第二十話「ロゼの目覚め」


 何もない、真っ白い世界…

 ただ、どこまでも広がる空間に俺は漂っていた。

 瞼が重い… 全身に力が入らず、手も足も指さえも動かない…

 俺は、死んだのか…

 また、大切な人を護れぬまま、終わりを迎えるのか…

 それを思うと、本当に怖い。

 せめて、アイエル様だけでも無事でいて欲しい…

 そう願わずには居られない。


 しばらく真っ白い世界を漂った俺に、一筋の光が差した。


―― 諦めないで… ―― 


 どこからか、声が聞こえる。


―― 二人の幸せを願っているわ ――


 その声を残し、一筋の光は次第に広がると、そのまま俺を包み込んだ。

 俺の意識はそこで途切れた。


 ◆


 いい匂いがする…

 優しい風が頬を撫で、次第に意識がはっきりとしてくる。

 柔らかいものに包まれ、居心地がいい。 しかし覚醒する脳とは相反し、そのまま寝て居たい気分だ…

 俺は寝返りをうち、その柔らかさを堪能する。


―― ふにゅっ ――


「きゃっ」


 ?????

 俺の意識は一気に覚醒し、目を見開いた。

 そこには、布団に潜り込み、俺を抱きしめて抱擁するメイドの姿があった…


「なにやってるの… メラお姉ちゃん…」

「ロゼくん!」


 俺が目を覚ました事に気づき、そう言ってより一層抱擁してくるメラお姉ちゃん。 本気で苦しぃ…


「ちょっと待って、苦しい…」

「あ、ごめん…」


 そう言ってメラお姉ちゃんから解放された俺は、左目に違和感を覚えた。


「あれ… 目が…」


 そう言って手で確認すると、そこには包帯が巻かれており、左目の感覚がない。


「ロゼくん、心配したんだからね! イリナさんに抱えられて来た時は、全然目を覚まさないし、左目も大変な事になってるし」

「ごめん…」


 そう捲し立てられ、なんだか分からないけど、心配かけた見たいなので取り合えず謝る。


「あ、そうだ。 カイサル様たちを呼んでこないと!

 ロゼくんはそこを動いちゃダメだよ! 病み上がりなんだから」


 そう言うと慌ただしく部屋を出ていく。

 と言うか、なんでメラお姉ちゃんは俺のベットで寝てたんだ?

 それよりも、あの後どうなったんだろう… アイエル様は無事なのかな…


 ◆


 少しして、慌ただしく扉が開き、母様が俺の元へと駆け寄ると、思いっきり抱きしめられた。


「ロゼっ!」


 俺は母様の胸に埋もれ、息ができない…

 この家の住人は俺を圧殺したいのかと思うくらい、抱擁が激しすぎる…

 俺が苦しそうに母様の腕をたたくと、母様は俺の肩を掴んで顔を合わせて言う。


「このまま目を覚まさないんじゃないかと思って、すごく心配したんだから」


 そう言って優しく頭を撫でてくれる。

 遅れて、父様とお爺様、それに続きカイサル様とメラお姉ちゃん。 そしてイリナ先生と、アイエル様を抱きかかえたアリシア様が部屋に入ってきた。


「ロゼ! お前は本当に心配ばかりかけて」


 父様は目に涙を浮かべ、母と俺に寄り添う。 二人には大分心配をかけてしまったみたいだ…

 お爺様もそんな俺たちを、安心したように見つめている。


「ごめんなさい…」


 俺は母様と父様に謝る。 そんな俺にカイサル様は険しい顔で叱り付ける。


「ロゼ! お前の勝手な行動が、自分自身の身を危険に晒したと理解しているな」

「はい。 すみません…」

「バルトもシヤも、本当にロゼの事を心配してたんだ。 勿論、ここに居る皆もだ。

 お前は一人じゃない、もっと自分を大切にしなさい」

「はい。 すみませんでした…」


 そうカイサル様に諭され、俺は再度謝る事しかできない。


「よろしい。 分かればいいんだ。 それから、今回はロゼのおかげでアイエルも無事に救えた。 お礼を言わせてくれ」


 カイサル様は先ほどまでの険しい顔を緩め、深々と感謝の意を表する。


「よっ、よしてください、カイサルさま!」


 俺は慌てて手を振って止める様に言う。


「ぼくはただ、アイエルさまを救いたくて必死だっただけです。 それに、最後までお護りする事も出来ませんでした…」


 俺は自分の無力さを感じていた。 しかし、カイサル様はそれを否定した。


「何を言う、娘を見つけ出し、我々に居場所を教えて救出まではしてくれたでわないか。 結果自分の身を危険に晒したのは頂けないが、ちゃんとアイエルを護り通した。 誇ってこそ責められる言われはない。 もっと自信を持ちなさい」

