第二十八話「温泉」
◆
僕は宿に戻って、皆にスクウィッドオグル焼きを配ってから、父様とカイサル様に海での一件を報告した。
僕とアイエル様が、この港に出没していた英伐級の魔物を、襲われて居た船を救う為とは言え、人前で討伐してしまった事。 そしてアイエル様が家名まで名乗ってしまった事などを報告した。
報告を受けた父様は飽きれ、カイサル様は今後の対応に頭を悩ませていた。
「そうか… そんな事があったか…」
「申し訳ありません… カイサル様…」
僕は深々と頭を下げる。
「いや、学園に行けば、何れこうなる事は分かっていた事だ。 少し早まっただけにすぎない… それにしても、英伐級の魔物を、こうも容易く討伐するか… 流石だな」
カイサル様は言って苦笑う。
「まぁ、今考えた所で何も変わりはしまい… それに英伐級を討伐できる娘と執事を、どうこうできる輩が居るとは思えない。 考えるだけ無駄だな」
カイサル様はそう言って考える事を放棄した。
そんなカイサル様の言葉に、父様は付け足す。
「ロゼ、こうなってしまったからには、しっかりとアイエル様をお支えするんだぞ」
僕は一礼して「心得ております」と父様に返す。
カイサル様は少し笑い、「頼もしい限りだ」と呟くと話しを変える。
「それよりもロゼ、この宿の温泉にはもう浸かったか?
もしまだなら、ゆっくり浸かってくると良い。 お前も今日は疲れただろう」
「有難う御座います。 お言葉に甘えさせて頂きます」
僕は報告も終えた事もあり、カイサル様のその言葉に甘える事にした。
と言うか、カイサル様が温泉を勧めてくるあたり、かなり気に入っている見たいだ。 これは楽しみにしておこう。
僕はカイサル様の部屋を後にしてから一旦部屋へ戻り、準備を整えて宿の温泉へと向かった。
◆
宿の温泉は、建物の中央に造られていた。
窓の無い四階建ての建物の四方の壁は、一面見事な大理石の彫刻が施されており、天井が吹き抜けて空を望むことが出来る様になっている。
まるで神殿を思わせる造りの露天風呂だ。
湯舟には所々に獅子を模した彫刻が飾られ、その口から並々と湯が注がれている。
中央には壁があり、おそらく壁の向こうは女湯になっているのだろう。 なかなか拘った造りになっている。 カイサル様が気に入る訳だ。
「結構広いですね…」
僕は一人呟き、掛け湯をして湯舟に浸かる。
「ふぅ… いいお湯です…」
目を瞑って手足を伸ばし、全身脱力して湯を堪能する。
少しして、隣の女湯の方から人の気配が入ってくるのを感じた。 健全な男子なら、ここで女湯を覗こうと四苦八苦する所だろうが、あいにく僕はその手の事は苦手だ。 気にせずに温泉を堪能する。
しかし、女湯から聞こえてきた声で、僕は現実へと引き戻された。
「ロゼくーん! そっちに居るのー?」
僕は慌てて女湯の方を見て答える。
「メ… メラお姉ちゃん?!」
「あ、やっぱりロゼくんも入ってた」
嬉しそうな声が女湯から聞こえてくる。
「今からそっちに行くねー」
軽い感じでそう言ったメラお姉ちゃん。
「ちょっ、メラお姉ちゃん、こっち男湯!!」
僕の静止は遅かった。 メラお姉ちゃんは使用人が使う用に設けられた、女性用の脱衣場の扉を開いて、タオル一枚で男湯に入って来る。
僕は慌ててメラお姉ちゃんに背中を向けると、湯船に深々と浸かって体を隠した。
「ロゼくん、せっかくだから一緒に入ろうぉ」
メラお姉ちゃんは気にした様子も無く、楽しげに僕の元へと歩み寄る。
「メラお姉ちゃん、こっちは男湯だよ! 他の男の人とか入ってきたら大変な事になるよ!」
「大丈夫だよ。 こう言う温泉は、御主人様の背中を流したりする為に、男湯に関しては混浴になってるのが普通なんだよ。 知らなかった?」
それで男湯に女性側の脱衣場に繋がる扉があったのか…
「てか、そうじゃなくて! 全然大丈夫じゃない! 男の人と一緒とかダメでしょ!」
メラお姉ちゃんは「何で?」と楽しげに掛け湯をすると、さも当然の様に湯船に入り、僕の側まで寄ると湯船に浸かり、背後から僕に抱き付いてくる。
「ちょっ!? メラお姉ちゃん近い近い!」
焦る僕に構う事なく、メラお姉ちゃんは自分の胸を押し当ててくる。 柔らかい… じゃなくて!
