第二章 帝都への旅路編

第二十一話「新しい家族」

 ◆


「ほら、ロゼ。 触ってごらんなさい。 元気に動いているわよ」


 母様はそう言って、大きくなったお腹を幸せそうに撫でる。

 今、母様の寝室で僕とアイエル様は、ソファーに腰掛けた母様の大きくなったお腹を撫で、興味に目を輝かせて様子を覗っている。


「あ、今動いた! 動いたよ、ロゼっ」


 アイエル様は楽しそうに、お腹の中の赤ちゃんが動く度にテンションを上げる。

 僕はは、微笑ましくその様子を眺め、「そうですね」と相槌を打つ。

 そんな僕達の様子を、母様も微笑ましく眺め、感慨深く呟く。


「ロゼも、もうお兄ちゃんになるのね…」


 微笑む母様。 アイエル様は「いいなー ロゼ…」と言って羨ましがる。


「はい、そうですね母様。 僕ももっとしっかりしないと…」


「私も弟か妹が欲しぃ…」


 母様はそんなアイエル様に微笑みかけ、「それじゃ、カイサル様とアリシア様にお願いしないといけないわね」と嬉しそうに言う。

 カイサル様とアリシア様に新しいお子様が生まれるのであれば、それはグローリア家にとって、本当に喜ばしい事だ。 特にグローリア家の跡取りと言う意味合いで言うと、男の子が望まれるが、単純に家族が増えるのは嬉しい。 アイエル様も乗り気で「お願いしてみる!」と真剣な表情で言っている。

 そんなやり取りを三人でしていると、部屋の扉がノックされ、一人のメイドが入ってきた。


「失礼します」


 入って来たのはメラお姉ちゃんの後輩。 名前をエミル・ジュライトと言って、シスタール家からの紹介で、新しくグローリア家に使える事になったジェライト士爵家の3女だ。

 少し癖っけのあるブロンドの髪を、ポニーテールにして纏めていて、メラお姉ちゃんとは違って落ち着いた雰囲気の少女だ。

 今、母様は妊娠してから、メイドとしての仕事はお休みしている。 その為、急遽選抜されたのが彼女なのだ。

 エミルお姉ちゃんは一礼して、用件を告げる。


「アイエル様、ロゼ様、イリナ先生がお呼びです」


 そう言って扉の側に控える。


「なんだろう?」


 僕とアイエル様はお互いに顔を見合わせ、首を傾げる。


「アイエル様、とりあえず行きましょうか」


 アイエル様は「コクリ」と頷き、同意する。

 僕とアイエル様はエミルお姉ちゃんに連れられ、イリナ先生の元へと向かった。


 ◆


 イリナ先生の私室に通されると、イリナ先生は出迎えてくれた。


「二人とも呼び出してごめんね」


「いえ… それで何の御用でしょうか?」


 僕はイリナ先生に問う。


「二人とも、もうすぐ学院の入試があるわよね…」


「そうですね…」

「うん…」


 僕とアイエル様は頷く。


「それで、二人の実力なら、問題ないどころかトップの成績で入学できると思うわ。 けど、いきなり本番と言うよりも、ここで入試の予行演習を兼ねて、卒業試験をしようと思うの」


