第七話「中庭のひと時」

 ◆


 応接室を出た俺とアイエル様は、メラお姉ちゃんを伴ってお屋敷の中庭へとやってきた。 そこには、色とりどりの花が植えられ、奇麗に剪定され、手入れが行き届いている。 中庭に出ると、アイエル様が花に目を輝かせ、俺の手を放して花の方に駆けていく。


「アイエルさま、走られますと危ないですよ」


 俺は慌てて追いかける。

 案の定、少し走ったところで体勢を崩してこけそうになる。


「あぶない!」


 俺は思いっきり走り、アイエル様を支える。

 アイエル様は「ひゃぅ」と悲鳴を上げて俺にしがみ付いた。


「アイエルさま、慌てなくてもお花はにげません。 さぁ、行きましょう」


 そう言って優しく微笑みかけ、手を引いた。

 アイエル様はビックリしていたが、俺に手を引かれた事で気を取り直し、花の元へと歩みを進めた。

 そんな俺たちを、メラお姉ちゃんは後ろからハラハラと見守っていた。

 ごめんね、心配かけて… そう心の中で謝る。

 花の近くまで来ると、アイエル様はしゃがみ込み、お花をつついて語り掛ける。


「おはなさん、お話にきたよ?」


 本気でお話したかったみたいだ…

 なんか騙して連れ出したみたいで、心が痛い… どうしよう…


「…………」

「……おはなさん?」


 あ、そうだ。

 俺は思い立ち、アイエル様に語り掛ける。


「アイエルさま、今日は天気がいいので、お花さんたちはお昼寝しちゃったのかもしれません」

「おはなさん、おねむなの?」


 残念そうに首をかしげ、アイエル様は俺に訊ねてくる。

 俺はとりあえず優しく微笑みかけて「そうですね」と応える。


「起こすと可哀そうなので、お庭を見て歩きませんか?」


 俺がそう提案すると、アイエル様はコクリと頷いた。

 手を差し伸べると、少しは気を許してくれたのか、俺の手を掴んでくれる。

 何この可愛い生き物…

 俺はアイエル様の手を引き、庭を散歩する。

 テクテクとあるくアイエル様は、花に目をやり、蝶々に目をやりと大忙しだ。

 楽しそうにしてくれてるので、俺も一安心。 後ろからついてくるメラお姉ちゃんも、微笑ましそうに俺たちを見守っている。

 少し歩くと、一面に花が咲き乱れる野原に出た。

 俺は、その景色を見て、前世の記憶が蘇った。


 ◆


 それは、何時だったか…

 雪桜せっかと出会って間もなかった時の事だったと思う。

 俺は、今みたいに花が咲き乱れる野原で昼寝をしていたんだ。 そこに雪桜せっかが現れて、昼寝の邪魔をしにきたんだ。


「いつも怖い顔ばかりして、皺になっちゃいますよセンパイ」


 そう言って、俺の側に腰を落とす。

 俺は「ほっとけ」と言って狸寝入りを決め込む。


「あ、そうだ、センパイに良いものあげます」


 人の話を聞いて居ないのか、そう言うと何やら横でごそごそと雪桜せっかしだした。 俺は無視を決め込んで昼寝を続行しようとした時、ふと俺の頭に何かが乗った。


「どうですセンパイ? 花の冠です」


 言ってにこやかに笑う雪桜せっか


「男にこんなもん作って似合う訳ないだろ」


 言って俺はその冠を雪桜せっかの頭に被せ返す。


「ええー 折角作ったのに…」


 雪桜せっかは不貞腐れながらも笑顔を絶やさない。


「じゃ、センパイどうです? 私なら似合います?」


 そう言ってドヤ顔でポーズを決める。

 俺は適当に「あー 似合う似合う」と流すと、手をシッシと振って、あっち行けと暗に意思表示をする。