「メラお姉ちゃん! 胸! 胸が当たってるよ!」
僕がそう言うと、メラお姉ちゃんは僕の耳元で「当ててんのよ♥」と囁く。 そんな台詞どこで覚えた! 僕は心の中でツッコミを入れるが、状況は何も変わらない。
「良いから放してよメラお姉ちゃん」
「ええー、ヤダ。
だってお昼間は一緒に居れなかったし、もっとロゼくんと一緒に居たいよ」
そう言いながら頬を膨らまし、僕を抱きしめて放さない。
メラお姉ちゃんのたわわに実った胸の感触を背中に感じる。 この二・三年で育ったその胸は、中々に暴力的だ。 とても十五歳の少女には思えない。
「こんな所、父様に見付かったらまた怒られますよ」
「そこは大丈夫。 買い出しが終わった後、カイサル様と一緒に入られてたから、しばらくは入って来ないよ」
しれっと裏を取ってるあたり、メラお姉ちゃんも侮れないな…
そんな気まずい空気に中、新たに女湯から人の気配がした。
「わー おっきなお風呂だぁ」
「アイエル、走ると危ないわよ」
気配の正体はアイエル様とアリシア様だった。
僕は焦って思わずその名前を呼んでしまう。
「アイエル様?!」
しまった。 メラお姉ちゃんが男湯に居る事でてんぱって声を上げてしまった。
僕の声が聴こえたのか、女湯の方からアイエル様の声が響く。
「ロゼもお風呂?」
「え… ええ…」
「凄くおっきなお風呂だねー」
「そうですね、お屋敷とは全然違いますね」
内心焦りながらアイエル様に受け答えしていく。
「そっちはどんな感じなのかな?」
言ってアイエル様は浮遊魔術で、女湯と男湯を隔てる壁の上から、ひょっこりと男湯を覗き込む。
そして僕とメラお姉ちゃんと目が合って固まった。
「ああああ! メラだけロゼと一緒なんてズルい!」
「アイエル? ロゼくんだけじゃなくてメラも居るの?」
アリシア様の問いに、アイエル様は「うん」と頷く。
「私もロゼと一緒に入るぅ!」
「えっ… ちょっ、まっ…」
全て言う前にアイエル様は、そのまま浮遊魔術で壁を乗り越え、僕の元へとダイブする。
僕は咄嗟にアイエル様を抱き止めたが、そのまま押し倒されてしまった。
湯船に仰向けに倒れる僕の上には、全裸で抱き付いてくるアイエル様が乗っかり、僕の頭の後ろには、メラお姉ちゃんのふくよかな胸が、柔らかく僕の頭を受け止めてくれている。
メラお姉ちゃんは、どさくさに紛れて僕の頭を撫でないで欲しい…
慌てて、タオルを巻いて男湯に様子を見に来たアリシア様は、僕達の様子を見て楽しそうに「あらあら…」と口に手を当てて笑っている。
「笑ってないで助けて下さいよ、アリシア様ぁ」
僕の助けを笑ってスルーするアリシア様。 この状況を楽しんでいるのが手に取る様に分かる。
ダメだ… 僕には味方が居ない…
そんなカオスな状況に、更なるトドメを刺す人物が男湯にやって来た。
そう、温泉大好きカイサル様だ。
カイサル様は男湯の惨状を目にして、額に青筋を浮かべる。
と言うより、アイエル様と僕が引っ付いている状況に激怒してるっぽい。
「何やってるんだお前達!」
カイサル様の登場にも動じる事のないアイエル様とメラお姉ちゃん。 僕は色んな意味で汗が吹き出る。
「パパッ! パパも一緒にはいろっ!」
「そうですね。 せっかくなのでカイサル様のお背中を流させて下さい」
屈託なくアイエル様に、一緒に入ろうと言われて機嫌を持ち直すカイサル様。 ちょっと娘に弱すぎませんか? てか、さりげなくカイサル様を巻き込むメラお姉ちゃんも中々の策士だ。
「あら、たまには良いかも知れないですわね、
私もお背中お流ししますよ♥」
トドメのアリシア様の言葉で、カイサル様は何も言えなくなった。 グローリア家の女性陣には色々と敵いそうにないな… 僕は内心そう思った。
そんなこんなでアイエル様を真ん中に、左右に僕とカイサル様が湯舟に浸かり、僕の左隣にメラお姉ちゃんが、そしてカイサル様の右隣にアリシア様が、湯舟に横並びで一緒に浸かっている。
アイエル様は楽しそうに、僕とカイサル様に挟まれて終始ご満悦の様だ。
何この状況… 僕は内心ため息をついた。
そんな僕達の居る男湯に、あらたな客人が現れた。
「あっ! あなた方は!」
その男は僕とアイエル様を指さし、大声で驚く。
どこか見覚えがあると思ったら、昼間助けた船の護衛隊長さんだった。
しかし、突如として入ってきた見知らぬ男に、メラお姉ちゃんは「きゃあああ!」と顔を赤くして悲鳴を上げ、近くにあった桶を男目掛けて投擲した。
護衛隊長さんは不意を突かれた事もあり、額にクリーンヒットしてその場に倒れてしまった。
「メラお姉ちゃん… カイサル様や僕には平気なのに、他の男性だと恥ずかしいんだ… てか、ここ男湯だし、メラお姉ちゃん理不尽すぎる…」
僕は護衛隊長さんを不憫に思った。
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