第四十九話「宝物庫」

 ◆


 僕達はその後、竜王様とセシラ様に案内されて、竜族の宝が眠る宝物庫へと向かった。

 セシラ様は相変わらず裸のままで、気にした様子も無くテクテクと先を走っていく。 よほど外の世界が楽しみなのだろう。 迷子にならないか心配になってきた…

 ちなみに裸のままだと目のやり場に困るので、僕が上着を貸そうとしたのだが、「宝物庫に行けばあるから要らぬ」と断られた。

 そう言う問題じゃないんだけど… と思いながらも、セシラ様はまったく気にした様子もない。 てか竜王様もまったく気にしていない。 いいのか父親として…


 しばらく歩くと、竜王様の玉座がある部屋の扉よりも、一回りほど小さい… と言っても十分大きいのだが、鍵のかかった巨大な両開き扉の前に辿り着いた。

 ここが竜王様たちの言う宝物庫なのだろう。 竜王様が手を翳すと扉は輝き出し、ギギギ… と言う音を立てて扉は内側へと開いた。 そして中には金銀財宝が大量に保管されており、見ただけですごい額がこの宝物庫に眠っているのが伺えた。

 僕とアイエル様は思わずその光景に「「うわぁ…」」と声を漏らしてしまった。


「どうじゃ、竜族の宝物庫は。 なかなかの物じゃろ」


 そう言ってセシラ様は腕を組んで仁王立ちで胸を張る。 いいから服を着てください。


「約束通り、この中から好きな物を選ぶが良い。

 剣でも盾でも鎧でも、愚かにも我等に挑んだ人族が持っていた物だ。 それなりの価値はあろう」

「ありがとう御座います」


 僕がお礼を言うと、セシラ様は辺りを見渡して「さて、妾は服を探してくるかの」と一人呟くと、奥へと姿を消す。


「さぁ、遠慮せずに選ぶが良い」


 僕とアイエル様は竜王様に促されるままに宝物庫に足を踏み入れる。

 と言っても、僕はこれと言って欲しいと思える物が浮かばない。 正直言うと、セシラ様に左目を治してもらえるなら、それだけで十分だ。 だって執事の僕が宝飾品やお金がいっぱいあった所で使い道に困る。 かと言って武具なんて魔術で作り出せるので必要無いし、魔道具で何かいいのがあればとは思うが、そうそう欲しいと思える魔道具なんて…

 そう思って宝物庫の中を見ていると、不思議な鞄を見つけた。 マナが込められているのが解るので、恐らく魔道具だろう。


「あの、コレは?」


 僕は竜王様に訪ねて見る。


「分からん。 だが、人族の戦士が持っていた物だ」


 僕は鞄の蓋を開けて中を覗き込んでみる。 鞄の中は空間が歪んでいて、鞄のサイズ以上に奥へと広がり、底が見えない。 いったいどうなってるのか…

 竜王様は僕と同じく鞄の中を覗き込むと、知っていたのかぼそりと呟く。


「これは空間収納の古代遺産アーティファクトの様だな」

「空間収納のアーティファクト… ですか?」

「ああ、遥か昔の勇者が持っていた神が与えた魔道具の一種でな、何でもマナ量に応じて物を出し入れできる便利な魔道具なのだ。 こんな所に眠っていたとは…」


 それは便利そうな魔道具だ。 これがあれば荷物の量を気にしなくても良くなる。 いったいどう言ったマナの流れでそんな事が可能なのだろうか… コレを貰って調べて見るのも面白いかもしれない。 僕はそう思い、竜王様にコレを譲ってもらえるか聞いて見る。


「あの、竜王様。 コレを貰っても良いですか?」

「ああ、構わん。 神の使徒の可能性の高いお主ならきっと役立てられるだろう」

「ありがとう御座います」


 そんなやり取りを竜王様としていると、アイエル様が何かを見つけたのか、僕を嬉しそうに呼ぶ。


「ねーねー ロゼ。 見てみて!」


 僕がアイエル様の方を見ると、そこには身体に収まりきらない程大きな卵を抱えたアイエル様の姿があった。


「すっごくおっきな卵だよロゼ」

「ええ、いったい何の卵でしょう?」

「我にも解らん。 配下の竜が持ち帰ったものでな、同族の卵ではない様なんだが殻が固くて食べる事もできん。 飲み込んだ者が居ったのだが、そのまま排便されてきおってな、食べた物も出す時にたいそう痛かったらしい」


