第八話「ロゼ先生の魔術教室 前編」

 ◆


 中庭で、ライトの改変魔術を皆に披露した後、俺は父様と一緒にカイサル様の執務室に呼ばれた。

 お爺様と母様、メラお姉ちゃんは仕事に戻り、アリシア様はアイエル様を連れて部屋へ戻られた。

 俺は父様と並んでソファーに腰掛け、父様が用意したお茶を飲む。

 向かいのソファーにはカイサル様が腰掛けた。


「ところでロゼ、先ほどの魔術は見事だった」

「ありがとうございます。 カイサルさま」

「正直、魔術を改変できる魔術師は少ない。 ごく稀に、オリジナル魔術を持つ熟練の魔術師は居るが、ロゼの様にその年でオリジナル魔術を持つ者は居ないだろう。

 感覚が麻痺して居るが、そもそもその年で魔術を使える事自体がイレギュラーと言って良い。

 伝説の勇者や精霊に祝福された存在。またはエルフや竜人、魔人等の特殊な種族なら、その年でも魔術が使える者も居るかもしれないが、まず間違いなく人族では、君の他には居ないだろう」


 そして、カイサル様は頭を抱え、話を続ける。


「しかもロゼは、その年で無詠唱魔術まで使える。

 この事が国に知れれば、おそらく君は親元を放され、王宮に連れて行かれて、次期宮廷魔導士候補として育てられる事になるだろう。 それでも君はそれを望むかい?」


 真剣な表情で俺に問いかける。

 俺は首を横に振り、それに答える。


「ぼくは、とーさまとかーさまが居て、メラお姉ちゃんがいるこのグローリア家が好きです。王宮には行きたくないです」


 せっかく生まれ変わって、暖かい家族を知り、優しい人たちに出会えて、この人達を護ると誓ったのに、いきなり離れ離れになるのは本意じゃない。 いくら将来宮廷魔導士が約束されたとしても、そんなものよりも大切なモノが目の前にある。


「それに、ぼくがお仕えするのはグローリア家だと心より思っております」


 俺がそう言うと、カイサル様は嬉しそうに微笑んだ。

 父様も目に涙を潤ませ、今にも抱き着いてきそうな勢いで俺を見つめている。


「私は良い家臣を持ったと、心から神に感謝するよ」


 カイサル様はそう言うと気持ちを切り替えて話を続ける。


「ではロゼ、ここで一つ約束してほしい」

「なんでしょうか?」

「この屋敷以外では絶対に魔術は使わないで欲しいんだ。

 勿論、君の身に危険が迫った時はその限りではないが、ロゼの魔術の才能がバレれば、必ず王宮から使者が来る事になると思う。 幸い、今度来る予定の家庭教師は、妻のアリシアの親類にあたる。 君を王宮に売る様な真似はしないだろうが、この街の人間はその限りではない」

「わかりました、気をつけます」

「不便をかけてすまないが、君は私が全力で護ると誓おう。 大切な将来有望な家臣だからな」


 言って笑顔を向ける。


「ありがとうございます」

「それから、これは皆で決めた事なのだが、今後、屋敷内では生活魔術以外の魔術の使用を禁止とする」

「え?」


 その発言に俺は思わず聞き返してしまった。

 屋敷内での魔術の使用を禁止と言う事は、つまり魔術を試すことができないと言う事だ。 屋敷の外での魔術は、さっきカイサル様が言った理由で俺は魔術を使えない。 と言う事は、今後屋敷でも外でも魔術を試す事が出来ないと言う事だ。 そんな俺の不安を払拭する様に、カイサル様は話を続ける。


「それには、屋敷の中での事故を防ぐ意味合いがある。 もし、仮に魔術が暴走したとき、火災は破損などのリスクが増える。 怪我人も出るかもしれない」


 確かに… その可能性は考えなかった…


「そこで、屋敷の庭の一角に、新たに練習場を建設しようと思っている。 練習場ができるまでの間、魔術の使用は禁止となってしまうが、練習場が完成すればそこで思う存分練習してくれてかまわない。

