第三十話「似たもの兄妹」
◆
会食は終始、僕とアイエル様の話で持ち切りだった。
ウィリアム家の護衛魔導師でも、あんな魔術見たこと無いだとか、僕が使ったあの光を放つ武器は何だとか、終始話題が絶えなかった。
「あの… ロゼ様達はどうして帝都に向かわれてるのです?」
それでもある程度話が進むにつれ、話のネタが尽きたのか、不意にニーナ様がそんな事を訊ねてきた。
「学院の試験を受ける為ですね。 僕とアイエル様は今年入学の年なので…」
「まぁ! それでは私と、同い年なんですわね」
嬉しそうに手を合わせ、喜ぶニーナ様。
クライス様は僕の言葉に、僕達が自分の後輩になると知って喜んだ。
「そうか、では君達は私の後輩になるのだな。
学院の事で、分からない事があれば遠慮なく聞いてくれ」
そう言って、自分の胸を叩いて胸を張る。
僕は学院の先輩になるかもしれないクライス様に、頭を下げた。
「その時は是非、アイエル様共々宜しくお願いします」
「うむ、任せたまえ」
クライス様は、学院でもアイエル様との繋がりが持てて、上機嫌の様だ。
そして、不意に何かを思い出した様に言葉を続ける。
「ああ、そうだ。 学院で噂になってたんだが、どうやら今年は勇者が学院に入学するって噂があるんだ。 二人は何か知ってたりするか?」
「勇者… ですか?」
僕は疑問符を浮かべ、アイエル様とニーナ様に視線を送る。
二人も初耳らしく「勇者?」と、首を傾げている。
「カイサル様は何かご存じですか?」
僕は視線をカイサル様に移し、聞いてみる。
「いや、私も初耳だな。 聖シュトレーゼ皇国に、伝説の勇者の剣が眠って居ると言う噂を聞いた事はあるが、グローリア領は聖シュトレーゼ皇国とは反対側の辺境地だからな… 勇者が誕生したと言う噂が伝わるまで、時間が掛かっても仕方がない」
「ねーねー、パパ。 勇者っておとぎ話に出てくる人だよね?」
アイエル様はカイサル様にそう確認した。
「ああ、そうだよアイエル。
言い伝えでは、神の剣が選び、勇者が誕生した時、世界に魔物の王が誕生するとも言われている。 本当に勇者が誕生したのなら、世界の危機が訪れるかも知れないな」
カイサル様はそう言っていたずらっぽく笑う。
「あの、カイサル様。 これは学院で広まっている噂なんですが、聖シュトレーゼ皇国から留学する勇者はまだ幼く、来る魔物の王の襲来に備えての訓練と、お供を探す目的で学院に通われるのではないかと言われてるんです。 その話からすると、噂は事実と言う事でしょうか?」
クライス様はカイサル様の話を聞いて、あながち噂が真実ではないかと思い、カイサル様の意見を求めた。
「それは何とも言えんな。 聖シュトレーゼ皇国で、勇者の剣の事を知っている誰かが流したデマかもしれないし、事実かもしれない。 何れにしても、学院で確認すれば分かる事だ」
「それもそうですね…」
クライス様はカイサル様にそう言われ納得する。
アイエル様はそんな勇者に興味を持ったのか、楽しげに話し掛けてくる。
「ねーねーロゼ。 勇者って強いのかな?」
「話を聞く限り、魔物の王に対抗する為に神剣に選ばれる見たいなので、きっと強いはずですよ」
僕は無難に答える。 しかし僕達の実力を目の当たりにして居たニーナ様は、茶化す様に言う。
「Sランクの魔物をあっさり倒せるロゼ様は、実は勇者様だったりして」
そんなニーナ様に食って掛かったのはクライス様だ。
「ニーナよ何を言う、あの魔物を倒したのはアイエル嬢だぞ」
「お兄様こそ何を仰りますの? 私を海から救い出し、不意を突いた魔物の攻撃から、船の皆を護って下さったのですわよ。 それに魔物の足を奪って動けなくしたのはロゼ様ですわ」
「だが、最後のトドメを刺したのはアイエル嬢だ。 勇者に相応しい見事な魔術だったじゃないか」
「いいえ! ロゼ様の方が勇者様の様でしたわ!」
僕とアイエル様、どっちが勇者に相応しいかで、勝手に言い争いを始めるクライス様とニーナ様。
「まぁまぁ、お二人共落ち着いて下さい。
僕はただの執事ですし、アイエル様もただのお嬢様ですよ。 勇者でもなんでもないです」
僕はそんな二人を宥める。 アイエル様も「うんうん」と頷いて同意している。
