第二十二話「イリナ先生の卒業試験」

 ◆


 ネリネが生まれてから四日後。 イリナ先生に卒業試験の事を言われてから一週間が過ぎた。

 今、お屋敷の庭にある訓練施設で、イリナ先生を始め、僕とアイエル様、カイサル様とアリシア様、そして、サポートとしてお爺様とエミルお姉ちゃんが側に控えている。

 実はメラお姉ちゃんも居たのだが、父様に「サボってないで仕事いろ」と言われ、引きずられる様に仕事へと連れていかれた。

 メラお姉ちゃんは「エミルだけずるぃ~」と叫んで居たが、エミルお姉ちゃんが立ち会っているのには、ちゃんとした理由がある。

 カイサル様曰く、エミルお姉ちゃんには僕たち二人の常識外の魔術を、実際に見てもらいたいそうなのだ。 話だけでは信じられないだろうとの配慮だ。 今回はメイドとして立ち会ってもらって居る。

 グローリア家の一員となったからには、ちゃんと知っておいて貰うべきだと判断したのだろう。


「「よろしくお願いします」」


 僕とアイエル様は、イリナ先生に頭を下げる。


「それでは今から卒業試験を行います。 まずは筆記テストから」


 そう言うと、訓練場に設けられた休憩室で、テスト用紙を配る。

 僕とアイエル様はそれぞれ机に向かい、ペンを取った。


「それでは始めます。 テスト時間は1時間。 これまで勉強した中からメルトレス帝国学院のテストを模して作りました。 準備はいいですか?」


「「はい」」


「それでは、始め!」


 僕とアイエル様は始めの合図で問題を解き始める。 その様子を一同は見守った。


―― 1時間後 ――


「それまで!」


 イリナ先生の合図で手を止める。


「それでは採点していきますね」


 そう言うと、僕達のテストを採点していく。

 テストの内容は前世の記憶を持つ僕には、至って簡単なものだった。

 足し引き算の計算問題と、文章問題。あとは魔術の初歩的な問題と、帝国の歴史などの一般常識問題だった。


「流石ね、二人とも満点だわ」


 イリナ先生の採点が終わり、結果が告げられる。

 アイエル様もこの二年間で、簡単な計算と読み書きができるようになっていたし、魔術は初歩どころか応用の応用で無詠唱も当たり前になっている。

 最初こそ魔術を感覚的にしか解っていなかったが、今ではちゃんと理解して使えるまでに成長している。 このテストは今まで習ってきた事を考えると、アイエル様にとっては簡単だったのだろう。

 僕は「流石です。 アイエル様」とアイエル様を褒める。

 アイエル様は「えへへ…」と少し照れて「ありがと」と呟いた。


「それでは今度は実技を行います」


 イリナ先生の合図で、休憩室から屋外へと出る。


「それじゃあ二人とも、今できる最高の魔術を見せて貰える?

