第三十三話「アリシアの帰郷 後編」


「それでは、失礼します」


 僕は一礼して、イザベラ様の側まで歩み寄る。

 皆の視線が集まる中、僕の事を良く知らないノブレス様がアリシア様に問う。


「アリシア、本当に大丈夫なのか?」

「父様、安心して大丈夫よ。 ロゼはこう見えても魔術の天才だから。 私もアイエルもこの子から魔術を教わったのよ」

「何?! この子だけでなくアイエルまで魔術が使えるのか?」


 驚くノブレス様にカイサル様は、補足で僕のこれまでの実績を言って聞かせる。


「お義父様、アリシアの言っている事は本当の事です。 ロゼは三歳の時に自力で魔術を初めて使い、その後常識を覆す方法を使い、ものすごい勢いで特級魔術まで習得して見せました。 そして、ロゼの方法で魔術を教わった娘もまた、今では特級魔術まで使えます」


 説明を聞いてノブレス様は口を開けて唖然とする。


「俄かに信じがたいな…」


 そんなノブレス様に、アイエル様は「ホントだよー」と軽く言うと、無詠唱で水の小鳥を飛ばして見せる。

 その水が生まれ、小鳥に形に変わって行く様はとても自然な動作で、ノブレス様もイザベラ様も目を見開いて驚いた。

 詠唱魔術ではまず不可能な速度で魔術を使う、しかも見たこともないオリジナル魔術なのだ。 驚かない方が可笑しい。


「ちなみに私も使えるわよ」


 驚く二人を見るのが楽しいのか、アリシア様は笑顔で自分もアイエル様と同じ魔術を無詠唱で発動させる。


「なんと言う事だ! 信じられん…」

「一緒にロゼに教えてもらったものねー」

「ねー」


 アリシア様とアイエル様は嬉しそうに笑顔でそう言い会う。

 そんなノブレス様に、カイサル様は安心して任せる様に言った。


「と言う訳です。 驚かれたかと思いますが、ここはロゼに任せて見て下さい」

「あの、カイサル様。 僕にもできる事とできない事はありますからね… あまり期待しないでくださいね」


 僕がそう言うと、カイサル様は「分かっているさ」と言って苦笑いした。


「では、ロゼ。 すまないが診てやってもらえるか?」


 ノブレス様にそう言われ、僕は「畏まりました」と了承すると、イザベラ様に向き直る。


「ではイザベラ様、容体を診ますので、少し体に触れさせて貰いますね」

「ええ、よろしくお願いするわ」


 僕は動けないイザベラ様に、一言断りを入れてから手を握る。

 マナを操作し、イザベラ様のマナに干渉しようとした時、すぐに違和感を覚えた。 何故かマナに干渉できなかったのだ…

 こんな事初めての出来事だ。 僕はその原因を探るべく、意識をイザベラ様のマナに集中する。

 僕の険しい表情を見て、心配になったのかアリシア様が「どう?」と言って確認してくる。


「今、イザベラ様のマナに干渉しようとしたのですが、何かに弾かれたみたいに干渉できませんでした。 こんな事初めてです。 今原因を探ってます。 暫くお待ちください…」


 僕はそう説明して、意識を集中する。

 マナの波長を変えたり、強引に干渉しようとマナを送り込んでみたりしたが、なかなか上手くいかなかった。

 ただ、一つ分かった事は、脳からの電気信号を疑似的に再現して体を動かそうと試みた時、電気信号が体内のマナに干渉され、筋肉に伝わらなかったのだ。

 このマナのジャミングと言えば良いのだろうか、その異常をなんとかできれば、治す事ができるかもしれない。

 僕はそう思い至り、干渉を拒否し続けるマナに、色々な方法でアプローチを試みる。

 マナの波長を調べて同期させて見たり、マナを自分のマナで包み込んで引っ張り出そうと試みたり、色々試してみたが、どれも上手くいかなかった。


「…… すみません… 色々と試してみたのですが、外部からのマナの干渉を一切受け付けなくて… これじゃ治療魔術が効かないのは当たり前です。

 原因は恐らくマナの異常で、常に外部からの干渉を遮断する、結界の様なものが張られてる状態と言えば良いのでしょうか……

 恐らくそれが脳からの電気信号まで遮断してしまって、体の筋肉が動かせなくなったのが原因だと思います」


 僕がそう説明すると、その場に居た全員の頭に疑問符が浮かんだ。

 あれ? なんか理解できてない?

