第三十二話「アリシアの帰郷 前編」

 ◆


 馬車の準備が整い、アリシア様がメラお姉ちゃんを連れて、皆を呼びに戻ってきた。


「みんな、馬車の準備が整ったみたいよ。 カイサルとロゼはもう戻ってる?」


 そう言って扉を開けて部屋の中へ入ると、微妙な場の空気を感じ取ったのかアリシア様は皆に質問した。


「……何かあったの?」

「アリシア、今まで何処に行ってたんだ?」


 カイサル様は姿が見えなかったアリシア様に質問する。


「メラに呼ばれて、積み荷の最終確認をしてたのよ。 あなたが温泉に行ってしまったから仕方ないでしょ。

 それよりも何かあったの?」


 カイサル様は痛い所を突かれて一瞬口ごもり、アリシア様の質問に答える。


「どうやらクライスくんがアイエルを怒らせた見たいでね… 見ての通りさ」


 カイサル様はそう言って困った顔をする。

 そんな空気を気にすること無く、アイエル様は馬車の準備が出来たと聞いて、僕の手を引いて先に行こうとする。


「ロゼ、準備が出来た見たいだから早く行こ」

「え… ええ…」


 僕はどうしたら良いか分からずそう返事をし、アイエル様に連れていかれる様に部屋を出る。


「私もお供しますわ」


 ニーナ様はそれにそそくさと着いて行き、僕達はメラお姉ちゃんと共に、先に馬車へと向かった。

 残されたカイサル様は、クラシス様の肩を優しく叩き、馬車に向かう様に促した。


「クライスくん、我々も行こうか…」

「はい…」


 しょんぼりと肩を落とすクライス様に、カイサル様が忠告する。


「クライスくん。 相手の気持ちも考えないと、本当に嫌われてしまうぞ…

 家格は大事だが、それは君の魅力じゃない事を自覚した方が良い。 もっと自分を磨きなさい」

「はい…」


 クライス様は素直に頷き、カイサル様とアリシア様と共に、馬車へと向かった。


 ◆


 馬車は全部で五台に別れる事になった。

 僕達グローリア家の馬車は、紋章が入った馬車と荷馬車が一台。

 ウィリアム家の馬車は、紋章の入った馬車と、急遽手配した荷馬車が二台だ。

 グローリア家の紋章が入った馬車には、ニーナ様とクライス様の強い要望で、僕達と一緒に乗る事となった。

 席は、僕を中心に左隣にアイエル様が座り、右隣にニーナ様が座る。

僕の向かいにはカイサル様が座り、アイエル様の向かいにアリシア様が座る。

 クライス様はニーナ様の向かいに座られ、なんか微妙な距離感が生まれている…

 そして僕の後ろ、御者席には父様とメラお姉ちゃんが座って居る。

 グローリア家の荷馬車は、ディオールさんが直々に御者を務め、先頭を走らせる事になった。

 因みに、ウィリアム家の馬車には、ウィリアム家の使用人が分乗して乗り込んでいて、馬車の車列はランエルさん指示の元、兵士達が周りを固める。

 ランエルさん達護衛を含めると、総勢三十名弱の大所帯となった。

 流石にこれだけの数を相手にする盗賊は現れる訳もなく、シスタール領に着くまで、魔物が少し出たくらいで、特に問題は起こらなかった。

 強いて問題を挙げれば、アイエル様が終始クライス様を相手にせず、ニーナ様と僕を取り合って火花を散らせ、僕が必死に間を取り持つ事を繰り返していた位だろうか… 精神的に疲れた。

