第三十一話「裸の付き合い」
◆
会食の翌日、父様とメラお姉ちゃんを筆頭に、ランエルさん他護衛の兵士は、レザリアの街出るべく、ウィリアム家の家臣と護衛と共に、宿の外で出立の準備に追われていた。
僕とアイエル様は人目を避ける為、宿の迎賓室でカイサル様とアリシア様、そしてクライス様とニーナ様と共に、出立の準備が整うまでの間、待機する事になった。
「僕達のせいですみません。 本当ならレザリアを観光できたはずなのにこんな事になってしまって…」
僕がそう謝ると、カイサル様は笑って許す。
「なに、気にする事はない。
それよりも、出立の準備が整うまでの間に、もうひと風呂行きたい所だな。 どうだロゼ、せっかくだから付き合え」
カイサル様はそう言って立ち上がる。
この人、どんだけ温泉好きなんだ… 昨日も会食の後、二回は温泉に入って、朝も入ってたはずだ…
「分かりました。 お供致します」
流石にご主人様の申し出を断れるはずもない。
僕がそう答えると、話を聞き付けたアイエル様が自分も一緒に入るとカイサル様に言う。
「パパ、私も一緒に行く!」
「すまないがアイエル、パパはロゼと二人っきりで話したいんだ。 今日の所は大人しく待っててくれるかい?」
カイサル様にそう言われ、しぶしぶ頷くアイエル様。
何だろう、カイサル様が僕に話したい事って…
「アリシア、後の事は頼むぞ」
「ええ、あまり長湯しないでね」
アリシア様はそう言って微笑む。
カイサル様と僕は二人、温泉へと向かった。
◆
二度目となる温泉に、カイサル様と肩を並べて湯に浸かる。
カイサル様の鍛え抜かれた鋼の体は、若々しく水を弾く。
朝の時間帯で、他の客も居らず、温泉は貸し切り状態だ。
今回は、メラお姉ちゃんやアイエル様の乱入の心配もない。
「ロゼ、すまんな付き合わせて…」
「いえ… でもカイサル様がここまで温泉が好きだとは思いませんでした」
「ハッハ、温泉は心身共に癒される。 出来る事なら屋敷にも造りたい位だ」
「そうすると、カイサル様の仕事に支障が出そうですね」
僕はそう冗談っぽく言って笑う。
「ハッハ、違いない… バルトあたりに怒られそうだ」
カイサル様もそう言って苦笑する。
「とことでロゼ、お前に一つ聞きたい事がある」
「何でしょうか?」
「お前はアイエルの事をどう思っている?」
カイサル様のその質問に、僕は疑問符を浮かべる。
「どう… と申されましても、護るべき大切なお嬢様だとしか…」
「そう言う事を聞きたいんじゃない。 お前がアイエルの事も、グローリア家の事も大切に思っているのは理解している。
私が聞きたいのは、アイエルの事を好きかどうかだ」
カイサル様の質問の意図が見えない… 僕は素直に答える。
「もちろん好きですよ。 アイエル様もカイサル様もアリシア様も、グローリア家の皆大好きです」
「はぁ… そう言う事では無いんだが… ロゼなら分かると思ったが、時期尚早だったか…」
「どう言う事ですか?」
僕は理解できず、カイサル様に聞き返す。
「私が言いたいのは、アイエルと将来結婚したいかと言う事だ」
「けっ、結婚!?」
僕は思わず声を上げてしまった。 まさか執事の息子である僕が、子爵令嬢であるアイエル様と結婚なんて、考えた事もない。
身分が違いすぎるし、その話をカイサル様の口から聞くとは思わなかった。
「めめめ、滅相もありません! そんな畏れ多い事!
僕は執事の息子です。 家格が違いすぎますし、許される事でない事くらい理解しております」
「フッ… やはりロゼは聡明だな。 しっかりと自分の立場も弁えている」
「いえ、執事の家系として、当然の事です。
しかし、何故そんな質問を僕に?」
「ロゼは気付いてないかも知れないが、アイエルはお前に憧れ、好いている。 アイエル自信自覚していないだろうが、行動を見ていれば嫌でも分かる」
「親の勘と言う事でしょうか?」
「そう思って貰って構わん。
何れアイエルも成長すれば、その気持ちを自覚する時が来るだろう。 親としては寂しい限りだがな…」
そう言いながらその時を想像したのか、カイサル様は寂しそうに笑う。
「ロゼに一つ確認させてくれ。 もしアイエルがお前と結婚したいと言い出した時、お前はどうしたい?」
その質問に、僕は言葉を詰まらせた。
正直、今までそんな事考えた事もなかった。 だいたいこの歳で色恋沙汰なんて、普通考えないだろう。 精々人として好きか嫌いかくらいで、気持ちなんて月日が経てば代わり行くものだと思うし、今がもしそうだったとしても、未来ではどうなってるかなんて分かるはずもない。
黙って待つカイサル様に、僕は正直な気持ちを伝える。
「僕は… 正直今は分かりません…
今、カイサル様からその話を聞いて、寝耳に水と言うか…
今までずっとお仕えし、御護りする大切なお嬢様として接してきました。 それを誇りに思ってますし、将来もしその時が来たとしても、その時にならないと答えなんて出ないと思ってます」
僕の言葉から、何かを感じ取ったのか、カイサル様は僕の頭を優しくポンポンと叩く。
「そうか… 野暮な質問だったな…
だがお前の正直な気持ちが聞けて良かったよ」
