第四十八話「神の使徒」


「よし、妾は決めたのじゃ。 そなた等と共に人族の里に行く事にするのじゃ」


 突如としてそんな事を言い出したセシラ様に、竜王様は慌てて止めに入る。


「セシラよ、何を言う! 外の世界は危険だ。 いくら竜族の我等とて何が起こるか解らん。 許せる訳がなかろう!」


 当然の反応だろう。 セシラ様はこの竜の里のお姫様なのだ。 そう簡単に里の外に出せる訳が無い。

 しかし、そこで引き下がる程セシラ様はお淑やかではなかった。


「妾は行くと決めたのじゃ、それに竜王の一族としての使命を果たすには、打ってつけじゃと思うのじゃがのぉ」


 セシラ様のその言葉に、僕はどう言う意味か聞き返す。


「使命… ですか?」

「セシラ! 人族にそう易々と話して良い事ではない。 神の使徒以外には口外するでない」


 竜王様はそう言ってセシラ様を叱責する。


「しかしのぉ父上。 妾にはこの二人が神の使徒でないと言うのが信じられんのじゃ」

「どう言う意味だ?」

「彼の者、神が授けし光の剣を用い、竜族を下す。 竜族に言い伝わる伝承通り、ロゼは光の剣で我等竜族を下したのじゃ。 本人は否定しておるが、それは勇者と呼ばれ、神の使徒とされても可笑しくない。そうは思わぬか父上よ?」 

「光の剣を持ってるのか?!」


 竜王様は驚いた様に目を見開き、そう聞き返す。


「いえ、僕が使っているのはただの魔術です。 神から授かった物でもなんでもない、ただのオリジナル魔術にすぎません」

「うむ… ではそれを見せては貰えぬか?」


 ここは納得してもらう為にも、僕はマナを操作して凝縮し、魔術で普通の剣を生成して見せる。


「ぉお… すさまじいマナの波動が凝縮されておる… よくこんな精密なマナ操作を人族の童ができる物よ…」


 関心してマナでできた剣を見つめる竜王様。


「コレはただの魔術です。 形も自由に変えれます」


 そう言って僕は剣から槍、槍から斧へと形を変えて見せる。 実態のないマナだからこそできる芸当だ。


「如何でしょうか? コレは僕が編み出したオリジナルの魔術でしかないんです。 神に授けられたりなんかしてませんし、勇者と言うのも人違いです」

「ふむ… 確かに我の知る神剣とは違う… お主の言う事は本当なのだろう…

 しかし、ただの童とは思えぬ… 神は直接この世界に干渉する事はできん。 勇者が誕生したと言う噂が本当であるならば、何れ邪神が復活する日も近いのだろう… そこに童等の様な竜族を下す存在が現れ、形は違えど光の剣を扱う。 何か意味があるのやも知れぬな…」


 竜王様はそう言って考察を落とす。 僕が転生した事と何か関係があるのだろうか… まさかね…

 セシラ様は竜王様のその考察に「そうじゃろう、そうじゃろう」と一人頷いて同意している。


「よかろう… セシラの言う事にも一理ある。 童等には我等の事を少し話して置くとしよう…」

「えっと、そんな簡単に口外して良い事なんですか?」

「神の使徒に連なる可能性があるのなら話は別だ。 但しこの事は他言無用で頼む」

「……分かりました」


 竜王様の言葉に僕は頷く。 知らないよりは知って居た方がこれからの選択肢の参考にもなるだろう。 それにこの世界の事も何か分かるかもしれない。 僕が転生した訳も…

 竜王様は僕が頷くのを確認すると、自らの事を語り出す。


「まず、最初に話して置かなければならぬ事がある。

 我が竜王の一族は、ただの竜族ではない。 龍神の末裔なのだ」

「龍神… ですか?」


 竜王様「あぁ…」と言って僕の言葉を肯定し、話を続ける。


「龍神とは遥か昔、神がこの世界を創造する時、管理者として生み出した神の使徒の一柱だ。 我等、龍神をはじめ、この世界には神の使徒が存在している。

 天空を司る天上神。 大地を司る大地神。 海を司る海王神。 マナを司る魔神。 精神を司る妖神。 生物を司る獣神。 そして我等は力を司る龍神なのだ」

「おとぎ話で聞いた事があります。 この世界には神様と六神と呼ばれる神の使いが居ると…

 あれ? 七神ですよね…」


 僕は指折り数え、数が合わない事に気付く。


「ああ、元々は七神だった。 しかし、創造主である我等が主神を裏切る神が現れた。 その神は自らの眷属として、魔物や魔人をこの世界に生み出し、その力を持って主神に成り代わろうとしたのだ。