 すると雪桜せっかは、顔を膨らませて俺に肘鉄をかました。


「ぐへっ!…何をする」

「センパイ、そんなだからモテないんですよ」


 プンプンといった感じで可愛く怒る。


「ほっとけ」


 言って苦笑いする。


「むー、女の子は可愛いものとか、褒められると嬉しかったりするもんだよー 乙女心が分かってないなー センパイは」


 雪桜せっかは言って微笑んだ。


 本当に、彼女はあの世界で、俺に安らぎを与えてくれた唯一の人だったのかもしれない…


 ◆


 俺が過去の事を思い返していると、アイエル様は俺の顔を除きこんで不思議そうな顔で様子を見ていた。


「ロゼ…だいじょうぶ?」

「あ、すみませんアイエルさま。 少し考え事をしていました」


 俺はアイエル様を安心させる様に笑顔を向ける。


「そうだ、アイエルさま。 少しお花の絨毯で遊びましょうか」


 そう言ってアイエル様を引き連れて野原に歩み入る。

 そして、俺は野の花の上に腰を下ろし、花を摘む。 それを組み合わせて、確か雪桜せっかはこんな感じで編んでいたよな、と思い出しながら花を繋げていく。

 その様子を興味深そうにアイエル様は見ていた。


「ロゼ、なにをつくってるの?」

「できてからのお楽しみです」


 そう笑顔で答えながら必死に花を繋げていく。

 まさか、俺がこんな事するとは雪桜せっかも思いもしないだろうな…

 そして、せめて目の前の好奇心でいっぱいのこのが、雪桜せっかの代わりに幸せになれる様にと願う。


「できました」


 そう言って俺は、花の冠をアイエル様に被せてあげる。

 アイエル様は手で冠を触りながら「これは何?」と不思議そうに聞いてきた。


「お花の冠です。 アイエルさま、お姫さまみたいで可愛らしいですよ」


 言って褒めてみる。

 アイエル様は「ほんと?」と言って嬉しそうにはしゃぐ。 ぴょんぴょん飛び跳ねたり、くるくる回ったりして楽しそうだ。

 メラお姉ちゃんも微笑ましそうに見守っている。

 あ、そうだ。せっかくだからちょっと魔術の応用を試してみよう。

 上手く行けばアイエル様も楽しんで貰えるかもしれない。


「アイエルさま、今から面白い魔術を見せますね」


 アイエル様は振り返ると「まじゅちゅ?」と分かっているのか居ないのか首をかしげて問い返す。


「きっとお気に召していただけると思いますよ」


 俺はそう言うと、マナを操作して、複数の小さな光の粒をイメージする。

 マナの操作も毎日やってるから、だいぶ慣れてきた。

 出来るだけマナを小さく切り取って周囲に散らばして… それが輝くイメージを… そして、イメージが固まり、手を翳してマナを放出し、ライトの呪文を唱えようとした時だった。

 呪文も唱えていないのに、イメージ通りにアイエル様の周りに、光輝く小さな粒がいくつも舞ったのだ。


「あれ? …呪文…」


 思わずつぶやいてしまった。

 いきなり現れた舞い上がる光の粒に、アイエル様もメラお姉ちゃんも目を見開いて声を漏らす。


「わぁ~」

「キレイ…」


 楽しそうに光の粒を追いかけ、踊る様にくるくると回るアイエル様。

 アイエル様の青みがかった銀髪が、ところどころ虹色に変わり、光の粒と相まって神秘的な光景を演出している。

 俺は無詠唱で発動した魔術の事など忘れて、思わずその光景に見とれてしまった。 まるで天使が花の上で舞い踊ってるみたいだ。 メラお姉ちゃんも同じなのか、口をあけて見とれている。

