第三十五話「説得」
◆
僕は服を着替え、旅の準備を整えるとアイエル様と供にカイサル様とアリシア様の居る客室へと訪れた。
―- コンコン ―-
扉をノックし、中に居るはずのカイサル様とアリシア様に言葉を掛ける。
「ロゼです。 お話があって参りました……」
中から「入れ」とカイサル様の言葉が聞こえ、僕とアイエル様は扉を開いて中へと入った。
アイエル様と一緒に現れた僕を見て、ソファーに腰掛けたカイサル様とアリシア様は、お互いに顔を見合わせる。
「で、話とはなんだ?」
「はい。 話があるのはアイエル様です。 僕はその付き添いですね…」
そう言って苦笑し、アイエル様に話しを促す。
「パパ…… ママ…… あのね……」
話し難そうに言葉を紡ぎ、アイエル様は本題を話す。
「私、古代龍に会いに行こうと思うの」
そのアイエル様の言葉に、カイサル様もアリシア様も目を点にして黙った。
「おばあ様の病気を治してあげたいの!」
「アイエル… 何を言い出したかと思えば、お義母様の事を気にしていたのか」
カイサル様はそう言って優しくアイエル様を見つめる。
アリシア様も優しく諭す様に、その言葉に続けて言う。
「アイエル、あなたの気持ちは嬉しいけど、古代龍なんてそうそう会えるものじゃないわ。 それに会えたとしても、相手は神伐級の魔物なのよ、危険だわ」
心配するアリシア様。 それでもアイエル様は必死に説明する。
「会えるかも知れない場所は知ってるの! 危ない事はしないから、だからお願い! 私を行かせて欲しいの!」
「どこまで行くつもりをしてるんだ?」
カイサル様はそう訪ねる。
「ダルダイル大峡谷……」
言い難そうにそう答えるアイエル様。
「アイエル、そこは何処か解っているのか?」
カイサル様にそう返され、アイエル様はコクリと真剣な眼差しで頷く。
「どれくらい遠いか、ロゼに教えてもらった。 それでも、やっぱり放っておけないの! おばあ様が病気で大変なのに、何もしてあげられないなんて嫌なの!」
「アイエル…」
必死に気持ちを伝えるアイエル様に、アリシア様はどう答えて良いか解らない見たいで、困った顔をしてカイサル様を見つめている。
「アイエル… ダルダイル大峡谷に行く事は許可できない」
「何で!」
アイエル様は声を荒げる。
「理由はある。 ダルダイル大峡谷は馬を走らせたとしても、一月や二月で行ける場所じゃない。 学院の入学試験に間に合うはずが無いからだ。 それから、世間を知らないアイエルにできる程、旅と言うのは生易しいものじゃない。 まだ子供のお前が大人の保護なく、外の世界の危険に対処できるとは思えない。 また誘拐されれば目も当てられないだろ」
「私も昔とは違うわ! いっぱい勉強して強くなったんだもの!」
「駄目なものは駄目だ!」
強い口調でそう言うカイサル様。
「それに、もしお前に何かあれば、お義母様が悲しむ。 アイエルは御婆様を悲しませたいのか?」
アイエル様はフルフルと首を横に振る。
そして真剣な眼差しでカイサル様を見つめ、はっきりと意思を示す。
「絶対におばあ様を悲しませたりなんかしない。 必ず古代龍の血を見つけておばあ様の病気を治してみせる……」
迷いのない、まっすぐな瞳でカイサル様を見つめ、そう言い切る。
珍しく折れない娘のその姿に、どうしたものかとカイサル様は考える。
「はぁ… アイエル。 お前のその気持ちは嬉しく思う。 だがな、ここは我慢してくれ。 アイエルは良い子だから解ってくれるね」
アイエル様はそう諭されても尚、首を横に振る。
「パパ… 私は今できる事を精一杯したいの…… ここでおばあ様を見捨てて、自分のできる事もせずになんて居られない。 後悔だけはしたくないの…
ダメ… かな?」
上目遣いで、そうカイサル様に訴えかける。
一瞬折れそうになるが、それでもカイサル様は「駄目だ」ときっぱりと言い放った。
「パパの馬鹿!」
アイエル様はそう言って目に涙を浮かべ、部屋を飛び出して行く。
「待ちなさいアイエル!」
カイサル様は思わず立ち上がって呼び止めるも、その言葉を無視してアイエル様は走り去ってしまった。
そして、力なくソファーに座りなおすと、ため息をついて僕に指示をする。
「はぁ…… ロゼ、すまないがアイエルを連れ戻して着てくれ」
その言葉に、僕は首を横に振る。
「カイサル様、アイエル様を信じて、古代龍に会いに行く事を許してもらえないでしょうか?」
カイサル様は机を強く叩き、声を荒げて怒る。
「ふざけるな! 馬鹿な事を言うもんじゃない! 自分が何を言っているか解っているのかロゼ!!」
「はい…… これもアイエル様の事を思えばこそです」
カイサル様は僕の言葉に耳を疑い「正気か!?」と確認すしてくる。
僕は迷う事無く考えを述べる。
「はい。 僕もさっき諌めましたが、アイエル様の意志は固いみたいでした。 自分ひとりででも古代龍に会いに行くと言われたくらいですから…」
そう言って苦笑する。
「ですので、僕はアイエル様の味方をする代わりに三つ条件を出しました」