 僕とアイエル様はその話を聞いて、ドン引きする。 と言うかアイエル様はそっと卵を置いて距離をとって、無言の涙目で助けを求めている。

 そんな僕達の様子を見て、竜王様は話に付け加える。


「安心せい、ちゃんと綺麗に洗ったわ」


 僕とアイエル様はホッと胸を撫で下ろす。


「流石に臭いままこの宝物庫に入れられんしの。 それに前例があるから誰も手をつけ様とはせず、結局この宝物庫に収められたのだ。 あれから数百年経つが一向に孵化する兆しもないしの、ただの岩やもしれん」


 竜王様はそう言うが、どう見ても卵にしか見えない。 試しにマナを使って中身を確かめると、やはり中からは強いマナが感じられた。


「竜王様はこれを暖めたりとかしました?」

「なんじゃ、卵など放っておけば勝手に生まれてくる物だろ」


 どうやら竜族の卵は放置でいいらしい… 育児放棄も良い所だ…


「アイエル様、もしかしたら暖めると生まれてくるかも知れないですよ」


 アイエル様は僕のその言葉に目を輝かせて「ほんと?」と問い返す。


「ええ、中からは強いマナも感じ取れますし、絶対とは言えませんが…」


 僕がそう言うと、アイエル様は「コレもらって良い?」と竜王様に確認する。

 どうやら気に入っていた見たいだ。 どれか一つと言う事だったので、僕の鞄は返品するしかなさそうだ。 アイエル様の喜ぶ顔が見れるなら、そっちを優先させるのは執事の勤め。


「約束は一つだけなので、僕の鞄は諦めますので、この卵を貰ってもいいですか?」


 僕はアイエル様の言葉に付け足してそう竜王様に言う。


「なに、その卵など在ってもどうしようもない。 それくらいオマケでくれてやる」

「やったっ♪」


 アイエル様は嬉しそうに卵を抱きしめる。 どうやら排泄物と一緒に出てきた事は無かった事になってるらしい… まぁ洗ったと言ってたし大丈夫か…


「あの、本当に良いのですか? 約束では一つだけと言う話だったと思うのですが」

「構わん。 その代わり、その鞄にありったけの〝ちょうみりょう〝とやらを入れて戻って来い。 そしてそれを我に献上せよ。 それがその条件だ」


 確かにこの鞄に詰め込んで運んだ方が大量に調味料を運べる。 それを思えばこの鞄を僕に預けたかったのかもしれない。


「分かりました。 次来る時には各地の調味料をできる限り多く集めて来ますね」

「ああ、頼む」


 そんなこんなしている内に、セシラ様が宝物庫にあった服を着て戻ってきた。


「戻ったのじゃ。 どうじゃ? 似合うかえ」


 そう言って、くるりと身体を捻って服を見せびらかす。

 セシラ様が着ているのは、白を基調とした、フリルにレース、リボンと言った可愛らしい装飾のされた華美な洋服。 そして膝上くらいの丈のスカートをパニエで脹らませた、所謂ゴシックロリータの様な服飾だった。

 

「サイズが合うのがコレくらいしか無くての、着るのに手間取ったのじゃ」

「セシラかわいい」


 アイエル様は卵を抱えたまま、セシラ様の服を羨ましそうに褒める。


「なんじゃ、その卵は」

「えっとね。 私がコレを選んだの。 暖めると生まれてくるかも知れないってロゼが教えてくれたから」


 そう言うと優しい手つきで卵を撫でるアイエル様。 そう言えばネリネが生まれた時に羨ましがってたから、もしかしたら新しい家族が欲しいのかもしれない。

 そんなアイエル様にセシラ様は優しい目つきで微笑み、「ふむ、元気な子が生まれると良いのぉ」と言葉をかける。 その言葉にアイエル様は嬉しそうに頷く。


「と、言う事はもう品は選んだのじゃな」

「ええ、僕もこの鞄を頂きました」


 そう言ってセシラ様に鞄を見せると、不思議そうに問いかけてきた。


「それは何なのじゃ?」

「空間収納ができるアーティファクトの魔道具です」

「なんと、そんな便利な物が眠って居ったのか!

 これで気兼ね無く、大量の〝ちょうみりょう〝とやらを仕入れれるではないか!」


 セシラ様の考えている事は竜王様と一緒だった…

 ほんと、竜族は今まで食について考えた事なかったのだろうか… ここまで思考回路が調味料に染まるとは思わなかった。 胃袋は種族の壁を越える。 なんか餌付けした見たいだな…

 そう思い至り、僕は一人苦笑いを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る