SS-Ep01「ヴィリーの悲劇」

 ◆


 俺の名前はヴィリー。 姓も何も無い、ただのヴィリーだ。

 冒険者としてソロで活動を始め、気がつけばバロンメダルの冒険者として、界隈で名を知られる様になった。

 決してコミュ症とかそう言う訳ではない。 ただ仲間は足手まといにしかならないから、ソロを貫いているだけだ。 決して友達が居ない訳じゃない。 そこは間違えないように念を押しておく。

 俺は今、英雄の街として新たに帝国の領土となった、グローリア領へと訪れている。

 昨日街に到着したのが遅かった事もあり、すぐに宿で旅の疲れを癒した。

 翌朝、俺は一人でグローリアの街を散策した。


「なかなか良い所だな…」


 街は朝にも関わらず活気に満ち溢れ、立ち並ぶ露店で朝食代わりに串焼きを食べる。 味付けも中々だ。

 そのまま冒険者ギルドまで行き、依頼を確認する。

 特に目に留まる様な依頼は見当たらないが、朝と言う事もあり、ギルドの中はこれから依頼を受けに来た冒険者でごった返していた。

 俺は常備依頼を確認し、近くの森へと向かった。


 ◆


 街を出て東の森へと向かい、低級の魔物を狩る。

 これでも其れなりに業物の剣を装備しているので、ほとんどの魔物は一撃で屠れる。

 森の奥へと進んでいくと、突如として悲鳴があがった。

 俺は声の方向へと駆ける。 森の中に居ると言う事は、同業の冒険者だろう。 恐らく実力以上の魔物に遭遇したに違いない。

 現場に到着すると、そこには魔物にやられた数人の少年達と、必死に戦う少年が一人、そしてその背後には魔術師の格好をした少女が一人、木を背に魔物達と対峙していた。

 驚いた事に魔物の数がすごい。 気配を探るとざっと五百体は辺りに居る。

 俺はすぐさま剣を抜き放ち、二人の救出へと動いた。

 続けざまに魔物を斬り倒し、流れる様に距離を縮める。 俺の存在に気がついたのか、少年はコチラを見た。 しかし、それがいけなかった。


「余所見をするな!」


 俺は叫ぶが遅かった。 少年は魔物の爪によって切り裂かれ、木にぶつかると動かなくなる。


「くそっ!」


 少女は、目の前で少年が魔物にやられた事で、体を強張らせて逃げる事もできなくなっている。


「間に合え!」


 俺は途中に立ちふさがる魔物を全力でスルーし、いっきに少女との距離を詰め、振り下ろされた魔物の爪を剣で受け止めた。

 そして、流れる様に魔物の首を刎ねる。


「無事かっ!」


 少女はオドオドとしながら「はっ はいですぅ!」と返事をする。


「このままココに居れば危ない! 急ぎ街まで逃げるぞ」

「あのっ、そのっ、腰が抜けちゃって… ごめんなさいです…」


 近づいてくる魔物を斬り伏せ、少女を確認すると、へたり込んで立てなくなっていた。 このままじゃジリ貧だ。 俺はと咄嗟に少女を抱きかかえると、全力でその場から離脱する。

 少女は「きゃっ」と小さく悲鳴を上げたが、今はそれ所ではない。 急ぎこの事態を報告しなければ、二次被害は免れない。

 上級冒険者になるほど、身体強化魔術は必須スキルとなる。 おかげで少女一人抱えていた所で、速度は落ちない。 そのまま馬よりも早く街まで駆け抜ける。 行きはゆっくりと歩いたので三時間はかかったが、二十分ほどで街が見えてきた。

 途中、別の冒険者が馬を走らせているのに気付く。 良く見ると、あちこちが傷だらけで、かなり焦っているみたいだ。 もしかしたら彼もスタンピードに出くわしたのかもしれない。 とにかく街まで急ごう。