 アイエル様だけが、楽しそうに光の粒のなかをはしゃぎ回っていた。


「しゅごい!しゅごい! ロゼっ、これがまじゅちゅなの?」


 とびっきりの笑顔で振り返り、俺に確認するアイエル様。


「はい。 アイエル様も私と一緒にお勉強すれば、きっと使える様になりますよ」


 そう言って笑顔で返す。

 アイエル様は目を輝かせ、勢いよく俺に抱き着いてきた。


「するぅ! アイエル、ロゼとべんきょうするぅ!」


 抱き着きながら飛び跳ねて楽しそうにはしゃぐ。

 器用な真似をする…

 そんな俺たちに、メラお姉ちゃんが疑問に思った事を俺に聴いてきた。


「ロゼくん。 さっきの魔術はなんんて魔術なの? 初めて見たんだけど」


 とりあえず抱き着いてはしゃぐアイエル様をなだめ、さっきの魔術をメラお姉ちゃんに説明する。


「えっと、ライトの魔術を参考に、いっぱい浮かべれないかなーと思って試したらできました。 なのでなんて魔術なのか分からないです」


 その説明を受けてメラお姉ちゃんが固まった。

 あれ?なんか可笑しな事でも言ったかな… そう思っていると、遠くから俺たちを呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、迎えに来たぞ」


 カイサル様が父様や母様達を引き連れて中庭へとやってきた。 話し合いは終わったみたいだ。 アイエル様は、「パパ、ママ!」とカイサル様とアリシア様の姿を見つけて駆けていく。


「お待たせ、アイエル」


 そう言うと、カイサル様はアイエル様を抱き上げた。

 我に返ったのか、メラお姉ちゃんが慌ててカイサル様とアリシア様に一礼して控える。


「アイエル、そのお花はどうしたの?」


 アイエルの頭に被せられたお花の冠を見て、アリシア様がアイエル様に尋ねる。


「んとね、ロゼが作ってくれたの!」


 そう言って楽しそうに笑う。


「あら、良かったわね、アイエル… それと、お庭は楽しめた?」


 言ってアイエル様の頭を撫でる。


「うん。 えっとね、お花さんはおねんねしててお話できなかったけど、すごくきれいだった」

「あらあら」

「あとね、あとね、ロゼがまじゅちゅを見せてくれたの!

 光がいっぱいあって、すごくきれいだったよ」


 アイエル様のその言葉で、一斉に視線が俺に突き刺さる。

 なんだろう、なんか嫌な予感がする…


「アイエル、ロゼくんとずいぶん仲良くなったのね… 一体どんな魔術を見せて貰ったのかしら」


 アリシア様からも遠回しの説明要求が来る…

 すると、お爺様がストレートに聞いてきた。


「ロゼや、一体どんな魔術を使ったのじゃ?」


 やらかした感が半端ないが、ここは答えない訳にはいかないんだろうなぁ…

 そう思い、自分の行動の軽率さに心の中でため息をつき、素直に話す事にする。


「えっと、ライトの魔術のマナを調整して、いっぱい光を浮かべれないかなぁ、と思ってやったらできました」

「その年で魔術を改変したのか?!」


 カイサル様は俺の言葉に驚いて、アイエル様を抱き抱えている事も忘れて叫ぶ。

 アイエル様はびっくりして、耳をふさいで泣きそうな顔をする。 そして、アリシア様に手を出して助けを求めていた。

 嫌がられたカイサル様は、あたふたとしながらアイエル様をアリシア様に預けると、アイエル様の頭を撫でて謝っていた。


「ああ、ごめんよアイエル… 怒っている訳じゃないからね」


 言って必死に笑いかける。

 不機嫌になったアイエルにつられて、カイサル様は半分八つ当たり気味にメラお姉ちゃんに確認する。


「メラ、ロゼが言っている事は本当なのか?」


 メラお姉ちゃんは、慌てて「はっ はい!」と肯定する。 ゴメン、メラお姉ちゃん… 俺は心の中で謝った。

 そして、メラお姉ちゃんは見たままを続けて説明する。


「確かに見たこともない魔術でした。

 光の小さな粒がいっぱい辺りに浮かび上がって… とても幻想的で…」


 その話を聞いて、お爺様は相変わらず「流石ワシの孫じゃ」と関心している。


「して、ロゼや、どんな呪文を作ったのじゃ?」


 当然の様にお爺様が続けて質問し、皆の視線が集まる。

 そうだよね、魔術って呪文が必要だもんね… 呪文? そういえば唱えてる前に発動したけど、呪文って絶対必要なのかな?

