第三十七話「二人の旅路」

 ◆


 僕とアイエル様は二人並んで、夜の空をグローリアの街目指して飛行していた。

 星の光が瞬き、月の灯りがうっすらと辺りを照らし出す。

 やはり夜の空は冷える。 僕とアイエル様は浮遊魔術で高速飛行する時、自分の前方に風避け用の結界魔術を張る。 そうでもしないと風で目を開けてられないからだ。 それでも肌寒さは防げない。

 僕は心配になってアイエル様の様子を窺う。


「アイエル様、大丈夫ですか? 疲れたら遠慮なく言って下さい」

「うん…… 大丈夫……」


 そう言いながらもアイエル様は、眠たいのか瞼が重そうだ。

 それもそうだろう、時刻はもう深夜零時をかるく回って三時に差し掛かろうとしている。 いつもなら夢の中だ。


「アイエル様、無理はしなくても大丈夫ですよ。 眠たいなら一旦降りて、休憩しましょう。 これからの道のりはまだまだ長いですから」


 僕がそう提案すると、アイエル様はフルフルと首を横に振る。


「まだ… 大丈夫… 早くおばあ様を元気にしてあげたいもん… 頑張る……」


 そう言いながら必死に僕について来る。


「では、本当に限界に来たら言ってくださいね」

「うん… すこしでも… 早く… はや……く…Zz.…」


 そう言いながら寝落ちするアイエル様。

 浮力を失ったアイエル様はそのまま落下していく。


「ちょっ! アイエル様!」


 これが本当の寝落ちと言う奴か……

 いや、そうじゃなくて! 僕は心の中でそうツッコミを入れて、落下して行くアイエル様の後を慌てて追いかける。

 地面からギリギリのところで、アイエル様を受け止めると、僕はそのまま地面へと着地した。


「ふぅ… まったく、そこまで無理なさらなくても大丈夫なのに…」


 そう言って、僕の腕の中で寝息を立てるアイエル様を見つめる。

 咄嗟の事とは言え、アイエル様をお姫様抱っこしてしまった…

 まぁグローリア家のお姫様みたいなもんだから、コレが正解かかもしれないが、寒さの事を考えれば、背中に背負った方が良いだろう。

 僕は汚れない様に、アイエル様を近く岩の上にそっと寝かせると、背中に背負って居た荷物を正面に抱え直し、アイエル様を背中に背負い直す。

 それから、少しでもアイエル様が風邪を引かない様に、暖房魔術を掛ける事を忘れない。 これで風邪を引く心配はないだろう。

 僕は少しでも距離を稼ぐ為に、そのまま空へと舞い上がり、背中にアイエル様の温もりを感じながら、グローリアの街目指して空を駆けた。


 ◆


 夜も明け、日が真上に上ろうかと言うのにアイエル様はまだ夢の中だ。

 流石に夜中の三時くらいまで頑張って飛行して居た為、起きないのは仕方のない事だろう。 そう思っていたら背中でアイエル様が目覚める気配がした。


「……んむにゅぅ… ロ…ゼ?……」

「お目覚めですか? アイエル様」


 そして自分の状況に気が付いて周囲を見回すアイエル様。


「ロゼ、ゴメン… 寝ちゃってた……」

「いえ、アイエル様は普段あまり遅くまで起きている事がありませんから、仕方のない事です。 御気になさらず…」

「ここは何処?」

「ゲーテの街を抜けた所です。 今晩にはグローリアの街に着けると思いますよ」


 そう説明した時、アイエル様のお腹が可愛らしく「ぐぅー」と鳴る。

 それもそうだろう、昨日から何も食べていないのだ。 アイエル様は恥ずかしそうに顔を赤らめている。 きっとお腹がすいて目が覚めたのだろう。 僕は苦笑しながら食事にする事を提案する。


「お食事にしましょうか…」


 アイエル様は恥ずかしそうに「うん…」と言ってコクリと頷いた。

 僕はアイエル様を背負ったまま、近くのひらけた場所に着地する。


「すぐに用意致しますね」


 僕はアイエル様下ろし、それから鞄を下ろすとその中から鍋と食器を二つづつと食材を取り出す。

 取り出したのはレザリアを訪れた時に買ったスクウィッドオグルの干物と、塩の入った小瓶、それからククの実の粉末の入った小瓶を取り出す。 ククの実は粉末にするとスパイスとして使える一般的な調味料だ。 それからケルンと呼ばれるパスタに似た食材と、ピルツと呼ばれる茸の一種も取り出す。