 それを裏付ける様に、カイサル様が代表して質問してくる。


「ロゼ、すまないが言ってる意味が解らなかった…

 でんきしんごう? とは何だ? 脳がどうとか言って居たがどう言う意味だ? 出来れば分かる様に説明してくれ…」


 ですよねー 魔術の発達で医療が発達してないこの世界で、そこまで知られていないですよね……

 精々食べる部位としての認識しか無いから、筋肉が脳からの電気信号で動いてるとか、言っても理解できないですよね…

 さて、どう説明したものか…… 僕は頭を悩ませる。


「えっとですね、簡単に言うと、人が手を動かしたり身体を動かしたりする為に送っている意思みたいなものがあるんです。 それを体内のマナが邪魔して、動かせなくしてるんです」

「なるほど、その意思の事をでんきしんごうと言うのだな」

「明確には違うんですが、解りやすく言うと雷魔術を想像して見てください。 あの光の元が電気です。 その電気は人の身体にも微弱ながら流れてるんです」

「あの強力な魔術が人の中に流れている? もしそれが本当なら人は皆黒焦げになってしまうのではないか?」


 理屈のわからないカイサル様はそう疑問を呈する。


「いえ、電気には力の強弱があるんです。 より強い力を掛ければ人や魔物も殺せる強力な攻撃にもなりますし、逆に微弱な電気だと血行を良くしてくれたり、明かりに使ったりもできるんですよ」


 僕はそう言うと、微弱な電気を掌に発生させ、それで軽くカイサル様に触れてみる。


「これが電気の力です。 ビリビリするけど痛くもなんとも無いでしょ?」

「ああ… これがお前の言う電気と言う奴か…」


 僕はその電気を一定のリズムで流す。


「こうやって、細かな調整をする事で、信号として使えるんです」

「なるほど… それで電気信号と言ったのだな…」

「はい。 この微弱な電気が脳から全身に流れる事で、僕達は身体を動かす事ができるんです。 なので、威力を上げると体を麻痺させる事もできるし、失神させる事もできるんです」

「なるほど、ロゼはやっぱり博識だな。 どこでそんな知識を身につけたのやら…」


 カイサル様のその言葉に、前世ですとは言えず、僕は苦笑いを浮かべる。

 今の話の内容を理解できたのか、アリシア様が僕に質問する。


「ロゼ、つまりそのでんきしんごうが、マナによって阻害されてるから身体を動かす事ができない。 そう言う事かしら?」

「はい。 その通りです。 原因は解ったのですが、マナに干渉ができないので、どうする事も出来ませんでした… お役に立てず、申し訳ありません」


 僕はそう言って頭を下げた。

 それをノブレス様は慌ててやめさせる。


「ロゼよ、頭を上げてくれ。 原因が解っただけでも大したものだ… ロゼのその話からすると、命には別状ないのだろ?」

「はい。 脳からの信号を受け付けないだけで、体内の臓器は機能し続けてますから命の心配は在りません。

 それに、脳に近い部分は干渉を受けきっていない見たいなので、しゃべる事や食事等には問題ないでしょう。 栄養さえきちんと取れていれば大丈夫なはずです

 あとは、動かせない身体は定期的に動かして上げた方が良いくらいでしょうか」


 僕の言葉に、イザベラ様は感謝の言葉を口にする。


「ロゼくん、ありがとう。 あなたのお陰で少しは気が楽になったわ。 死ぬ心配もないと分かった事だし、あとは時間を掛けてでも治療に専念する事にするわ」

「イザベラ様、本当なら治して差し上げたかったのですが、力及ばず申し訳ありません……」


 そんな僕にアリシア様がその言葉を否定する。


「ロゼ、あなたは十分にやってくれたわ。 お医者様でも原因が解らなかった病の原因を突き止めたのよ。 もっと誇って良いわ」

「そうだよロゼ。 ロゼに治せないなら誰にも治せないと思うもん」


 そんなアリシア様とアイエル様の励ましに、僕は「ありがとう御座います」とお礼の言葉を返す。 何時か必ず治す手立てを見つけて見せる。 アイエル様とアリシア様やイザベラ様の笑顔の為に… そして、グローリア家やシスタール家の為に…… 僕の大切な家族を幸せにする為に全力を尽くす。

 僕はそう心に誓った。

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