「卒業試験… ですか?」


 僕は聞き返す。 アイエル様は卒業と言われてもピンときていない見たいで、首を傾げている。

 確かにアイエル様にとって、いきなり学院の入試というより、間に卒業試験を挟むのは良いかも知れない。


「ええ、今から一週間後に行うつもりよ。

 二人のこれまで勉強して身に着けた事を、私に見せてちょうだい」


「分かりました。 アイエル様にとっても良い事だと思います」


 僕はそう肯定し、アイエル様のやる気を促す。


「アイエル様、ここはイリナ先生にどれだけアイエル様が成長したかを見せる良い機会ですよ。

 どれだけイリナ先生と、僕から教わった事を自分のモノにできたか、イリナ先生に見せて驚かせちゃいましょう!」


 嬉しそうに微笑みかけ、そう告げると、アイエル様は「分かった。 頑張るっ」と言って拳を胸の前で握り、気合を入れる。

 そして、その僕の言葉を聞いて、イリナ先生の顔が青ざめる。


「ちょっとロゼくん?! いったいアイエルちゃんに何を教えたの?!」


 慌ててイリナ先生が問いただす。


「卒業試験のお楽しみです☆」


 そう悪戯っぽくイリナ先生に言うと、アイエル様も真似をして「お楽しみですっ☆」と言って楽しそうに笑う。

 そして僕はアイエル様の手を引いて、イリナ先生の私室から逃亡した。

 後を追う様に、イリナ先生が「ちょっ ちょっと!」と慌てて居るが、ここは逃げるが勝ちだ。

 一週間後の卒業試験が楽しみだなぁ…

 中庭まで逃げて着て、僕はアイエル様と笑いあう。


「イリナ先生びっくりするかな?」


 アイエル様はそう言って楽しそうに笑う。


「必ずびっくりすると思いますよ。 だってアイエル様はもう特級魔術もマスターしましたしね…

 それに内緒にしてるけど、アイエル様が浮遊魔術をマスターしてると知ったら、イリナ先生、羨ましがると思いますよ」


 僕がそう言うと、アイエル様は「ほんとっ?」と嬉しそうに笑う。


「さぁ、アイエル様。 イリナ先生をもっと驚かせるために、もっと練習しましょう」


 アイエル様は元気よく「うんっ!」と頷いた。


 ◆


 そして三日後、卒業試験を前に母様の容体が急変した。 陣痛が始まったのだ。

 慌ただしく、出産の準備が進められる。

 父様は急いでお医者さんを呼びに行き、アリシア様とメラお姉ちゃん、エミルお姉ちゃんが母様に付き添っている。

 僕とアイエル様は邪魔にならない様に、お爺様とサモンさんと食堂で軽食の準備を手伝っている。


「シヤ小母様、大丈夫かな?」


 アイエル様は心配そうに、軽食の準備を手伝いながらそう呟く。


「大丈夫です。 アリシア様もメラお姉ちゃんもエミルお姉ちゃんもついてますし、今父様がお医者様を呼びに行っています。

 僕たちはただ信じて待つだけです」


 そう言って、安心させるように微笑む。

 それから暫くして、父様がお医者様を連れてお屋敷に戻り、お湯を沸かして出産の準備が整った。

 僕もアイエル様もお爺様に連れられ、分娩が行われている部屋の隣で、父様とカイサル様と一緒に経過を待った。 こう言う時の男って何もできないからね…

 刻一刻と時は過ぎ、僕とアイエル様は夜も更けてきた事もあり、お爺様にもう寝る様に促された。


「二人とも… もう夜も遅いからそろそろ寝る準備をしなさい」


 アイエル様は僕の隣でソファーに腰掛け、眠気と格闘しながら「コクリ…コクリ…」と頭を揺らして今にも寝てしまいそうになっている。

 しかし、アイエル様はお爺様の言葉に首を振り、「まだ起きてる…」と自分の意志を伝える。

 僕はそっと頭を撫でてやり、優しく諭す。


「アイエル様、進展がありましたら僕が起こしますので、無理をなさらずお休みください」


 僕はそう言ってフラフラとするアイエル様の頭を、僕の肩をへ誘導した。

 アイエル様は「むぅ…」と言いながらも眠気に負けて、僕にもたれ掛かってスヤスヤと寝息を立て始めた。

 そんな僕の様子を心配し、お爺様は呆れて問いかける。


「まったく、ロゼは寝るつもりは無いのか?」


「マナを旨く使えば、体を休める必要ありませんから」


 そう言ってお爺様を安心させる。


