第九話「ロゼ先生の魔術教室 後編」
「それではアイエルさま、まずはマナを感じ取る練習からしましょうか
こっちに来て座ってもらえますか?」
そう言って俺は、自室のベットに腰掛け、アイエル様を自分の横へ座らせる。
アイエル様は期待に目を見開いて、俺を見つめている。
なんかこの目に見つめられると照れるな…
「では、今からアイエルさまの中にあるマナを、ぼくが動かしてみるので、それを感じとってもらえますか?」
アイエル様は「かんじとって?」とあまり理解していないみたいだ。
「えっと、とりあえずやって見ましょうか… アイエルさま、掌を上にしてもらえますか?」
下手に説明するよりも、アイエル様の場合体で感じ取ってもらえた方が早い。 俺はそう思い、説明を省略してそうアイエル様に指示をする。
「うん。 わかった」
すると何を思ったか、アイエル様が両手を上にあげてバンザイした。
うん。 確かに掌は上に向いているけど… 可愛いからまぁいいか…
「じゃあ、アイエルさまのマナを動かしてみますね」
そう言うとアイエル様の胸元に手を翳し、自分のマナを使ってアイエル様のマナに干渉する。 そして、マナを操ってアイエル様の掌の先にマナを集める様に制御し、光の玉をイメージした。
すると、アイエル様の頭上に十センチ程度の光の玉が出現する。
「アイエルさま、今アイエルさまのマナを操って、ライトの魔術を使ってみました。 どうです? 体の中で何かが流れているのが分かりますか?」
俺が発動させたライトの魔術を見上げ、アイエルさまは「わぁー」と楽しそうに見つめている。
そして、そんなアイエル様とは違い、いきなりアイエル様が魔術を使った事に驚いたアリシア様が、「え? え?」と理解が追い付かずに混乱している。
「な、なんでアイエルが魔術? え? どうして?」
「あ、アリシアさま。 今発動してるのは、ぼくがアイエルさまのマナに干渉して発動させたライトの魔術でなんです。 なのでアイエルさまが魔術を使った訳ではないですよ」
「え?… ロゼくんが魔術を発動させてるの? 他人のマナに干渉して?」
「はい」
あれ? もしかしてまたやらかしてる?
でも魔導書入門編には、師事する人の手を借り、マナを動かしてもらうのが一番の近道って書いてあったよね… この練習方法って一般的じゃないのかな?
「ぼく、なにかマズイ事しました?」
不安になってアリシア様に尋ねる。
「い、いえ… ただ、他人のマナに干渉して魔術を発動させるなんて事、普通できないハズなんだけど…
それをいとも容易く…… いえ、ロゼくんならやりかねないか…」
なんか、納得された。
アリシア様とそんな話をしている内に、自分の頭上に輝くライトの魔術に興味をなくなったのか、アイエル様が魔術の練習と言うのを忘れて楽しそうにお願いしてくる。
「ねーねー ロゼ。 さっきのネコさんみたい!」
「アイエルさま、猫さんもいいですが、魔術は練習はいいのですか?」
アイエル様は、ハッっとして首を横に振る。
「では、今体の中で何かが動いているのは分かりますか?」
アイエル様は少し考えた後、再び首を横に振った。
んんー やっぱり直ぐに分からないか…
「そうですか… では、ちょっと方法を変えてみましょう」
そう言って俺はマナを操作してアイエル様の頭上にあるライトを消す。
そして、両手をバンザイしたアイエル様の手を取り、今度はもっと分かりやすくマナを動かして見る事にする。
「どうです? 掌に何か感じませんか?」
「えっと、うん。 なんかおててがザワザワする…」
「アイエルさま、その動いているのがマナです。 魔術を使うのに、その力を使うんです」
「これが、マナ?」
「はい」
真剣な表情で握った手を見つめるアイエル様。
