第五十話「ロゼの左目」


「さて、それでは約束通り、ロゼの目を治してやるとするかの」


 そう言うとセシラ様は僕の目の前に歩み寄った。

 僕は「よろしくお願いします」と頭を下げる。


「で、どうやって僕の左目を治すのですか?」

「何、簡単な事じゃ。 妾の左目をそなたにくれてやるだけの事よ」


 さらっととんでもない事を言うセシラ様。


「いや、ちょっと待ってください! そんな事したらセシラ様の左目が無くなってしまいます」

「安心せい、妾は龍神じゃ。 欠損部位くらいすぐ元に戻る」


 すぐ元に戻るって… 龍神は高位竜の自己再生とは、一線を画す再生能力を持っていると言う事だろうか? それにしてもやり方が力技すぎる気がするのは気のせいだろうか…

 そんな僕の心配を他所に、セシラ様は自らの左目に手を突っ込み、眼球を強引に引き抜いた。

 ちょっと待って! まだ心の準備が!

 目の前のグロテスクな光景に、どうして良いか分からずあたふたする僕。

 取り出した眼球を片手にセシラ様は、せっかく着替えたばかりだと言うのに、真っ白い洋服を自らの血で赤く染めて笑っている。 ある意味ホラーだ…


「ほら何をしておる。 さっさと目を突っ込むから近こう寄れ」


 そう言って血を滴らしながら手招きするセシラ様。 ドン引きである。


「いや、しかしですね…」


 そうしている間にもセシラ様の左目は回復を始めており、さすが龍神と言った所か…


「ええい! じれったい。 アイエルよ、ロゼを捕まえるのじゃ」

「うん! わかった!」

「え? うんっていつの間に!」


 そこには背後から忍び寄ったアイエル様の姿があった。

 アイエル様は僕に抱き着くと、必死に動けない様にしがみ付く。


「ちょっ まっ!」

「ちーと痛いかも知れぬが、すぐ治るから安心せい」


 セシラ様はそう言うと、有無も言わさず僕の左目に手を突っ込み、強引に左目を嵌め込む。


「ぐがぁああ! 痛い痛い痛い痛い!!!」


 とめどなく噴き出る血と、あまりの激痛に思わず声を上げてしまう。


「これ、暴れるでない。 上手く嵌めれんのじゃ」


 セシラ様はそう言いながらグチュグチュと僕の左目をいじり倒す。

 そして、僕の左目から流れ出た血が、僕とアイエル様の服まで赤く染める。 ちょっとまってなにこのカオス。

 そして、セシラ様が手を引き抜くと、次第に痛みが治まり、今まで見えなかった左目の感覚が次第に蘇ってくるのを感じた。

 恐る恐る左目を開くと、確かに目が見える様になっていた。


「どうじゃ? 目が見える様になったであろう?」


 そう言ったセシラ様の左目は、もうとっくに治っている。


「え… ええ… ありがとう御座います…」


 呆気に取られながらも僕はお礼を言い、回復した左目の視力を確かめる。 違和感は今の所ない。 ただし、眼下に広がる僕とセシラ様の血の海… と言う程ではないのだが、至る所に血痕が飛び散っている光景は違和感でしかない…


「セシラ様、他に方法は無かったのですか?」

「なんじゃ? 妾の左目では不服か?」

「いえ、そうではなくですね…」

「では何も問題なかろう。 ちなみに妾の目は龍眼じゃ、力を制御できれば色々できる様になるはずじゃ」


 僕はその言葉に「色々… ですか?」と聞き返す。


「ああ、妾達の目は神眼の一種で、あらゆるものの力を読み解く事ができる龍眼じゃ。 上手く使いこなせば相手の動きを先読みしたり、魔術なんかの力の流れも簡単に読み取れる優れものじゃ。 きっとそなたの助けになってくれよう」