「ハッハッ、ロゼはサラっと非常識な事をするのう…」


 それから一時間程後の事だった。

 隣の部屋が騒がしくなったかと思うと、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

 無事に生まれたみたいだ。 父様は慌てて部屋を飛び出して行き、僕は眠るアイエル様を優しく起こす。


「アイエル様。 アイエル様。 起きて下さい。 赤ちゃんが生まれましたよ」


 肩を揺さぶり、そう呼びかける。 しかしなかなかアイエル様は夢から覚める気配がない。 仕方ないので僕は、アイエル様の体内のマナに干渉して、強引に夢から引き戻した。

 アイエル様は状況が理解できず「ふぇ…」と可愛い声を漏らしてキョロキョロとする。


「アイエル様、赤ちゃんが生まれましたよ」


 僕がそう言うと目を見開いて覚醒する。


「ほんとっ!」


「ええ、僕たちも母様の所へいきましょう」


「うんっ!」


 そう言うと、二人そろって母様の居る隣の部屋へと足を運んだ。

 隣の部屋に入ると、赤ちゃんを抱きかかえた父様と、額に汗を浮かべて横たわる母様の姿があった。


「母様っ」


「ロゼ、大丈夫よ。 それよりもほら、あなたの妹よ」


「そうだぞロゼ、お前も今日からお兄ちゃんだな」


 母様と父様にそう言われ、父様は腰を落として生まれたばかりの赤ちゃんを、僕たちに見せてくれる。

 ちっちゃな手足に、しわくちゃな顔で安心したように眠る赤ちゃん。


「父様、母様、とても可愛いらしいですね!」


 僕は嬉しそうにそう述べる。


「すごいしわくちゃだね」


 アイエル様はそう言って興味深げに赤ちゃんを見つめている。

 そんなアイエル様に、カイサル様が言う。


「アイエルも生まれたばかりの頃は、こんな感じだったんだぞ」


「そうなの?!」


 カイサル様の言葉に驚くアイエル様。


「そうよ、アイエルもちっちゃくて可愛かったわ」


 思い出す様にアリシア様も同意する。

 アリシア様にそう言われ、恥ずかしくなったのかアイエル様は「うぅ…」と項垂れる。

 お爺様は、そんなやり取りを他所に、父様に問いかけた。


「それで、バルトよ。 もう名前は決めたのか?」


「ええ、生まれる前から考えてましたから。 女の子だったので、ネリネと名付けようと思います」


 父様はそう言うと、生まれたばかりの赤ちゃん、ネリネの頭を優しく撫でる。


「ネリネか、良い名だ。 ネリネもきっとロゼみたいに優秀に育つじゃろう。 何せワシの孫じゃからな」


 そう言って笑う。 お爺様、流石にそれはないと思う…

 みんなの生易しい目がお爺様に注がれるが、当人は気づいていない。

 メラお姉ちゃんが密かに「ロゼくんの妹だから私の妹も同然よね」と、なにか呟いているが聞かなかった事にしよう。 ブレないなぁ…


「皆さま、今日は色々とありがとうございました。

 先生も夜遅くまでありがとうございました。 部屋を用意しますので今日はゆっくりなさって行ってください」


「いやいや、これも仕事ですから」


 父様はそう言って皆に感謝し、お医者様は無難に返す。

 カイサル様はひと段落ついた事もあり、皆に提案する。


「さぁ、皆もう夜も遅い。 ここはバルトに任せて寝るとしよう」


「メラ、お医者様に部屋の用意を頼めるか?」


 一人トリップしかかっていたメラお姉ちゃんは、父様の指示を受け「畏まりました」と態度を一変させて答える。 すごい変わり身の早さがだ。

 メラお姉ちゃんはお医者様を連れて部屋を出ていく。


「私たちも行こうか」


 カイサル様はそう言うと、アイエル様の手を引いて、アリシア様と共に部屋を出て行った。

 カイサル様達を見送った父様は、俺にも休む様に告げる。


「ロゼ、お前ももう今日は休みなさい」


「分かりました、父様」


 僕はそう答え、父様の腕に抱かれたネリネの頭を撫でてから父様に「おやすみなさい」と告げ、自室へと戻る。

 新しくグローリア家の一員に加わったネリネは、どんな風に成長してくれるのか、僕は未来の事に思いを馳せた。


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