「まずは、そのマナをアイエルさまが動かしてみてください。 私は一定方向にマナを回してますので」
「うん。 わかった」
そう言うと真剣に「うー」とか「あー」とか言いながら表情をコロコロと変えてマナを動かそうと試みている。 そんなアイエル様の様子を見ていると、アリシア様がアイエル様とは反対側のベットに腰掛け、唐突に質問してきた。
「ねぇロゼくん」
「はい、なんでしょうかアリシアさま」
「さっきアイエルにやった見たいに、私のマナに干渉して、水球魔術の操作のお手本を見せて貰えないかしら」
なるほど、確かにマナの操作を練習する上でコツが掴めるかもしれない。
「わかりました。 ではぼくと手をつないで、掌を上にしてもらえますか?」
「ええ」
俺はアイエル様と握った右手を放し、その手でアリシア様と手を繋ぐ。
アリシア様は言われた通りに掌を上に向けて待った。
「では、いきますね」
一応声をかけてからアリシア様のマナに干渉する。
もちろん左手でアイエル様の掌のマナをぐるぐる回しながらだ。 アリシア様のマナに干渉して、マナを動かし、掌にマナを集めて水球をイメージして水球を生成する。 そして、その生成したマナを操作してマナの幕を水球に作り、それの形を操って鳥の姿に変えてみせた。
「どうです? 何かわかりました?」
「ええ、すごいわねロゼくん。こんな精密にマナを操作できるものなのね… それに詠唱がなくても水が出る感覚も、なんとなく分かったわ」
「毎日マナを操作する練習をしてたので、アリシア様も毎日体内のマナを干渉しつづければ、コツがつかめるかもしれませんよ」
「ええ、ありがとう。 参考になったわ」
そして、アリシア様は、少し考え、ある提案を持ち出した。
「ねぇ、ロゼくん。 これから家庭教師の先生が来るまでの間、アイエルに魔術を教えてくれないかしら」
俺はアリシア様の提案に戸惑った。
アイエル様に教える事自体は全然良いのだが、俺の魔術はどうやら他とズレて居る節がある。
基礎もできてない内から、独学で魔術を身に着けた俺から学ぶより、しっかりと先生にならった方が良いのではないのだろうか。 俺はそう思い、その不安をアリシア様に提示する。
「えっと、ぼくで良いのでしょうか? ぼくの魔術は独学ですし、なんか一般からズレていると思います。 基礎ができてない内から変な知識を付けて、今度くる魔術師の先生の足枷になったりしないでしょうか?」
俺が不安を伝えると、アリシア様は笑って否定する。
「大丈夫よ、むしろアイエルはロゼくんから習った方が伸びると思うわ」
俺は一考する。 確かに魔術師の先生が来るまでの間、とくにやる事はない。 むしろその間どうするか決めかねている。
アイエル様に魔術を教える事自体問題ない。 だが、それ以外の時は自分の為になる事をしたい。 せっかくだから、これはアリシア様に相談するのもいいかもしれないな。
俺はそう思い、アイエル様に魔術を教える事を了承し、その流れで悩んでいる事を相談してみた。
「わかりました。 アリシアさまがそう言うなら全力を尽くします」
「ありがとうロゼくん。
よかったわね、アイエル。 ロゼくんがこれからも魔術教えてくれるみたいよ」
アリシア様にそう言われ、アイエル様は「ほんと?」と嬉しそうに俺とアリシア様の顔を交互に見やる。
「ええ、一緒に魔術の練習をしましょう。 アイエルさま」
「うん!」
アイエル様は笑顔で返事をする。
「それで、アリシアさま。 少し相談に乗って頂きたいのですが…」
「あら、何かしら」
「実は、魔術の先生がくるまでの一カ月間、新しい魔術を試したりできないので、魔術以外で何かできないかと困ってるんです…」
俺が相談を持ち掛けると、アリシア様は「うーん、そうねぇ…」と一緒に悩む。