「そうよ、ロゼくんはそこまでしたのに、何もできなかった私はどうなるの? もっと自分を誇りなさい。 それに、謝るのは私たちの方よ。 助けるのが遅くなったせいで、ロゼくんに大怪我させたんだもの… それに、私の実力不足で、潰れた左目までは治せなかったし…」


 カイサル様に同調し、イリナ先生はそう言って申し訳無さそうに、俺の失った左目を撫でる。


「せんせい…」


 二人にも大分心配をかけた見たいだ。 最後に残る記憶は、男に剣で貫かれる光景だった。 あの状況から考えると、イリナ先生が居なければ、俺は本当に死んでいたかもしれない…


「イリナ先生、謝らないでください。 先生に治療してもらえなければ、ぼくは死んでたと思います。

 あの男の一撃は、確かに僕の身体を貫いていました。 あの後男はどうなったかは知りませんが、今こうしてぼくもアイエルさまも無事なのは先生のおかげです」


 俺がそう言うと、思い出した様に説明する。


「そうね、ロゼくんにはまだ説明してなかったわね…」


 イリナ先生の言葉を引き継ぎ、カイサル様が説明する。


「ロゼ、お前が戦っていたあの男だがな、うまく逃げられてしまった。 すまん…」


 そう言って謝る。 そしてそれを補足する様にイリナ先生が付け加える。


「カイサル様は鬼の様な強さで男を追い詰めたんだけどね、私を庇った隙に逃げられたの」

「そう… なんですね… 大丈夫です。 次に会ったら今度こそ勝ちます」


 俺はそう言って二人を元気づけた。

 カイサル様は、そんな俺の言葉に笑みを漏らし「言うじゃないかロゼ」と言って関心する。


「それはそうとロゼくん。 ロゼくんが目を覚ましたら聞こうと思ってたんだけど…」


 イリナ先生はそう前振りをして、何やら石の様な物を取り出した。


「アイエルちゃんを護っていた結界の核がコレみたいなんだけど、ロゼくんこんなの何処で手に入れたの?」


 俺はそれを見て驚いた。 てっきり結界が消えるのと同時に消滅すると思っていたからだ。


「それは…」


 思わず口ごもる。 どう答えたらいいか分からない。

 またやらかしてる感がすごいある… どうしよう…

 あ、そうだ。 誘拐犯のアジトにあった事にしよう。 確か誘拐犯はアーティファクトを持ってたはずだ。 調べて貰えば分かるはず。

 俺はそう考え至り、そう説明することにする。


「誘拐犯のアジトにあったんです。 マナを感じれたので魔石かなにかかと思って持ち出して、運よく結界に使えたんです」

「なるほど… しかしこんな魔石、見た事ないわ… ロゼくん、何か隠してない?」


 思いっきりイリナ先生に疑われている… 女の感と言う奴かな… 俺は目線を逸らした。

 とりあえず口笛でも吹いて誤魔化そう。


―― ひゅ~ひゅひゅひゅひゅ~♪ ――


 あ、うまく吹けななかった… 空気が漏れる音だけが鳴る。

 この体に少しは慣れたと思ったけど、まだまだ認識が甘かった様だ。

 そんな俺の様子をイリナ先生はジト目で見ている。


「まぁ、いいわ。 どうせロゼくんの事だから、何か隠してるならすぐバレるでしょ」


 解せぬ…

 そんなやり取りをイリナ先生としていると、アイエル様がアリシア様から手を放し、俺の元へと歩み寄る。


「ロゼ、おめめだいじょうぶ?」

「ええ、大丈夫ですよ。 アイエルさまが無事でよかったです」


 俺がそう言って笑いかけると、アイエル様は徐に俺に顔を近づけ、頬にキスをした。

 そして、吸い込まれそうな瞳で俺を見つめ、「ありがと ロゼ」と言って嬉しそうに微笑んだ。

 あまりの突拍子もないアイエル様の行動に、俺の思考が一瞬で真っ白になった。

