第十一話「イリナ・シスタール」

 ◆


 私の名前はイリナ・シスタール。

 今年で十八になる一応、新米ビギナー下級ルーキーを卒業した中級レギュラーメダルの冒険者。

 母はサンチェリスタ帝国の宮廷魔導士をしている。

 でも私は、母ほど魔術の才能に恵まれていなかった。

 私が使えるのは精々上級魔術まで、とても母の後を継ぐ事はできない。

 そんな私に残された選択肢は、覚えた魔術を使い、冒険者として生きるか、魔術師団で埋もれるかの二択しかなかった。

 そんな訳で、私は帝国学院を卒業してから冒険者として活動し、魔術の腕でなんとか一人前と言われるレギュラーメダルまでランクを上げる事ができた。

 レギュラーメダルになれば、日々の生活に困る事は無くなる最低ラインと言われている。 そうやって、安定した生活を送れる様になった矢先、帝都の皇城に住む母から呼び出しの連絡を受けた。


「何かあったのかな…」


 私は帝都の皇城へと向かい、母へと取り次いで貰う。

 そして応接室に通されて、しばらくして母が姿を現した。


「久しぶりね、イリナ」

「久しぶりです。 母様」

「急に呼び出してしまって御免ね。 あなたに冒険者として、仕事を依頼したいの」

「私に… ですか?」


 私は母の言葉に困惑の色を浮かべる。


「ええ、そんなに難しい仕事ではないの。 イリナにお願いしたいのは、家庭教師の仕事なの」

「家庭教師?」

「ええ、アリシアからの依頼なのよ」

「アリシア様からの… ですか?」

「ほら、アリシアは今、グローリア家に嫁いでいるでしょ。 新興貴族のグローリア家は敵が多いから、頼めるところが無かったみたいなの。 それで白羽の矢が刺さったのが私の伝手… と言った所かしら」

「それで私を家庭教師に…」

「イリナ… お願いできないかしら?」


 母様は困った顔で打診してくる。


「ですが、私なんかで宜しいのでしょうか? グローリア家で家庭教師となれば、それなりに優秀な人材の方がよろしいのでは? 英雄カイサル様とアリシア様の、お子様の家庭教師と言う事になりますよね?」

「そうなるけど、あなたで問題ないわ。 だって相手はまだ三歳の子供だもの… ある程度育てば、誰か有名な方の師事すると思うわ」

「それまでの教育と言うことですね…」


 なるほど、それで私に白羽の矢を立てたのね…

 あまり高位の魔術師に、三歳児の相手なんて頼めないものね…


「分かりました母様、そういう事ならお引き受けします」


 私がそう答えると、母は安心して感謝の意を伝える。


「ありがとう、イリナ」

「いえ、母様のお役に立ててなによりです」

「それでは、準備を済ませてグローリアの街まで向かって貰えるかしら。 使い魔を飛ばして連絡しておくわ」

「わかりました」

「アリシアによろしく伝えておいて」


 母はそう言うと席を立ち、応接室を出ていく。 私は残ったお茶を飲み干すと、王城を後にした。


 ◆


 母に家庭教師の依頼を受けて三日後。 私は旅の支度を整え、帝都を旅立った。

 馬車に揺られ、一路グローリアの街を目指す。

 グローリアの街は帝都から東にリーレット侯爵領を経由し、山を越え、ベレッタ伯爵領、ライリル子爵領、ペトゥーシャ男爵領と経由した先にある。

 帝国の東の端にある領地と言えば、その道のりの長さも理解してもらえるかな。

 グローリア子爵領はガレイル王国と隣接していて、有事の際には前線の砦となる。 およそ、一カ月の旅。 まぁ、私はパーティーを組んでいないので、移動の際には商隊の護衛として、他の冒険者と共に旅をする必要がある。 その方がより安全なだから。

 何せ私はソロの魔術師。 前衛が居なければその危険性はぐんと跳ね上がる。

 魔術師は冒険者の中では圧倒的に数が少ないお陰で、ソロでもこうやって活動ができるのはありがたい。 今回、護衛を引き受けた商隊は、馬車が三台程の小規模な商隊で、ベレッタ伯爵領までの護衛が仕事となる。

 私の他に、月の鱗と言うパーティが同行する事になっている。 月の鱗のメンバーは大剣使いと大盾使い、短剣使いの男と、細剣使いの女性の四人パーティで、私と同じレギュラーメダルの冒険者と言う事意外は何も分かっていない。