「答えにならなくてすみません…」
「いや、気にするな… だが一つだけ言わせてくれ。
私はお前の事を出来の良い息子だと思っている。 何か困った事があれば遠慮なく頼って欲しい」
カイサル様はそう言って優しく微笑む。
「では、僕とアイエル様は兄妹みたいなものですね」
そう冗談っぽく言って僕が笑うと、カイサル様も笑って返した。
◆
それから僕とカイサル様は温泉から上がり、服を着ると迎賓室へと戻った。
そして、アイエル様の目の前で気絶して泡を噴くクライス様の姿を見た。
「一体何があったんだ…」
僕は思わず呟いてしまった。
僕とカイサル様が、戻って来た事に気がついたアイエル様は、開口一番、目に涙を浮かべて僕に抱き付いてきた。
「ろぉじぇえぇ」
「あの… アイエル様、どうされたんですか?」
僕は泣くアイエル様を優しく撫で、事情を聞く。
カイサル様も状況が呑み込めず、アイエル様の言葉を待つ。
「あのね、あのね、クライスが酷い事言うのっ」
「酷い事… ですか?」
アイエル様はコクリと頷く。
「うん、馬車では使用人と一緒に乗るものじゃないから、ロゼとじゃなく自分と一緒に乗ろうだとか、ロゼよりも財産のある自分と一緒の方が幸せだとか…
ロゼは従者だから放っておけば良いとか、ロゼよりも侯爵家の息子を優先するのが当然だとか、本当に酷い事ばかり言うの!」
あぁ… アイエル様と二人っきりになりたくて、色々気を引こうとしたんだな…
「それで思わず魔術を?」
アイエル様は「うん…」と頷く。
それにニーナ様も賛同する。
「今回はお兄様を庇いきれませんわ。 命の恩人のロゼ様を、他の従者と同列に扱うんですもの… 自業自得ですわ」
気絶するクライス様を、哀れみの視線で見つめるニーナ様。
クライス様の状況を見るに、雷魔術で気絶させた見たいだ。 ちゃんと死なない程度に制御しているあたり、アイエル様の魔術の腕は、僕の想像以上に上達してるのが見て取れる。
「僕の為に怒って下さって、有り難う御座いますアイエル様。
それに、ちゃんとマナを制御して、気絶に留めるなんて、アイエル様も腕をあげましたね」
僕は取り敢えずそう言って頭を撫で、アイエル様を褒める。
アイエル様は「えへへ…」と気持ち良さそうに目を細めて、されるがまま嬉しそうだ。
「ずるいですわ! 私も撫でて欲しいです!」
何を言ってるんだこの
「おいロゼ、じゃれるのもその辺にして、クライスを何とかしてやれ」
カイサル様は放置されるクライス様を哀れんだ目で見て、僕に治してやる様に促す。
「そうですね、気を失ってるだけみたいなので、もう一度雷魔術でショックを与えれば起きるとは思います」
「ロゼ… もう少しソフトに起こしてやれないのか?」
カイサル様はそう言って苦笑う。 そこに挙手したのはアイエル様だ。
「ねーねー、私がやっていい?」
どうやらアイエル様はトドメを刺す気の様だ。
まぁ、冗談はさておき、珍しくアイエル様は御立腹のご様子。 加減を間違えない事を祈りたい。
カイサル様も、アイエル様の初めて怒る様子に、戸惑いの色を隠せない様で、何も言わず成り行きを見守っている。
と言うより、変に割って入って矛先が向くのを恐れたのかもしれない。
なので僕は変わりにアイエル様に苦笑いしながら答える。
「ええ、構いませんが殺してはダメですよ」
「任せて!」
不安しか無い… が仕方ない…
アイエル様は徐に水球を生成し、その水の中に氷を生成して水を冷やすと、クライス様に頭から被せる。
クライス様は冷たい水に驚いて飛び起き、気管に水が入ったのか、
「ゲフォッ ゲフォッ… 一体なにが…」
アイエル様はそんなクライス様の頭上に、さらに水球を生成すると、今度は加熱して熱湯にする。
覚醒したばかりで、状況の理解できてないクライス様を睨みつけ、アイエル様は怒った口調でクライス様に謝罪を求める。
「クライス、ロゼに謝って…」
煮えたぎる熱湯の玉を見上げ、クライス様はなにやらアイエル様が怒っている事だけは理解し、オロオロとどうして良いか分からず助けを求めて視線をさまよわせた。
それに答えたのはニーナ様だった。
「お兄様、さっきのはお兄様が悪いですわ
ちゃんとロゼ様とアイエル様に謝った方が良いですわよ」
クライス様は状況が理解できないままだが、アイエル様とニーナ様が怒っている事だけは理解し、なにがなんだか分からないけどその場は謝る事を選択する。
「す… すまない…」
「今度ロゼの事悪く言ったら許さない」
アイエル様はそう言うと、熱湯を拡散させ、魔術を解除する。
怒ったアイエル様を見るのは初めてかもしれないな… 怒った顔も可愛かったけど…
僕はずぶ濡れのクライス様に近づくと、マナを操作してクライス様から水気を一気に飛ばし、服と髪も乾かしてあげる。
「す… すまない… 礼を言う」
クライス様はそう言うと、どうやってアイエル様の機嫌を直そうかと思案するが、何も浮かばない。
むしろ、何で怒ってるのか理解できて居ない様子だった。
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