「条件?」
カイサル様は怪訝な顔で聞き返す。
「はい。 一つ目は旅の間、僕の指示に従ってもらう事。
これはアイエル様の安全を護る為に、必要不可欠な条件だったので、最悪旅を途中で諦めさせる口実に使えると思い条件に出しました……
二つ目は、反対されたとしてもカイサル様とアリシア様には、この事をお伝える事です」
「それで、さっきの話に繋がる訳か……」
「はい。 このままだとアイエル様はお二人に黙って出て行きかねませんでしたので…」
カイサル様はそう説明され、苦い顔をする。
僕が間に入らなければ、知らぬ間に娘が古代龍に会いに飛び出して居たかもしれないのだ。
「そして三つ目は、必ず学院の入試には間に合う様に行動する事。
これは古代龍が見つからなくても、引き返す事を前提に話しました」
僕がそう説明すると、カイサル様は疑問に思った事を聞く。
「ロゼ、その前提だとダルダイル大峡谷まで辿り着けないのではないか? よくそれでアイエルが納得したな」
僕はカイサル様のその言葉を否定する。
「いえ、ダルダイル大峡谷までは辿り着けますよ。 忘れていらっしゃるかも知れないですが、僕とアイエル様なら浮遊魔術を使えるので、往復二週間もあれば十分に戻って来れます」
「そんなに早く行けるのか!?」
カイサル様は驚きの声をあげる。
僕は肯定し、話を続ける。
「はい。 全力で飛ばせば、ダルダイル大峡谷で二、三日は時間が作れるはずです」
「しかしだなロゼ、いくらお前が一緒だとしても、相手は神伐級の伝説の化け物だ。 そんな危険な場所に、アイエルを連れて行く事を許可できると思っているのか?」
「別に戦いに行く訳じゃないですよ。 それに神伐級ともなれば知性を持ち合わせているはずです。 交渉の余地はあると僕は考えています。 それに、もうアイエル様は止められませんよ」
「どう言う意味だ?」
「今ここで僕が力ずくで引きとめたとしても、今度は僕に相談も無く一人で本当に行ってしまうかも知れません。 それこそ危険はさらに大きくなります」
僕のその言葉に、カイサル様は返す言葉が見つからなかった。
力ずくで閉じ込めたとしても、アイエル様の実力なら自力で脱出してしまうだろう。 その考えに至り、カイサル様は大きな溜め息と共に、僕に指示をする。
「はぁ…… ロゼ…… お前の言いたい事は解った。 確かにロゼの言う通りだろう。 ここでアイエルを引き止めてもなんの解決にもならない。 問題を先送りにした所でアイエルの気持ちが変わらなければ、どうする事もできないだろう…
そこでだ…… お前の言う通りにしようと思う。
この件に関しては、全てロゼの判断に任せる。 必ずアイエルの護衛として共に行動し、入学試験には間に合わせる様に行動して連れ戻せ」
「畏まりました」
僕はそう言って胸に手を当てて敬礼する。
「信じているぞ…」
カイサル様はそう呟いて僕の目を見据えた。
「カイサル様のご期待に応えて見せます。 それで、一つお願いしたい事がございます」
カイサル様は疑問符を浮かべ、聞き返す。
「何だ? 言ってみろ」
「恐らく僕とアイエル様が帝都に入るのは、入学試験のギリギリになるかと思います。 カイサル様達は先に帝都に向かって下さい。 浮遊魔術でかならず追いつきますから」
「解った、その様にしよう。 ここで待って居ては、空を飛べない私たちは移動の足かせにしかならないだろうからな…」
「ありがとうございます。 それから、試験の前日までに僕達が戻らなかった場合、帝都の関所で案内人を誰かつけて欲しいのです。
僕は帝都までは地図を頭に叩き込んでいるので迷う事はないと思うのですが、帝都の中は詳しくありません。 ギリギリになった場合、そこで迷って致命的な状況になるのを避けたいのです」
「分かった、手配しておこう」
「勝手な事を言って申し訳ありません」
僕はそう言って深く頭を下げた。
そんな僕にアリシア様が優しく声を掛ける。
「ロゼ、謝らなくてもいいわ。
アイエルの事をよろしくお願いね、ロゼ…」
「はい。 この命に代えてもアイエル様は御護り致します」
「駄目よロゼ、あなたもちゃんと無事に戻って来なさい」
僕は苦笑し、「わかりました」と答えると二人に出発の挨拶をする。
「それでは僕はアイエル様を今から追って、そのままダルダイル大峡谷へと向かいます」
そう言って部屋を出て行こうとする僕を、カイサル様が「待て」と言って引きとめた。
「ロゼ、少ないかもしれないが、コレを持って行け」
そう言って麻の袋を投げ渡される。
僕はそれを慌てて両手で受け止めると中を確認する。
入っていたのはお金だった。
「旅の資金には心もとないが、無いよりはマシだろう」
「有難うございます」
僕はお礼を言うと、袋を懐に仕舞い込む。
「気をつけて行ってこい」
「はい!」
僕は返事を返すと部屋を飛び出し、急いでアイエル様の後を追った。
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