 ただ、魔術師の先生が来られるまでは、危険な魔術の練習は控えてもらいたいのだが…」


 そう言う事なら、仕方ないのかもしれない。 俺の為にわざわざ練習場まで設けてくれるんだ、ここは素直に感謝するしかない。


「カイサルさま、わざわざぼくの為にそこまでして頂いて、ありがとうございます」


 言って頭を下げる。


「いや、その練習場はアイエルの為でもあるんだ。 娘もまた、その身に膨大なマナを秘めている、君と同じ様に魔術の才能を秘めているかもしれない」


 言ってカイサル様は苦笑う。


「よかったな、ロゼ。 旦那様にここまでして頂けるんだ。 しっかりと勉強して将来グローリア家にお仕えする家臣として、しっかりご恩をお返しするのだぞ」


 父様は俺の頭を撫で、カイサル様に感謝する様に言う。


「はい、とうさま。 ぼくはカイサルさまの家臣に生まれて幸せです」


 俺がそう言うと我慢の限界だったのか父様は


「ロぉゼぇ~ お前は私には勿体ないくらい良くできた息子だぁあ 父さんは、父さんはうれしいぞぉおお」


 俺に抱き着き、「うぉおおお」号泣する父様。 誰か助けて… 暑苦しい…

 その光景に、カイサル様は苦笑し、話を切り上げる。


「さて、要件は以上だ。 魔術師の先生とも連絡がとれた。 この街に来られるのは、馬車を乗り継いで一ヶ月後と言ったところだろう。 それまでの間は申し訳ないが自重してくれると助かる」


 俺は暑苦しく抱き着いてくる父様を手で押しのけ、カイサル様に「わかりました」と伝える。

 大丈夫か父様…主人の前で仕事を忘れている気がする…


「ほら、バルト。 息子に嬉しい事を言われて号泣するのは分かるが、そろそろ戻ってこい」


 あ、見かねたカイサル様に怒られた。


「す、すみません、旦那様。 つい取り乱してしまいました」

「かまわん…」


 カイサル様は微笑ましそうに父様と俺を見る。


「さぁ、この話はここまでだ。 バルトも仕事に戻ってくれ」

「畏まりました」


 そう言って父様と俺は席を立ち、カイサル様の執務室を後にした。


 ◆


 俺はカイサル様の執務室を後にしたあと、父様と別れて自室に戻った。

 魔術を練習できないとなると、今後どうするか考えないといけない。 魔術師の先生が来るまで約一ヶ月。 この期間、何もしないと言うのは避けたい。 日課のマナ操作は欠かさずやるとして、書庫の魔導書を読み進めるだけでは、魔術は身に着かないだろう。