 ただし! 訓練場の破壊しかねない魔術は禁止ね」


 僕とアイエル様は頷いた。


「それじゃ僕から…」


 僕はマナの精密操作を行い、火炎魔術を発動する。

 訓練場に火柱が空へと舞い上がり、それを制御して巨大な火の鳥を作り出して見せた。


「「「ぉお…」」」


 思わず声を漏らすカイサル様とお爺様、そしてイリナ先生。

 エミルお姉ちゃんは目を丸くして絶句している。

 大空を舞う火の鳥は、まるで本当に生きているみたいに空を舞い、訓練場の中央に着地すると羽を畳んだ。


「どうでしょうか? イリナ先生」


「勿論合格よ… と言うか、相変わらず非常識な事をするわね…

 火は実体が無いからそんな簡単にできるとは思えないんだけど、ロゼくんがやってるなら訓練次第でできるのよね…」


 僕は合格を貰った事で、火の鳥を拡散させて魔術を解除する。

 火の鳥が着地した場所は、焦げ跡すら無く元のままだった。

 それを見てイリナ先生が確認してくる。


「ロゼくん、もしかして熱そのものを遮断して制御してたの?」


「そうですよ? 火事になったら大変なので」


 その言葉に「やっぱりロゼくんはロゼくんね…」と呟いて呆れていた。

 目の前で行われた非常識の出来事に、我に戻ったエミルお姉ちゃんが何やらカイサル様に問い詰めている。


「なんですかっ! あの魔術は! 話には聞いて居ましたが信じられません!」


「エミル。 目の前で起きている事が現実だ。 そう言うモノだと受け止めなさい」


 カイサル様にそう諭されて、エミルお姉ちゃんは何か言いたそうにしながらも口ごもる。 そんなやり取りをよそに、イリナ先生はアイエル様に向き直り続ける。


「それじゃ、アイエルちゃん。 今度はあなたの番ね」


 イリナ先生に促されて、アイエル様は元気よく「はーい」と返事を返し、マナの操作を始める。

 勿論、驚かすつもり満々のアイエル様は、特級魔術を使うつもりだ。 アイエル様には前もって、お屋敷や訓練場に被害が出ない方法をちゃんと伝授している。

 マナを頭上に溜め、そして特級の雷鳴魔術、エクレール・レイを空へと向けて放った。


「いっけぇええ!」


―― ドゥガゴォーン!! ――


 アイエル様の叫び声と共に大空へと舞い上がった雷の柱は、轟音と共に雲を吹き飛ばし、空の彼方へと消えていく。

 そして雲ひとつない大空がそこに広がった。

 アイエル様は魔術を放ち終わり、イリナ先生に向き直るとモジモジと反応を待つ。

 皆、アイエル様が突如として放った特級魔術に度肝を抜かれて、大空を見上げてポカーンと口をあけている。

 とりあえず、皆を現実に引き戻すのが先決か… 僕はアイエル様に拍手を送り賞賛の声を上げる。


「流石はアイエル様です! 練習の成果がでましたねっ」


 アイエル様は「えへへ…」と照れて頭を掻く。

 イリナ先生は正気を取り戻し、僕に詰め寄る。


「ちょっとロゼくん! ちゃんと説明して!

 なんでアイエルちゃんまで特級魔術が使える様になってるのよっ!」


 僕は軽い感じで「練習しましたからネー」と言うと、アイエル様も軽い感じで「ネー」と同意する。

 イリナ先生の授業では、練習する場所の問題で、上級魔術までしかアイエル様に教えていない。 それがいきなり教えても居ないはずの特級魔術を放ったのだ、説明を求めたくなると言うのも頷ける。


