第十話「剣術の才」

 ◆


 翌朝、俺はカイサル様の執務室に呼ばれた。

 アリシア様が剣術の稽古の件を打診してくれたからだ。

 その場にはカイサル様を始め、アリシア様とアイエル様、そして勿論父様も居る。


「ロゼ、アリシアから話は聞いた。 剣術の稽古をつけて欲しいそうだな?」


 ソファーに腰掛け、カイサル様は話を切り出す。


「はい。 魔術師の先生が来るまでの間、何もしないのは嫌だったので、自身を鍛える為に稽古をお願いしたいです」

「なるほど、だがなロゼ。 さすがにまだ、ロゼには剣術の稽古は早い。 魔術とは違い、身体が大事だ。 今のロゼにまともに剣を振れるとは思えない。 まずは体力作りをするべきだ」


 カイサル様の言う事は尤もだ。今の俺では体力的にも筋力的にも問題がある。


「カイサルさまの言う通りだと、ぼくも思います」


 そう答え、自分の考えを続けて言う。


「なので、一週間後、ぼくに剣術の稽古が耐えられるかを、見極めて欲しいのです」


 カイサル様は俺を見据え、考える。

 そして俺の覚悟を感じ取ったのか「よかろう」と返事を返し、続けて条件を出す。


「ただし、テストに合格できなければ、バルトの元で執事としての勉強に励むのが条件だ」


 元より、執事としての勉強もするつもりだったので、問題はない。


「問題ありません。 ぼくは剣術も執事としての勉強もするつもりですので」


 俺のその言葉を聞いてカイサル様は顔を綻ばせる。


「君は本当にしっかりしている… 焦らなくても五歳になれば剣術は教えてやる。 それまで自分の出来る事を精一杯やりなさい。 応援しよう」


 カイサル様はそう答えた。 そしてバルトに指示をする。


「バルト、ロゼの教育はお前に任せる。 他の仕事もある中、申し訳ないが面倒を見てやって欲しい」


 父様は「畏まりました」とカイサル様に一礼する。


 そして、その場はお開きとなった。

 カイサル様、父様は仕事に戻り、アリシア様とアイエル様は、魔術の練習の為に俺と共に書庫へと向かっている。 俺も自身を鍛える為に今後の予定を立てなければならない。 時間は限られている。


 ◆


 書庫へ入ると、さっそく昨日の続きをする。

 アイエル様の手を握り、マナを感知しやすい様にぐるぐると回す。 アリシア様は水球を生成してその形を必死に制御していた。 とりあえず、これから一週間の予定をアリシア様に伝えておいた方が良いだろう。


