ててベットから飛び起き、カーテンを開けて気配のする方を確認する。 そして、信じられない光景に目の当たりにして驚いた。

 そう、あの二人はなんと空を飛んで居たのだ。 窓から飛び降りたのではない。 浮かび上がっているのだ。 ロゼと名乗った少年は、俺と目が合うと慌てて少女を連れて飛び去ってしまう。

 どうやら尾行していた事に、気付かれていた見たいだ…

 スゥーミラはそんな俺の様子に何事かと歩み寄り、子供達が消えた空を見上げる。


「ヴィリー様?」


 俺はスゥーミラに状況を説明する。


「すまない、子供達に逃げられた。 ずっと気配を気にしてたのだが、まさか空を飛んで逃げられるとは思わなかった… スゥーミラ、あの子達について何か知っているか?」


 俺の質問にスゥーミラは首を横に振る。 まぁ、名前もまともに覚えれないスゥーミラには無理な話か…

 だが、浮遊魔術を使える魔術師など、そうそう居る者じゃない。 浮遊魔術を扱える高位の魔術師を当たれば、何れあの子達の素性にはたどり着けるだろうが、それでは遅い。


「スゥーミラ、すぐに出発するぞ!

 恐らくあの子達はダルダイル大峡谷… 竜の谷に向かったはずだ。 すぐに追いかけないと」

「はい。 直ぐに仕度します!」


 俺たちは慌てて服を着て、装備を整えると、宿の主人に軽く事情を説明して宿を飛び出した。 


 ◆


 俺とスゥーミラは、宿を飛び出してから直ぐ、ダルダイル大峡谷に向けて出発する為、街の北門へと駆けた。 北門には旅人の為の馬車乗場から、馬を売買する馬屋があり、必要に応じて馬を売り買いできる。

 朝の済んだ空気と、夜も明けきってない静かな北門広場で、まだ店の開店準備の終わってない馬屋に駆け込むと、急いで事情を説明して馬を手配する。

 店主はありがたい事に、まだ開店してないにも関わらず快く取引をしてくれた。

 俺達は一路、ダルダイル大峡谷へ向けて馬を走らせた。


「間に合うと良いですね…」


 スゥーミラのその呟きに俺は「ああ…」と答える事しかできなかった。


 ◆


 そしてダリの街を出てから馬を飛ばし、できる限り馬に負担を掛けない様に休み休み駆け、なんとかその日の内にダルダイル大峡谷の入口へと辿り着いた。


「ヴィリー様、やっとダルダイル大峡谷につきましたね」

「ああ… だがあの二人は見当たらなかったな…」

「そうですね… もう谷の中へ入っちゃったのでしょうか?」

「分らん… だが、あの二人は浮遊魔術を使えていた。 保有マナ量がどれほどあるか分からないが、少なくとも俺達よりも早く谷に到着できているはずだ」

「そうですね… でも、あの歳で浮遊魔術を使えるって凄いですよね…」

「ああ、それに俺達の尾行にも気付いていた見たいだからな、かなり名のある師匠に師事して貰って居たのだろう」


 俺がそう言うと、冗談ぽく楽観論を述べる。


「案外私たちの手を借りなくても、ドラゴン相手に普通に戦えたりして」


 流石にそれは非常識にも程がある。 竜種は個体差はあるにしろ最低でも軍伐級に分類される、人類がそう易々と勝てる相手では無いのだ。


「冗談にしては笑えないな… 相手は軍伐級の魔物だぞ。 そこらの魔物とは訳が違う。 ましてあの子達が目的としているのは古代龍だ。 神伐級だとしても可笑しくない相手だ。 とても無事で帰って来れるとは思えん」

