第五十一話「竜王様との別れ」

 ◆


 翌朝、僕とアイエル様は竜化した竜王様と家臣達、そして高位竜であるヴィオルとニゲルに見送られ、竜の里を旅立つ事になった。

 傍らには竜化したセシラ様の姿もある。

 ちなみにセシラ様の服は竜の姿では着れないので、今は僕達の他の荷物と一緒に次元収納の鞄の中にしまってある。

 それからアイエル様の謎の卵も旅の邪魔になるからと説得し、今は空間収納の鞄の中だ。


「竜王様、いろいろと有り難う御座いました」

「なに、我の方こそ”ちょうみりょう”とやらを貰って感謝しておる。

 それはそうとロゼよ、なぜ眼帯をつけておる?」


 そう、竜王様の指摘通り、左目は治ったのだが、僕は今眼帯を付けている。 これには理由があった。


「えっとですね、いきなり左目が治って居たら、色々勘繰られる可能性があるので、あえて眼帯を付けているんです。 色々情報収集をしていて、近くには見知った顔も居るので念の為と言った所でしょうか」

「なるほどのぉ…」

「それで竜王様。 約束通り、血を別けて頂きたいのですが」


 忘れない内に本来の目的の件を持ち出す。


「ああ、その件なのだがな。 セシラが同行するのであれば、わざわざ我の血である必要が無い事に気付いてな。  昨夜セシラと話したのだが、この件に関してはセシラに任せる事にしたのだ」

「セシラ様に… ですか?」


 竜王様の言ってる事の意味が分からず聞き返す。


「ああ、我の血よりもより新鮮で若い王族の血が近くにあるのだ。 わざわざ我の劣化した血を持って行くよりも効果が期待できると思うてな」

「なるほど… ですがセシラ様はそれで宜しいのですか?」


 僕がそう訊ねると、セシラ様は気にした素振りを見せる事なくそれに答える。


「妾は構わんのじゃ。 そなた等と巡り合わせてくれる切欠をくれた御仁じゃ、妾とて無下にはできん」


 そう言って快く引き受けてくれる。


「有り難う御座います。 セシラ様」

「なに、気にするでない。 それよりも、これからどうすれば良いのじゃ?」

「えっと、先ずは空を飛んで南進します。 数時間も飛べばそこにダリの街と言う人族の街があるので、そこで旅の間の食料等を買い込もうと思ってます」


 僕がそう説明すると、初めての里の外にわくわくが止まらない言った感じで、楽しそうだ。


「そんな近くに街が在ったのじゃな。 今から楽しみなのじゃ」

「”ちょうみりょう”とやらを忘れるでないぞ」

「父上、分かっておるのじゃ」


 僕は苦笑いを浮かべ、その先の予定も話して聞かせる。


「本当ならその街でゆっくりしたいのですが、僕達には時間がないんです」

「どういう事じゃ?」

「えっと、ここから遥か西の地に、サンチェリスタ帝国と言う国がありまして、僕達は今から六日後までにその帝都サンチェリスタに向かい、帝国学院の入学試験を受けなければならないのです。 その為、あまり時間が残されてないんです」


 セシラ様は学院と言うものを知らないので、「”にゅうがくしけん”とはなんじゃ?」と僕に質問してくる。


「えっと、人族には学院と言う子供が通う学び舎があるんです。 そこに入る為の試験があるんですが、僕達は今年その学校に入る為にその試験を受けないといけないんです」

「つまり、その試験とやらの日にちが六日後に迫っていると言う事かの?」

「そう言う事です」

「なるほどのぉ…」


 セシラ様は観光できないとあって、少し残念そうにそう呟く。


「申し訳ありません。 本当ならもう少しゆっくりして行けたら良かったのですが…」

「気にするでない。 して、その帝都サンチェリスタとは、ここからどれくらいの距離にあるのじゃ?」


 セシラ様の質問に、僕は頭の中で来る時に掛かった日数を整理し、状況を伝える。


「ここから全力で飛ばしてギリギリ入学試験に間に合うかどうかと言った所でしょうか… 正直ゆっくりと宿に泊まったりは難しいです… 最悪アイエル様のお婆様の治療は入試の後に回さなければならないかも知れません」