「あの、アリシアさま、少しよろしいでしょうか?」


 水球を制御する手を止め、俺に聴き直る。


「なにかしら?」

「今後の予定についてなんですが、魔術の練習の時間とか、ぼくの体力づくりの時間とか、他にもしっかり決められたらと思いまして」

「そうね… 私たちにずっと付き合ってもらう訳にもいかないわよね…」

「いえ、そういう訳ではないのですが、アイエルさまには魔術だけでなく、文字も今から勉強してもらった方がいいと思うんです」

「文字を?」

「はい。 ぼくの知識はいろんな本を読んで身に着けたものです」


 まぁ前世も含めてだけど… これは言わない。


「文字を知る事は、いろんな知識を知る事に繋がると思うんです。 なので、ぼくが体力づくりをしている間、アイエルさまに文字を教えて頂けないかと…」


 アリシア様はその提案に、感心した様にその言葉を紡ぐ。


「あら、それは確かに良いわね… 魔術師の先生に教わるにしても、少しでも知っておいて損はないわ」

「では、朝から昼まではぼくは体力づくり、アイエルさまは文字の勉強。 昼からはお昼寝を挟んで魔術の練習と言う感じでどうでしょうか?」


 俺はそう言ってアリシア様に提案する。


「そうね、それが無難かしら…」


 顎に手を当てて首をかしげながら考えるアリシア様。


「そうだわ、ロゼくんの体力づくりはお庭でするのかしら?」

「ええ、そのつもりですが…」


 俺がそう答えると、「そう、分かったわ」と何かを試案する。


「今日は魔術の練習は午前中で終わりにしましょう」


 どう言う意図でその質問をしたのか測りかねるが、ここは大人しく「分かりました」と答えておいた。

 そうして、その日の午後まで、引き続きアイエル様とアリシア様の魔術の練習に付き合うのだった。



 それから一週間、俺は必死に体力づくりに奔走した。

 朝起きて中庭をジョギングし、インターバルを挟みながら腹筋、腕立て、懸垂、スクワットを繰り返す。 やはりこの体では体力も無く、すぐにバテてしまう。

 一日目の晩は筋肉痛で眠れなかった。

 二日目はその筋肉痛と格闘しながらも、必死にトレーニングメニューをこなす。 そして、マナを上手く循環させれる事で、疲労を回復できる事に気が付いてからは、トレーニングもかなり楽になった。

 それからは、肉体とマナの関係を探りながらトレーニングをし、約束の一週間が近づいた頃には、最初に比べてそれなりに筋力も体力もついてきていた。

 これなら行けるかもしれない。

 余談だが、三日目から中庭でトレーニングしている俺の様子を見に、アリシア様がアイエル様を引き連れてやってきて、トレーニングする俺を眺めながら、二人は勉強する様になった。

 アイエル様は俺がしているトレーニングに興味の目を向けて居たが、アリシア様に何かを言われて必死に勉強をしていた。


 ◆


 そして、約束の一週間が過ぎた。


 場所は中庭。 俺は木剣を片手に、カイサル様と対峙していた。


「ロゼ、遠慮なくかかってきなさい」

「よろしくお願いします」


 俺はそう言ってカイサル様に頭を下げ、木剣を構える。

 遠慮なくと言われるが、最近やらかしすぎているからな… 様子を見ながら戦った方がいいだろう。

 身体はできていないが、殺し屋としての経験は生きている。 間違ってもやりすぎない様に気を付けよう… 中庭には、アイエル様を連れたアリシア様を始め、父様、母様、お爺様も観戦にきている。

 俺は久々の戦闘に気を引き締めて呼吸を整える。

 カイサル様も木剣を構え、俺の動きを待っていた。


「では、いきます」


 そう宣言して、一気にカイサル様に詰め寄った。

 この身体でどこまで動けるかは不明だが、手足の短さから木剣を振れる軌道が限られる。

 まずは右からの水平斬り。

 カイサル様は俺の動きに驚きながらもそれを捌く。

 そして軽く反撃を返し、それを俺は紙一重で返して突きを放つ。

 カイサル様は躱されるとは思ってなかったのだろう。焦って身をひねり、その突きを避けて構えなおした。


「ロゼ、良い動きをする。 まだまだ粗削りだが、筋は良い」

「ありがとうございます」

「では次は私から攻めさせてもらおう」


 そう言うとカイサル様は、流れる様に次々と剣を打ち込んでくる。

 全てギリギリのところを狙って放たれるその剣撃を、俺は身を翻しながら木剣で受け流していく。 筋力や体力、リーチは無い代わりに、身体の小ささは優位に働く。

 流石に全て受け流されている事に、驚愕の表情を浮かべるカイサル様。 これでも元暗殺者なんで、目は良いんですよ。 そう心の中で呟いて、カイサル様にできた一瞬の隙を狙って木剣を振った。