「そう言いながらもこうやって追いかけて、自ら危険な場所に足を運ぶんですから、やっぱりヴィリー様はお人好しです」


 スゥーミラはそう言って嬉しそうに笑う。


「さて、今日はココで野営とするか… 夜に峡谷に入るのは危険が大きすぎる。 朝早く捜索に出よう」

「はいです。 では直ぐにご飯の仕度しますね」

「ああ、俺は野営の準備を整える」


 俺達はその日はダルダイル大峡谷の入口で、一夜を明かす事にした。


 ◆


 翌朝、俺達は馬を護る為に、土魔術で簡易のシェルターを作り、そこに馬を繋ぎ停める。

 中には水と草を用意し、暫く離れても大丈夫な様に準備を整える。


「ココからは竜を刺激しない様に馬を置いて慎重に進むぞ」

「はい… 気配を消すのはお手の物です」


 俺とスゥーミラは二人気配を殺し、峡谷の中を様子を覗いながら進む。

 上空には時折飛竜が飛び交い、ここが竜の住処だと言う事実を、否が応でも実感させてくれる。

 もう飛竜達の縄張りに足を踏み入れているのだ。 ここからは何があっても可笑しくない。 見たところ戦闘の形跡は見当たらないが、あの子達は無事なのだろうか…

 俺達は慎重に慎重を重ね、奥へと突き進む。

 どれくらい歩いただろうか… あの子達の形跡を見つける事が出来ないまま峡谷を進む事二時間は経っただろうか… 不意にスゥーミラが呟いた。


「ねぇヴィリー様…」

「なんだ?」

「これだけ歩いても痕跡一つ見つけられないなんて、可笑しくないですか?

 空を飛んで峡谷に入ったのなら、飛竜達に真っ先に目を付けられますよね?」


 俺はスゥーミラの言わんとする事を考えるが、どう言う意味かが掴めない。


「ああ、少なくとも真っ先に戦闘にはなるだろうな」

「それなのに飛竜達は怪我一つしてないですし、入口付近にあの子達の痕跡一つ残ってないですし、もしかしたらココに来てないんじゃないかなと思って…」


 俺はスゥーミラのその言葉を考える。 確かに二人が奥へと進んだと言うのなら、飛竜の死体か彼らのなんらかの痕跡は残っているはずなのだ。 最悪、あの子達が力及ばず飛竜に消し炭にされたとしても、金属であったり、なにかしらの痕跡はあって然るべきなのだ。

 その事から考えると、ココに来ていないと推測するには十分な理由になる。 だが…


「ああ、その可能性は無い事も無いだろうが、それだと何故俺達から逃げる様に飛び去ったのかが説明付かない。 恐らく何らかの方法で俺達と同じ様に飛竜達をやり過ごして先に進んでいると考えた方が自然だ」

