第十九話「英雄の力」


 時は少し遡る。 アイエルちゃん誘拐の一報を受けた私達は、言葉を失っていた。

 おそらくこのスタンピードは、カイサル様の娘、アイエルちゃんを誘拐する為の布石でしかなかったと言う事だと思う。 そう思うと、敵の手際がよすぎる…

 私達が相手の策にまんまと嵌ってしまったこの状況で、手がかりもなくアイエルちゃんを探し出すのは至難の業。 カイサル様も唇を噛み締め、激情を押し殺しているのが分かる。

 とにかく今は行動するしかない。 そう考えを纏めた時、何時もは冷静なロゼくんが、私の手を離し指令室を飛び出していく。


「ロゼくん待って!」

「ロゼ! 一人で行動するな!」


 私とカイサル様が、慌てて静止を呼びかけるけど、ロゼくんはそのまま人込みの中へと姿を消してしまった。


「くそっ!」


 カイサル様は悪態をつき、部下に指示を飛ばす。


「お前たちはこのまま街を封鎖しろ! 何人たりとも街の外に出すな! 防壁の上に兵を配置して怪しい人物を探れ!」

「「「「「ハッ!」」」」」


 カイサル様の指示で、兵達は一斉に行動に移る。


「イリナくん、すまないが私と一緒にロゼを探してくれ。 君も索敵魔術は使えたな」

「ええ… ですがアイエルちゃんを探さなくていいんですか?」

「闇雲に探すよりも、ロゼを捕まえて一緒に探した方が、手掛かりが掴めそうな気がするんだ。 それに、アイツなら突拍子もない方法で、娘を救う方法を思いつくかもしれない」


 なるほど、確かにロゼくんなら見つける方法を編み出すかもしれないですね。


「分かりました」


 私は納得し、カイサル様と共にロゼくんを追って人込みの中へと駆け入った。


 ◆


 そして、それから三十分も経たずに、事態は動いた。

 地響きと轟音と共に、街外れの森の中に、巨大な岩の柱が切り立ったからだ。

 街の中に居ても、防壁の上から頭を覗かせたそれは、異様なまでの存在感を放っていた。


「カイサル様! もしかしてあれは…」


 私の言葉に、カイサル様も同じ結論に至ったのか頷き返す。


「ああ、おそらくロゼの仕業だろう… 急ぐぞ!」


 カイサル様がそう言うと先に駆け出す。 私はカイサル様の後を追って、その切り立った岩の柱を目指して駆けた。 そして、向かった先で目にした光景に、私は息を呑んだ。

 見知らぬ男が一人、血塗られた剣を片手に佇んでいる。 そしてその視線の先には結界に包まれたアイエルちゃんの姿が…

 そして男の足元には、血を流し、その場に横たわるロゼくんの姿があった。

 私はその光景に青ざめ、思わず叫んでしまった。


「ロゼくん!」

「ロゼ!」


 カイサル様も驚いて叫んでしまったのだろう。 私達があげた声で、男はコチラに剣を向ける。


「チッ もう駆けつけやがったか…」


 男はそう言って悪態をつき、様子を伺う。

 カイサル様は目にも留まらぬ速さで剣を抜き放ち、一瞬で男との間合いを詰めると剣を振りぬいた。

 男は咄嗟に剣で受け止めるが、勢いを殺しきれずに後ろへと飛ばされる。


「ぐっ!」


 流石カイサル様。 たった一撃でロゼくんから男を引き離した。

 カイサル様は横たわるロゼくんを背に、私に指示を出す。


「イリナくん。 ロゼの治療を! まだ助かるかもしれない」


 私はその言葉で我に返り、慌ててロゼくんに駆け寄ると、ロゼくんの容体を見る。 出血は酷いが、息はまだある。 私は急いで中級治療魔術を行使する。

 私がもっと上級の治療魔術が使えたら… 自分の無力さを呪う。

 その様子を確認したカイサル様は、敵を見据えて怒りを露にした。


「貴様だけは許さん」


 その言葉を発したカイサル様に、私は恐怖を感じた。

 溢れ出る気迫と殺気が、辺りを包み込む。

 一本の剣を構えるカイサル様の周りに、マナが渦巻いているのが分かる。 これもロゼくんの特訓の成果かしら…

 先に動いたのはカイサル様だった。 目にも留まらぬ速さで男との距離を縮めると、ものすごい勢いで剣撃を繰り広げる。 男は必死でその攻撃をしのいで居るが、度々吹き飛ばされては体制を崩していた。

 強い… これが英雄の力…

 私はロゼくんの治療をしながら戦いの行方を見守った。


「化け物かよっ!」


 男は悪態をつきながら必死に逃げる。

 攻撃を捌くのが精一杯と言った所か、かなり焦っている見たいに見える。

 そして男は急にカイサル様からターゲットを私たちに変え、ナイフを投擲した。


「しまっ」


 私は焦った。 治療魔術で両手が使えず、避ける事もままならない。 思わず目をつぶってしまった。

 しかし、そのナイフは私に到達する前に、カイサル様の剣によって弾かれた。

 私たちを護ってくれたのだ。

 しかし、男はその隙を突いて森の中へと姿を消した。


「チッ… 逃げられたか…」


 カイサル様は悪態を着き、コチラを向いて様子を伺う。

 あれ? 今気付いたけどカイサル様の瞳って赤かったっけ…

 そう思ったのも束の間、その瞳の色は、あふれ出ていた気迫と殺気が無くなると共に、元の碧の瞳へと戻った。


「カイサル様、今瞳の色が…」

「いや、気にするな。 気持ちが高揚するとたまにああなる。 それよりもすまなかった… 私が油断したせいで君を危険に晒してしまった」

「いえ、謝るのは私の方です。 私が男の攻撃に対処できなかったせいで、逃げる隙を与えてしまいました」

「いや、逃したのは私の失態だ… それよりもロゼの容体はどうだ?」


 私は治療を続けるロゼくんの容体を確認する。

 ロゼくんの容体は、徐々にではあるが傷口が塞がり、止めどなく流れていた血は収まっていた。

 しかし、顔についた傷は癒えても欠損した目と失った血までは復元できなかった。


「傷は塞がりましたが、失った血と欠損した目までは復元できませんでした… すみません、私にもっと力があれば…」


 思わずそう呟いてしまう。


「そうか… だが命があっただけでも良かったと思うしかあるまい… 目が覚めたら叱ってやらねばなるまい、命があったから良かったものの、一歩間違えれば命を奪われていたかもしれない」