 しかし、その斬撃は届く前に受け止められてしまう。


「やるな!ロゼ!」


 カイサル様は嬉しそうにそう叫ぶ。


「今の隙を的確についてくるか… 本当に君は天才だな、鍛えればどこまで強くなるか想像もつかない」


 そう言うとカイサル様は剣を収める。


「いいだろう、ロゼ。 私が直々に稽古をつけてやろう」


 そう言ったカイサル様の目は、獲物を見つけた獣の様に、鋭く俺に突き刺さっていた。

 俺は感謝の意を伝える。


「ありがとうございます」


 そしてホッとため息をつき、観戦していた面々が歩み寄る。

 アイエル様は俺に駆け寄ると、抱き着いて興奮して飛び跳ねる。


「ロゼ しゅごい!」


 そして遅れてアリシア様も声をかけて下さる。


「ロゼくん、すごかったわ。 魔術だけじゃなくて、剣の才能もあるのね」

「いえ、カイサルさまが手を抜かれなければ、ぼくなんてあっと言う間だったと思います」

「謙遜する事はないぞ、ロゼ。 ロゼならばもしやとは思っておったが、まさかここまでとは思わなかった。 神童、いや、神の使徒と言われても、私は信じる自信があるぞ」


 言って笑う。


「ぼくは必死なだけで、そんな大それた者ではないですよ」


 両手を振って否定する。

 そこに父様が俺の頭を撫でると、優しく微笑んだ。


「ロゼ、必死にやってもできるモノでもない。 その歳で立ち回りもしっかりしていたし、ロゼが神に愛された神童だとしても不思議ではないよ。 アイエル様も神に愛された様に、膨大なマナを持たれているし、グローリア家は神の祝福を受けていると私は思っているよ」


 それに同意する様に、母様も付け加える。


「ええ、そうね。 ロゼを観ていると私もそう思えるわ」


 母様も父様もそう言って嬉しそうに笑う。

 お爺様はもう壊れた機械人形の様に「流石ワシの孫じゃ」と笑っている。


「さぁロゼ。 稽古は明日から始める。 今日はもう休め」


 カイサル様はそう言い残すと、中庭を出ていく。

 それを合図に、その場はお開きとなった。


 ◆


 翌日からは、カイサル様の仕事の都合もあり、早朝と夕方に剣の稽古をつけて貰う事になった。

 始めは剣の型から行い、手合わせ、体力づくりと、その日によって変わる。

 剣の型はサンチェリスタ帝国流剣術を学び、持ち前の吸収力で剣と盾を用いた動きも、槍術もある程度扱える様にになった。


「ロゼ、やはりお前は筋が良い。 このまま続ければ、一流の騎士にもなれる。俺が保証しよう」


 嬉しそうにそう言うカイサル様。


「カイサルさま、ぼくはグローリア家の執事です。 騎士になるつもりはありませんよ」


 言って苦笑する。


「ハッハ、そうだったな。 お前は俺の弟子の中で一番の有望株だよ。 何時かお前を部下に紹介できる時が楽しみだ」


 カイサル様はそう言って楽しそうに笑う。


 そんなこんなで、剣術の稽古をつけてもらいながら、それ以外の時は、アイエル様とアリシア様の魔術の練習に付き合い、アイエル様の文字の勉強にも付き合いと、忙しく日々は過ぎて行った。

 勿論、その合間に父様から執事としての仕事・立ち振る舞いも教わっている。剣術×三・魔術×三・文字の勉強×二・執事の勉強×二といった割合だ。

 その甲斐あってか、二週間くらいたった頃には、アイエル様もマナを操れる様になり、アリシア様に至っては水球の形状変化も上手くこなせる様になっていた。

 今は生活魔術の応用を色々と試している。

 あと、魔術と文字の勉強の時、アリシア様とアイエル様を練習台として、給仕の仕事も手伝わしてもらっている。 少しは様になってきただろうか…


 そして一カ月の月日が流れた。

 父様の手配で、中庭には立派な訓練施設が出来上がり、後は魔術師の先生が到着するのを待つばかりとなっていた。

 これから新しい魔術を教えてもらえると思うと、心が躍らずにはいられなかった。

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