 前世で雪桜が教えてくれた、しりとりと言う遊びでなんとか間を持たせたが、なんか魔物と戦うよりも疲れた気がする…


 ◆


 それから数日の馬車での旅を続け、遂にシスタールの街が見えてきた。

 父様はその事をカイサル様に報告する。


「旦那様、シスタールの街が見えてきました」


 父様が御者席からカイサル様にそう報告する。

 いよいよアイエル様の祖父母と対面する時が近づいてきた。


「アイエル様、いよいよお祖父様とお婆様と初顔合わせですね」

「うん…」


 アイエル様も緊張しているのか、少し表情が硬い。


「アイエル、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。

 あなたは私の娘ですもの、きっと喜んで迎えてくれるわ」


 アリシア様もアイエル様の緊張を解そうと、そう言って微笑みかける。

 しばらくして、馬車はシスタールの街の門へと到着した。

 前もって兵を走らせて連絡していた為、門へと到着すると衛兵を含め、初老の執事に丁重に迎え入れられた。


「お待ちしておりました。 アリシア様… お元気そうでなによりです」


 初老の執事はそう言って、馬車を降りたアリシア様に挨拶をする。


「爺や久しぶりね」


 アリシア様はそう言って微笑み掛ける。


「カイサル様もご無沙汰しております」

「ああ、今日は世話になる。 紹介しよう。 娘のアイエルだ」


 アイエル様はアリシア様影に隠れ、様子を伺っている。

 相変わらず初対面の人には人見知りを全力発揮するな…


「ほら、アイエル。 ちゃんとご挨拶しなさい」


 アリシア様に促されて、恐る恐る挨拶するアイエル様。


「アイエルです…」

「アリシア様に良ぉ似ていらっしゃる。 旦那様と奥様もお喜びになりましょう。

 アイエル様、紹介が遅れました。 私めはシスタール家で、執事長を務めさせて頂いております、グレイスと申します。 アイエル様も是非、爺やとお呼び下さいまし」


 そう言って気さくに笑う。


「じぃや?」

「ええ、幼い頃のアリシア様を思い出しますのぉ…

 ささ、お屋敷で旦那様と奥様が、首を長くしてお待ちですよ」


 そう言ってグレイスさんは僕達を先導して屋敷へと案内してくれた。


 ◆


 屋敷に到着すると、グレイスさんの指示で護衛と使用人の面々は従者用の部屋へと案内され、グローリア家と従者の代表して僕と父様が同行し、客人としてウィリアム家の二人と、その従者としてディオールさんが代表して、シスタール家に挨拶をする事となった。

 屋敷の中を案内され、ある部屋へと僕達は連れてこられた。

 扉の前でグレイスさんはノックし、部屋の中の人物に要件を伝える。


「旦那様、奥様。 アリシア様と御一行をお連れ致しました」

「待って居たぞ、通せ」


 扉越しに威厳のある声でそう返答が聞こえ、グレイスさんは扉を開けて中へと誘導する。

 アリシア様を先頭に僕達は中へと入った。

 そこには、ベットで横たわる女性と、ベットの脇に腰掛ける豪華な服に身を固めた男性が座って居た。


「ただ今、父様、母様」


 アリシア様はそう言って二人に笑い掛ける。


「久しいな、アリシアよ。 それにカイサルも…」

「お義父様、お義母様、ご無沙汰してます」


 カイサル様は頭を下げる。


「二人共ごめんなさいね、こんな格好で…

 もう起き上がる事もままならないの…」


 そう言ってベットに横たわるアリシア様のお母様は、申し訳無さそうに笑う。

 アリシア様のお父様は、そんな妻の病状を説明する。


「医者にも見せたのだがな、治療魔術でも治療できない難病なんだ…

 筋力が低下する難病で、治療法が確立されてないらしい…

 アリシアには心配を掛けまいと思って黙って居たのだが、そのせいで会いに行けず申し訳なかった……」


 そう言って頭を下げるアリシア様のお父様。


「いえ、こちらこそ中々会いに来れず、夫として不甲斐ないばかりです…」


 カイサル様はそう言って頭を下げる。


「事情は承知している。 気に病む事は無い。

 それよりも早く孫を紹介してくれないか? お前たちが来ると知って楽しみにして居たのだ」


 そう言ってアリシア様のお父様は、嬉しそうに促す。


「ええ、そうでしたね…」

「父様、母様。 娘のアイエルよ。 ほらアイエル。 あなたのお祖父様とお婆様よ」


 アリシア様にそう言って紹介され、アイエル様はアリシア様の陰から「おじいさまと、おばあさま?」と確認を取る。

 そんなアイエル様にアリシア様は「ええ」と頷くと、自分の陰に隠れていたアイエル様を二人の方へと押しやる。


「ちゃんとご挨拶なさい」


 アリシア様に促され、アイエル様はカーテシーをして挨拶をする。


「アイエル・フォン・グローリアです」

「アリシアに似て可愛らしいの、これは将来楽しみだ…

 さぁおいでアイエル。 その可愛らしいお顔をお爺ちゃんに良く見せておくれ」


 そう言うと両手を差し出し、手招きをするアイエル様のお爺様。

 アイエル様はアリシア様の顔色を伺い、頷くのを確認すると恐る恐る歩み寄った。

 アイエル様のお爺様は、アイエル様を抱き寄せると優しく抱擁し、その顔を覗き込む。


「本当に愛らしい… 私は孫の顔を観れてとても嬉しく思うぞ。 よくぞ連れてきてくれた。 感謝する」


 そう言って笑顔で、アリシア様とカイサル様に感謝の意を伝える。


「あなた、私にも良く顔を見せて欲しいわ」

「ああ、すまないイザベラ…

 ほらアイエル、お婆ちゃんにも顔を見せておあげ」


 動く事のできないアイエル様のお婆様に、アイエル様は顔を覗かせる。


「まぁ、 ほんとうにアリシアに似て可愛いわ。

 動けないのが本当に勿体ない」


 そう言って残念そうに笑う。


「お婆様、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。 孫の顔を観れたんだもの、早く良くならないとね」


