第三十四話「アイエルの決意」

 ◆


 シスタール家との顔会わせが終わったその後、僕達はそれぞれの部屋へと案内された。

 僕はノブレス様に、先の一件の事で気に入られてしまった見たいで、父様と同室ではなく、わざわざ個室まで用意して貰えた。

 流石に気が引けるので、父様と一緒でも良いと断ったのだが、部屋はあまっているから好きに使って良いと、豪華な部屋を割り当てられた。

 使用人である僕が、こんな豪華な部屋を用意されても、なんだか落ち着かないだけだったりする。

 ちなみに夕食までの間、僕はノブレス様に無詠唱魔術の事を根掘り葉掘りと聞かれ、なんだか久々に魔術の事で話が盛り上がった気がする。

 ノブレス様のマナを使って魔術を発動させた時は、それはもう目を見開いて驚かれ、「これは魔術界における革命だ!」と大層興奮していたくらいだ。

 僕は「そんな大げさなぁ…」と僕は苦笑いしていたが……


 そんな事もあり、夕食の席でノブレス様がカイサル様に、僕を引き抜きたいと打診する程、どうやら気に入られてしまった訳だが、その場にはアイエル様も居たので、「ロゼとっちゃヤダ!」の一言で、その話はうやむやになったのは言うまでもない。 やはり孫の力は偉大だ。


 夕食を終え、僕達は旅の疲れもあるだろうとその日は皆、ノブレス様の計らいで休養を取る事となった。

 皆それぞれ与えられた客室へと戻って行き、僕も用意された客室へと真っ直ぐに戻った。

 流石に馬車の中の空気を何とかしようと、神経をすり減らしていた事もあり、僕はベットへ横になると直ぐに睡魔に襲われ、抵抗する事なく眠りに落ちた。


 ◆


 それからどれくらい時間が経っただろうか、不意にアイエル様の囁き声が耳許で聞こえた。


「ロゼ…… 起きて……」


 僕は肩を揺さぶられて目を覚ますと、重い瞼を擦りながら何事かと思い、アイエル様に訊ねる。


「アイエル様、どうされたのですか? こんな夜更けに…」


 そう言いながら、眠たい頭を必死に起こす。

 アイエル様に限って、夜這いに来た… と言う事はまずないだろう… メラお姉ちゃんじゃあるまいし…

 僕のその問い掛けに、アイエル様は静かに説明する。


「あのねロゼ。 古代龍の血を取りに行きたいの」


 唐突に発せられたその言葉に、僕は思わず聞き返してしまう。


「古代龍の血を… ですか?」


 アイエル様は静かに頷く。

 僕はその事に対する問題点をアイエル様に確認する。


「アイエル様、簡単に取りに行くと言っても、何処に居るか解らない上に、本当に実在するかも解らないんですよ? その事は承知していらっしゃるのですか?」

「居るかも知れない場所なら、お昼間にランエルが教えてくれた」


 真剣な表情でそう答えるアイエル様。 やはりイザベラ様の病気の事が気になって居たのだろう。 そんな事をランエルさんに聞いて居たとは…

 アイエル様は僕の目を見つめ、真剣な表情で話を続ける。


「東の方に、ダルダイル大峡谷と言う場所があって、そこにドラゴンとか竜とかがいっぱい居るらしいの…

 そこならもしかしたら古代龍も居るかもしれないって……」

「それで今から行きたいと……」


 旅支度で目の前に居るアイエル様に僕はそう推測を述べると、アイエル様は僕と目を合わせたままコクリと頷いた。

 確かダルダイル大峡谷はグローリアの街よりも更に東、ガレイル王国とコルタス王国を越え、タルタスタ帝国の北東にあったはずだ。 書庫に在った世界地図に、神の傷跡と言われる長さ五百キロに渡る大峡谷。 神話の時代からある伝説の地として書かれていたのを覚えている。

