第十四話「先生、嫌わないでください」

 ◆


 イリナ先生が、アイエル様の家庭教師を引き受けてから数日。

 俺はイリナ先生から教材として、中級魔術と上級魔術の魔導書を借り受け、内容を読み進めている。

 問題は試す場所が無いと言う事だ。

 訓練場での一件以来、屋敷内だけでなく、訓練場でも攻撃魔術の類は禁止されてしまった。

 それもそうだよね… 訓練場の壁だけじゃなくて、屋敷の屋根も吹き飛ばしたんだから…

 ちなみに屋敷の屋根は今、修理の業者が必死に直してくれている。


「どこか魔術が使える所を探さないとな…」


 俺はイリナ先生とアイエル様に出すお茶の準備をしながら、独り言ちる。

 今アイエル様は、イリナ先生から魔術の授業を受けている。

 俺も、少しでもイリナ先生から学ぶ機会が欲しいと、カイサル様にお願いし、こうして給仕やサポートをさせて貰っている。

 イリナ先生に相談してみようかな…

 俺は、子供用に作ってもらった小さめのカートに、ティーセットを乗せ、二人の居る書庫へと移動した。


 ◆


 書庫の扉をノックし、中の二人に声を掛ける。


「イリナ先生、アイエルさま、お茶をお持ちしました」

「どうぞ」


 イリナ先生がそう答え、俺は扉を開き、カートを押して書庫の中に踏み入れる。

 二人が座るテーブルの側まで歩み寄り、踏み台を利用して、テーブルにティーセットを並べて行く。

 もう少し身長があればな… 給仕をする時は不便でしかたない。


「冷めない内に、どうぞ休憩なさってください」


 俺はそう言うと側に控える。


「ありがとうロゼくん。 さっそく頂くわ」

「ありがとー ロゼ」


 二人は、俺の出したお茶を飲んで一息つく。


「イリナ先生、少し相談があるんですがいいですか?」


 俺がそう前置きすると、イリナ先生は「何かしら?」と首を傾げて聞きかえす。

 イリナ先生もここ数日で、俺への苦手意識が大分和らいだみたいだ。


「先生からお借りした、魔導書の魔術を試したいのですが、ここでは使えないので、どうしたらいいかと迷ってるんです」

「そうね、ロゼくんの魔術は、訓練場では耐えられないものね…」

「はい… 何かいい方法はないでしょうか…」


 俺の相談に「んーそうね…」と考える。


「人気のない場所… 例えば魔物の森とか、海とかならそう言った問題はないでしょうけど、ロゼくんがお屋敷の外で魔術を使うのは、人目に付くリスクがあるわよね…」

「そうですね… それに僕一人でお屋敷を出るのは、許してくれないと思います」


 イリナ先生は「うーん、そうねぇ…」と一考し、何かを思いつく。


「方法は、無い事も無い、かな…」


 そう言って話を区切り、「これは私の知っている、高位の魔術師の話なんだけどね」と前置きして話を続ける。


「彼が魔術の試射する時は、遥か上空から、誰も居ない荒野に向けて魔術を行使するらしいの。 そう言った方法なら、ロゼくん本人を特定するのは、難しいかもしれない…」

「なるほど、上空からですか…」


 俺が興味を示すと、イリナ先生は「今の無し!」と言って説明する。


「やっぱり、浮遊魔術は危険が伴うから、やめておいた方がいいわ…」


 俺はイリナ先生の言葉に疑問を持ち、「なんで危険が伴うんですか?」と尋ねた。


「当たり前じゃない。 空を飛ぶのよ? 熟練の魔術師ならともかく、初めて空を飛んで失敗したら、大怪我じゃ済まないわよ」


 それもそうか… でも俺が魔術を使う機会を設けるには、それでも浮遊魔術をマスターするしかないのが現状なのかな… もしくは、なんとか外出の許可を取って、人気の居ない森へ向かうか… しかし、イリナ先生の懸念は、それだけでは無かったみたいだ。


「ロゼくん、それにその方法には、索敵魔術が必須よ。 もし、誰かを巻き込んだりしたら、大変な事になるでしょ?」

「そうですね…」


 俺はそう言って少し考える。


「イリナ先生! その索敵魔術を、教えてもらう事はできないですか?」


 俺の言葉にイリナ先生はびっくりして問い返す。


「正気? 本当に浮遊魔術をマスターするつもりなの?」

「それ以外に方法はなさそうなので…」


 俺は苦笑いしながらそう答える。


「ねーねー ふゆーまじゅちゅってなに?」


 一人蚊帳の外だったアイエル様が、話に上った魔術に興味を持ったのか、首を傾げながら質問してきた。


「アイエルさま、浮遊魔術は、お空を飛ぶための魔術ですよ」


 俺は説明する。


「お空、とべるの?」

「はい。 覚える事ができれば飛べると思います」


 俺がそう説明すると、イリナ先生は懸念の表情を浮かべる。


「ロゼくんの気持ちは分からなくも無いけど、やっぱり危険だわ… もしロゼくんが怪我でもしたら、その方法を提案した私にも責任があるもの… お願いだから他の方法を考えましょう…」