 ◆


 街の門まで到着すると、俺は入門を待つ人々の列の横を通り過ぎ、すぐさま冒険者の証、バロンメダルを提示しながら、衛兵にこの事態を報告する。


「横入りすまない! バロンメダルの冒険者でヴィリーと言う。 緊急事態だ。 東の森で魔物のスタンピードが発生した。 急ぎ対応を願う!」


 俺がそう報告すると、衛兵は慌てて事情を確認する。


「それは本当か!」

「ああ、間違いない。 彼女の仲間は襲われて全滅した。 俺の気配察知で軽く五百体の魔物の反応はあった」

「それは不味いな… 直ぐに上に報告しないと…」


 その報告の最中、先ほど馬を走らせていた傷だらけの冒険者が、同じく衛兵のところまで馬を走らせると、馬から飛び降り叫ぶ。


「大変だ! 東の森でスタンピードが発生した! 今俺の仲間が足止めしているが何時まで持つか分からん! 早く兵を出してくれ!」


 その報告に、事態の深刻さが増したのか、衛兵は慌てて告げる。


「直ぐに上に報告に行く。 おいお前達。 この場はお前達に任せる! 指示があるまで勝手な行動はするな!」


 仲間の衛兵にそう告げると、衛兵は慌てて詰所へと駆けていく。

 息を切らせる冒険者の男に、俺は問いかける。


「やはり、君もスタンピードに巻き込まれていたんだな…」

「そう言う君もか? すごいスピードで馬を追い越して行ったから、高位の冒険者とお見受けするが…」

「バロンメダルの冒険者でヴィリーと言う。 そっちは?」

「これは… 名乗るのが遅くなりすみません… 俺はジャネット。 一応エースメダルの冒険者です」

「と言う事は、君の仲間もエースメダルと言う事か?」

「はい… そうです… あの、お願いします! 仲間を… 仲間を助けてください!」


 沈痛な面持ちの冒険者の男に、俺は首を横に振ることしか出来なかった。


「それは無理だ… 俺が気配を探っただけでも五百体の魔物が居た。 今から向かったところで手遅れな可能性が高い…」

「そんな…」


 男は悲壮な顔をして、うな垂れる。

 そんな彼に、俺が助けた少女は歩み寄り、励ます様にそっと回復魔術をかけた。


「我ら神の信徒に、奇跡の光を ヒール」


 少女の魔術で、男の傷は見る見る治って行く。


「すまない…」

「大丈夫ですか?… 私の仲間も巻き込まれてしまって…」

「そうか…」


 そんな二人を俺は諭す。


「今はこの街と、自分の命があっただけでも運が良かったと思うしかない。 それに、エースメダルの冒険者なら、なんとか自力で逃げる事もできるだろう」

「そうだな… それに賭けるしか今はないか…」


 男は辛そうにそれに同意する。

 そして、少女は俺に向き直ると、めいいっぱい頭を下げてお礼を言う。


「あっ あのっ 助けて頂いてありがとう御座いました。

 私、スゥーミラと言います。 なんてお礼を言ったらいいか…」

「気にするな… 困ったときはお互い様だ」

「お優しいんですね、ヴィリー様」

「ヴィリー様は止してくれ、ヴィリーでいい」


 そんなやり取りをしていると、先ほどの衛兵が戻ってきた。


「お待たせしました。 今上のモノから指示が下りました。

 それで、慎に申し訳ないのですが、この事態を冒険者ギルドのカテギダ様に報告して頂けないでしょうか? そして、カイサル様の名の下に協力をお願いしたいと伝えて頂けないでしょうか」


 そう言って頭を下げる衛兵。 事が事だけに断る理由はない。


「分かった、俺がカテギダ会長に伝えよう」

「ありがとう御座います。 それではよろしくお願いします。

 おい、お前達! ヴィリー様たちを先にお通ししろ! それから入門を待つ市民達は防壁内に避難させ、一時的に隔離処置し、閉門しろ! もし後から人が着たら防壁の上から梯子をつかって救出、同じく隔離処置だ」