「一般的な貴族の子弟なら、剣術とかを習うんでしょうけど、ロゼくんは魔術が得意だからそれは必要ないでしょうしね… 後は、ロゼくんの立場的に、執事としての作法を勉強をするとかかしら…」
なるほど、剣術と執事としての作法か…
剣術なら身体を鍛えられるし、早く前世の俺の技を使える様になるかもしれない。 それに執事として今後、グローリア家に仕えるなら、ちゃんと作法も身に着けた方がいいだろう。
俺はそう思い至り、アリシア様にお礼を言う。
「ありがとうございます。 剣術も作法も、この機会に習うのも良いかもしれません」
「習うにしても、ロゼくんにはまだ剣術は早いと思うわ。 執事の作法については今からするのはとても良い事だとは思うけど…」
「いえ、大丈夫です。 やってみてダメなら考えます」
「そう… なら私から話をしてみるわ」
「ありがとうございます」
その時、部屋の扉がノックされ、外からメラお姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「ロゼくん、入ってもいいですか?」
「はい。 どうぞ」
そして、扉を開け、部屋に入ったメラお姉ちゃんは、アリシア様とアイエル様の間に挟まれ、ベットの上で両手を握られる俺の姿を見て、その動きを止める。
そういえば、ずっと手を繋いだままだった… あの目はまた何か変な妄想してるな…
「え… えっと… お邪魔でしたでしょうか?」
アリシア様は、そんなメラお姉ちゃんを気にする事なく答える。
「そんな事ないわ。 今ロゼくんに魔術を教えてもらって居たのよ。 アイエルと一緒にね」
そう言って、アイエル様に微笑みかける。
「それでメラ、どうかしたの?」
アリシア様がそう訊ねると、メラお姉ちゃんは思い出した様に要件を告げる。
「えっと、奥様。 旦那様がお呼びです」
「分かったわ」
そう言ってアイエル様に向き直り、言葉を続ける。
「アイエル、ママはパパの所に行くけど、アイエルはどうしたい?
このままロゼくんと一緒に魔術の練習をしてる?」
アイエル様は首を横に振ると、アリシア様に抱き着いた。
「ママといっしょがいい」
「じゃあ、続きはまた明日にしましょうね」
アイエル様はコクリと頷く。
「アリシアさま、アイエルさま、また何時でもいらしてください」
「ええ、またお邪魔するわ」
アリシア様はそう言って微笑むとアイエル様を連れだって部屋を出ていく。
そして、部屋に残ったメラお姉ちゃんと二人を見送る。
「ねぇロゼくん、なんか最近全然噛まなくなったね… 活舌もはっきりしてるし…」
不意にそんな事を呟いたかと思うと、俺に視線を向ける。
「じぃ~~~」
言って俺を凝視してくる。
「何か変ですか?」
「ロゼくんの成長が早すぎて、お姉ちゃん悲しい…」
言って俺に抱き着いてくる。
俺に何を求めてるんだこの人は…
「メラお姉ちゃん。 ぼくも日々、早く一人前になれる様に頑張ってるんです。 噛まなくなったのは魔術の詠唱を頑張ったからだし、いっぱい本だって読んだんです」
本当は前世の記憶がるからだし、活舌もただこの身体に慣れてきたからにすぎないのだが、それは話せない。 俺は抱き着いてくるメラお姉ちゃんを解く。
「ほら、メラお姉ちゃん。 お仕事に戻らないと父さまか母さまに怒られますよ」
俺がそう言うと、「ハッ、そうだった」と慌てて部屋を出ていく。
「ロゼくん、あんまりカッコよくなったら惚れちゃうからね」
去り際にメラお姉ちゃんは爆弾を落としていく…
三歳児に惚れるとか、何考えてるのか本気で分かんない。 メラお姉ちゃんは本気で病院行った方がいいと思う。 病院あるのか知らないけど…
そして、アイエル様との運命の出会いの日は、その後何事もなく、夜は更けて行くのであった。
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