 商隊は、商人を含めると護衛五人の商人三人。馬車が三台と言ったすごく小規模な編成です。 出発前、軽く月の鱗のメンバーと挨拶を交わし、一路リーレット侯爵領を目指す。

 そうやって馬車に揺られ、ある程度落ち着いた時だった。月の鱗の大剣を背負った冒険者が、私に声をかけてきた。


「なぁ、あんたもしかして、今噂になってるレギュラーメダルのソロ魔術師さまだったりするか? 若いのに上級魔術まで使えるって言う…」

「ええ、噂は知らないけどその通りよ。 ソロの魔術師でレギュラーメダルだわ」

「おお、そりゃよかった。 俺は月の鱗のリーダーのヴィントって言うんだが、少し話しをいいか?」

「何かしら?」

「話って言うか、単刀直入に言うとスカウトなんだが、この依頼が終わったら、俺たちのパーティに入る気はないか? 俺たちもレギュラーメダルだし、あんたと同じ女性メンバーも居るし、俺たちも有能な後衛を募集してるんだ」

「お誘いはありがたいけど、今回は遠慮させてもらうわ。 申し訳ないけど私、これから別の依頼でパーティ活動はできそうにないの。 ごめんなさい…」

「いや、あんたが謝る必要はない。 そうか、残念だ… せめてこの依頼の間だけでもよろしく頼む」

「いえ、私の方こそ宜しくお願いしますね」

「気が変わったら、いつでも声をかけてくれ」


 言ってヴィントと名乗った冒険者は苦笑い、隊列に戻っていく。


 それから暫くは何事もなく、静かな旅路が続いた。 まだ帝都が近い事もあり、比較的安全なエリアは心配する事は無い。 ただ、リーレット侯爵領を過ぎてからは山賊が出るエリアがある。 そこからが護衛の本番と言った所。

 商隊はリーレット侯爵領を過ぎ、山越えのルートを通って一路ベレッタ伯爵領へと向かって進む。 この道は山賊が出没する事で有名で、私も他の冒険者も、周囲の警戒を強め、臨戦態勢で山越えに挑む。

 暫く進んだ時だった。 峠を越える手間で、私の索敵魔術に複数の生態反応が引っかかった。


「皆さん停まってください! 前方五百メートル先に複数の生命反応があります。 おそらく山賊だと思われます」


 私のその言葉を聞いた商人さんは馬車を停め、聞き返す。


「それは本当か?!」


「はい。 私の索敵範囲は五百メートルまでなので、その付近に左右に分かれて待つ一団があります」


 私がそう説明すると、冒険者のリーダー、ヴィントさんが今後の方針を纏める。


「相手は何人かわかるか?」

「およそ十三名と言った所かしら…」

「多いな… 俺と、ラタ、ガド、ルナールで前衛は引き受ける。 できたら接触する前に、あんたの魔術である程度減らせたら良いんだが…」

「やって見るわ」

「よし、それで決まりだ。 出来る限り後方へは敵を通さない様にする。 魔術で出来る限り敵を倒してくれ」

「分かったわ」


 そして皆が一斉に行動に移る。

 まずは大盾とメイス使いのガドが先頭に、その両脇を大剣使いのヴィントと細剣使いのルナールが両翼に陣取る。 その後方に一番俊敏力があるラタが短剣を抜いて中央に陣取る。 その更に後方、馬車の先頭に私が陣取り、その陣形を維持したまま商隊は先に進む。

 私は索敵魔術を行使しながら、前方の集団の様子を覗う。

 敵が動いたのは先頭が百メートルくらいまで迫った時だった。 一斉に道の両サイドから武器を持った男達が姿を現し、道を塞ぐ。

 私は詠唱開始し、相手の出方を覗った。

 間違いがないとは思うけど、もし敵対者で無かった場合、こちらから攻撃は後々困った事になる。 商隊を一旦停め、一番先頭に居るガドが男達に問う。


「何者だ!」


 男達のリーダーと思わしき男がその質問に返す。


「命が惜しければ抵抗はするな! たかが五人の護衛で俺達の相手はしたくあるまい」


 私はその男の言葉を確認し、容赦なく詠唱を完成させて、中級魔術の範囲魔術を一団に向けて放った。


「アース・フォレスト!」


 私が放ったのは、地面から無数の杭を突き出す、中級に分類される地属性魔術で、対人ならばそれなりに優秀な攻撃となる。 いきなり放たれた私の魔術で、敵は一気に混乱した。