 料理の支度をしていると、アイエル様が興味深げにその様子を見て、自分も何かできないか聞いてきた。


「ロゼ、私も何か手伝う」

「ありがとうございます。 では、鍋とお皿を水魔術で洗って、鍋にお湯を沸かして貰えますか」

「分かった、任せて!」


 アイエル様は僕から鍋を二つ受け取ると、空中に水魔術を発動させて鍋を洗う。

 魔術が使えると水の心配をしなくても良いのは本当に助かる。 それに加熱も魔術で簡単にできる。

 僕はその間にピルツを適当な大きさに刻み、それを水洗いする。 それからスクウィッドオグルも軽く水で洗うとそれも丁度いい大きさに刻む。

 下準備が出来たところで、ちょうどアイエル様が魔術でお湯を沸かし終わっていた。

 僕はそれにスクウィッドオグルと入れると、火魔術で煮込む。

 それと同時にケルンも別の鍋で茹で、フライパンを取り出すとそれも軽く水で流し、火に掛ける。

 油をしき、そこに刻んだピルツを入れて炒める。

 そして、茹でて柔らかくなったスクウィッドオグルをお湯から魔術で取り出し、そのままフライパンに入れて炒める。 そこに茹でたケルンも投入。 塩とククの実で味付けをして和える。

 それをお皿に盛り付け、スクウィッドオグルの海鮮パスタの出来上がりだ。

 あとは、スクウィッドオグルを茹でた時にでた出汁に、軽く野菜を刻んで入れて塩で味を調える。

 これでスープの完成だ。

 出来上がった料理に、アイエル様は驚いていた。


「ロゼ…… 料理もできたんだ…」

「いえ、そんな大した物は作れませんよ。

 保存食のパンだけとかでは味気ないと思ったので、創作料理をして見ました」


 僕は「味は保証できないですが」と苦笑しながらそう返す。


「さぁ、冷めない内に頂きましょう」


 アイエル様は「うん」と頷くと、ハフハフとしながら熱いパスタを一口食べる。


「ロゼ美味しい!」


 僕は「ありがとうございます」と言うと、自分もパスタを口にした。

 うん。 悪くない。 スクウィッドオグルの風味とククの実のスパイスが利いて、なかなかの味わいだ。

 そしてスープもスクウィッドオグルの出汁が良く出ていて美味い。

 ただ、やはり屋台のスクウィッドオグル焼きには負けるな……

 干物にした為にあの濃厚な肉汁が失われているのは大きなマイナス点だ。 保存する為とは言えやはり勿体ない… 

 まぁ、それでもアイエル様に、満足して貰えた見たいなので良しとしよう。

 そして、食事を終え、二人で食器等を水魔術使って洗い、温風魔術で乾燥させて鞄にしまい込む。


「では出発しましょうか」

「うん!」


 僕は鞄を背負い、アイエル様と共に再び空へと舞い上がった。


 ◆


 そしてその日の夜、僕とアイエル様はグローリアの街へとたどり着き、お屋敷で母様をはじめ、お祖父様や他の皆に驚かれたのは言うまでもない。

 夕食の席で事情を説明して、更に驚かれたりもしたが、「ロゼなら心配いらないと思うけど、無茶だけはしたらダメよ」と母様に軽く心配をかけてしまった。

 相変わらずお祖父様は「流石ワシの孫じゃ!」と豪快に笑っていたが、それで良いのか……

 久々にネリネの顔を見れて嬉しかったが、流石に僕も疲れていたのか、その日はそのまま休む事にした。

 そして、寝る前にノックと共にアイエル様が僕の部屋へと訪れた。


「ねぇ… ロゼ、入って良い?」

「どうかされましたか?」


 自室の扉を開けると、そこには寝間着姿のアイエル様が、枕を持って立っていた。


「一緒に寝ても良い?」


 気恥ずかしそうにそう言うアイエル様。


「寝付けないのですか?」


 僕の問い掛けにコクリと頷く。

 普段はカイサル様とアリシア様と一緒に寝られて居るので、寂しくなったのかも知れない。 まぁこの歳でどうこうは無いので、僕は仕方なくアイエル様を部屋に迎え入れた。

 ベットはアイエル様に使って貰って、僕はソファーで寝るとしよう。 そう思って居たのだが、僕がソファーで横になると、アイエル様は狭いのに僕に寄り添ってソファーに横になる。


「……あの… アイエル様? ベットをお使い下さい」

「やだ、一緒が良い」


 人肌恋しいと言う奴だろうか… 仕方ない、このままソファーで寝かせる訳にも行かないし、眠たくて考える気力もない。

 僕はため息をつくと起き上がる。


「はぁ… 分かりました。 このままソファーで寝るには少々狭すぎます。 今回だけですからね」


 そう言って僕は思考を放棄し、ベットに横になる。

 アイエル様はそんな僕にテクテクと着いてきて、僕のベットに潜り込んで、満足げに目を細めて抱き付いた。

 僕は抱き枕じゃ無いんだけどな…

 そんな事を思いながらも、その日は疲れて居た事もあり、僕はそのまま夢の中へと落ちて行った。

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