 要約すると、なんかすごい目を貰ったと言う事か… 要約しきれてない気もするが…

 そんな僕にアイエル様は顔を覗き込んできて、僕の左目を確認する。


「ロゼ、ちゃんと目見える?」

「ええ、セシラ様のお陰でちゃんと見えてますよ… 血まみれのアイエル様が…」


 そう言って僕は自分達の現状にため息を漏らす。


「えへへ… でも良かった。 ロゼの目が見える様になってよかった…」


 アイエル様はそう言って笑顔で喜ぶ。 きっと僕の目の事をずっと気にかけて居たのだろう。


「それに… お揃いだね」


 そう言って嬉しそうに笑う。


「えっと、何がですか?」

「私と一緒」


 そう言うと自分の瞳を指さすアイエル様。

 そうか、左目はセシラ様の物だから、目の色が違うのか… 僕は近くにあった宝物庫に眠っている鏡で自分の姿を確認する。 確かにその目はセシラ様と同じ白い瞳だった。

 今の僕の目は、右目は青、左目は白のオッドアイと言う事だ。 アイエル様がお揃いだねと言うのも頷ける。 しかし、改めて思うけど、僕も血まみれだな…


「とりあえずセシラ様もアイエル様も、身体を洗いませんか? 服も早く洗濯しないと、血の痕がシミになってしまいます」

「おお、そうじゃな。 風呂にでも入るとするかの。 思ってたよりも血がベトベトして気持ち悪いのじゃ」

「うん… ベトベトする…」


 セシラ様は自業自得と言うか… 何も考えてなかったんですね… 分かります。

 そんなこんなで僕達は、セシラ様と竜王様に案内され浴場へと向かった。

 宝物庫の床は配下の竜に掃除を任せた見たいで、僕達と入れ替わりで、いそいそと中の掃除を始めていた。

 ちなみにアイエル様は今、巨大な卵をその小さな手で一生懸命運んでいる。 正面から見ると卵からアイエル様の手と足だけ見える状態で、まったく前が見えていない様子だ。

 空間収納の鞄に入れようとしたのだが、アイエル様は自分で運びたいと言ってこう言う状態になっている。 すごく危なっかしくて、曲がり角のたびに壁にぶつかりそうになってハラハラさせられているのだが、それだけアイエル様は卵を気に入っていると言う事なのだろう。


 ◆


 何度か通路を曲がりながら進むと、巨大な空間に湯気が立ち込める場所に到着した。


「ここが我が竜族自慢の湯浴み場だ。 なかなかの物だろう」


 そう言って胸を張る竜王様。

 その湯浴み場は奥へ行くほど徐々に深くなっているらしく、まるで滝つぼの様に湯が天井を貫いて流れ落ち、湯しぶきを上げている。

 セシラ様はそそくさと服を脱ぎ捨て、一目散に湯舟へと駆け入る。 

 そんなセシラ様を他所に、「うあぁー おっきいー」と感嘆の声を上げていたアイエル様も、セシラ様が湯舟に飛び込むと、「私も!」と卵を一旦その場に置き、セシラ様と同じ様に服を脱ぎ捨てると再び卵を抱えて湯舟に飛び込む。 もう少し恥じらいと言うモノを持ってもらいたいものだ… まだ五歳のアイエル様にそんな事言っても無理な話だが、せめてセシラ様は恥じらいを持ってもらいたい。

 と言うか、卵を持ったまま湯舟に飛び込むとか危なすぎる。 てか温泉卵にならないか不安だ。 温度的には大丈夫だろうけど…

 ため息をつきながら二人が脱ぎ散らかした服をかき集め、血の汚れを洗濯する。 なんとかシミにはならずに済みそうだ。 

 そんな僕を他所に、竜王様は何食わぬ顔で湯舟に浸かり、「やはり湯浴みは良いものだ」とくつろいでいる。 流石に男湯と女湯なんて別れてるはずもないので、みんな一緒だ。

 広さだけはあるので、僕は隅の方で服を脱ぎ、血の汚れを落とし、自分の服も一緒に洗う。


「ロゼよ、そんな隅に居らず一緒に遊ぶのじゃ」

「セシラ様、お風呂は遊ぶ所ではないですよ…」


 僕がそう言うと、「遊ぶ所ではないのか!」と驚いた顔をしている。 一体どう言う教育を受けて来たんだ…


「ねーねー ロゼ見て! 卵が浮かぶ!」


 アイエル様は卵の上に乗っかり、楽しそうにはしゃいでいる。 ダメだこりゃ…

 僕達は少しの間湯浴みを満喫し、洗った服と体を魔術で乾かすと着替えて風呂場を後にした。

 出発は明日。 今日の所はそのまま部屋で休む事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る