「「「はっ」」」


 衛兵達は慌しく対応を始める。


「すみません。 よろしくお願いします」


 衛兵は深々と頭を下げる。


「ああ、任せてくれ」


 そう告げると、俺達は冒険者ギルドへと向かって駆けた。


 ◆


 グローリアの冒険者ギルド。 俺は駆け込むと自分のバロンメダルを提示して「緊急事態につき至急ギルドマスターへ取次ぎを願う」と叫ぶ。

 俺達の状況に異変を感じたのか、直ぐに受付譲は奥へと引っ込み、暫くしてギルドマスターを引き連れて戻ってきた。


「何事だ?」

「報告します。 グローリアの東の森で、魔物によるスタンピードが発生。 グローリアの領主より、協力要請の伝言を受けてきました」

「何だとっ! それは本当か!?」


 ギルドマスターのその言葉に、俺達は肯定する。


「本当です。 魔物の数は自分が気配を感じ取れただけで五百体は居ました。 至急対応をお願いします」


 俺がそう言うと、ギルドマスターがその場に居る冒険者に告げる。


「皆聞いたな! グローリアの街の危機だ。 直ぐに集められるだけ冒険者を集めてくれ! 報酬は領主の緊急依頼として、一人銀貨一枚出す。あとは出来高だ。 魔物の素材は買い取ろう」


 ギルドマスターの言葉に、その場に居た冒険者が一斉に外へと駆け出していく。 仲間を集めに向かったのだ。


「ヴィリーくん。 すまないが詳しく話しを聞かせてくれるな」

「はい」


 そう言うと、俺達はギルドマスターの執務室へと通された。

 ソファーに腰掛、秘書がお茶を用意する。


「それでは、詳しく話してくれ」

「はい。 俺は常設依頼で森へと赴いていたのですが、彼女のチームの悲鳴を聞きつけて救援に駆けつけたのです。 そこで見たのは魔物の群れでした。 俺が到着したときには彼女ともう一人の少年以外は魔物によって殺されていました。

 なんとか彼女だけは助けれましたが、少年の方は駄目でした… 俺の気配察知には五百体以上の魔物の気配があったので、已む無くそこは彼女を連れて撤退。 戦った魔物は危険度は下位種から討伐級と言った所です」


「それは本当か?」

「はい。 間違いありません」


 それに答えたのはジャネットと名乗った冒険者の男だ。


「俺のチームはエースメダルのチームですが、仲間が足止めしてくれなければ、俺の命も危なかったかもしれません。 荷運び用の馬を使って、いっきに街まで駆けましたが、普通に走っていたら今頃追いつかれていたかもしれません」


 冒険者の男の言葉に、ギルドマスターは心情を察したのか沈痛な面持ちになる。


「そうか… 心情は察する。 しかし事態が事態だ。 君も協力してくれ」

「勿論です」

「それで、我々はどう動けばいい?」


 ギルドマスターは俺に確認する。


「分かりません。 ただ、状況的に閉門したことから篭城して対抗するものかと…」


 俺は推測を述べる。 あの混乱の中だ、そこまで聞けて居なかった。


「そうか、とにかく人を集めて防壁へと赴こう」

「はい」


 ◆


 それから一刻ほど後、集まった冒険者達を引き連れ、俺達は防壁へと向かった。

 防壁では衛兵が世話しなく防衛の準備を進めており、門の近くには入門を待っていた人たちが一塊に集められ、監視されている。

 俺達が近づくと、一人の衛兵が慌てて駆け寄ってきた。


「お待ちしておりました、カテギダ様。 カイサル様はもう防壁の上でお待ちになっております」

「わかった。 他の者たちはどうすればいい?」

「はっ、門の前で待機して頂ければと思います」


 その言葉を聞いてカテギダ会長は皆に指示を飛ばす。


「今からカイサル様に合ってくる。 お前たちはこの場で待機し、支持があるまで待ってくれ」

「「「「「おう」」」」」


 冒険者達はその言葉に答え、その場に腰を下ろす者、武器のチェックを行う者と各々動き出す。


「ヴィリーくんとジャネットくん他、エースメダルの冒険者は一緒に来てくれ。 ヴィリーくんはこの街で唯一のバロンメダルの冒険者だからな。 戦力として特に期待している」

「プレッシャーかけないで下さいよ」


 そう言って俺は苦笑う。

 そして、俺達はカテギダ会長と共に防壁の上へと案内された。


 ◆


 防壁の上では、魔物を向かえ撃つために、弓と投擲とうてき機の準備を進めている。 そんな慌しく行き来する衛兵達の中、豪華な鎧を身に纏った英雄の姿がそこにあった。

 カテギダ会長はカイサル様に歩み寄ると、気さくな感じで話しかける。


「カイサル様、お久しぶりです」

「久しいな、カテギダ会長。 冒険者の援軍、非常に助かる」

「水臭い事を言うな、グローリアの街の危機だ… 俺も最善を尽くすさ」

「そう言ってもらえると助かる」

「で、状況はどうなんだ?」

「魔物の数は約千二百。 イリナくんの索敵によれば、その後方に王国軍と思わしき集団が三百名だ」


 カイサル様から説明に、カテギダ会長を始め、俺達も冷や汗を流す。

 俺の気配察知では五百体ほどしか確認できなかった… それをこの短期間で正確な数を割り出し、さらに王国軍の存在まで突き止めている… 流石は英雄カイサル様… 只者じゃない…