「ええ、そうですね…

 それはそうと、あのアイエルちゃんを囲む結界… どういう理屈で展開してるのかしら…」


 視線の先では結界に閉じ込められたアイエルちゃんが、必死に助けを求めてこっちの様子を伺っている。


「アイエルを護る為とは言え、ロゼもとんだ置き土産を残してくれたものだ…」


 そう言ってカイサル様は頭を掻いて溜め息を着く。


「イリナくん、あの結界、どうにかならないか?」


 私に振られても… 正直、術者が気を失ってるのに発動しつづける魔術なんて聞いた事無い…


「私の手には負えないわ。 ロゼくんが目覚めるのを待つか、危険を承知で攻撃を仕掛けて破壊を試みるかしかないと思う」


 私の言葉に再度カイサル様は溜め息を漏らす。


「あとは、そうね… 結界の内側からマナに干渉できれば、もしかしたら結界を解除できるかもしれないわ」

「それが一番現実的か… この結界が何時まで持続するかも不明だし、ロゼも今の状況じゃ何時目を覚ますか分からん」

「そうね…」


 私はそう頷いて、ロゼくんをそっと寝かし、アイエルちゃんの下へと近づく。


「アイエルちゃん聞こえる?」

「せんせー ロゼだいじょうぶ?」


 結界越しに、心配そうにロゼの方を見つめるアイエルちゃん。

 私は安心させるために笑顔を浮かべ、説明する。


「大丈夫よ、アイエルちゃん。 ロゼくんは無事よ… 今は眠っているわ」


 私が説明すると、隣にカイサル様がやってきて、腰を屈めてアイエルちゃんと視線の高さを合わせる。


「アイエル。 無事でよかった… 怖い思いはしてなかったか?」

「うん。 こわかったけど、ロゼがきてくれたからへいきになったよ」


 カイサル様は「そうか…」と優しく笑みをこぼした。

 私もその光景に笑みを零し、「アイエルちゃん、よかったわね」と告げ、結界の事に思考を移す。

 そして、中からマナを操作できるかアイエルちゃんに確認を取った。


「それよりも、アイエルちゃんをこの結界から出してあげたいのだけど、外からじゃ結界に干渉できないの… アイエルちゃんは、この結界に流れているマナの流れは掴みとれる?」


 私がそう聞くと、「やってみる!」と目を閉じて結界に触れる。

 これも毎日魔術の勉強をしてたおかげかな… アイエルちゃんは本当に魔術が好きみたいで吸収力もすごい。 ロゼくんのお陰で目立たないけど、アイエルちゃんも十分規格外よね…

 そんな事を考えて居ると、「わかった!」と言って一生懸命説明する。


「んとね、マナはね、まんなかのところからながれてきてるの」

「真ん中の所?」

「うん。 あのいしみたいなのからだよ」


 そう言って、ちょうど結界の中央あたりにある石を指さす。

 そこには、淡く輝く結晶が存在した。


「魔石?… いえ、魔石にしては色が澄んでる… アイエルちゃん、それを見せて貰える?」


 私がそう言うと、アイエルちゃんは石を拾いに行き、それを持って戻ってきた。


「カイサル様、こんなの見た事あります?」


 私の問いに、カイサル様も首を振る。


「いや、私も初めて見る。 いったいこれは何なんだね?」

「私にも分かりません。 でもこの魔石から結界にマナが供給されているのなら、その供給を断てば結界は消滅するはずです」


 カイサル様は「なるほど…」と呟くと、アイエルちゃんに聞く。


「アイエル、その石から流れ出るマナを止める事はできるか?」


 カイサル様のその言葉に「わかんないけど、やってみる」と答え、目を閉じて集中する。

 マナを操作して、結界へのマナの供給が止まったのか、アイエルちゃんを包んでいた結界は、スゥ… と消えて行った。


「アイエル、よくやった!」


 そう言ってカイサル様はアイエルちゃんを抱き寄せる。


「パパ、くるしぃよ…」

「ああ、すまんすまん」


 そう言ってカイサル様はアイエルちゃんの頭を撫でてあげる。


「それにしても、この魔石? は何なんですかね…」

「分からん。 ロゼに聞くしかあるまい」


 そう言って私達は眠るロゼに視線を移す。

 それに気づいて、アイエルちゃんはロゼくんの元へと駆け寄り、様子を覗う。


「アイエル、ロゼなら大丈夫だ。 今はゆっくり休ませてあげなさい」


 そうカイサル様が言うと、アイエルちゃんはコクリと頷き、心配そうにロゼくんを見つめる。

 私はロゼくんの元まで歩み寄ると、ロゼくんを抱き上げ、カイサル様に告げる。


「お屋敷に戻りましょう。 皆心配していると思います」


 カイサル様は「そうだな…」と頷くと、アイエルちゃんを抱きかかえる。


「屋敷に戻るとしよう」


 そう言ったカイサル様に従い、私達はお屋敷へと向けて帰路を歩んだ。

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