第三十六話「気持ちの在り処」
◆
私は部屋を飛び出した後、お屋敷の屋根で月を眺めてパパやママ、ロゼに言われた事を考えて居た。
なんでパパとママは分かってくれないのかな…… おばあ様が治る手がかりがあるのに、見て見ぬふりなんて私には出来ないよ……
動けないおばあ様は、顔は笑って嬉しそうにしてたけど、とても悲しそうだった…… そんなおばあ様を救ってあげたいって思う事がいけない事なのかな……
ロゼは最後には協力してくれるって言ってたけど、パパとママと同じ感じだった…… 私が間違ってるのかな?…… 大切な人を救いたいって思う事が間違いなのかな?……
私の事心配してくれてるのは分かるけど…… 何もしないままなんて私にはできないよ……
私は膝に顔を埋めた。
「アイエル様……」
背後から、ロゼの優しい声が聞こえた。
私が振り返ると、ロゼは優しい笑顔でそこに立っていた。
「ロゼ……」
私が呟くと、ロゼは「お待たせしました…」と言って、胸に手を当てて礼をする。
そんなに畏まらなくても良いのにといつも思う。 言っても「私はアイエル様の執事ですから」と笑って態度を変えようとはしない。
とても落ち着いてて、大人にも負けないくらい本当に頼りになるすごい男の子。
私はさっきまで思っていた事を、ロゼに打ち明ける事した。
「ねぇ、ロゼ……
私がおばあ様を救いたいって思うのは、間違ってるのかな?
おばあ様を治せる手がかりがあるのに、何もしちゃいけないのかな?」
ロゼは私の質問に、無言で首を横に振る。
「いえ、アイエル様は間違ってなど居ませんよ。 大切な人を救いたいと思う気持ちは、本当に大切な事だと思います」
「でも、パパとママはダメだって……」
「カイサル様とアリシア様の言ってる事も、間違っては居ませんよ」
「はぇ…」
私は思わず変な声を上げてしまった。
「カイサル様やアリシア様は、イザベラ様よりもアイエル様の事が大切なんです。 勿論、イザベラ様のご病気の事は治したいと思って居られます。 でもそれを治すのに、アイエル様の身に何かあっては元も子もないですから… お二人はアイエル様の事を一番に心配して居られますのです。 分かってあげてください」
「それは分かってるけど… でも…
私とロゼなら心配しなくても大丈夫なのに…」
「アイエル様。 それは違いますよ…」
ロゼはいつにも増して真剣な眼差しで私の言葉を否定する。
「お二人がアイエル様の心配するのは当然の事です。
アイエル様は古代龍… 神伐級の魔物がどれほど強いかご存じですか?」
そう言われて、私は首を横に振る事しかできない。
だって戦った事もなければ、見たこともないんだもん。
「でも、スクウィッドオグルを倒せたんだもん、きっと大丈夫だよ」
私のその答えに、ロゼは首を横に振る。
「それではダメです……
アイエル様、世の中にはこんな言葉があります。
彼を知り、己を知れば百戦危うからず。 彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。 彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず危うし…
これはある偉い人の言葉です。 今のアイエル様の答えは、彼を知らずして己しか知らない状態です。 勝てるかもしれないし負けるかもしれない……
それで本当に大丈夫だと言い切れますか?」
ロゼは本当に色んな事を知ってる。 確かに私は自分の事しか知らない… 古代龍がどれだけ強いかも…
「そう… だね… 大丈夫かどうか分からない…」
「もし古代龍が僕達よりもはるかに強かったら、僕達は負けてしまいます。 もしかしたら命だって落とすかもしれない…
僕はアイエル様に無茶をして欲しくて魔術を教えたり、戦い方を教えたりした訳じゃないですよ。 アイエル様の身が少しでも安全な様に、自分の身は自分で護れる様にと思ったから、色々と教えた訳です。 危険な場所に行くのに、大丈夫だと言う保障はどこにもないんです…」
悲しそうな目で私を見たロゼは、そう言って私に釘を刺すと、話題を変える。
「さて、この話はここまでにしましょう…」
「ほへ?」
いきなり話題を変えられ、私はまた変な声をあげてしまった。
「アイエル様が自分の力の使い方を、ちゃんと分かって下さればそれで十分です。
それよりも、ちゃんとカイサル様とは話をつけて着ましたよ。 ちょっと怒られましたけどね」
そう言ってロゼは苦笑う。
やっぱりロゼは凄い。 私があれだけお願いしてもダメだって言われたのに、ロゼがお話するとパパも許してくれるなんて……
いったいどうやって説得したんだろう…
「パパは許してくれたの?」
「はい。 学院の入学試験に間に合う様に戻る事と、危険な事をさせない事を条件に了承を頂きました」
ロゼが私に約束させた条件の事だ…
「ほんと?」
「ええ…… ちゃんと路銀も頂きましたよ」
そう言ってロゼは袋を取り出すと、笑顔を浮かべる。
「さぁ、学院の入学試験まで時間がありません。 少し無理をしてでも早くダルダイル大峡谷へと向かいましょう」
「ありがとうロゼ!」
私は嬉しくなって、ついロゼに抱きついてしまった。
ロゼは優しく受け止めてくれると、私の頭をポンポンと撫でる。
ロゼに触られるとなんだか嬉しい。
「さぁ、アイエル様、
そう言うとロゼは、私のマントを持っていた大きな鞄から取り出すと私に掛けてくれる。
「ありがと、ロゼ……」
私はマントを羽織ると、ロゼに向き直った。
「ロゼ、行こっ!」
「ええ…… まずはグローリアの街を目指しましょう」
そう言うと、ロゼは鞄を背負った。 ちゃんと旅支度までしてるんだもん、ロゼは本当に優秀すぎるよ…
私はそんな事を思いながら「うん」とロゼに返事を返し、ロゼと一緒に浮遊魔術で浮き上がると、グローリアの街を目指して、夜の空へと舞い上がった。
必ずおばあ様の病気を治してみせる。 ロゼが協力してくれるんだもん、きっと何とかなる。 私はそう確信のようなモノをもって、ロゼの背中を見つめた。
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