「えっとですね、実はアイエル様と二人で秘密の特訓をしてたんです」


 そう言うと僕はアイエル様に目で合図する。

 アイエル様が頷き返すと、僕とアイエル様は浮遊魔術で大空へと舞い上がった。


「イリナ先生、こうやって空を飛んで人気の無いところで密かに練習してたんです」


 僕の説明に、イリナ先生は口をポカンとあけて僕らを見上げる。

 そして、我に返って僕に抗議する。


「ズルイ! アイエルちゃんにだけ浮遊魔術を教えるなんて!」


 いやいや、イリナ先生が浮遊魔術は危ないからって止めたから、こっそりと練習してたのに…

 先生に教えたら秘密の練習が秘密じゃなくなりますよね…

 そう思ったけど、それは口にせずに僕はそれに答える。


「先生を驚かせたかったので、アイエル様と秘密にしてたんです」


「先生、びっくりしたぁ?」


 楽しそうに笑うアイエル様。


「びっくりするわよ! 私ですらまだ覚えれてないのに…」


 そんなイリナ先生に、 アイエル様は首を傾げながら訊ねる。


「先生… 合格?」


「はぁ… 合格よアイエルちゃん。 想像以上だったわ」


 そう言って微笑む。


「いやはや、驚きましたな… まさかロゼだけでなくアイエルお嬢様までこれ程成長なさっておられるとは…」


 お爺様が関心した様に呟く。

 そのお爺様の呟きに我に返ったカイサル様は、娘の成長を素直に喜んだ。


「アイエル、想像以上だった。 良く頑張ったな」


 そう言ってアイエル様を褒める。 アイエル様は満面の笑みで喜び、カイサル様の胸に文字通り飛び込んだ。


「パパッ!」


 アイエル様を受け止めたカイサル様は、優しくアイエル様の頭を撫でてやる。

 そんなアイエル様にアリシア様は歩み寄り、同じように頭を撫でて言う。


「よくやったわ、アイエル。 これで学院の入試はバッチリね」


 そう言って微笑む。 エミルお姉ちゃんはまだ現実が受け止めきれず、ただ呆然と見つめている。

 僕は地面に降り立つと、エミルお姉ちゃんへと歩み寄った。


「エミルお姉ちゃん。 驚きましたか?」


 僕の問いに、エミルお姉ちゃんはただ首肯する。


「アイエル様も膨大なマナを持ってますし、帝国でのグローリア家はの立ち位置は、これからどんどん重要になっていくと思います。

 なので、グローリア家の為、お互い精一杯頑張っていきましょう」


 僕の未来を見据えた言葉に、心の整理がついたのかエミルお姉ちゃんは微笑み、それに答える。


「ロゼ様は本当に聡明でいらっしゃいますね… メラ先輩がお熱なのも頷けます…」


 え? そこは頷けるの?? 内心そう思ったがスルーしておく事にする。

 藪をつついて蛇を出したくない。


「僕は僕にできる精一杯をしているだけですよ」


 そう言って苦笑う。


「私もロゼ様に負けない様に、メイドのお仕事を頑張って覚えます」


 そんな僕とアイエル様に、イリナ先生が告げる。


「これで卒業試験は終わりよ。 卒業おめでとう、アイエルちゃん、ロゼくん…

 アイエルちゃんもロゼくんも、これからは一人前の魔術師として立派にやっていけると思うわ」


「ありがとうございます」

「ありがとー イリナ先生」


 僕とアイエル様はイリナ先生に感謝の意を表す。


「私の家庭教師としてのお仕事も、今日で終わりね。

 カイサル様。 今まで有難うございました」


「いや、お世話になったのはコチラの方だ。 感謝している」


 イリナ先生の言葉にカイサル様はそう言って感謝の意を示す。


「いえ、私もロゼくんのお陰で、色々と学ぶ事ができました。

 その知識を元に、一から自分の魔術を見つめ直して見ようと思っています。

 それでなんですが、家庭教師としての仕事も今日で終わった事ですし、近日中にはお屋敷を出ようかと思っています」


「もう、行ってしまうのかい? 二人が帝都に向かう時に、一緒に送ろうと思って居たのだが…」


「いえ、そのお言葉だけで十分です。 私は冒険者ですから」


 そう言ってイリナ先生は微笑む。

 そんなイリナ先生に寂しそうにアイエル様が問い返す。


「イリナ先生、行っちゃうの…?」


 イリナ先生は腰を屈め、アイエル様と目線を合わせる。


「ごめんね。 アイエルちゃんにとって初めての別れかもしれないけど、また何時か会えるから…

 アイエルちゃんには寂しい思いをさせてしまうけど、私との別れはきっとあなたの為になると思うわ」


 そう言うとイリナ先生はアイエル様の頭を優しく撫でる。


「先生! 行っちゃヤダ!」


 アイエル様はそう言うと、涙を浮かべてそんなイリナ先生に抱きついた。

 イリナ先生は優しく抱きとめ、背中をさすってやる。


「アイエルちゃん…

 ありがとう、でもねアイエルちゃん。 これから貴女は学院に入学して、色んな人と出会うわ。

 そして、学院に居る間はカイサル様やアリシア様とも、少しの間とは言え会えなくなってしまうの。

 勿論学院の行事や、年に3回は大型連休があるから、その時は会えるけど、そこで立ち止まって居ては貴女は前に進めなくなってしまう。 全ての人がアイエルちゃんとずっと一緒には居れないのよ」


 イリナ先生に諭されるも、アイエル様は悲しそうな顔を崩さない。

 僕はそっとアイエル様に歩み寄り、イリナ先生の説明に付け加える。


「アイエル様。 僕はどんな事があろうと、アイエル様とずっと一緒にいます。

 アイエル様は僕だけでは不服ですか?」


 僕がそう言うとアイエル様はフルフルと首を振る。


「アイエル様がそんな調子だと、イリナ先生が安心して旅立てなくなってしまいますよ。 それに、ずっと会えなくなる訳じゃないんです。 会えない間にアイエル様がうんと成長して、またイリナ先生と会った時にいっぱい驚かせましょう」


 そう言って微笑む。

 アイエル様は、名残惜しそうにイリナ先生を放し、唇を噛み締めてスカートの裾をギュッと握って我慢する。

 僕はそんなアイエル様をそっと撫でて褒めた。


「さすがアイエル様です。 これからも一緒にがんばりましょう」


 アイエル様は「コクリ」と頷き、覚悟を決める。


「イリナ先生… きっとまた会えるよね?」


「ええ、必ず会いに行くわ。

 だって、貴方達は私の初めての生徒なんですから…」


 そう言ったイリナ先生の目にも涙が浮かんでいた。

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