 何故かカイサル様から殺気を感じ、思わず目線を向けていまう。 そこにあったのは、鬼の形相をしたカイサル様と、「あらあら」と楽しそうに笑うアリシア様。

 そして、アリシア様の次の言葉に、俺もカイサル様も何も言えなくなった。


「アイエル。 ちゃんと教えた通りお礼できて偉いわぁ」


 その言葉で、アイエル様の行動が、アリシア様の差し金だと決定付けられた。

 アイエル様は「えへへ」と嬉しそうに笑っている。 一方カイサル様は複雑な表情で何も言えなくなっていた。 てか、アイエル様になんて事教えてるんですかアリシア様! 俺は心の中で叫んだ。


「ずるいですアイエル様! 私もロゼくんの妻としてキスを…」


 メラお姉ちゃんが何か言いかけて、無言で父様にどこかへ連れられて行かれた。

 きっとお説教タイムが待っている事だろう… 見なかった事にしよう。


 ◆


 そして、魔物のスタンピードから始まった一連の事件は、幕を閉じたのであった。

 事件以降、イリナ先生の株が爆上がりし、領内では一躍有名人になったのは言うまでも無い。

 それから俺は今回の誘拐事件を踏まえ、アイエル様の専属執事として、常に行動を共にする様に命じられた。

 そして、千二百もの魔物と三百の兵の一部を失った事で、王国の動きは沈静化し、平穏な日々が続いた。


―― それから、二年半の月日が流れた ――


 花が咲き乱れるお屋敷の中庭。

 雨上がりに滴る雫が、太陽の光を反射し、宝石の様に草花を彩る。


「アイエル様。 まだ雨で地面が濡れてます。 あまり急がれますと服が汚れてしまいますよ」

「大丈夫、洗えば済むもの。 それより見て見て! お庭が輝いてる!」


 五歳になり、少し成長したアイエル様は、あどけなさはあるものの、目鼻立ちがだいぶはっきりとし、アリシア様に本当にそっくりな美少女へと成長を遂げた。

 以前と変わらず神秘的に変わる虹色と青み掛かった白銀の髪は、背中辺りまでまっすぐに伸び、薄水色のドレスと良く似合っている。

 対する僕は、失った左目を隠す為に、カイサル様が用意してくれた眼帯を付け、黒で統一された執事服をビシッと着こなしている。

 背も少し伸び、台座が無くても給仕できる様になった。


「さようでございますね。 とても奇麗です。

 アイエル様の髪と同じで虹色に輝いてとても奇麗です」


 僕が笑顔でそう言うと、アイエル様は頬を染めて「ロゼのバカ…」と言って視線を逸らす。


「それよりもアイエル様、もうすぐ学院の入試が近づいております。

 アイエル様ならトップの成績で合格できるでしょうが、絶対ではありません。 ここは入試に備えて苦手科目の復習をいたしましょう」

「うぅ、せっかくイリナ先生からお休みをもらったんだから、どこかに遊びに行きたい…」

「ダメです。 また無断で外出すると、カイサル様にまた怒られますよ」


 アイエル様は頬を膨らませ「ロゼのイケズ…」と言って拗ねる。

 相変わらず可愛いな… 僕は代わりにアイエル様に提案する。


「今日の復習が終わったら、僕の方からカイサル様にお願いしてみます」

「ほんとっ?」

「ええ… 約束です」


 僕がそう答えると、アイエル様は「わかったわ」と言ってそそくさとお屋敷に戻っていく。

 僕もその後に続き、アイエル様の勉強をサポートした。

 そして、その日の午後にはカイサル様に許可を取り、街へと出かけるのだった。


 え? 僕の一人称が変わってるって? それは流石に二年も自分の事を僕と呼び続けてたら、それが自然になってしまうと言うもの…

 環境が人を変えると言うけど、それは本当だと僕は思った。


 何気ない日常が、本当に幸せに思えた。

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