 そう言って心配するアイエル様に優しく微笑みかける。


「それはそうと、そちらの子供達は?」


 さっきから気になっていたのだろ。 アイエル様と同じくらいの子供が三人も居るのだ。 気にならない訳がない。

 アイエル様のお爺様はカイサル様に問う。


「紹介します。 眼帯の少年はロゼ。 バルトの息子で、今はアイエルの専属執事を任せています」


 そう紹介され、僕は胸に当てて頭を下げて自己紹介をする。


「お初にお目にかかれて光栄です。 ロゼ・セバスと申します。 不肖ながらアイエル様の執事を務めております」

「なかなか良く出来た息子を持ったじゃないか、バルト…

 バルトも久しいな、元気でやっていたか?」

「ハッ。 ご無沙汰しておりますノブレス様。 お陰様で何不自由なくカイサル様にお仕えできております」

「ハッハッハ、そうかそうか、しっかり支えてやってくれ」


 どうやら父様とは顔見知りの様だ。


「ロゼと言ったか、これからも孫をよろしく頼むぞ」

「力の及ぶ限り、精一杯お仕えさせて頂きます」


 僕はそう言って深く頭を下げた。


「あと、こちらはウィリアム侯爵家の嫡男と令嬢で、クライス様とニーナ様です。

 訳あって一緒に帝都に向かっております」


 カイサル様に紹介され、二人は自己紹介をする。


「クライス・フォン・ウィリアムです」「ニーナ・フォン・ウィリアムですわ」


 クライス様は胸に手を当てて貴族式の礼をし、ニーナ様はカーテシーをする。


「これはこれは、侯爵家のご子息の方でしたか…」

「申し訳ないですが、客人として迎え入れて貰えると助かります」

「分かった、手配しよう」


 カイサル様にそう返すと、扉の側に立つグレイスさんに指示をする。


「グレイス、部屋の手配を頼む」

「承知致しました、旦那様…」


 そう言うと一礼して部屋を出ていく。

 カイサル様はそれを見送るとお礼の言葉を告げる。


「お義父様、ありがとう御座います。 突然無理を言ってしまって…」

「気にするな」

「そしてこちらがお二人の騎士で保護者のディオール殿です」

「ディオールと申します。 お会いできて光栄です」


 カイサル様に紹介され、ディオールさんはそう言って騎士の礼を取る。


「これは失礼、自己紹介がまだでしたな。 私はシスタール家当主のノブレス・フォン・シスタールだ。 そして妻のイザベラだ。 お見苦しい所をお見せした」

「いえ、その様な事は…」


 ディオールさんは両手を振って否定する。

 一通り自己紹介と孫との対面が終わった所で、アリシア様が気になって居た事をノブレス様に訊ねた。


「それはそうと父様。 母様の病気は治らないのですか? 先ほど、治療魔術でも治療できないと言っておられましたが…」


 やはりアリシア様は、娘としては心配なのだろう。 ノブレス様にそう言って確認を取った。


「ああ、その通りだ。 医者の話では、治療には古代龍の血が必要らしい。 確かに龍の血は、万能薬として知られているが、いくら金があった所で手に入る代物じゃない… 他に方法がないか、医者に調べて貰って居る所なんだ」

「そう… なのですね…」


 アリシア様は落胆の色を見せる。

 確かに伝説上の生き物。古代龍の血は、全ての万病、呪い、傷を直す効果があると言われている。

 しかし、そんなの何処で手に入れるのだと言う話だ。

 この世界の怪我や病気はだいたい魔術で治療ができるが、それでも治療できない病気は確かに存在している。

 これは書庫で得た知識だが、そう言った場合なんらかの薬が必要になる事がほとんどなのだ。

 今それを医者に調べて貰っているという事は、本当に治す手立てがないのだろう…

 あと、考えられる可能性としては、呪いの類。 症状は病気と類似する事が多く、その場合は薬でも治せない。

 呪いの類であれば、術者を倒すか、それ以上の力で呪いを打消すしかない。

 そんな空気の中、アイエル様は提案した。


「ねーねーママ。 ロゼなら治せないかな?」


 ちょっとアイエル様、何言ってくれてるのかな? いくら僕でもできる事と出来ない事くらいありますよ…

 しかし、そんな僕の思いとは裏腹に、アリシア様もカイサル様も、そして父様まで「その手があったか!」と感心している。

 いやいや、いったい僕をなんだと思ってるんだ…


「そうね… もしかしたらロゼなら何とかしてくれるかも知れないわね」


 そう言って皆の視線が僕に集まる。

 ちょっと待って、なにこの状況… 確かにイザベラ様の病気はなんとかしてあげたいけど…

 僕は苦笑いを浮かべて皆に言う。


「なんか、とてつもなく期待されてますけど、僕は医者でもなんでも無いですからね… 僕にだって出来る事と出来ない事くらいあります」

「それでも、ロゼなら…って思ってしまうのよね… ねぇロゼ。 ダメ元で診てくれないかしら?」


 アリシア様にそう頼まれ、僕はしぶしぶ頷いた。




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