「そうなんですかね…」

「考えていても仕方ない、先に進むぞ」

「はい」


 そう言ってから俺達が少し進んだ時だった。 今までは身を隠すのに丁度いい岩がごろごろとしていたのだが、急に峡谷の幅が広がり、見通しの良い広場の様な場所になった。

 流石にこの場所を身を隠しながら進むのは至難の業だ。 俺はスゥーミラに相談する。


「スゥーミラ、このままでは先に進めないな…」

「はい、そうですね… ここから見る限り数頭の飛竜が休んでる見たいですね」

「ああ、壁際を迂回するにしても隠れる場所が少なすぎる」

「ヴィリー様、どうします?」


 俺は考える。 この場に居る飛竜は三匹。 俺ならばなんとか倒す事も可能だろう。

 しかしその場合他の飛竜に目を付けられる可能性が高くなる。

 何か方法はないのか…


「スゥーミラ、遠距離攻撃魔術で飛竜を一撃で葬れたりしないよな?」

「なんですか、その特級魔術… そんなの使えたらもっと上のランクまで上がれてます」


 それもそうだな…


「何か、飛竜達を眠らせたりとか、麻痺させたりとか、そう言った魔術は無いのか?」

「そんな魔術あったら、飛竜より先にヴィリー様に使って襲ってます」

「…………」

「…………あらやだ私ったらつい本音が…」


 駄目だコイツ、早く何とかしないと…


「はぁ… お前に期待した俺が馬鹿だった…」

「酷い!」


 俺はそんなスゥーミラを無視して、腰に下げた二本の剣を抜き放つ。


「仕方ない、こうなったら一か八かだ。 スゥーミラは強化魔術で援護。 結界魔術を張って俺に付いて来い」


 俺がそう指示を飛ばし、岩陰から飛竜目掛けて飛び出すと、スゥーミラは「はい!」と返事を返して直ぐに強化魔術を詠唱し、発動させる。

 俺は自らの身体強化とスゥーミラの強化魔術で底上げを行い、目にも留まらぬ速さで油断していた飛竜の首を剣で跳ね飛ばす。


「まずは一匹!」


 俺はすぐさま次の飛竜に向けて駆ける。 しかし仲間の飛竜をやられてただ黙っている飛竜は居ない。 高々と咆哮を上げると、その翼を広げて空へと飛び上がった。


「逃すか!」


 俺は完全に飛び上がる前に追撃し、飛竜の片翼を斬り飛ばした。

 飛竜は体勢を崩し、地面へと落下する。 そしてお返しとばかりに俺に向けてブレスを放ってきた。

 俺はすぐさま距離をとり、そのブレス攻撃を避けると地面に落ちた飛竜にとどめの一撃を刺す。 しかし、倒せたのは二匹までだった。 もう一匹の飛竜は咆哮を上げ、大空でコチラの様子を伺っている。 恐らく仲間を呼んだのだろう。 このままでは不味いな…


「スゥーミラ! 何でもいいから魔術で飛竜の視界を防げ! その内に駆け抜けるぞ!」

「はい!」


 スゥーミラは俺の指示に従い風魔術を発動させ、砂煙を巻き上げて飛竜の視界を防ぐと、俺に続いて谷の向かいまで駆ける。

 俺は最大限気配に注意しながらスゥーミラのサポートに回る。

 しかし、運が悪い事に、谷の向かいから新たな飛竜達が姿を現したのだ。 そして開口一発、ブレスの雨を俺達に向けて放ってくる。 容赦もなにもあったもんじゃない。

 俺は咄嗟にスゥーミラを抱きかかえ、身体強化した肉体で全力でその場から飛び退る。


「スゥーミラ! 結界を強化しろ!」

「はっ… はい!」


 俺はスゥーミラを抱きかかえたまま、必死に飛竜達の放つブレス攻撃から身を躱す。

 スゥーミラも必死に結界魔術を詠唱しなおし、結界を強化に専念する。 にしても数が多い… 三匹だった飛竜は今やその数二十匹は軽く越えている。 このままでは不味いな…

 飛竜達はその数を生かして、俺達の退路を断っていく。

 流石の俺もこの数のブレス攻撃を避けきる事が出来ず、視覚外からの飛来したブレスの攻撃の直撃をもろに受けてしまった。


―― ドバグォン ――


「くっ……」

「きゃっあ!」


 スゥーミラの結界のお陰でなんとか致命傷は避ける事ができたが、俺達はその攻撃で吹き飛ばされたしまった。

 衝撃で、スゥーミラの張った結界は粉々に砕け散ってしまう。


「くそっ!」


 俺はすぐさま体勢を建て直し、追撃に放たれたブレスをスゥーミラを抱えたままなんとか避ける。

 スゥーミラはさっきの攻撃で意識が飛んだのか、力なく俺にもたれ掛かって意識が無い。


「スゥーミラ!」


 恐らくさっきのブレスの攻撃を防ぐのに、マナを全て持っていかれたのだろう。 俺はスゥーミラを抱えたまま、少しでもブレス攻撃から逃げる為にあえて飛竜に向かって突撃する。 上手くいけば同士討ち持ち込めるかもしれない。

 その時だった、飛竜達よりも一回りも二回りも大きい翼竜が咆哮と共に現れたのだ。

 俺はその姿を見て絶望した。

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