 その神こそ邪神と呼ばれ、かつては魔神と呼ばれた使徒の一柱だ」

「なるほど、それで六神なんですね… 邪神と魔神が同一の存在だとは知りませんでした」

「ああ、これは神話の時代の出来事だからな… 人族程度の寿命では幾ら語り継がれても限界はあるだろう…」

「それで、それと僕達となんの関係があるんですか?」

「さっきセシラが言った文言には続きがある。

――彼の者、神が授けし光の剣を用い、竜族を下す。 悪しき神の使徒を滅ぼせし偉大なる力。 選ばれし者をその力を持って導け――

 主神はこの世界に直接干渉する事ができない。 故に主神は我等にこの言葉を残した」

「選ばれし者を導けって… それが竜王様たちの使命?」


 僕がそう呟くと、竜王様は肯定する。


「ああ、その通りだ。 

 主神は邪神への対抗策として、寿命の短い人族の子の中から、新たに人神と呼ばれる存在を創り出した。 自らの権能の一部を授ける事により、崩壊しかけた世界を救済しようとされたのだ。

 人神はこの世界が崩壊に向かう時、主神が使わす救世主なのだ。 それが何時しか人々の間で勇者と呼ばれる様になり、我等神の使徒である六神の末裔は、その勇者を導いて来た。

 もしそなた等が主神が遣わした存在であるなら、我等は導かなければならない。 そのお主等の言う勇者と共にな…」


 そう説明した竜王様の言葉に、セシラ様が言葉を付け足す。


「そう言う事なのじゃ。 妾はそなた等と一緒に、その勇者とやらに会って確かめなければならぬのじゃ。 父上、使命を果たす為に人族の里へ行く事を許して欲しいのじゃ」

「うむ、では我も共に行くとしよう。

 確かにここで待つよりも人族の里へ赴き、直接調べた方が早いのは事実… それに我も人族の食事に興味があるしの…」


 本命はそっちか… 半ば呆れながら竜王様を見つめていると、セシラ様は感嘆の声をあげて竜王様に擦り寄る。 


「流石父上じゃ! 解ってくれると信じて居ったのじゃ」


 そう言って甘える様に竜王様に頭を擦り付けるセシラ様。


「護衛の竜達を付ければ危険もなかろう… そういう事で頼むぞ童よ」


 いやいやいや、いきなり話ふられましても…

 それに、竜王様やセシラ様の様な巨大な翼竜が、護衛の竜を引き連れて街になんて行ったら大騒ぎどころの話じゃなくなる。

 僕は慌ててその話を否定する。


「ちょっと待ってください! 流石に人族の里に竜王様やセシラ様の様な竜が多数表れたら、大騒ぎになってしまいます」


 しかし、そんな僕の心配は、竜王様の一言で終わる。


「それもそうか…… だが安心せい、普通の竜には不可能だが、我等王族が人族の姿を模るなど造作もない事よ」


 そう言うと竜王様の身体が光り輝き、その巨体が縮んで行き、立派な髭を生やした体格の良い、威厳に満ちた壮年の男性へと姿を変えた。 立派な服を着こなし、流石王様と言った貫禄がある。


「この通り人族を模れば、問題なかろう?」


 確かにその姿なら人里に行っても問題は無いだろう… じゃなくて!


「確かにその姿なら問題ないとは思いますが、この里を放置していいんですか? 仮にも王様と姫様が里を離れたら下位の竜達を誰が纏めるんですか?

 それにもしかしたら里を離れている間に、本物の勇者が現れたらどうするおつもりです?」


 竜王様はそう言われ、「むむっ…」と考え込む。


「安心せい、妾が変わりに行って来るから父上は城で待ってれば良いのじゃ」


 そう言うとセシラ様も体を輝かせ、その巨体を縮めて行くと、白髪が地面に着きそうな程まっすぐに伸ばした、真っ白な肌の少女へと姿を変える。 しかも竜王様とは違い、一糸纏わぬ姿だ。 服はどうした服は!