「それは本当か?」


 カテギダ会長は問い返す。


「ああ、まず間違いないだろう」

「勝てるのか?」

「勝つんだよ」


 そう言ってカイサル様は笑った。 流石英雄だ、こんな状況でも動じない。素直にカッコいいと思えた。

 そうやって尊敬の眼差しを向けていると、カテギダ会長が俺を紹介する。


「ああ、そうだ紹介しよう。 今この街に居る腕利きの冒険者の筆頭、ヴィリーくんだ。 こう見えて彼はソロでバロンメダルまで上り詰めた実力の持ち主だ」


「ほう、エース、ナイトのさらに上か… それは頼もしいな…

 グローリアの領主、カイサル・フォン・グローリアだ。 よろしく頼む」


 カイサル様に紹介され、俺は緊張した面持ちで返事を返す。


「お会いできて光栄です。英雄カイサル様」

「英雄はよしてくれ、今はただの一領主にすぎない」

「ご謙遜を…」

「カテギダ会長。 冒険者の指揮は任せる。 できれば、遠距離から攻撃できる人材を防壁の上に集めてくれ。 それ以外の冒険者は門を突破された時に備え、門の近くで待機させておいてくれると助かる」

「分かった。 手配しよう」


 カテギダ会長は、エースメダルの冒険者にその指示を行い、防壁の上に魔術師が使える冒険者を集める。 俺も簡単な魔術なら使えるので、この場に残って援護に参加する事にした。

 防壁の上には、魔術師と弓兵が集結し、その時を待っていた。

 途中で気がついたんだが、この場に似つかわしくない女性と幼児が居る… しかもカイサル様の側に控えていて、いったい何者なのだろう…

 そして暫くして、女性が手を引く幼児が、地平線を指差して呟く。


「カイサルさま、あれ」


 俺は幼児の指差す方向に視線を向け、目を凝らす。

 見えてきたのは魔物の群れだった。 どうやら幼児と女性はカイサル様の関係者と見て間違いないだろう… いったい何者なんだ…

 そんな事を考えていると、カイサル様が皆に激を飛ばす。


「魔物が見えたぞ! 皆気を引き締めろ!」

「「「「「おお!」」」」」


 皆気を引き締め、緊張した面持ちで魔物が射程圏内に入るのを待つ。

 二十分くらい経った頃、丁度魔物が射程圏内に入り、俺を含む魔術師達が一斉に遠距離魔術を発動し、最前線の魔物へと打ち込んで行く。 火・風・氷と各々得意の魔術で迎撃し、その数を確実に減らす。

 そして、弓部隊も負けずと矢を嗾ける。


「くそっ 限が無い!」


 俺は愚痴を零しながらも魔術を放っていく。

 防壁まで近づいたら防壁から飛び降りて、魔物を白兵戦で確実に削ってやる。 絶対に街に入れるものか しかし、俺の決意を他所に、突如として発動された特級魔術によって、目の前の絶望が一変した。


―――ゴガァゴゴゴオオ!!―――


 轟音と共に、大空から降り注ぐ隕石の雨に、千二百体は居た魔物たちのほとんどは、文字通り消し飛んだのだ。

 その光景に騒然とする。

 そして、手をかざして佇む一人の女性の姿がそこにあった。

 膨大なマナの名残が見える。 彼女が今の魔術を放ったのか?

