第二十九話「会食」

 ◆


 不慮の事故とは言え、護衛隊長さんをそのままにはしておけず、僕達は一旦服に着替えて脱衣所で隊長さんを介抱していた。

 僕はマナを操作して治療魔術を施し、とりあえず額の傷は癒えたので、あとは目を覚ますのを待つだけだ。

 カイサル様には、この護衛隊長さんが昼間助けた船の護衛だと言う事は伝えている。 ここで会ったのも何かの縁、とりあえず軽く口止めをしようと言う流れになった。

 護衛隊長さんが目覚めるまでの間、メラお姉ちゃんはこってりとカイサル様に叱られたのは言うまでもない。

 少しして、護衛隊長さんが目を覚ます。


「…私は一体…」


 頭を押さえ、必死に状況を把握する。

 カイサル様はそんな彼に事情を説明する。


「すまない。 私の従者が粗相をしてな、そなたに怪我をさせたしまったのだ。

 怪我は治療魔術で癒したから安心してほしい」

「えっと… あなた様は?」

「私はカイサル・フォン・グローリア。 帝都に向かう途中、観光でこの宿に泊まっている者だ」

「カイサル… グローリア…

 はっ! あなた様が英雄カイサル様ですか!」

「いかにも… 英雄と呼ばれる程ではない。 ただのカイサルで頼む」

「いえ! 我々騎士にとっては神にも等しいお方。 その様に馴れ馴れしくお呼びできません」


 カイサル様はその護衛隊長に苦笑いを浮かべる。


「申し遅れました。 私はウィリアム侯爵家に仕える騎士で、ディオールと申します。 今は嫡男のクライス様とニーナお嬢様の護衛隊長として、お二人に同行しております」

「ディオール殿、そんなに畏まらないで頂きたい。 それよりも、先の風呂場での一件、誠に申し訳なかった」


 そう言って頭を下げるカイサル様。


「いえ、知らぬ事とは言え、お楽しみの所お邪魔してしまった見たいで、こちらこそ申し訳ありませんでした」


 ディオールさんの言葉に、カイサル様の顔が引きつるのが分かる。


「それよりも実は私ども、そこのお嬢様とお坊ちゃんに昼間、窮地の所を救って頂きまして… まさかこんな所でまたお会いできるとは思わず、取り乱してしまいました。 ここで会えたのも何かの縁。 是非お礼をさせて頂きたいのです」


 そう言ってディオールさんは深々と頭を下げる。


「いや、頭を上げて下され、ディオール殿。

 二人からは大体の事情は聞いている。 実はその件で貴殿にお願いしたい事があるのだが… それでお礼として貰う事はできないだろうか?」

「と、申されますと?」

「貴殿も二人の実力を目の当たりにしたのであろう?」

「ええ、我々が手も足も出なかった魔物を、あっさりと倒されましたから… 後になって英雄の御子息だと知った時には流石だと思いました」


 これはアイエル様が名乗った時の事を言っているのだろう。

 カイサル様は彼のその思い込みを利用して、説明を続ける。


「そう、この子達はちょっと特殊でね… 出来れば今回の一件は内密にして貰いたいのだ」

「何故ですか? 彼等程の実力があれば、帝国のとってこれ以上無い程喜ばしい事では?」

「それを踏まえてのお願いだ。

 いくら実力があっても、二人はまだまだ子供だ。 学院を卒業するまでは、大人の事情に捲き込みたくない。 これは親のエゴだとでも思って貰って構わない」


 カイサル様はディオールさんにそう言って説明する。

 ディオールさんはその言葉に思うところがあったのだろう、一考すると言葉を紡ぐ。


「分かりました。 この件に関しては出来る限り内密にする様に致します」

「すまない。 助かる」

「しかし、もう手遅れなところもあります。

 流石にこの街を騒がせていた、英伐級の魔物が討伐された訳ですから、今街ではこの噂で持ちきりです。 しかも討伐したのが、年端も行かない少年少女だと言う事もすでに噂になっています」

「もしかして、二人の事を話したのか?」

「すみません。 名前だけですが、一部の人には伝わってます。  なにせアイエル様は、あまりにも目だってましたので、皆その名前を覚えてて、グローリア家の者である事までは広まっては居ないとは思いますが…」