 それもそうだよね… イリナ先生的には責任問題になるよね…

 俺はその場では「わかりました、考えてみます」と返答し、それでも索敵魔術は教えて欲しいと頼んだ。


「それは、それとして、やっぱり索敵魔術は覚えておいて損はないと思うんです。 なので、この後教えてもらってもいいですか?」

「分かったわ。 私もロゼくんに、無詠唱魔術を教えて貰いたかったし、丁度いいわ。 だってアイエルちゃん、数回詠唱の練習して魔術が発動したら、無詠唱ですぐにマスターしちゃうんだもん… 先生として負けてられないわ」


 そうやって意気込むイリナ先生。 俺の時はあんなに拒絶したのに…

 何だかんだで、先生は良い性格してるなと思った。


 ◆


 それから場所を中庭に移し、アイエル様も一緒に索敵魔術の練習を開始した。


「それじゃロゼくん、アイエルちゃん。 索敵魔術の呪文は「闇に潜む生きとし活けるものを映し出せ」ね… マナを掌に集めて呪文を唱えると、マナの量によって索敵できる範囲が変わるわ。 自分のマナの回復量以上に、マナを消費するのはお勧めしないわ。 いざと言う時、マナが枯渇してたら戦えないでしょ」

「なるほど、消費するマナの事を考えて、掌に集めないといけないんですね」

「そう言う事よ。 ロゼくんは理解できてるだろうけど、アイエルちゃんは今の説明で分かった?」


 イリナ先生は、アイエル様に向き直って確認する。

 アイエル様は理解できなくて、首を左右に振る。


「あ~ん もぅ~ これが普通の三歳児の反応よねぇ~❤

 アイエルちゃんを見てると癒されるわ~❤」


 そう言ってアイエル様に抱きついて頭を撫で回す。 なんか遠まわしに俺をディスってる気がする…


「イリナ先生、話を戻して」


 俺はジト目で告げると、「コホン」と咳払いし、話を戻す。


「そうね、アイエルちゃんは難しい事を考えずに、普通にマナを集めて呪文を唱えてみると良いわ」

「アイエルさま、呪文を唱えて見ましょうか?」


 俺がそう促すと「うん」とう頷くとマナを掌に集める。


「やみにひしょむ…」


 呪文を覚え切れなかったのだろう、途中で口ごもるアイエル様に、俺は続きを教える。


「生きとし活けるものを映しだせ、ですアイエルさま」

「…いきとしいけるものをうつしだせ…です」


 ですは呪文じゃないけど、まぁ良いか…

 やはり、ちゃんと呪文を唱えれて居ないからだろう、アイエル様の魔術は不発に終わる。


「なにもおこらない…」


 俺達を見つめるアイエル様。


「何回でもやってみましょう。 旨くいけばアイエルちゃんならすぐにマスターできるわ」


 そう言ってイリナ先生は、アイエルに続ける様に促す。

 んー、やっぱりアイエル様には呪文は向いてないと思うんだよな… やっぱりイリナ先生にも無詠唱魔術を覚えてもらって、他人のマナに干渉できる様になってもらった方が良いのかも… とりあえず、俺が見本を見せれる様になるしかないか…

 そう思って俺も、どういうマナの流れで索敵魔術ができてるのかを、実際に試して見る事にする。


「闇に潜む生きとし活けるものを映し出せ!」


 俺は掌のマナの量を調整して呪文を唱えてみる。

 とりあえず初級魔術程度のマナで抑えてみたのだが、呪文を唱えると掌に溜めたマナが一気に周囲に拡散し、頭の中に周囲の生体反応が浮かび上がる。

 しかも人の気配とか馬の気配だとか、ある程度形が分かる…

 なるほど、こんな感じか…

 今のマナ使用量で、1km先くらいまでは情報が帰ってきた。 イメージで言うと、拡散したマナを伝って、位置情報がマナを介して自分の頭の中に、情報として届けられる感じだ。

 生物のみに反応するソナーみたいなものを、イメージすると分かりやすいかもしれない。


「なるほど、こんな感じで情報が帰ってくるんですね…」


 俺のそのつぶやきに、イリナ先生は諦めた様に呟く。


「相変わらずロゼくんは非常識ね… そんな簡単に理解できる様な魔術じゃないんですけど…

 しかも一発で成功させるとか、私たちへの当て付けですか?」


 なんかイリナ先生病んでない?