 堂々とそう言い放ったセシラ様。 竜王様は娘に見捨てられたショックで顔を歪める。 人族に化けた事でその表情から「自分だけ美味い食事を楽しむ気か」と読み取れる。

 この父にしてこのありと言った所だろうか…

 いや、そんな事よりもまずは服を着て貰わないと目のやり場に困る。


「せっ セシラ様! なんで服を着てないんですか!」

「妾は父上の様に人族の服まで真似できるほど人化に慣れておらぬ。 ちゃんと人の姿になれておるんじゃ、何も問題なかろう」

「セシラ様、流石に裸の少女を人族の里には連れては行けません」

「なんじゃ? 童の癖して妾に欲情でもしておるのか?」 


 僕が視線をそらせた事で、セシラ様は悪戯っぽくそう言って茶化す。


「してません。 一般的な話をしているのです」

「なんじゃつまらん… 確か、人族の服なら宝物庫にもあった気がするの…」

「セシラ様も竜族の姫様なのですから、恥じらいと言うモノを持ってください。 それに、護衛も無しに里の外に出るのはどうかと思いますよ」

「なに、護衛ならそなた等がしてくれれば問題なかろう。 下手な高位竜より強いから安心じゃしの」


 セシラ様はさも当然の様に僕達に護衛をさせるつもりの様だ…


「いえ、しかしですねセシラ様…」

「なんじゃ? 妾の護衛を引き受けてはくれぬのか?

 妾を人族の里へ案内してくれるなら、代わりにそなたのその左目を治してやろうと思っておったのじゃが…」


 その言葉に僕は驚く。 この左目は神級魔術でも治せない。 まして病と違って怪我で欠損している。 とても治せるとは思えない。 それともまだ僕の知らない方法があるのだろうか…


「セシラ様はこの目を治せるのですか?!」

「無論じゃ」


 セシラ様はそう言うと胸を張る。 いや、今胸を張られるとその小さな胸が露わになって非常に目のやり場に困るんですが…

 僕はそれから視線を逸らせながも、セシラ様のその提案の事を考える。

 確かにこの左目が治るなら、セシラ様一人? 護衛するくらい安い物だろう。 

 しかし懸念もある。 もしセシラ様が竜である事がバレた時、街が混乱する可能性が高いと言う事だ。 なにせ街に突如として竜が現れるのだ。 その恐怖は普通の民からすれば計り知れない物がある。 寝ている時に人化が解けて建物崩壊とかなったら、本気で洒落にもならない。


「わかりました。 でも一つだけ確認させて下さい」

「なんじゃ? 申してみよ」

「セシラ様のその人化は、無意識下で解けて元の竜の姿に戻ったりとか、そう言った事はないのですか?」

「ないない、そんな心配不要じゃ」


 セシラ様のその言葉に、竜王様が説明を付け足す。


「その通りだ。 我等龍神の末裔は存在を固定できる。 翼竜の姿もまた、他の竜と合わせておった仮の姿にすぎぬ」

「真の姿があると言う事ですか?」

「龍神としての姿を持って居る。 この場では見せる事は叶わぬがな」


 そう言って苦笑う。

 一体どんな姿なのだろうか…


「竜王様はセシラ様が僕達と行く事に反対はされないのですか?」

「無論、反対したい気持ちはあるが、使徒としての使命を鑑みれば、致し方ない事。 本当であれば我も共に行きたい所ではあるのだがな…」


 そう言ってセシラ様を羨ましそうに見る竜王様。


「父上、安心するのじゃ。 ちゃんと土産に〝ちょうみりょう〝とやらと、人族の料理というのをしっかり覚えてくるのじゃ」

「うむ、頼むぞセシラよ。 楽しみに待っておる」


 本来の目的を忘れている気がする… 使命は何処行った…


「これもまた運命。 セシラよ、外の世界で見聞を広めてくるがよい」

「父上! 許してくれて有難うなのじゃ!」


 そう言って竜王様に抱きつくセシラ様。

 何も知らない人が見ると、壮年の男性と裸の少女が抱き合う危ない絵図らだ。 警察が居れば確実に竜王様は逮捕されていただろう。


 こうして、僕達はセシラ様を人族の街へと案内する事が決まった。

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