「で、ロゼの方は?」

「彼の名前は、アイエル様の印象が強すぎたみたいで、眼帯の少年でホゼだとかハゼだとか、名前を今一覚えられていないみたいでした」


 無いわー 人を魚みたいに呼ぶとか…

 僕はその言葉に少し傷付く。 いや、アイエル様より目立たない様に心掛けていたので、その試みは成功したとは言えるが…


「そうか… あまりこの街に留まるのも考えものかも知れんな…」


 カイサル様はそう言って、少し残念そうな顔をする。

 もっと温泉でゆっくりしたかったんですね… 分かります。


「我々も命を助けて頂いたご恩があります。 出来る限り協力させて頂きます」


 ◆


 その後、僕達はディオールさんの強い要望で、ウィリアム侯爵家の二人との会食に拓かれる事となった。

 内容としては感謝の意と、今後の協力について相談がメインとなる予定だ。

 宿の特別室を貸し切り、今回の主賓であるアイエル様と僕を挟み、アイエル様の隣にカイサル様とアリシア様が座り、僕の隣には父様が座った。

 テーブルを挟んで向かいには、ウィリアム侯爵家のクライス様とニーナ様が座り、その隣にディオールさんが座る。

 他のウィリアム家の使用人は側に控え、静かに待機していた。


「この度は、私共の船と命を救って頂き、誠に感謝致します

 今日は存分に会食を楽しんで頂ければと思います」

「こちらこそ、我々までお招きに預り、恐縮です」

「いえいえ、かの帝国の英雄と食事を共に出来るのです。こんな幸せな事は御座いません。

 それよりも、先ずはお二人を紹介させて頂きます」


 そう言うとディオールさんは、二人の紹介に入る。


「こちらがウィリアム侯爵家の嫡男、クライス様です」

「く… クライス・フォン・ウィリアムです。 お会いできて、こ… 光栄です」


 クライス様はその場で立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。


「まさか帝国の英雄に、お会いできるとは思っておりませんでした」

「固くならなくても良い。 普通に接してくれ」

「恐縮です」


 続いてディオールは隣の少女を紹介する。


「そしてこちらが、ウィリアム侯爵家の御息女、ニーナお嬢様です」

「ニーナ・フォン・ウィリアムですわ。

 あの時はは気が動転してて、ちゃんとご挨拶ができず申し訳ありませんでしたわ」


 そう言って僕達に、綺麗なカーテシーをするニーナ様。

 その後、僕に向き直ると頬を染めて嬉しそうに言葉を続ける。


「ロゼ様、またお会い出来て嬉しいですわ」


 そのニーナ様の様子を見て、カイサル様と父様の冷たい視線が僕に突き刺さる。

 アイエル様は僕の腕に引っ付き、頬を膨らませ、ニーナ様を可愛らしく睨み付けている。

 アイエル様とニーナ様の間に火花が散ってる気がするが、気にしたら負けだ。


「それでは私共の方も自己紹介と行こうか。

 と言っても、私の事は紹介の必要も無さそうだが、私がカイサル・フォン・グローリアだ。 そして妻のアリシアだ」

「アリシアよ。 宜しくお願いしますね」


 アリシア様は微笑んで軽く挨拶をする。


「そして自己紹介は済ませてるかもしれないが、娘のアイエルだ」

「はい。 お二人には船の上で自己紹介を済ませました。 アイエル様はアリシア様に良く似て、とてもお美しい… 初めて目にした時、女神が舞い降りたのかと思った程です」


 クライスはそう言ってアイエル様を褒め称える。


「ハッハッ、そうだろう、そうだろう。

 アイエルは本当に天使の様に可愛いからな。 クライスくん、分かって居るとは思うが、娘に手を出したらこの私が許さないからな」


 カイサル様は、娘を誉められて上機嫌になるが、クライス様に釘を刺す事を忘れない。


「ハハ… 勿論です。 未来の婚約者にそんな真似しませんよ」

「クライスくんは中々冗談が上手いな」


 カイサル様はそう言いながらも目が笑って居ない。

 クライス様も本気かどうかは知らないが、「ははは…」と笑いながらアイエル様をチラチラと見つめて居た。 まぁアイエル様はさっきからずっと、ニーナ様とにらめっこしてて、その視線に気付いてない見たいだが…


「そして彼はバルト。 私の執事で、ロゼの父親だ」

「バルト・セバスです」


 父様が挨拶すると、ニーナ様は「義父様…」となんか間違った方向で呟いている気がする…

 ディオールさんは初顔合わせなので、父様に深々と挨拶を返す。


「初めて、バルト様には自己紹介がまだでしたね。

 私はクライス様とニーナ様の騎士でディオールと申します」


「これはどうも御丁寧に… 宜しくお願いします」


 ディオールさんは一通り挨拶が終わったのを見計らうと、話を纏めて食事を薦める。


「さぁ、自己紹介もこの辺りにして、料理を頂きましょう。 せっかくの料理が冷めてしまいます」


 こうして、グローリア家とウィリアム家の会食がスタートしたのだった。

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