 皆の視線が彼女に集まる。

 目の前でおきた特級魔術の威力に、誰もが唾を飲んでいた。 そして、一瞬にして危機が去った事に対し、さっきまで緊張していた兵士達が一斉に雄たけびを上げる。


「「「「「ぉおおおおおおお!!」」」」」


 そんな歓声の中、カイサル様は叫ぶ。


「皆のもの! 残存の魔物の討伐へ撃って出よ! まだ戦いは終わっていないぞ!」


 そうカイサル様が激を飛ばすと、衛兵の一人が部下へと命令を下す。


「門を開け放て! 一気に畳み掛けるんだ!」


 その声で俺も現実へと引き戻された。

 俺は剣を抜き放ち、防壁から飛び降りていの一番に残存した魔物へと斬りかかる。

 まさかあれほどの魔物を一撃でここまで削りきるとは… せめて期待に答える働きはこの場でしておかなければ、バロンメダルの冒険者として面子にも関わる。

 俺はひたすら身体強化した体で流れる様に魔物を屠って行った。


 ◆


 全ての魔物の討伐を追え、街へと帰還した俺は、他の冒険者と共に、カイサル様の勝利宣言を聞く。


「皆!喜べ! 魔物の群れは今しがた殲滅された! 我々の勝利だ!」


 カイサル様がそう告げると、民衆から盛大な歓声が上がる。


「これも皆の協力があってこそ、成し遂げられたものだ! ここにグローリア領主として、感謝の意を表する! ありがとう! そして紹介しよう。 その力を持ってほとんどの魔物を退けた、此度の功労者、イリナ・シスタール嬢だ!」