「先生も魔術の本質を理解できたら、簡単にできる様になると思うんだけどなぁ…」

「嫌味! 嫌味なの?」


 イリナ先生。 三歳児に本気で絡まないでください。 怖いです。 中身三歳児じゃないけど…


「そんな事ないですよ。 じゃあ試しにアイエルさまで実験してみましょう。

 アイエルさまは魔術の本質をぼくが教えたので、たぶん僕の教え方なら一発で理解してくれると思いますよ」

「なんか腹立つわね…」


 なんか、どんどんイリナ先生に嫌われていってる気がする…


「アイエルさま、それじゃ僕が索敵魔術を使って見せますね」


 そう言うとアイエル様の右の掌を上に向けさせ、左の手を握る。

 そしてマナを操作して、さっきのイメージをマナに伝えてマナを拡散させ、アイエル様の脳内に情報を流し込んだ。


「わぁああ…

 すごーい いっぱい人がいるー お馬さんもー」

「アイエルさま、今頭の中に流れた情報は、目に見えなくても本当にそこに居ますからね」

「そうなの?」

「はい。 今の魔術は遠くに居る人や動物を見つける事ができる魔術です。 なので、カイサルさまやアリシアさまも感じとれたでしょ?」

「うん。 パパとママはいっしょにいるね」

「そうですね、今度はアイエルさまお一人で魔術を使ってみてもらえますか? 今のマナの動きとイメージをすれば、アイエルさまでも使えますよ」

「うん。 やってみる!」


 そう言うとアイエル様は、さっきと同じ様にマナを掌に集め、一気に拡散させる。

 そして旨く行ったのか、「できたっ!」と嬉しそうに報告してくれた。


「流石アイエルさまです。 マナ操作の練習を欠かさずした成果がでていますね」


 そう言って褒めると「えへへ…」と照れていた。

 かわいい。

 一部始終を見ていたイリナ先生は、目を丸くして何が起きたのか理解できていない様子だった。


「イリナ先生。 アイエルさまも索敵魔術が使えましたよ」


 イリナ先生は混乱する頭で「え? 何? 何をしたの?」と疑問符を飛ばしまくっている。

 なので俺は、どうやってアイエル様に魔術を理解させたかを、イリナ先生で実演して説明する事にした。


「えっと、今からイリナ先生にもやってみますね。 説明するよりも体感した方がいいと思うので」


 俺はイリナ先生の手に触れて、イリナ先生のマナに干渉して索敵魔術を発動させる。

 イリナ先生は自分の頭に直接情報が流れ込んでくる感覚に、目を見開いて驚いた。


「な、なんで? どうして?」

「ぼくがイリナ先生のマナに干渉して、索敵魔術を発動させたんです」

「うそ… そんな事できるはず…」

「できますよ」


 俺はそう答えると、今度は先生のマナを使って水球を生成した。

 そして、アリシア様に教えた時と同じ様に、マナで幕を作って色んな形を作って見せた。


「マナが動く感覚が分かりますか?」

「え、ええ… でもこんなに精密にマナを操作するなんて…」

「生み出した水の周りにマナの幕をイメージして、それの形を変えているんです。 イリナ先生も毎日マナの操作を頑張れば、出来る様になりますよ。 だってアリシアさまも、この水球魔術の応用で、マナの精密操作を覚えたんですから」

「そうなの?」

「はい。 勿論アイエルさまもですよ」


 そう言ってイリナ先生を説得する。


「まずは騙されたと思ってやってみてください。 イリナ先生ならきっとすぐにマスターできますよ」

「わ… 分かったわ…」


 そう言ってイリナ先生は自ら水球魔術を生成すると、マナを操作して形を変えようと試みる。

 しかし、水球は形が安定せず、うまく行かない。


「魔術に必要なのはマナの精密操作と、発動する魔術のイメージをしっかり固める事がコツです」

「そうは言うけど、これ難しいわよ…」

「それができないと無詠唱魔術はできないですよ。 逆に言うとそれができたら、無詠唱魔術はできたも同然です。 詠唱の時のマナの流れを再現して、イメージするだけで魔術は発動しますから」

「なるほど、分かったわ…」


 それからイリナ先生は必死に水球を操作して、マナの精密操作の練習を始めた。


 ◆


 数日後。


「ねーねー ロゼくん! やっと私も無詠唱魔術が使える様になったわ!」


 嬉しそうに報告する、イリナ先生の姿がそこにあった。


「この私が無詠唱魔術を覚えれるなんて、ロゼくんのお陰よ! ありがとう」


 素直にそう言って俺を抱きしめてくれる。 現金な人だな… とりあえず胸に顔が埋もれて苦しい…


「せんせー ずるいー わたしもロゼぎゅっとするー」


 何故かアイエル様にも抱き着かれた… そしてたまたま通りかかったメラお姉ちゃんが、有らぬ誤解をしたのは言うまでもない。


 まぁ、なんだかんだで、先生に嫌われないで済んだみたいで良かった… 後は、夜にでもこっそり浮遊魔術を覚えて、人気の無いところで魔術の練習に励むとしよう…

 俺は今後の目標を定め、先生から借りた魔導書を読み漁らるのだった。

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