 その一撃で半数は行動不能に追いやられ、残りも突き出した石の杭が邪魔をし、体勢を崩す。


「今だ!行くぞ!」


 事前の打ち合わせ通りに私が魔術を放つと、ヴィントさん達が一斉駆け、敵を倒していく。

 ヴィントさんは大剣を横なぎに武器事山賊を吹き飛ばし、ガドさんは大盾で敵の攻撃を受け止めてメイスで殴り殺す。

 ルナールさんは華麗なステップで、山賊の攻撃を躱しては鋭い突きを放ち、行動不能にしていく。

 背後から攻撃しようとヴィントさんに近づいた山賊を、ラタさんがフォローに回り、倒していく。

 私も命中精度を重視した初級魔術で、ヴィントさん達を後方から援護する。

 十三名居た山賊達は半数が死に、重傷者が五名、軽症者が二名であっと言う間に制圧される結果となった。


「いやぁ、助かりました」


 商人の小父さんは手際良く山賊を片付けた護衛の冒険者達に感謝の意を示す。

 それにヴィントさんは答える。


「いえ、仕事ですから… それに今回は優秀な魔術師が同行している。 俺たちだけではこうは行かなかっただろう」


 私に話を振られ、私はそれを否定する。


「そんな事は無いと思います。 皆さんの連携がすごく良かったので勝利につながったのだと思います。 私一人では山賊に近づかれて勝てませんでしたから」


 その話に大盾使いのガドさんが割って入る。


「はっは、謙虚な魔術師様だ。 お互いに助かったと言う事で良いじゃねーか」


 続いて、細剣使いのルナールさんもそれに賛同する。


「そうね、本当に助かったわ。 ヴィントから聞いたけど、噂は本当みたいね。 私たちのパーティに入ってくれたら好待遇で迎え入れるのに…」

「ルナール。 その話は無しだ。 事情は話しただろ」

「ごめんなさい、深い意味はないの…」


 ルナールはそう言って私に謝る。


「いえ、私もせっかくのお誘い頂いたのに、すみません」

「あの、失礼でなければ、別の依頼って何をお受けになられたのかお聞きしても?」

「えーと、知り合いに頼まれまして、これから数年、貴族の子弟の家庭教師をする事になりまして、しばらくは冒険者としての活動ができないんです」


 私の説明に皆が納得した。


「ああ、なるほどな、知り合いからの紹介じゃ断るに断れないな…」

「そうね、残念だわ」


 ラタはその説明に納得し、ルナールは本当に残念そうに呟く。


「まぁ、冒険者を続けてたら、また一緒になる事もあるだろう。そうだろヴィント」

「そういう事だ。あまり我儘を言うもんじゃないぞルナール」


 それを嗜めるガドとヴィント。

 本当に気の良い冒険者達ね。もっと早く出会えていたら私も一緒のパーティに入って居たのかな。そんな風にふと思う。


「まぁ、この話はここまでだ。 早く山賊どもを捉えて衛兵に突き出すぞ。 謝礼金くらいはでるだろ」

「ええ、そうね」


 ヴィントの言葉に同意するルナール。 一行は山賊を縛り、重傷者は歩ける程度に私が魔術で回復させ、馬車に縛り付けた。


「それでは出発するとしよう」


 ヴィントの一声で、商隊は進みだす。

 次の街までは後一日程度。 山を下ればすぐに見えてくるはず。 私は念の為に索敵魔術を発動し、ヴィントさん達も警戒を緩めず先を進む。

 そして、予定通り一行は何事もなく街まで着く事ができた。


「無事着いたわね」


 気を緩め、一人呟く。

 まずは街の衛兵に山賊を引き渡し、報酬をヴィントさん達とで山分けし、宿を取る。 当初の予定通り、ベレッタ伯爵領までの依頼なので、領都まででこのメンバーとはお別れになってしまう。

 少し寂しさを感じながらも、翌日一行は領都を目指し、馬車を進めた。


「もうすぐ領都に着くな」


 不意にヴィントさんが呟く。


「ええ、そうですね。 今回の依頼ももうすぐ終わりですね。 ヴィントさん達とご一緒出来ていい経験になりました… 楽しかったです」


 私がそう答えるとヴィントさんが照れて頭を掻く。


「ああ、こっちも色々助かった。 残り僅かだが、最後までよろしく頼む」

「ええ、こちらこそ」


 そして一行は無事、ベレッタ伯爵領の領都に到着し、商人とはそこで分かれた。

 ヴィントさん達と冒険者組合に足を運び、護衛依頼の完了報告をする。

 報酬を受け取り、名残惜しいけど、そこで月の鱗のメンバーとはお別れとなった。


「寂しくなるな…」


 私は一人呟く。

 そして、私がグローリア領に入ったのは、それから三週間後の事でした。

 そこで、私の運命を大きく変える出来事が待ち受けているなんて、その時の私は知る由もなかったのです。

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