 なんかこれも言うと驚かれそうな気がしてきたけど、呪文とか考えてなかったし、もうどうにでもなれと素直に答える事にする。


「えっと、ライトの呪文を唱えるまえに発動しちゃいました」

「「「「「はぁああああ?!」」」」」


 俺とアイエル様以外の全員の声がハモった。

 お爺様が恐る恐る確認してくる。


「ろ、ろ、ロゼや… 詠唱をせずに魔術を使ったのか?」

「うん…」

「「「「「………」」」」」


 全員が言葉を失う。

 もちろんアイエル様は意味も分からずキョロキョロと皆の様子を覗っている。

 可愛いなぁ(現実逃避)

 てか、やっぱり呪文唱えないとまずかったのかな… とりあえず言い訳になってないかもだけど言い訳する。


「ぼくも驚いたんだけど、なんかマナを操作して、イメージをしっかり固めて、ライトの呪文を唱えようと思ったら唱える前に発動しちゃった、えへへ」


 テヘペロとは言わないが、可愛く言ったら誤魔化せないかなと思って照れて説明してみる。 そして、いち早く現実世界にもどってきたメラお姉ちゃんが、思い出した様に当時の状況を説明する。


「そう言えば、呪文を唱えていませんでした… その後の光景に目を奪われてしまって忘れていましたが…」


 そして、カイサル様は、大きくため息をつき、ぼやく様に呟く。


「君には驚かされてばかりだな… もうなにが来てもロゼだからと割り切れそうだ…」


 なんかちょっとそれって誉め言葉じゃないですよね…

 まぁ、そんな空気を無視してお爺様がまた孫自慢を始める。


「ハッハっ さすがワシの孫じゃ。

 感覚で魔術を理解しておるのやもしれんのぉ」


 いえ、そんな事ないです。 ハイ。


「ロゼは将来、宮廷魔導士も夢じゃないかもしれないわね、あなた」

「息子は執事の枠に収まる器ではないという事か… 跡取りが… 跡取りが…」

「もしかして、ロゼくんと結婚できたら将来安泰?」


 母様も父様も現実に帰ってきて。

 それから、メラお姉ちゃんが意味不明な事言ってるけど、聞かなかった事にしておこう。 やや混乱があったが、気を取り直したカイサル様が、使った改変魔術の事を聞いてきた。


「ところでロゼ。 アイエルに見せたライトの改変魔術を見せて貰う事ができるか?」


 カイサル様がそう提案すると、アリシア様もそれに乗っかる。


「そうね、私も見てみたいわ。

 アイエルもまたロゼくんの魔術を見てみたいわよね?」


 俺の魔術と聞いて、アイエル様も「まじゅつみたい!」と元気に返事をする。


「ワシも見てみたいのう」

「そうだな、親として確認する義務がある」

「楽しみだわ」

「本当に幻想的でしたよ。私ももう一度みたいです」


 お爺様も父様も母様もメラお姉ちゃんもそれに同意して、全員の視線が俺に集まる。 はぁ、やらかした手前、拒否権はないよね… トホホ… 今度からもっと気を付けよう。


「わかりました、やってみます」


 そう言うとさっきと同じ様にマナを操作して、複数の小さな光の粒をイメージする。 出来るだけマナを小さく切り取って、周囲に散らばして… それが輝くイメージを…

 そして、イメージが固まると手を翳してマナを放出した。

 すると、やはりイメージだけでも魔術は発動するみたいだった。

 明確にイメージできれば、もしかしたら呪文は必要ないのかもしれない。 今度、他の魔術でも試してみよう。

 俺の周囲に光の粒が一斉に表れ、辺りに舞い上がり、一瞬にしてあたりを幻想的な空間へと変えた。


「信じられんな… こんな魔術見たことがない」

「ええ… とても奇麗…」

「ロゼくんステキ…」

「さすがワシの孫じゃ…」


 父様と母様が目を見開き、その光景に見とれ、メラお姉ちゃんはスルーして、お爺様はいつも通り。

 アイエル様はアリシア様に抱かれたままその光景を楽しそうに眺め、アリシア様も「キレイ…」と呟いている。

 カイサル様は驚きこそすれ、何かを考え込んでいた。



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