 いくら僕達が飛行魔術を使えると言っても、簡単にいける場所ではない。

 僕はその事をアイエル様に話して聞かせる。


「アイエル様、ダルダイル大峡谷はココから遥か東の地です。

 いくら僕とアイエル様が飛行魔術を使えると言っても、向かうだけで一週間はかかってしまいます。

 往復で二週間。 学院の入学試験に間に合うとはとても思えません…」


 僕の説明に、アイエル様は「うぅ… でもぉ…」と言って納得できていないのか、納得しててもどうにかしたいのか、必死に考えて居る。


「それに、この話をすれば、必ずカイサル様とアリシア様は反対なさると思いますよ。 何せ相手は古代龍です、いくら僕とアイエル様でも神伐級の魔物の相手ができるとは思えません。 アイエル様の執事として、みすみすお嬢様を危険な場所に行かせられません」


 僕のその言葉を聞いても尚、アイエル様は引き下がらなかった。


「それでも…… おばあ様をあのままにしておけない…

 ロゼに反対されても…… 私は一人でだって行く」


 アイエル様は決意の篭った目で、僕にそうはっきりと告げる。

 これは折れそうにないな…… アイエル様を一人で行かせるなんて、専属執事として許容できるはずがない。 ここは怒られるのを覚悟でアイエル様に付き合うしかないか……

 僕は、真剣な顔でそう言うアイエル様に、ある条件をだす事で折れる事にする。


「解りました。 アイエル様がそうまで言われるので在れば止めはしません。 僕もアイエル様の専属執事として地の果てまでお付き合い致しましょう」

「ほんとっ?」

「はい…… ですが、三つ条件があります」


 アイエル様は「条件?」と言って首を傾げる。


「一つ目は旅の間、僕の指示に従ってもらう事」


 これはアイエル様を危険から護る為の最低限の条件だ。 神伐級の古代龍や他の危険から対処する為には、アイエル様が勝手な行動して僕の知らない所で危機的状況に陥らないとも限らない。

 アイエル様はその条件に無言で頷く。


「二つ目は、反対されたとしてもカイサル様とアリシア様には、この事をアイエル様がお伝える事。 お二人にアイエル様の覚悟を、ちゃんとお話になってください」


 僕のその二つ目の条件に、アイエル様は驚いて異議を唱える。


「そんな事したら、こっそり抜け出せなくなっちゃうよ!」

「お二人に黙って行く事は認められません。 心配して探されるでしょうし、色んな人に迷惑を掛けてしまいます。 勿論、僕はお二人と一緒になって、アイエル様を引き止めたりしませんし、僕も怒られたとしてもお二人の説得をするつもりです」

「でも絶対怒られる…」


 アイエル様は心配そうにそう呟く。


「怒られた時は、僕も一緒に怒られてあげます」


 僕は少しでも気が楽になるように、そう微笑んで安心させる。


「それに、説得に失敗してもアイエル様は浮遊魔術を使えるんです。 力技で飛び出せば良いだけです」

「むぅ……」


 アイエル様は険しい顔をして少し考えると、しぶしぶ条件を飲んだ。


「三つ目は、かならず学院の入試には間に合う様に行動する事。

 これは、古代龍が見つかって居なかったとしても、入試が近づけば入試に間に合う範囲で引き返し、試験は必ず受けて貰います。 つまり、捜索期間は試験が始まる二週間後まで。 僕がサポートして全力で飛行すればせば、現地で二・三日は捜索できるはずです…… 以上が僕がアイエル様に強力する条件です」


 アイエル様は、その条件にも頷く。


「分かった…… 約束する…

 だからお願いロゼ。 私に力を貸して!」


 はっきりとそう言ったアイエル様に、僕は家臣の礼で応える。


「畏まりました。 僕の全力を持ってアイエル様をお支え致します」


 アイエル様は僕に抱きつき、「ありがと、ロゼ……」と言って感謝の言葉をくれる。


「では、さっそくカイサル様とアリシア様の所へ参りましょうか…」


 アイエル様は緊張した面持ちで、その言葉に頷いた。

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