「なんと… それはなかなかの距離があるのじゃな…」

「ええ、流石に全く寝ない訳にも行かないので、どうしてもそれが限界なんです」


 そう僕が説明すると、セシラ様は少し考え、ある提案をしてきた。


「それならば妾に良い考えがあるのじゃ」

「良い考え… ですか?」

「うむ。 妾がそなた等を乗せて休まず飛べば良いのじゃ」

「?!」


 僕はその発言に思わず驚いてしまう。 いくらなんでもそれはお願いできる範疇を超えているし、僕達も空を飛べる以上、そこまでセシラ様に負担は掛けれない。


「ちょっと待ってください。 それは流石に気が引けます。 僕達だけ休んでセシラ様だけに負担をかける訳には…」

「なんじゃ、そんな事気にするでない。 妾なら一週間くらい休まずともなんの支障もないのじゃ」

「いえ、しかしですね」

「それともなんじゃ、妾の背に乗るのは嫌じゃと申すか?」


 悲しそうな目で見つめてくるセシラ様…


「いえ、そんな事は……」

「ロゼ、私はセシラの背中に乗って飛んでみたい!」


 僕がセシラ様の言葉に、返す言葉が見つからず口ごもっていると、アイエル様は楽し気にそう言う。


「それじゃ決まりじゃ! 妾もおとぎ話に出てくる先代様の様に、人を背に載せて空を駆けて見たかったのじゃ」


 そう言って楽しそうに笑うセシラ様。 すごく乗り気だ。 本当に良いのだろうか…

 僕がそんな事で悩んで居ると、アイエル様は気にした様子もなく、嬉しそうにセシラ様の背に飛び乗ってしまう。


「よろしくね、セシラ」

「うむ、任せるのじゃ」


 僕はそんな二人に、自分が気にしすぎなのかなと思えて来て、もうこの件に関しては考えない事にした。


「分かりました。 では僕も失礼しますね」

「うむ、早う乗るのじゃ」


 促されるままに僕もセシラ様の背に乗る。


「セシラ様。 ではよろしくお願いしますね」

「うむ、しっかり掴まっておるのじゃぞ」


 僕達がセシラ様の背に乗るのを確認した竜王様は、改めてセシラ様に言葉を掛ける。


「セシラよ、気を付けて行ってくるのだぞ。 もし何か気に入らない事があれば街など消し飛ばしてしまえば良いからな」

「分かっておるのじゃ父上」

「いやいやいや、街を消し飛ばしたりしないでください」

「冗談じゃ、そんな事すれば”ちょうみりょう”とやらが手に入らなくなるではないか」

「冗談でも冗談に聞こえないです」


 僕達のやり取りに竜王様は豪快に笑う。


「はっはっは。 ロゼよ、娘と仲良く頼む。 何か困った事があれば助けてやってくれ」

「はい、竜王様。 全力でセシラ様を御護りします」

「うむ、ではお前たちの帰りを楽しみに待って居る」


 竜王様と話が終わるのを見計らって、ヴィオルさんが今度は声をかけてきた。


「童よ、姫様を頼む」

「はい。 ヴィオルさん達の代わりに精一杯お護り致します」


 僕のその言葉に頷くと、ヴィオルさんは何処にしまっていたのか、オカリナの様な物を取り出すと、それを僕に差し出す。


「それから戻ってきた時の為にコレを用意した。

 これを谷の入口で吹けば、直ぐに配下の飛竜が迎えに行く様に手配しておく」

「ありがとう御座いますヴィオルさん。 また戻ってきた時に襲われたら大変ですもんね…」


 僕はそう言いながらオカリナを手に取り、それを空間収納の鞄にしまいこむ。

 ヴィオルさんは僕のその言葉を聞いて、苦笑いしながらぼそりと呟く。


「大変なのは主に我の部下だろうがな…」


 僕もその言葉に苦笑いで返すと、あらかた挨拶が終わったと判断したセシラ様は皆に告げる。


「では行って来るのじゃ父上」


 そう言うとセシラ様はその白く美しい翼を大きく広げ、大空へと舞い上がった。

 僕達は竜王様、ヴィオルさん、ニゲルさんに見送られ、神殿を飛び立った。

 目指すはここから南の地、ダリの街だ。 その前にセシラ様に言っておかなければならない事があったのを思い出す。


「あ、そうだセシラ様。 街が見えてきたら近くの森に着陸してください」

「なぜじゃ?」

「そのまま街に行くと街が大騒ぎになってしまいます。 近くの森で人化してもらって、街へは徒歩で入ります。 良いですか?」

「うむ、確かに今の妾の姿では騒ぎになるか… 分かったのじゃ」

「ありがとう御座います」

「ではいざ出発なのじゃ!」


 アイエル様は「おー」と楽し気に拳を突き上げて笑っている。 高位竜の背に乗せて貰った時も思ったけど、自分で飛ぶのとはやっぱり違って、新鮮な気分だ。

 セシラ様はアイエル様のその声に応える様に、ノリノリでダリの街を目指して飛行を開始した。

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