そんな僕達のやり取りを見ていたカイサル様は、笑って話に加わった。
「ハッハッ。 ロゼもアイエルも、もしかしたら勇者になれるかも知れないな」
「やめて下さいよカイサル様。 僕はグローリア家の執事で十分です。 勇者とか言われてもお断りしますよ」
「ハッハッ。 嬉しい事を言ってくれるじゃないかロゼ」
「執事として当然です」
僕は言って苦笑う。
カイサル様はある程度話も落ち着いたと思ったのか、今後の事に話題を変える。
「さて、そろそろ本題に入るとするか…」
カイサル様はそう言うと、皆に今後の方針を皆に話して聞かせる。
「ロゼ、アイエル。 今二人がこの街で噂になっているのは、先の話で理解しているな」
「「はい」」
僕とアイエル様は頷く。
「もし、街の人に知られれば、騒ぎが大きくなり兼ねない。 そこで明日、少し早いが帝都に向けて出立しようと思っている」
「明日… ですか?」
「ああ、本当はゆっくりして行きたかったのだが、この状況では仕方あるまい」
「申し訳ありません…」
僕はカイサル様に謝る。
「謝る必要はない、何れアイエルとロゼの力は知られる事になるんだ。 ただそれが早いか遅いかの違いだけでな」
そう言ってカイサル様は苦笑う。 それからディオールさんに向き直ると言葉を続ける。
「それを踏まえてディオール殿にお願いがある」
「助けて頂いた御恩に報いる事ができるなら、何なりと…」
そう言ってディオールさんはカイサル様の言葉を待つ。
「明日、ロゼとアイエルは、馬車の中で姿を隠し、民衆の目に触れさせずに街から出そうと思っている。
民衆の目に触れなければ、この騒ぎからも逃れる事もできるだろう。 しかし、ロゼが居なければ御者を務めれる者が、バルトしか居ないのが問題なのだ。 そこで、ディオール殿には御者を一人手配してもらいたい。 街を出るまでで構わない… お願いできるか?」
ディオールさんはカイサル様にそう言われ、一考するとある提案を持ち出した。
「カイサル様、一つ提案があります」
「何かね?」
「カイサル様達は帝都まで向かわれるのですよね?」
「ああ…」
「それでしたら、我々と共に帝都に向かいませんか?」
「そこまでして貰う訳にはいかん。 私達は途中、妻の実家に顔を見せに行かねばならん。 それに付き合わせられない」
カイサル様がそう言って断りを入れると、ディオールさんはウィリアム家側の事情を説明する。
「いえ、寧ろ同行をお願いしたいのは、私共の方なのです。
先の魔物の襲来で、私共の船が破損し、修理しなければとても帝都まで戻れないのです。
本当は旅行でこの街に訪れたのですが、船が無い状況で旅行を続ければ、お嬢様の入学試験に間に合わない。 幸い、この街に留め置いていた馬車が一台あり、陸路で帰る事も可能なのですが、私共だけで陸路を行くよりも、英雄カイサル様に同行する方がより安全だと思ったのです」
「つまり、一緒に行動する事で護衛が増え、リスクも減ると言う事か…」
「はい… 勿論、戦力的に私共の方が護られる側になると思いますので、護衛代金は支払わせて頂きます。 ご了承願えないでしょうか?」
ディオールさんの言葉に、カイサル様は一考する。
「なるほど… そちらの事情は理解した。
こちらの都合に合わせて貰えるなら、私達としても断る理由はない。 寧ろ感謝したい位だ」
「有り難う御座います。護衛代金は如何ほどでしょうか?」
「代金など要らんよ。 私やロゼが出なければ対処できない大物など、そうそう現れるとは思えん。 寧ろ護衛が増えて楽ができると言うもの」
そう言ってカイサル様は笑う。
「お心遣い感謝致します」
ディオールさんは深々と頭を下げた。
その話を静かに聞いていたニーナ様とクライス様は、僕達と一緒に旅が出来ると知って、喜びの声を上げる。
「ロゼ様とこれからもご一緒出来ますのね! 嬉しいですわ!」
「アイエル嬢と一緒出来るのか。 これは光栄だな」
似た者兄妹とはこの事か… 二人共息ピッタリで似た様な事を言う。 僕は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
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