 俺はため息をつき、「どうしたもんかな…」と、一人愚痴る。

 何か出来る事…

 俺はしばらく考えを巡らせた。 そうして悩んでいる時だった。部屋の扉がノックされ、扉越しにアリシア様の声がする。


――コンコン――


「ロゼくん、ちょっといいかしら?」


 俺は慌てて思考を打ち切り、扉を開けに向かう。

 扉を開けると、そこにはアリシア様と、アイエル様が立っていた。


「なんでしょうか?」


 俺は尋ねる。


「実は、アイエルがロゼくんの所に行きたいって聞かなくて…」


 そう言うと、俺を目の前にして気恥ずかしくなったのか、黙ったままアリシア様の横でもモジモジてる。 そんなアイエル様にアリシア様は「ほら、アイエル」と話す様に促す。


「えっとね、あのね… ロゼ、あそぼ…」


 照れくさそうにモジモジしながら、上目遣いでそう言う。 さっきの魔術でアイエル様にだいぶ心を掴めたみたいだ。


「ええ、喜んで… では中へどうぞ、アリシアさまを立たせてっぱなしでは、とうさまに怒られてしまします」


 言って二人を部屋の中へと誘うと、アリシア様は壁の近くに置かれた椅子に腰を掛けた。

 俺はアイエル様の手を引いて、何がしたいかを確かめる。


「アイエルさま、何をして遊びましょうか?」


 俺がそう笑顔で答えると、アイエル様は顔を輝かせた。

 そして、「まじゅちゅがみたいの!」と即答する。


「えっとですね、アイエルさま… さっきカイサルさまから、お屋敷内での魔術を使ったらダメだと言われまして… 生活魔術以外は使えないのです」

「まじゅちゅダメなの?」


 言ってアリシア様を見る。


「ごめんね、アイエル。 パパと皆で決めた事だから、お家で魔術はダメなの」


 しょぼんとするアイエル様。

 俺は見かねてアリシア様に確認してみる。


「アリシアさま、生活魔術の範囲で魔術を操るのはいいですか?」

「どう言う事?」

「例えば、水球を生成して、それの形を変えてみたりとかなら、アイエルさまも喜んでもらえるかなと…」

「そんな事ができるの?」

「多分できます。 生活魔術に使うマナはどれも少ないので、その範囲でやれば暴走もないと思うので」


 俺がそう説明すると、アリシア様は少し考える。

 アイエル様は話の流れが理解できず、疑問符を頭に浮かべて様子を見ている。

 アリシア様は、俺に確認を取った。


「危険は無いのよね?」

「はい」

「分かったわ、それをアイエルの見せてあげてくれる?」

「わかりました」


 そう返事を返すと、話が理解できていないアイエル様に向き直り、笑顔で説明する。


「アイエルさま、アリシアさまのお許しが出たので、今から面白い魔術をお見せいたしますね」


 俺がそう言うと「ほんと?」と言って顔を綻ばせた。

 俺はすぐにマナを操作し、掌に水球を生成する。


「アイエルさま、これは普通の生活魔法です。

 でもマナを操作すると、こんな事もできるんですよ」


 言って、水球を生成していたマナを操り、妖精の姿をイメージして水球を作り替える。

 そしてその水の妖精を操作してアイエル様のまわりの飛ばしてみせた。


「わぁー」


 アイエル様は水の妖精を目で追いかける。

 俺のマナ操作の精度もかなり上達したな… 思う様に動く。

 そして水の妖精を躍らせてみせた。


「すごいわね、ロゼくん。 普通の水球魔術なのよね? どうやって操作してるの?」


 アリシア様も興味を持ったのか、俺に質問してくる。


「生み出した水の周りにマナの幕をイメージして、それの形を変えているんです」


 そう言って踊る水の妖精の形を、今度は猫の姿に変えて動かして見る。


「難しそうな事を簡単に言うわね…」


 アリシア様は苦笑する。


「私にもできるかしら?」

「マナさえちゃんと操作できたらできると思いますよ」


 俺がそう言うと、アリシア様は椅子に座ったまま呪文を唱えて水球を生成する。


「やってみるわ…

 我ら神の信徒に水の恵みを ウォーター」


 アリシア様が魔術を使った事で、アイエル様の興味もアリシア様に向く。


「ママもまじゅちゅ? アイエルもつかいたい!」

「アリエルさま、後でぼくが教えてますね」


 俺がそうアイエル様に応えると「ありがと、ロゼ」と言って俺に抱き着いてくる。

 うれしい様な恥ずかしい様な…


「よかったわね、アイエル」


 アリシア様はそう言ってアイエル様に笑顔を向け、「それで、ロゼくん。 ここからどうすればいいの?」と、続きを促す。


「そうですね、今水に流れているマナを意識して、それで水球を覆うイメージをしてください」

「分かったわ」


 そう言ってアリシア様はマナを操作して水球を包もうと試みる。

 だが、なかなか上手くいかず、零れ落ちる水を必死ですくう様にマナが不安定に動き回るだけで、なかなかうまく行かない。


「なかなか、難しいわね…」


 アイエル様は、アリシア様の隣に移動して、その様子をじっと見つめている。

 真剣にマナを操作するアリシア様。 しばらく悪戦苦闘すが、水球が潰れて床を濡らした。


「ああぁ…」


 思わず声を上げてしまうアリシア様。


「ロゼくん。 マナの制御が思う様に行かないわ」


 アリシア様に言われて俺は考える。

 そして、逆にアリシア様が魔術を使う時、どうしているのかを聞くことにした。


「アリシアさま、一つ質問をいいですか?」

「なにかしら?」

「アリシア様は魔術を使う時、マナはあまり制御しないのですか?」

「ええ、そうね。ここまで精密に操作する事は無いわね。

 魔術を使う時は、マナを集めて放出しながら呪文を唱えるだけで、魔術は発動するもの」

「なるほど…」


 アリシア様の説明を聞いて、なんとなく原因が分かった。

 呪文は魔術を発動するキーパーソンではなく、発動を補助する役割を担っているのではないかと思われる。 そう考え至り、その事をアリシア様に説明する。


「これはぼくの考えなのですが、おそらく呪文は、魔術を使う為のマナを制御する役割があるんじゃないかと思うんです」

「どう言う事かしら?」


 アリシア様は首を傾げて問う。


「えっと、ぼくが無詠唱で魔術を使う時。呪文の事は一切考えてないんです。

 ただ、マナの操作とイメージが大事で、それをしっかりすれば詠唱しなくても魔術は使えるんです」

「呪文の詠唱は大事ではないのかしら?」

「はい」


 その説明を受けて、アリシア様は何かを考えている。


「なるほど、だから私は無詠唱魔術を使えなかったのね… 心の中で詠唱すれば使えると思って、練習してた私がバカみたいだわ」


 そう言って、俺の説明に納得するアリシア様。

 アイエル様はそんなアリシア様を心配そうに見つめている。


「ママ、まじゅちゅ うまくできない?」

「大丈夫よアイエル。 ママも練習すれば出来る様になるわ。 だからアイエルも一緒に練習頑張りましょうね」


 アリシア様はそう言ってアイエル様の頭を撫でる。

 アイエル様は「うん!」と元気よく返事を返すと視線を俺に向けてきた。


「では、アイエルさまも魔術を練習してみましょうか」


 そう言って微笑みかけると、満面の笑みで「うん!」と返事を返した。

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