 そう宣言すると、皆から喝采と共に、歓声が上がる。

 そこに立っていたのは、先ほどの特級魔術を放った女性だ。


「「「「イリナ様! イリナ様! イリナ様!」」」」

「「「「新たな英雄の誕生だぁあ!!」」」」


 市民達はそれぞれに喜びの声を上げ、彼女を称える。

 新たな英雄の名は、彼女に持って行かれてしまったな… そう内心思いながらも素直に賞賛する。

 そんな俺の裾を引っ張る存在が居た。

 俺は視線をそちらへと向ける。


「あの、ヴィリー様。 お怪我はありませんか?」


 そう言ったのは、スゥーミラだった。


「あ… あぁ…」


 俺はそう答えるが、スゥーミラは目ざとく俺の傷を見つけ慌てて傷口に手を翳す。


「怪我してるじゃないですか! 駄目ですよ我慢しちゃ」


 そう言って勝手に治療を始める。

 俺は頭を掻いて、一応お礼を言う。


「ありがとう… だがこんなのかすり傷だ。 気にする程の事じゃない」


 彼女は俺に顔を近づけて「駄目ですっ!」と目力いっぱいに顔を覗き込む。

 そして、治療をしながら彼女は上目遣いで俺に呟く。


「あの、ヴィリー様。 お願いがあります」

「断る」

「まだ何も言ってないのに!」


 スゥーミラは頬を膨らませて抗議する。


「俺はソロの冒険者だ。 依頼なら受けるがお願いは受けるつもりは無い」


 そう言って突っぱねると、彼女は「そんなぁあ」と半泣きで訴える。


「分かりました。 それじゃ依頼します。 お金はそんなに無いけど、報酬は私の全てでどうですか?」


 俺は嫌な予感がして、「断る!」と再度否定して、その場から逃げる。

 しかし彼女は俺の腰にしがみつき、必死に引きずられながらも諦めない。


「放せっ この…」


 俺は手で引き剥がそうとするが、彼女は必死に抵抗する。

 次第に腰からずれて俺の股間に顔が当たって危ない状況に陥る。

 その位置は非常に不味い。 必死に引き剥がす。


「嫌ですぅう! お願いを聞いてもらうまでは絶対放さないですぅうう!」

「分かった! 分かったから放せ!」

「ほんとですか?」


 俺が「ああ」と肯定すると彼女は俺を放した。


「あのですね、私を鍛えてください!」

「断る!」


 俺はそう言って身体強化を使って全力で逃亡した。


「あっ ズルイですぅう!」


 聞く耳持たずだ。 俺は必死に逃げた。

 俺はポリシーを持ってソロで活動してるんだ。 誰がチームなんて組むものか。

 なんとか彼女から逃げ切り宿に戻ると、スタンピードの一件で疲れていたのか俺はその日、気がつくとぐっすりと眠っていた。


 ◆


 そして翌朝。 朝日が差し込み、俺の瞼を焼き付ける。

 俺は不快感を感じ、ベットの中で寝返りをうった。

 そして伝わる柔らかな感触。 この宿の布団はこんなに柔らかかったかな…

 次第に思考がはっきりしてきて、目の前にそそり立つ2つの山肌に目を見開いた。

 思わずベットから飛びのくと、そこにはスゥーミラが下着姿で眠っていた。


「何故ここに居る!」


 俺の声に、彼女は瞼を擦りながら体を起こし、何事も無かったかの様に「おはようございます。 ヴィリー様」と朝の挨拶をする。

 いや、そうじゃなくてだね…


「ああ、ヴィリー様がお逃げになった後、必死に探したんですよ!」

「そうじゃなくて、どうして俺の宿にお前がいる!」

「えっと、鍵が開いてたので気配隠蔽魔術を使っておじゃましました☆」

「おじゃましました☆ じゃ、ねぇえ! てか何でそんな格好なんだよ!」

「えっと、私を一緒に連れて行ってください」

「人の話を聞け!」

「ここで私が悲鳴をあげたら、ヴィリー様どうなっちゃうんでしょう」


 言いながら敢えて下着を乱す。 黒い… 黒すぎるぞこの娘… 俺は額に汗を浮かべる。


「お… 脅す気か?」

「そんな事しないですよー やだなー 私はヴィリー様を純粋にお支えしたいだけですよ?」

「余計なお世話だ! てか服を着ろ服を!」


 気がついた事だが、彼女は着やせするタイプなのか、胸が思ってたより大きい…

 目のやり場に困る…


「必ずお役に立ちますから、ご一緒させてください! お願いします」


 そう言って「不束者ですが…」と聞こえてきそうな程綺麗に姿勢を正して頭を下げる。


「いや、だから俺はポリシーを持ってソロで活動してるんだ。 誰かとつるむつもりはない」

「じゃあ、しかたないですね…」


 そう言うと息を吸うスゥーミラ。 いけない! そう思い俺は彼女の口を塞ぎ押し倒した。


「むきゅっ」


 しまった。 俺は咄嗟に離れようとしたが、それよりも早く彼女は、頬を染めて嬉しそうに抱きしめてきた。


「ヴィリー様ったら大胆です♥」


 柔らかな胸の感触が伝わり、俺は額から滝の様に汗が流れる。


「はっ… 放せっ」


 俺は抵抗するが、スゥーミラは放す気配はない。 彼女は必死にしがみ付く。


「嫌です♥ このまま襲っちゃってもいいんですよ?」

「断る! いいからはーなーれーろー!」


 なんとか彼女を引き離し、シーツで取り合えず彼女を包む。


「なぁ、なんでそんなに俺に付きまとう? 俺と一緒に居ても良い事なんてないぞ」


 それの質問に彼女は語り始める。


「そんな事ないです! 私は… 私はヴィリー様に助けて貰わなければ、今頃死んでいたと思います…

 それに、私は治療魔術以外は取り得のない底辺の冒険者です。 チームの皆を失って、この先どうしたら良いか分からなかったんです」


 彼女は悲しそうな顔でそう説明する。


「でも、私にはヴィリー様が居ます。 この命を救ってもらったご恩を返すまでは、せめて自分の全てを懸けてお仕えしたいと思ったんです」

「しかしだな…」


 俺は頭を掻く…


「駄目… ですか…?」


 上目遣いで目を潤ませて落ち込む。

 そんな顔されたら、どうして良いか分からない… 伊達にソロでバロンメダルまで上り詰めていない。 こんな反応されたの初めてだ…

 俺は頭を掻き、溜め息を漏らすと諦めた様に呟く。


「ハァ… 分かったよ… 俺の負けだ。 でも今後そう言うのは無しだ。 色仕掛けとか勘弁してくれ…」


 俺がそう言うと顔を輝かせ。スゥーミラはお礼を言う。


「ありがとう御座います! ヴィリー様。 精一杯お仕えします!」


 そう言うと改めて姿勢を正し、頭を下げる。


「不束者ですが、宜しくお願いします」


 言いやがった… マジで勘弁してくれ…

 そして、俺はスゥーミラと初めてのチームを組む事になったのだった。

 これから新しく始まるスゥーミラとの旅は、これまでとは違った刺激を俺に与えてくれる事だろう。 不安しかないが…

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